第813話「魂消る騒乱」

 突然、膝を突くシフォン。彼女の急変に俺たちは慌てて駆け寄る。見れば、彼女のLPが猛烈な勢いで減少を始めていた。


「シフォン! とりあえずアンプルを!」


 レティが懐からLP回復アンプルを取り出して割る。内容液がシフォンの白い毛髪を濡らし、すぐに吸収されていった。

 アンプルの効果でLPが大きく回復するが、減少は止まらない。急場凌ぎの延命処置にしかならない。


「シフォン、落ち着いて。どんなデバフが付いていますか?」


 トーカが彼女の背中を優しくさすりながら訊ねる。隣ではアリエスが不安そうな顔をしていた。


「あぅ、はえ……。しょ、“消魂”って書いてある」


 聞いたことのないデバフだった。アリエスに視線を向けるが、彼女も首を左右に振る。〈占術〉スキル特有の反動かとも思ったが、そういうわけではないらしい。


「マズいですね、アンプルの回復が追いつきません」

「これ、もしかしたらモデル-ヨーコの欠陥じゃないですか?」


 その間にもシフォンのLPは漸減を続けている。レティの指摘は、検討に値するものだった。

 俺はすぐにウィンドウを開き、別荘で仕事をしているT-1に連絡を取る。しかし、繋がらない。


「ああクソ、そういえばここ圏外だったな!」


 第一拠点の内部は、通信監視衛星群ツクヨミの影響範囲外である。〈指揮〉スキルによるメイドロイドとの連絡はおろか、フレンドリストからのTELLも通じない。


「レッジさん、一旦死ぬよ」

「いいのか?」


 俺の裾を握り、シフォンが言う。

 普段ならデスペナもあまり気にしないが、今回は事情が違う。彼女はアリエスから一日一回限定の強力なバフを掛けて貰っているし、〈占術〉スキルのレベルも上がっている。それら全てがリセットされてしまうのだ。


「スキルはまた上げれば良いし、それが一番良いよ」

「……分かった。俺たちも切り上げて、アップデートセンターに行く。そこで合流しよう」

「うん。じゃあ、また後でね」


 その言葉と共にシフォンのLPが底を突く。彼女はぐったりと力を失い、機体は沈黙する。この機体を運べればまだ良かったのだが、俺たちの誰ひとりとしてそのスキルを持っていない。ここは特殊なダンジョンのような扱いだから、すぐに機体は回収不可能になってしまうだろう。


「とりあえず、〈ワダツミ〉に戻るか」

「そうですね。そうしましょう」


 レティたちと共に第二階層から地上へと戻る。できるだけ急いで、〈ワダツミ〉の都市防壁を目指す。


「T-1、聞こえるか?」


 その道中、通信が回復したのを確認して、俺はT-1に連絡を取る。彼女はワンコールもしないうちに応答し、何かあったのかと疑問を向けてきた。


「シフォンがモデル-ヨーコになったんだ。それで第一拠点の第二階層で〈占術〉スキルを使って戦ってたんだが、突然気分を悪くして倒れた。“消魂”っていうデバフが付いていて、LPが急激に減っていって、活動不能に陥った」

『なぬーっ!?』


 簡潔に一連の出来事を語ると、T-1は大きな声を上げて驚いた。彼女の焦りようは俺の予想を遙かに越えており、いつもの落ち着いた様子からは想像できないほどに取り乱していた。


『た、大変じゃ主様。すぐに妾もアップデートセンターに向かうのじゃ!』

「お、おう? じゃあ、一度そっちに寄ってから――」

『そんな余裕は無いのじゃ! 管理者権限を使って、指揮官としてそちらに向かうのじゃ。現地集合なのじゃ!』

「りょ、りょうかい……」


 切迫したT-1に脅されるようにして、俺たちは更に足を加速させる。陰鬱とした森を抜け、大きな都市防壁をくぐり、都市中央にあるベースラインへと入る。

 その時、シフォンからTELが掛かってきた。


「どうした、シフォン?」

『はえええんっ!』


 応答ボタンをタップした瞬間、聞こえてきたのは彼女の泣き声だった。いったい何があったのか、それだけでは皆目見当が付かない。


「とりあえず落ち着け。何があったか、整理してみるんだ」

『あう、あう。そんな余裕がほぎゃっ!?』


 落ち着かせようと声を掛けるが、彼女はほとんどパニックになっていた。更に、言葉の途中で悲鳴を上げて通信も途絶してしまった。


「シフォン!?」


 名前を呼ぶも、返答はない。ログを見ると、パーティメンバーのシフォンが活動不能になりました、という文面が何度も繰り返されていた。


「どういうことだ?」

「何度も死に続けてるってことですか?」


 妙なログに首を傾げる。レティもそれを見て、眉を顰めた。

 やはり、ここに居ては何も分からない。俺たちはベースラインの一角にあるアップデートセンターへと飛び込んだ。


「シフォン!」

「お、おじちゃーーん!」


 ベースラインの中は騒然としていた。人混みを掻き分けて前に進むと、スケルトン姿のシフォンが床に膝を突いていた。


「どうしたんだ、シフォン」

「デバフが、デバフが消えないの!」


 駆け寄って彼女の肩に手を置くと、シフォンは俺の腕に縋り付くようにして言った。その言葉に、俺たちは愕然とする。見れば、彼女のLPはなおも減り続け、状態ウィンドウには見知らぬデバフのアイコンが表示されていた。


「これが“消魂”か?」

「そうなの。死に戻りしても、これだけは消えなくて――。はええ……」


 彼女のLPが枯渇し、スケルトン機体が機能を停止する。すぐにセンター内にある無数の水槽の一つで、彼女の意識を宿した機体が顔を上げる。


「何回死んでも、元に戻らないんだよぉ」


 シフォンはぐすぐすと泣きながらこちらへやって来る。しかし、スケルトンの機体は脆弱だ。これもまた、すぐにLPが枯渇して動けなくなるだろう。


『うおおおおっ! 通すのじゃ! 指揮官が来たのじゃ!』


 絶望する俺たちの所へ、T-1がやってくる。彼女は人々の足の間を強引にすり抜けて、荒い息を繰り返しながらシフォンの状態を確認する。


『ぬぅ……』

「何か分かるのか?」


 T-1は深刻そうな表情で唸る。やはり、この異常事態はモデル-ヨーコの欠陥によるものなのだろうか。もしそうだとすれば、どうすればシフォンを死の無限ループから救えるのか。

 その疑問を俺が口にするよりも早く。T-1は懐から何かを取り出した。


『ひとまずこれを食べるのじゃ! 死ぬ前に早く!』

「もががっ!?」


 彼女はそれを、シフォンの口にねじ込む。突然のことに驚きながらも、彼女はそれをなんとか嚥下した。


「けほっけほっ。はええ……」


 シフォンは咳き込みながらも呼吸を整える。そうして、猛烈なLPの減少が止まっていることに気がついた。


「あ、あれ? 治った?」


 瞼のない目できょとんとするシフォン。所作は彼女そのものだが、剥き出しの機械人形の機体がなかなかシュールだ。


『ただの応急処置じゃ。根本的な解決には至っておらぬ』


 諸手を挙げて喜ぶシフォンに、T-1が釘を刺す。言われてみてみれば、彼女の“消魂”デバフはまだ健在だった。


「結局、何がどうなってたんだ?」


 とはいえ、ひとまず事態は落ち着いた。俺が居住まいを正して訊ねると、T-1は苦虫を噛みつぶしたような顔をして口を開いた。


『T-3のやつ、致命的な欠陥をそのままにして実戦投入しておったのじゃ。あれほど、慎重に事を進めよと言い聞かせておいたのに……』

「やっぱり、モデル-ヨーコの欠陥だったのか」


 T-1は認めたくはないが、と言いながら頷く。


『モデル-ヨーコは、妾ら調査開拓団の知らぬ技術論理体系をより効率よく、積極的に扱う事を目的にした増設モジュールなのじゃ』

「つまり、三術系スキル――。〈霊術〉〈呪術〉〈占術〉ですか」


 レティの言葉に、T-1は首肯する。


『タイプ-ライカンスロープの敏感な感覚器を、理外の力へとチューニングしておる。そのため、シフォンも通常より強力な〈占術〉スキルが行使できたはずじゃ』


 彼女の言葉にアリエスがはっとする。何か思い当たる節があったらしい。


「確かに、妙に技の出力が大きい気がしたのよね。タロットカードが使える程度のレベルで、あの敵を三発で倒せるのはちょっとおかしいでしょ」

「言われてみれば……」


 シフォンは改造機を三枚のタロットカードで倒して見せた。あの時点での彼女のスキルレベルは5か6程度のものだったはずだ。フィールドで言えば、〈始まりの草原〉すら越えられない。

 そう考えれば、あの一方的な戦闘はモデル-ヨーコの特性が強力に作用した結果なのだろう。


『モデル-ヨーコは、その耳と尻尾で効率的に龍脈レイラインと接続できる。そのため、特殊なエネルギーを用いる技の威力が大きく底上げされる。しかし……』

「そのぶん、反動も大きいと」


 トーカの指摘。


『そういうことじゃな。龍脈の力は、陰と陽、善と悪、プラスとマイナス、そういった二種類のもののバランスで成り立っておる。それは普遍的に存在するもののようでの、当然、調査開拓用機械人形も例外ではない』


 T-1による龍脈の力の解説に、俺たちは耳を傾ける。アップデートセンターに集まってきた他のプレイヤーたちも、熱心に情報を書き留めているようだった。


『モデル-ヨーコはその力を純粋に扱える。それは良いのじゃが、つまるところ、純粋に影響されるということでもあるのじゃ』

「つまり……?」

『理外の力を使えば使うほど、陰気が機体に流れ込む。それに対し、状態を調和の方向へ戻そうとして、陽気を消費する。その暴走状態が“消魂”じゃ』


 機体内の陰陽のバランスが崩れることで、それを回復しようとする。これもまた、機体恒常性維持機構の暴走なのだろうか。


『モデル-オニとは違い、機体恒常性維持機構の暴走ではない。もっとこう、根源的な自然の法則のようじゃな』

「はぁ……?」


 どうやら、俺の予想は違っていたらしい。T-1も説明し辛いのか、眉を寄せながら言葉選びに悩んでいる。


『この現象が対象とするのは“魂”なのじゃ。だから、器をいくら入れ替えても根本的な解決にはならぬ』

「魂、ですか」


 消魂というデバフの名前を思い出す。俺たちは機械人形であり、結局の所作り物だ。それでも魂と呼べるものがあるのだろうか。

 俺の疑問を表情から読み取ったのだろう。T-1は肩を竦める。


『妾も不思議なのじゃ。だからずっと研究をしておったのじゃが……』


 その研究が終わるよりも早く、T-3によってモジュールが実戦投入されてしまった。


「それで、わたしは何を食べさせられたの?」


 じっと話を聞いていたシフォンが首を傾げる。彼女の消魂デバフは、T-1が何かを食べさせたことによって停止している。応急処置的であるとは言われたが、今のところは安定しているようだった。

 T-1はひとつ頷き、懐からそれを取り出した。


『おいなりさんじゃ!』


 それは、黄金色の美しい、ジューシーなおあげさんに包まれた稲荷寿司だった。


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Tips

◇“消魂”

 体内の生命バランスが崩れたことにより、それを修復しようとする調和の力が働いている状態。陰陽の均衡を取り戻すため、エネルギーが急激に循環、消費、増加する。この状態は調査開拓用機械人形の機体に於いても発生するが、機体LPの枯渇による自動コンバージョンシステムが暴発し、永久ループに陥ることが確認されている。この改善策が見出せない限り、モデル-ヨーコの実戦投入は控えるべきである。

 ――指揮官“三体”T-1


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