第812話「カードの導き」
七つの武器がシフォンの眼前で唸る。勢い付いた風を顔面に受けながら、彼女は紙一重で初撃を避けた。
「は、速ッ!」
現れた改造機の動きに彼女は目を見開く。第二階層で見るどんな機械警備兵よりも抜きん出て速い。おそらくはその攻撃力も脅威として捉えるには十分なものだろう。
「加勢しましょうか?」
レティがハンマーの柄を握りながら言う。見れば、トーカも刀に手を伸ばしていた。しかし、その申し出に対してシフォンは首を横に振る。
「大丈夫。できるトコまでやってみる!」
シフォンは弾かれたように動き出す。七つの武器を構えた改造機の腕を掻い潜り、手元に生成した氷の手斧を打ち付けた。
「いいですよ。それでこそ私の弟子です」
「シフォンはレティの弟子ですよ?」
「あら、私の弟子じゃないの?」
果敢に戦いを始めるシフォンを見て、トーカが誇らしげに頷く。彼女の声にレティが突っ込み、更にアリエスまで乗っていた。
シフォンも沢山の師匠たちに見守られて、恵まれているようだ。
「はえあっ!?」
シフォンの元に改造機の腕が迫る。まだ十分な距離があると油断していたシフォンだったが、突然その腕がゴムのように伸びた。よくよく見てみれば、黒い手甲の内側に伸縮性の機構が備わっているようだった。
「妙ちきりんな改造がされてますね。油断できないですよ」
「こういう時に『占眼』が便利なのよ」
相手が予期せぬ動きをしても、『占眼』ならば経験に囚われずにそれを知ることができる。シフォンもすぐにそれに気がついたようで、早速『占眼』を発動させた。
「『占眼』ッ!」
しかし、彼女の瞳は一瞬色が変わるが、すぐに元に戻ってしまう。〈占術〉スキルのレベルが低いため、まだまだ実用段階にはないらしい。
「ディレイ明けたらすぐに『占眼』を使えば良いわ。今、シフォンちゃんにはスキル経験値増加のバフが掛かってるから」
戸惑いながら戦い続けるシフォンにアリエスが声を掛ける。彼女は事前に、シフォンに学力向上のバフを掛けていた。それがスキル経験値増加の効果があるのだろう。
「わ、分かった。『占眼』ッ!」
シフォンは七つの腕の猛攻を掻い潜りながら頷き、隙を見て『占眼』を使う。
「レベルが5くらいになったらタロットカードが使えるようになるから。それまで頑張りなさい」
「はいっ!」
レベルゼロから、かつ占いによる支援つきということもあり、シフォンの〈占術〉レベルは戦いの中で急激に上がっていく。ディレイを終えるたびに『占眼』を使うことで、その効果時間も徐々に伸びてきた。
「しかし、随分とタフですね。あの改造機」
シフォンの戦いぶりを見守りながら、レティが首を傾げる。
シフォンも〈白鹿庵〉の中では最も経験が浅いとはいえ、メインスキルとなっている〈攻性機術〉はすでにスキルキャップに到達している。純粋な戦闘力でいえば半端者の俺よりも上だ。
そんな彼女の攻撃を受けているにもかかわらず、改造機は未だに健在だった。
「どう考えても第二階層で出てきて良い相手じゃないですね。というか、第一拠点全体を考えても不釣り合いな気がします」
レティの意見に、トーカも頷く。第十階層を鼻歌混じりに歩ける彼女たちからしても異常な改造機だった。
「そう言えば、さっき何か喋ってたような気がするんだよな」
シフォンに飛び掛かってきた改造機のことを思い出して言う。通常、機械警備員は言語を話さない。そもそもDWARFによって製作されたものなので、開拓団の使用する言語を解するはずがないのだ。
だから、てっきり俺の空耳だと思っていたのだが――。
『マッサツ! マッサツ!』
「はええっ!?」
改造機が明瞭な声で叫ぶ。その物騒な言葉に、シフォンが驚いた。
「やっぱり喋ってるな。何でだ?」
「分かりません。ぶっ叩いて中身を見れば何か見つかるかも知れませんね」
改造機の赤い眼光が強くなる。動きは更に力強くなり、七本の腕はそれぞれ二分され、十四本に増えた。
「ほわっ!?」
『キエ、サレ!』
小さな爆発を起こし、一気に迫る改造機。明確な殺意を持った攻撃だった。
「――『ドロー』ッ!」
衝突する寸前。シフォンが懐から一枚のカードを取り出した。
それは、アリエスが彼女に渡した一組のタロットカード。その内の一枚を、ランダムに選ぶ。
「ほわっ!? え、えっと、『
引かれたカードは魔術師。しかも、正位置だったらしい。それが意味するのは、起死回生のチャンス。
タロットカードの使い方は、まずカードを一枚ランダムに引き、それに対応したテクニックを発動するというものらしい。シフォンが魔術師のテクニックを覚えていたのは幸運だった。
「はえばっ!?」
カラフルなエフェクトが広がり、改造機を押し退ける。それだけに留まらず、煌びやかな星のエフェクトが拡散する。改造機の動きが止まり、大きな隙が生まれた。
「よ、ようし! 『ドロー』ッ!」
この機に乗じて、シフォンは再びカードを引く。
次に現れたのは勇ましい戦車のカードだった。しかし――。
「はええっ!?」
シフォンは何かに引き摺られるようにして勢いよく移動する。彼女自身にも制御不可能なようで、悲鳴が通路内に響き渡る。
彼女が引いたのは、戦車のカード。しかし、逆さま、逆位置の状態だった。その結果、彼女にとってマイナスの効果が勝手に発動してしまったらしい。
「これ、〈賭博〉スキルじゃないですか?」
「失礼ねぇ。運命の女神は気まぐれなのよ」
レティがジト目でアリエスを見るが、彼女は涼しい顔をしている。
「『運命変転』を覚えておけば、逆位置が出てもプラスにできるし、それまでの辛抱よ」
「三術系が不人気な理由が少し分かった気がしますねぇ」
三術系は調査開拓団の知っているものとはまた異なる理論体系に基づく特殊なスキルだ。だからこそ、謎も多く不安定なものも珍しくない。それが初心者参入の妨げになっているのだろう。
「次こそはいいのが出るはず! 『ドロー』!」
しかし、シフォンはそれにもめげずに再びカードを引く。もしかして、彼女はギャンブルに嵌まってしまうタイプなのだろうかと一抹の不安を覚えるなか、新たなカードが現れた。
「よし! 『
無数の瓦礫が現れ、土砂のように改造機へ殺到する。それは無慈悲に通路を埋め尽くし、そして効果時間を終えて消滅する。あとに残ったのは、無残に身体をねじ曲げ押し潰された改造機だった。
『セン、メツ……』
もはや立ち上がれない状態になってなお、それは諦めようとしていなかった。動く腕で身体を支え、這いずるようにしてシフォンへ向かう。
なぜ彼女にそれほどの敵意を向けているのか、その理由すら定かではない。
「これで終わりだよ。『アルカナの導き』」
よろよろと動く改造機の前に立ち、シフォンが最後の大技を放つ。
魔術師、戦車、そして塔が立ちはだかる。彼女が今まで引いてきたタロットのカードが、そこに具現化していた。
チャンス、暴走、崩壊。三つのシンボルが融合する。その意味が、現実に現れる。
改造機の眼光が揺れる。黒い鎧が震え、金属の擦れる音が響く。次第に動きは大きくなり、うるさいほどの音が打ち鳴らされる。
「これで終わりだよ」
振動が最高潮に達した瞬間、改造機は細かな破片となって爆散した。それを見届け、シフォンは三枚のカードを懐に戻す。そうして、ゆっくりとこちらへ振り向き――。
「うぷっ。
青い顔で口元を抑えて蹲った。
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Tips
◇タロットカード
〈占術〉スキルで用いる、特殊な意味の込められた神秘的な図柄のカード。基本的には大アルカナの22枚で1組になっている。ランダムにカードを引き抜くことで、その図柄と位置に対応した特殊な効果が発動する。
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