第811話「占星術応用戦闘」

 三体の“彷徨う虚鎧”が現れた。大斧、大槌、大剣をそれぞれ携え、兜の奥から虚ろな赤い光をこちらに向けている。

 対峙するのは双曲刀を抜いたアリエスひとり。俺たちには手出し無用と目で示し、赤い唇で弧を描く。


「占術師の戦い方は、いかに攻撃に当たらないか。相手のことをよく見て、観察するのよ」


 シフォンに教え聞かせるように、彼女は丁寧に語り出す。

 ゆったりとした動きやすい布の服、足元を固める革のブーツ。どちらも防御力よりも回避性を重視した身軽なものだ。

 大斧持ちが迫る。駆動音を唸らせながら、アリエスを両断しようと肉厚な刃を振り下ろす。


「まあ、これくらい単調なら普通に避けられるんだけど」


 ひらりと白い衣が舞い、余裕を持って斧を避ける。しかし、彼女の背後に大剣と大槌が迫る。三機一組を基本とする“彷徨う虚鎧”は、そのコンビネーションも厄介だ。


「これくらい複雑な戦いなら――『占眼』」


 占い師の目が妖しく光る。

 同時に繰り出された攻撃が、必中の自信を持ってアリエスに向かう。しかし、大槌と大剣の僅かな隙間に青髪がたなびいた。


「こんな感じで避けていけば良いわ」


 三機の虚鎧から繰り出される攻撃を、アリエスは余裕の笑みすら見せながら避け続ける。まるで舞い踊るような流麗な動きに、レティたちも思わず目を釘付けにする。


「『占眼』は〈占術〉スキルの基本的なテクニックですね。観察能力を底上げする、という効果だったはずですが……」

「スキルを鍛えたら、原生生物の動作の予測もできるようになるのよ。何秒か先の動きが赤いラインで見える感じね」


 レティが知っているのは、wikiに記載されている概要だ。アリエスは当然、テクニックの習熟度も上限の1,000になっているだろうし、かなり効果が強化されているはずだ。

 原生生物、彷徨う虚鎧たちに一挙手一投足を隈無く観察し、次の動きを予測する。それを瞬時に高い精度で行うことで、彼女は予知とも呼ぶべき業に発展させていた。


「でも、これくらいならシフォンも余裕ですよね。私なんて目隠ししてもできますよ」


 くるくると踊るアリエスを見ながらあっけらかんと言い放つのはトーカである。まあ、確かにここにいるメンバーは大体〈占術〉スキルが無くても似たようなことはできる。


「言っとくけど、あなた達が特異なんだからね。変態バンドめ」

「失礼ですねぇ。アストラさんたちもできますよ」

「規格外と比べても仕方ないでしょ!」


 まあ、素で『占眼』のようなことができるにしても、『占眼』を覚えて腐るとうことはない。そもそも、俺たちの予測は行き当たりばったりなもので、初見の相手には厳しいところもあるからな。システム的に予測できるということは、初見で予備知識のない相手の動きも予測できるということだ。

 しかし、それだけではセールスポイントとしては弱いと判断したのだろう。アリエスは一度“彷徨う虚鎧”たちと距離を取って双曲刀を構える。


「占術師の戦い方、その二! 超自然的な力で敵を圧倒する!」


 彼女の目の前に並ぶ三体の“彷徨う虚鎧”は、未だにほとんどHPを減らしていない。アリエスが本気で戦っていないのもあるが、そもそも彼らは高い物理耐性を持っているのだ。ただ双曲刀で表面をなぞるだけでは、いつまで経っても倒せない。


「『星標:金の殻』」


 アリエスは発声と同時に指を打ち鳴らす。その乾いた音に呼応し、彼女と虚鎧の間に黄金の壁が屹立した。


「星標は占星術系統のテクニックね。星の配置にかなり出力が影響されるけど、今くらいなら……」


 勇ましく壁に肉薄した虚鎧が、その重量級の黒いハンマーを打ち付ける。壁が揺れ、轟音が鳴り響くが、一分たりとも欠けることはない。分厚い金の壁は、傷一つ付かず健在だった。


「まあ、これくらいの攻撃なら余裕で耐えられるわね」

「はええ。これは便利だね!」


 いつでも防御用の壁が出せるというのは、シフォンにはとても魅力的に映ったようだ。しかもこれは、ラクトの氷壁のような機術とは違ってLP消費が少なく、発動時間もかなり短い。


「それだけじゃないわよ。占いって言うのはつまり、運命の見方次第なのよ。だから――『運命変転』」


 彼女が再び指を鳴らす。

 次の瞬間、黄金の壁が形を変え、太い針を突き出した。それは易々と虚鎧の分厚い装甲を貫通し、三体ともに打ち砕く。


「こんな風に、攻撃に転用することもできるわ。これは物理属性とも機術属性とも違う第三の属性だから、こいつらにも結構通ってくれるの」


 金の壁が霧散する。胸に大穴を開け、虚ろな闇を覗かせる虚鎧たちは、それでも果敢に攻撃を続ける。痛みを知らない戦士たちは、恐怖することなく動き続ける。


「あとはそうね、普段はあんまり使わないんだけど、面白いから見せてあげるわ。――『凶星の宿業』」


 乾いた音が響く。

 突如、先頭に立っていた大剣持ちの虚鎧の足首が壊れ転倒する。それに折り重なるようにして後続の虚鎧たちも倒れ、団子のようになった。


「こんな感じで、相手を不幸な目に遭わせることもできるわ。不幸の度合いはそれまでの行動だったり戦いの過程だったり、いろんな要素が複雑に絡まり合って決まるから、ほとんどランダムなんだけどね。強制的に運命をいじることになるから、『占眼』の予測もブレちゃうし」

「危機的な状況に陥った際の、緊急回避策ってところですか?」

「回避できるかは五分五分ってところだけどね」


 縺れた虚鎧たちは、互いに押し合いへし合いしながら立ち上がる。そうして、今度こそアリエスを仕留めようと再び前進する。


「ちなみに、占星術的に時期の悪い技をわざと使うとこんな感じね」


 近づいてくる虚鎧たちに、アリエスが剣を向ける。


「『星標:水の拒絶』


 大波が現れ、三体の鎧武者に覆い被さる。しかし、それはまるで手応え無く素通りし、そのまま地面に染みこんでしまった。


「全然、足止めにもなってないですね」

「時期が良ければこの通路の突き当たりまで押し流せるのよ」


 それだけ星の配置によって威力が左右されるのだ、とアリエスは実際に見せて解説する。その時々の星の配置をしっかりと把握し、適切な技を使う。それが占星術師として基本的な戦い方だった。


「それじゃあ最後に私の流派技を見せてあげましょう。――とりあえず、『星標:木のしがらみ』」


 地面から太い木の根が飛び出し、彷徨う虚鎧たちの足に絡まりつく。彼らが藻掻く度にきつく締まり、強固に拘束する。


「双星流、第九座」


 おおきな隙を見せた三体の鎧達を真っ直ぐに見つめ、アリエスは双曲刀を滑らかに回す。


「『射手の迅矢キロン・ゲイル』」


 放たれる光の矢。

 アリエスの身体に、屈強な人馬の姿が重なっている。

 直線を突き進む矢は、その線上に立つ三体の鎧を呆気なく貫通する。数秒遅れて、アリエスが飛び掛かる。

 身体の大半を吹き飛ばされた虚鎧を、その双曲刀で更にバラバラにする。青白く輝く刃は滑らかに鎧を切り裂き、木っ端微塵に断ち落とす。


「どう考えてもオーバーキルですね」

「最初から『射手の迅矢』だけで良かった気がするね」


 その様子を見たレティたちが率直な感想を漏らす。

 流石は占星術師でありながら戦闘分野でも最前線を牽引するトッププレイヤーの技といったところか。さっぱりとやり切った表情のアリエスの足元には、バラバラに切り刻まれた“彷徨う虚鎧”の残骸が山となっていた。


「それじゃあ、早速シフォンちゃんも戦ってみましょうか」

「わ、分かりました!」


 一通りのデモンストレーションが終わり、次は実践編に移る。アリエスはシフォンにタロットカードの使い方を簡単に教えて、最低限の動きを伝授する。

 シフォンは緊張の面持ちで、機械警備兵が巡回してくるのを待つ。


「お、来たわね」

「はえっ」


 そこへ、暗い曲がり角の奥から巨影が現れる。


『ガ、バ、ガビ、ババ……』


 異音を放ち、各所を軋ませ、歪な身体を動かして。

 その明らかに異常な風貌を見て、シフォンが顔を青ざめる。


「はええっ!? な、なんでここに……」


 それは、本来あるはずのないものだった。

 強引に接ぎ付けた七本の腕に、大きな黒い金属の武器を握り、持ち上げる力も無いのか引き摺っている。目の赤い光は弱々しいが、同時に狂気も覗かせている。


改造機コンバーテッド? こんな浅い階層に出るなんて、聞いてませんよ」


 それは、グレムリンによって無理な改造を施された機械警備兵だった。大抵の場合、防御力や耐久性は低いが、代わりに攻撃力が異常に高く、そして――。


「はええええっ!?」


 異常な能力を保持している。

 その改造機は小さな爆発を足元で起こし、一気に加速する。シフォン達の準備が整わないうちから、一瞬で距離を詰めてきた。


「さあ、これくらいさっくり倒して見せなさい」

「はええええっ!? は、はえええっ!?」


 改造機は真っ直ぐにシフォンを狙っていた。楽しげに笑うアリエスに背中を押され、彼女は改造機の目の前に転がり出る。


『キョウ、イ、セン、メ、ツ』


 くぐもった音声。

 その意味を理解するよりも早く、七つの武器がシフォンに迫った。


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Tips

◇『射手の迅矢キロン・ゲイル

 双星流、第九座。屈強かつ聡明な人馬の射手が放つ神速の一矢。その衝撃は敵を貫通し、動きを封じる。

 対象に攻撃命中後、一定時間のスタンと脆弱状態を付与する。


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