第810話「占い師入門編」

 予期せぬタイミングで占術師のアリエスと出会った俺たちは、彼女を加えて四人で第一拠点へと潜ることになった。そこへ向かう道中で、アリエスはシフォンの肩や腕にわさわさと触れながら〈占術〉スキルのレクチャーを行う。


「〈占術〉スキルは読んで字の如く占いの術よ。タロットカードとか、水晶玉とか、亀の甲羅とか。そういうのを使って運勢を視るの」

「はええ」


 随分と距離感が近いが、それを除けばアリエスは真っ当に説明をしていた。シフォンは耳をピコピコと揺らしながら熱心にそれを聞く。


「私の場合は占星術が専門ね。星を見て、その配列から運勢を視るの」

「星、ですか」


 シフォンが頭上を見る。〈奇竜の霧森〉の鬱蒼と茂る枝葉の隙間から見えるのは、晴れ渡った青空だ。そこに太陽以外の天体は浮かんでいない。


「目に見えなくても、そこにあるわ。昼は太陽の力が強すぎるから感じにくいけど、夜になればもっと分かりやすくなるから」

「はええ」


 シフォンもこれまでレティたち多くの師匠に教えを受けてきたため、聞き上手だ。コクコクと頷き、真剣に耳を傾けている様子に、アリエスも満足そうな顔をする。


「シフォンちゃんは可愛いわねぇ」

「はええっ!? ふわわっ!」


 感極まった様子でシフォンの白い髪を撫でるアリエス。シフォンは尻尾をピンと立ててされるがままだ。


「あの、アリエスさん。質問良いですか?」

「女の子からなら何でも答えるわよ」

「あっはい。えっと、第一拠点は地下だと思うんですけど、星の力って弱まったりしないんですか?」


 手を挙げて質問を投げるレティに、アリエスはすんなりと頷く。


「〈占術〉スキルのレベルが低い段階だとそもそも地下や屋内じゃ発動すらできないわね。ある程度占星術系のテクニックに慣れてくると、ホロスコープの認識が明確になってきて、いつでも何処でも星の力が感じられるようになるけど」

「なるほど……」


 〈占術〉も三術系スキルの例に漏れず、昼間は弱体化する。夜の方がテクニックの効果が高まるが、占星術系テクニックの場合はそれに加えて屋外であることも条件に入るらしい。


「そもそも占星術は星の配置に凄く影響されるから、ムラが強いのよね。他の占術なら地下でも安定してるものもあるし、まずはそういうのから始めるといいわ」

「そっか。テクニックのカートリッジとか全然用意してないや……」

「そう言うと思って、入門用のタロットカードを用意しておいたわ!」


 はっと気がつくシフォンに、アリエスがすかさず懐からタロットカードの束を出す。その準備の良さに見ていたレティとトーカも呆れ顔だ。

 アリエスは占術を始めるにあたって必要な一通りのカートリッジ類も用意しており、次々とシフォンに渡していく。


「はええ!? こ、こんなに沢山!」

「いいのいいの。お代は結構だから、占い師として大成してちょうだい」

「あわわ、ありがとうございます」


 なんとも気前の良い先達に、感心してしまう。占術師は三術系統の中でも特にマイナーなのだろうか。

 歩きながら、シフォンがカートリッジを読み込んでテクニックを登録していく。そうしているうちに、俺たちは〈ワダツミ〉にほど近い石塔へと辿り着いた。


「ここに入る前に、占術師の能力を見せてあげましょうか」


 レティが石塔をぶち壊す準備をしていると、アリエスがシフォンの手を握って笑みを浮かべる。彼女は白い指を絡ませ、揉み込んでいく。


「はええっ!?」

「占術師と一言に言っても、色々と系統があるのよ。私はいわゆる“星読み”ね。でも、もっと基本的なもので“指導者”という役割がある。他者の運命を視て、最適な行動を示すの。もっと言えば、かなり長時間持続する強力なバフを1日に1回だけ付与することができるわ」


 これはそのために必要な事なのよ、とアリエスは鼻息を荒くしてシフォンの頬を撫でたり髪に手櫛を入れたりとやりたい放題だ。


「あんまりやってるとハラスメントで通報されますよ」

「ぐっ。……まあ、このあたりで我慢しましょう。――『運命観測』」


 ジト目のレティに指摘され、アリエスは占いに移る。彼女の青い瞳が妖しく輝き、シフォンの瞳の奥を覗き込む。そこに映る彼女の星を視ているようだ。


「んー、そうね。やっぱりこの石塔は止めて向こうにある三つ目の石塔に行きましょう。そこでぐるっと七周回ってから、トーカちゃんが峰打ちで壊してちょうだい」

「はええっ? わ、わたしの事だけじゃなくて、他の皆のことも分かるんですか?」

「あなた達パーティでしょ。そういうのは運命共同体って言うのよ」


 アリエスはそう言って得意げな顔をする。


「あと、これはまだ運命を視てる段階だからね。ここからが本番よ」


 彼女は再び瞳を光らせ、シフォンの手のひらを両手で包み込む。


「じゃあ、学力向上、金運上昇、良縁成就のバフを掛けるわね」

「ほわぁ。盛りだくさんですね!」

「プロの占星術師だからね。それにシフォンちゃん可愛いから特別大サービスよ」


 アリエスはそう言ってパチリとウィンクしてみせる。シフォンは面白いくらい顔を真っ赤にさせて俯いていた。


「占い師っていうより、詐欺師では?」

「失礼ですよ、レティ」


 そんな二人の様子を、レティとトーカは複雑な表情で視ていた。

 ともあれ、アリエスの指示を受けて俺たちは場所を移動させる。一つ石塔を素通りして、町から三番目に近い石塔に来る。そこをシフォンがぐるぐると七周回ったあと、トーカが刀を引き抜いた。


「これを峰打ちで壊せばいいんですか?」

「ええ。ばっさりやっちゃって」


 DWARF設備部によって再建された石塔が、トーカの峰打ちによって粉々に破壊される。ここも警備上仕方ないとはいえ、破壊と再生が繰り返されていてなかなか考えさせられるものがある。


「せいっ!」


 ガラガラと音を立てて崩れる石塔。

 よくよく考えれば、石の構造物を破壊できる峰打ちというのもよく分からないが、まあ深くは考えまい。


「じゃあ、シフォンちゃん先頭で螺旋階段を降りて、一番下に立った所から七歩南ね。その後すぐに頭を下げて、三秒」

「は、はええ?」


 現れた螺旋階段を下り、そこから七歩歩く。すぐにしゃがむ。


「ほわっ!?」


 すると、直後に頭上スレスレを巨大な斧が水平に薙いでいった。あのまま立っていれば、四人揃って頭と身体が離れていたはずだ。


「はええ。占いってこんなことも分かるんですね」

「分からないわよ」

「はええ?」


 驚嘆するシフォンに、アリエスはさらりと首を振る。思わぬ否定に困惑を見せるシフォンを見て、彼女は薄く笑んで口を開いた。


「『運命観測』で分かるのは断片的な事だけだから。そこから未来を予測するのは自分の中で推理するしかないわ。遠い未来ほど可能性の幅が広がるから、予測は難しいけど、これくらいなら何とか、ってところね」

「はええ……」

「つまり、ここから先は分からないと?」


 レティの問いにアリエスは頷く。


「では、ちゃちゃっと二階に降りましょうか」


 そう言って、レティはハンマーを構える。


「結局そうなるのかよ」

「一番早くてスマートな方法は、障害物を退けて最短距離で進むことですからね。――『時空間波状歪曲式破壊技法』ッ!」


 第一拠点に爆音が響き渡る。

 第一階層の床、第二階層天井が崩落し、大穴が開く。


「ごばっ!」

「ほんとに命削ってるなぁ。あんまりやらない方がいいんじゃないか?」


 盛大に吐血するレティに輸血パックとアンプルを渡しながら労る。とはいえ、〈解読〉スキル持ちの居ない俺たちにとってはこれが一番手っ取り早いのも確かだ。レティの消耗さえ考えなければ、という条件が付くのだが。


「相変わらず〈白鹿庵〉してるわね……」

「なんだそれ?」


 瓦礫の山を伝って第二階層降りながら、アリエスは口元を手で覆って眉を寄せる。土煙がもうもうと舞い上がっているのが嫌らしい。


「普通に解読してくれる人に頼んだ方が良くない? ってわたしも思うんだけど」

「お金が勿体ないじゃないですか」


 最後にシフォンがぴょんぴょんと飛び下りてくる。機体がタイプ-ライカンスロープになったことで、動きも身軽になったらしい。まだその動きやすさに慣れないようで、転けそうになったところを支える。


「まあ、まずは手始めに第二階層で占星術師の戦い方を見て貰おうかしら」


 シフォンが降りてきたことを確認して、アリエスが腰に佩いた双曲刀へ手を伸ばす。

 彼女の視線の先、濃密な暗闇の奥から重い駆動音が響く。ぬらりと巨体を傾けて現れたのは、三体の“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”だった。


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Tips

◇『運命観測』

 対象を取り巻く様々なシンボルを読み取り、そこから歩む未来を見通す。見える未来は非常に限られた断片的なもので、そこから具体的な事象を予測できるかどうかは占術師の技量に大きく依存する。


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