第809話「狐娘の進路」

 繙読協力ポイントを貯めたシフォンは、トーカたちの補助を受けながらも敵の攻撃を凌ぎつつ第十階層の中央制御区域まで帰還を果たす。安全圏に辿り着いた彼女は、そこで精根尽き果てた様子でへなへなと座り込んだ。


「は、はええ……」

「お疲れさまです。それじゃあ、あとはモジュールを交換して、アップデートセンターに行くだけですね」

「やっとだよぉ」


 シフォンはトーカに手を引かれ、立ち上がる。俺たちは第一拠点を貫通するゴンドラに乗り込み、地上に出た。繙読協力ポイントは、〈ワダツミ〉の中央制御塔にある端末で様々なアイテムと引き換えることができる。

 帰路は特にこれといった事故や事件もなく、無事に街中に入ることができた。


「じゃ、じゃあ交換してくるね」

「行ってらっしゃーい」


 レティたちに見守られながら、シフォンは緊張の面持ちで端末の前に立つ。彼女が稼いだ繙読協力ポイントはモジュールの交換にギリギリの量らしく、もし間違えて別の何かを引き換えてしまえば、また第一拠点に戻って稼ぎ直さねばならない。


「は、はええ……」


 シフォンは小刻みに震える指先で端末の仮想ウィンドウをタップする。ずらりと並ぶ様々な交換アイテムのリストを、ポイントの降順にソートすると、一番上に増設モジュール“モデル-ヨーコ”の文字が現れた。


「ふおお……」


 喉を鳴らし、生唾を飲み込む。ぷるぷると震える指先で、それを選択する。Yes/Noの確認ウィンドウが現れ、彼女は何度も間違っていないか確かめた上で、Yesを押す。


「げ、ゲット!」


 インベントリにアイテムが入ったというログが出た瞬間、シフォンは今日一番の機敏さでこちらへ戻ってくる。


「やりましたね、シフォン!」

「早速アップデートセンターに行きましょう!」


 レティとトーカが彼女を温かく迎え入れ、ノータイムで制御塔から飛び出していく。二人も早くヨーコの姿を見たいようだった。

 俺も三人を追いかけてベースラインにあるアップデートセンターへ向かう。


「じゃ、じゃあ行ってきます!」

「頑張ってくださいね!」


 ガチガチに緊張しているシフォンに、レティが激励の言葉をかける。機体の変更は料金とモジュールを受付に渡せばできると思うのだが、三人とも思考が回っていない。

 シフォンは同じ側の足と手を同時に出しながら、ぎこちなくアップデートセンターの中へと入っていく。


「ちゃんと機体交換できますかねぇ」

「やり方は知ってると思いますけど」


 建物の中へ消えていった彼女を見送り、レティとトーカもそわそわと落ち着かない。まるで子供のはじめてのおつかいを見ている親のようだ。

 そんな周囲の雰囲気に染められてか、白月も何やら落ち着かない様子で――。


「なんだ? リンゴか?」


 ということもなく、暢気にリンゴを要求してきた。彼の頭突き攻撃を受けながら、インベントリから青リンゴを取り出して渡す。周囲の緊張も知らないで、彼はポリポリとそれを囓り始めた。


「お前はマイペースだなぁ」


 ものの数十秒でリンゴひとつを芯に変えたあと、再び強請ってくる。角がチクチクしてて微妙に痛いんだよな。


「お、お待たせしました……!」


 シフォンが戻ってきたのは、白月が五つ目のリンゴを食べ終えた頃だった。しゃがみ込んで白月の頭を撫でていた俺は、頭上に落ちてくる影に気付いて顔を上げる。


「おお、狐だな」


 見上げて口から零れたのは、見たままの感想だった。


「ど、どうですかね」


 シフォンがもじもじと内ももを摩りながらこちらに目を向けてくる。白い髪色はそのままだが、ふんわりとボリュームが増している。更に頭頂部には三角形の耳がぺたんと伏せている。腰の後ろにはふさふさの白い尻尾が落ち着きなく揺れていた。


「可愛いです! めちゃかわですよ!」

「もふもふですねぇ。ずっと触っていたいです」

「ひょわわっ!?」


 狐娘になったシフォンを見て、レティとトーカが声を上げる。二人は彼女に抱きつき、もふもふと柔らかさの増した髪や尻尾を撫でる。尻尾は敏感なのか、シフォンは大きな声を出す。


「これがタイプ-ライカンスロープ、モデル-ヨーコか」

「えへへ。可愛いかな?」

「可愛いぞ。似合ってる似合ってる」


 恥じらいながらこちらを窺うシフォンにしっかりと頷いてみせると、彼女はあどけなく口元を緩める。頭上の三角形の耳がピンと立ち上がった。

 タイプ-ライカンスロープ共通のものとして、尻尾や耳が感情を現しているようだ。


「シフォンもタイプ-ライカンスロープ仲間ですねぇ。身体能力の高さはしばらく慣らしが必要だと思いますけど、レティに何でも聞いて下さいね」


 シフォンがケモノになったことで、レティの喜びも一入だ。タイプ-ライカンスロープの先達として胸を張っている。


「“アヤカシモデル”という括りでは私と同じですからね。そこのところは間違えないように」


 そんなレティに対抗心を燃やしたのか、トーカもシフォンの腕を引っ張る。モデル-オニとモデル-ヨーコは共に今回の〈特殊開拓指令;古術の繙読〉で実装された新モデルということで“アヤカシモデル”というシリーズ名で呼ばれている。


「それじゃあ、モデル-ヨーコの性能テストをするか。トーカの時みたいに欠陥があっても困るしな」

「それもそうだよね。うぅ、そこが一番怖いんだよねぇ」


 “アヤカシモデル”は元々T-1が陣頭指揮を執って開発を進めていたモジュールだ。しかし、色々と事情を経た後にT-3がその事業を受け継ぎ、〈特殊開拓指令;古術の繙読〉のタイミングで実装した。その際に露呈したのが、開発途中だった“アヤカシモデル”が欠陥が残された状態で実戦投入された可能性だった。

 トーカのモデル-オニは、戦闘能力を高めるモジュールだが、原生生物の血液を吸収することで“血酔”という酩酊に近い状態になってしまう。シフォンのモデル-ヨーコもそのようなものがないとは限らない。


「どこでテストするんだ?」

「第一拠点の浅いところでいいんじゃないですか? レティとトーカがいれば、万が一の事があっても対処できるでしょうし」

「ポイントも稼いでおきたいですしね」


 レティとトーカの提案に、シフォンも頷く。


「そういえば、三術スキルの方は何にするか決めたのか?」


 増えてきた人だかりから逃げるように移動しながら、シフォンに訊ねる。彼女は以前、新たなプレイスタイルを開拓するため三術スキルのどれかを伸ばそうと考えていることを打ち明けてくれた。その後はずっとトーカと共に第一拠点に籠もっていたはずだが、検討は続けていたのだろうか。


「wikiとか見てて、色々調べたよ。とりあえず〈呪術〉スキルはちょっと難しそうかなって」


 ミカゲには悪いけど、とシフォンは耳を伏せながら言う。

 〈呪術〉スキルは三術系の中でも特に汎用性の高いスキルだろう。ミカゲのようなオールラウンダーの方が珍しく、大抵はぽんのような呪符術師、ラピスラズリの禁忌領域使い、ホタルの忌み師のように特定の方向性を定めて鍛える。様々な可能性を秘めている一方で、茫洋としたスキルでもある。


「ならカエデさんみたいに〈霊術〉を使うんですか? 霊装なら、相性もいいと思いますけど」

「うーん。それもちょっとね……」


 レティの言葉に、シフォンは歯切れ悪く答える。

 〈霊術〉は霊獣を使役したり、霊装という武装を扱う、言ってしまえばネクロマンサーのようなスキルだ。カエデのような近接職とも相性が良く、霊装にデフォルトで付いている“奪魂”という属性はドレイン効果がある。継戦能力や生存能力も高まるだろう。


「骸骨って、可愛くないよね」

「そ、そうですか」


 シフォンがあまり気に入らない点は、〈霊術〉スキルのおどろおどろしい雰囲気らしい。まあ、全体的に骨と腐肉と魂がメインのカテゴリだからな。


「となると、〈占術〉か」

「そうなるのかなぁ」


 結局、シフォンが消去法的に選んだのは〈占術〉だった。星を読み、運勢を視るスピリチュアルなスキルではあるが、三術連合にはこのスキルの達人もいる。


「調べた感じだと、〈占術〉を鍛えたら未来視みたいなこともできるらしいんだ。それができたら、回避もしやすくなると思って」

「なるほど。しかし、〈占術〉のテクニックは確率発動が多くて不安定って聞くぞ?」

「そこはまあ、実力でカバーできたらいいな……」


 あんまり自信は無いけど、とシフォンははにかむ。


「占いですか。良いですねぇ。ぜひレティの恋愛運とかも占って下さいよ」

「私、生命線はかなり長いほうなんですよ。ちなみに運命線も、ふふふ」


 レティとトーカもシフォンの希望に沸き上がる。やはり、女性は占いとかが好きなのだろうか。


「それなら、モデル-ヨーコのテストをする前に〈占術〉スキルのチュートリアルでも受けるか? たしか、〈サカオ〉に道場があるんだろ」

「どっちの方がいいかな。先にヨーコの性能を見ておいた方がいいかもしれないし」


 シフォンは立ち止まり、首を傾ける。その時、突然人混みの中から白い腕がぬっと現れ、シフォンの二の腕を掴んだ。


「はええっ!?」

「話は聞かせて貰ったわ! 〈占術〉スキルのことなら、私に任せなさい!」


 驚くシフォンの前に現れたのは、青髪の女性だ。切れ長の青い瞳が妖しく輝いている。


「あ、アリエス!?」

「アリエスさん!? どうしてこんなところに?」


 突如として現れたのは、三術連合きっての占術師、“星読”のアリエスだった。

 普段は占天宮という占い小屋を開きながら、戦闘に於いても〈占術〉と双曲刀を用いたトリッキーなスタイルで無類の強さを誇る。


「占い師に分からないことなんて無いのよ」

「す、すごい……」

「具体的に言えば、ミカゲから連絡を受けて張ってたのよ」

「ええ……」


 ピンと耳を立て、直後にへにゃりと伏せるシフォン。そんな彼女の両手を握り、アリエスはぐいと間近まで歩み寄った。


「三術の中で〈占術〉を選ぶなんて、見所があるわ。お姉さんが手取り足取り、しっぽりじっくり教えてあげるから」

「は、はええ……」


 ぐいぐいと押してくるアリエスに、シフォンは始終圧倒されている。その圧力に流されるまま彼女がコクリと頷くと、怪しい占い師は力強くガッツポーズをしてみせた。


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Tips

◇〈占術〉スキル

 森羅万象の法則を読み取り、大いなる運命の標を見付けるスキル。対象の進むべき道を示し、そこにある未来を予言する。


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