第808話「孤軍奮闘」
トーカとシフォンは連日のように第一拠点へと潜り、最前線を更新し続けていた。俺たちがグレムリンの生態調査や階層の詳細探査任務に従事している間にも、二人はただただより深い階層へと潜ることを目指していた。
その甲斐もあり、二人はイベント開始から二週間が経った現在、第十階層まで到達していた。流石に書庫番の待ち構える〈第十/十一階層接続ホール〉には入れないようだが、その扉の近くが最高効率で機械警備員やグレムリンを狩れる場所になっているらしい。
「お、いたいた」
「やってますねぇ」
俺とレティは所持重量を拡大させる大型のリュックを背負ったまま、第十階層の最奥へとやってきた。ここくらいになると原生生物の数が増え、場所によってはちょっとしたモンスターハウスのような様相さえ呈している。
接続ホールにほど近い袋小路にも、巡回してきた機械警備員たちがスタックする場所があった。
「はえええっ!? ほわっ!? ほわっ、ほわぃえっ!? はええんやぇっ!?」
そこで、シフォンが踊っていた。
群がる多腕の黒武者達の巨大な武器を掻い潜り、次々と生成する機術製の武器を振り回している。耐久力を代償に一発の威力が絶大な炎や氷の武器は、即座に砕けながらも高いダメージを与えていく。
「ほぎゃっ! ほわっ! はえええっ!?」
並のプレイヤーでは一瞬で圧殺されてしまいそうな密度だ。芋を洗うような小部屋の中で、シフォンは辛うじて生きていた。
「レッジさん! 時間通りですね、ありがとうございます」
「どういたしまして。とりあえず指定された物資を一通りと、一応甘い物とかも持ってきたぞ」
「助かります。ありがとうございます」
シフォンが揉みくちゃにされている様子を見ていたトーカがこちらに駆け寄ってくる。
俺とレティがここまでやって来たのは、簡単に言えば宅配だ。リュックを下ろして開くと、応急修理用マルチマテリアルやLP回復アンプル、包帯といった基本的な消耗品がミチミチに詰まっている。
第一拠点の内部では物資の補給がままならないが、だからといってわざわざ〈ワダツミ〉に帰ると効率が落ちる。そんなわけで、俺たちが定期的に物資を届けることになっていた。
「わ、お寿司まで買ってきてくれたんですか?」
「レッジさんイチオシの〈銀鱗〉というお寿司屋さんのですよ。レッジさんの奢りなので、是非どうぞ」
「ははは……」
以前、T-1と一緒に〈銀鱗〉へ行って特製ヨーコ寿司を食べたことは、レティにもカミルにも即座に露見してしまった。あの後二人から——特にカミルからは買い物をすっぽかしたことも加えて——詰められて、正直生きた心地がしなかった。ちなみにT-1は俺が勝手に食べさせたということで事なきを得ている。代わりに、他の皆にも“俺からご馳走”することになってしまったのだが。
「でも、シフォンの方もそろそろなんだろ? だからちょうどいいかと思ってな」
「なるほど。そういえばそうでしたね」
紙の包みの下にあるのは、言わずと知れた特製ヨーコ寿司である。わざわざこれをデリバリーしてきたのは、シフォンの繙読協力ポイントがもうすぐ目標の量に到達すると聞いたからだ。
しかし、トーカは今思い出したかのような顔をして頼りなく頷く。
「トーカ、効率の良い稼ぎを教えるためにシフォンと潜ってたんだよな?」
「そ、そうですよ? 当然じゃないですか」
早口で捲し立てるが、目が左右に泳ぎまくっている。さては戦闘が楽しくて奥へ奥へと進んでただけだな?
「はぇああっ! ほっぎゅ! もっぎゅっ!?」
乱戦の中に
「そういえば、グレムリンも下層ほど多くなるんですか?」
「そうですね。第十階層になるとかなり頻繁に見るようになります」
ドワーフたちの悩みの種でもあるグレムリンは、やはり下層から来ているらしい。下へ降りるほどにその目撃例は増えていき、多くの調査開拓員が報告したことによりその外見的な情報も充実してきた。
「とはいえ、倒せるかどうかはまた別ですね。私もまだまだ勝率は低いです」
無念そうな顔でトーカが言う。彼女が素直に認めるくらいだから、相当なのだろう。
グレムリンは倒せればかなりのポイントが期待できるのだが、如何せん逃げ足が速く神出鬼没だ。並の戦闘職では攻撃に移るよりも早く視界から消えてしまう。
「まるでどっかの金属のスライムみたいだなぁ」
「なんですか?」
俺の比喩に、レティが首を傾げる。
「たまにこういう群れの中にしれっと混ざってたりするので、そう言う時についでで狩れればラッキーって所ですかね。耐久自体は低いので、攻撃が当たれば倒せるんですよ」
グレムリンは見た目通り防御力はほとんど皆無と言っていい。その速度さえ上回ることができれば、討伐自体はさほど難しくはない。まあ、その速度が一番の難問なのだが。
「ラッシュさん、でしたっけ? 業界最速の方」
「宅配業者みたいに言うな……。速度極振りの
「そうそう。その人は結構沢山のグレムリンを狩ってるみたいですよ。“グレムリンキラー”なんて
「ははぁ。確かに、あの人は相性が良さそうだなぁ」
直接的な関わりはほとんど無いが、同じ槍使いのよしみで存在は知っている。確かに、彼ほど突き抜けた速度があれば、グレムリンにも追いつけるのかもしれない。
「まあ、たまに壁に突き刺さって動けなくなってるらしいですけどね」
「それはどうなんだ……?」
車は急に曲がれない、といったところだろうか。
「そろそろ助けて貰ってもいいでしょうかね!!!!」
雑談に花を咲かせていると、敵の群れの奥から怒気を滲ませた声が響く。見れば、シフォンが瞳孔を完全に開ききって、白い髪を揺らしてこちらを見ていた。
「流石にちょっと遊びすぎたかな」
「そういえばシフォンにも荷物届けに来たんでした」
よっこらせ、と立ち上がる。レティが若干酷いことを言っているが、彼女もおもむろにハンマーを構える。
「シフォン、当たっても怪我はしませんが、避けた方がいいですよ」
「はえっ?」
トーカが刀に手を添え、鯉口を切る。
それを合図に俺たちは一斉に動き出した。
「風牙流、五の技――『
「咬砕流、五の技――『呑ミ混ム鰐口』」
「彩花流、抜刀奥義――『百花繚乱』」
同時に放たれた三種の攻撃。刺突、殴打、斬撃。
それぞれが好きに乱れ、暴れ回る。
シフォンが注目を集め、一箇所に留めておいた無数の機械警備員たちを、改造の有無も関係なく、全てを平等に蹂躙する。
「はえええええっ!?」
周囲の機械がスクラップへと変わっていく中、シフォンは悲鳴を上げつつも全ての攻撃を紙一重で避けていく。その神業じみた光景に、槍とナイフを振り回しながら感心してしまう。
「ほぎゃ……し、死ぬかとおもった……」
「お疲れさん」
袋小路の原生生物を殲滅し終え、シフォンの元へと向かう。地面にへたり込んだシフォンは、茫然自失といった様子で俺に縋り付いてきた。
「流石にちょっといじめすぎましたかね」
白い灰のようになった彼女を見て、トーカも気まずそうだ。シフォンがどれだけの敵に囲まれても無傷で生還するから、調子に乗りすぎた。
「すまんすまん。ほら、お寿司食べるか?」
「うぅ……。たべる」
〈銀鱗〉の包みを取り出すと、彼女はもそもそと稲荷寿司を食べ始める。
「ハンバーガーとポテトもあるぞ」
「チーズバーガー?」
「ダブルチーズバーガーだ」
「コーラもほしい……」
シフォンに要求されるまま、次々と食べ物を出していく。ここのところずっと籠もりっぱなしだったからな、栄養も不足していることだろう。
「レッジさん、めっちゃ持ってきてますねぇ」
「シフォンも頑張ってるからな。ご褒美は必要だろ」
周囲からわらわらとやって来る機械警備員たちはレティとトーカが片っ端から始末している。機鎧を吹き飛ばしながらレティがこちらを見て呆れるが、黙々とハンバーガーを食べているシフォンにはいくらでも食べさせてやりたくなってしまうのだ。
「それで、シフォン。どれくらいポイントは集まりました?」
10体以上の
「うーんと、あと500ポイントくらい足りないや」
「あともうちょっとじゃないか」
どうやら、本当に頑張っていたらしい。もうモジュールの交換に必要なポイントは目前である。というか――。
「その辺の奴らを解体すれば、それくらいのポイントにはなりそうだな」
周囲に倒れている機械警備員たちは、まだ解体できていない。トーカもシフォンも〈解体〉スキルを持っていないためこれら全てをかき集めてもポイントは足りないだろうが、ここには俺がいる。
レベル85、熟練度1,000の〈解体〉スキルは、初期値と比べて大体3倍ほどのドロップアイテム増加が見込めるのだ。
スクラップを解体するという奇妙なことをして、アイテムをかき集めれば、かなりの量になる。
「流石のレッジさんですね。効率が段違いですよ」
「ははは。もっと褒めてくれてもいいんだぞ」
結果的に、四人のインベントリにぎゅうぎゅうに押し込んで何とか運べるほどのドロップアイテムを回収することができた。
「ありがとう、レッジさん! これだけあればモジュールと交換できるよ」
腹も膨れて元気を取り戻したシフォンが溌剌とした笑顔をこちらに向けてくる。うんうん、やはりシフォンは元気に笑っているのが一番だな。
「それじゃあ中央制御区域に戻りますか」
周辺の片付けも終わり、ポイントも稼ぎきった。これ以上ここに留まる理由もない。闇から飛び出してきた武者を切り伏せながら、トーカが言う。
「では、シフォン。切り込み隊長をよろしくお願いします」
「はえっ!?」
「何事も経験ですからね。普段は私たちの後ろに居て、前進しつつの戦いはしてないでしょう?」
「い、いやぁ。ちょっと疲れてて動けないかなって……」
「ご飯もいっぱい食べたみたいですし。私もバックアップしますから。ね?」
「はええ……」
ニコニコと笑みを浮かべたトーカに肩を掴まれ、シフォンも逃げられない。
再び、第一拠点の第十階層に彼女の悲鳴が響いたのは、言うまでもないだろう。
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