第806話「真打ちの登場」
グレムリン。
それが、あの小人の名前だった。
「ははぁ。なるほどねぇ」
それを聞いてすぐに、ラクトは納得のいった顔で頷く。シフォンとエイミーも分かった様子だが、レティたちはきょとんとしている。
「レッジさん、グレムリンってなんですか?」
「機械に悪戯するって言われてる妖精だよ。飛行機のネジを取ったり、ガソリンを飲んだり」
「なるほど。つまり、そのグレムリンたちが拠点を壊したり、機械警備員を改造したりしてたわけですか」
レティは理解が早くて助かる。
おそらく、グレムリン達が現れたのはネセカ達が前回の定期点検を終えた後のことだ。もしくは設備部の方かも知れないが、とりあえず最後にDWARFが起きた時の後だろう。
DWARFたちが点検を終えてぐっすりと眠っている間に、グレムリン達はどこからか現れた。そうして、拠点にあるエネルギー供給システムを破壊したり、機械警備員にめちゃくちゃな改造を施したり、好き放題に暴れ回った。
その結果、第一拠点はネセカ達の想定よりも甚大な損傷を受けていたというわけだ。
「レパパ、そのグレムリンについてはどう書かれてるんだ?」
『フム。ほとんど断片的な情報だけで、解読は困難ですね。ワタクシたちより古い種族であるということくらいしか』
レパパが拾い集めた情報はごく僅かだ。グレムリンに関するデータはほとんど皆無と言って良い。話を聞いていたネセカと、いつの間にか近くに来ていた設備部主任のゾララが、沈痛な面持ちで視線を交差させる。
『ひとまず、拠点を荒らす犯人が分かったのはよい』
『警備部主導で駆除任務を出そう。根元から断たねば、各施設の復旧も進まないだろう』
設備と機械警備員。管轄するものに直接的な被害が出ている点で、ネセカとゾララは一致している。二人は青い瞳に怨念と殺意を宿して、強い口調で言った。
心境としては、畑を荒らす猪か鹿を見つけた農家のようなものだろうか。
「とはいえ、グレムリンの討伐は一筋縄じゃいかないんじゃないか?」
「ですよね。カメラにも映らないですし、かなり機敏ですし」
「耐久力は分からないですね。一太刀届けば仕留める自信はあるんですが……」
ドワーフたちが戦意を昂ぶらせているのは結構だが、実質的に相手をするのは俺たち調査開拓員だ。グレムリンの対応策も、こちらで考える必要がある。
見た目からして、恐らく防御力よりも俊敏さを活かして逃げ回ることが基本戦術であるタイプの原生生物だ。動きを封じることさえできれば、レティたちが倒してくれるだろう。
問題は、その動きを封じることどころか、まず見つけることからして難しいという点だ。
「まあ、その辺は追々かな。任務が公開されたら、他のプレイヤーも知恵を絞ってくれるだろうし」
結局、俺たちがその場で少し考えた程度では打開策は見つからない。ひとまず、ネセカがグレムリン駆除任務を作成し、開拓団側との協議を経て報酬の繙読協力ポイントの量を決める。その上で任務が公開され、血の気の多い調査開拓員がそれを受ける。その流れは変わらない。
「ちなみに、司書部には影響は出てないのか?」
ふと、興味本位でレパパに訊ねる。拠点の設備と警備員には甚大な被害が出ているが、レパパは二人ほどの強い興味をグレムリンに向けていない。
俺の問いに、ドワーフの女史は眼鏡の奥の瞳をじろりとこちらに向けた。
『明確にグレムリンによるものと断定された資料の汚損は確認されていません。それよりも、あなた方調査開拓員と機械警備員の戦闘の余波で破壊された資料の方が多いです』
「ぐ、すみません……」
記録保管区域には莫大な資料が保管されている。俺たちはそこで暴走状態の機械警備員たちと戦うことになるわけだが、あまり激しく動き回ると周囲の資料が破壊される。司書部としては、そちらの被害の方がよほど目に余るようだ。
あまり深追いするとこちらが火傷しそうだと直感し、俺はそそくさと撤退する。レパパはこちらを一瞥したあと、鼻を鳴らしてデータの解析業務に戻った。
「レッジさーん。任務が出るまで暇ですし、食品部で何か買いませんか?」
「新商品の金剛芋グラタンが出たんだって!」
レティとシフォンに誘われて、俺たちは食品部の区画へと移動する。以前は急場凌ぎの炊き出しのような様相だった食品部も、余裕が出てきたのか椅子やテーブルも揃ったフードコートのようになっている。
せっかくだし、何か食べながらブログでも書こうかと考える。周りを見渡すと、エイミー達がすでに席取りをしてくれていた。
「もう何か食べてるのか」
「プレイヤーの店も来てるみたいでね。フィナンシェのお店が多いのよ」
テーブルに腰を落ち着けると、エイミーが黄金色のフィナンシェを一つ差し出してきた。ドワーフたちの大好物にもなったフィナンシェは、彼らの間で擬似的な通貨としても使われているらしい。
〈料理〉スキルを持つプレイヤー、特に製菓方面に強いパティシエたちにとっては書き入れ時なのだろう。DWARF食品部の店に混じって、プレイヤーの露店がいくつも並んでいる。
「ふぅん。……うまいじゃないか」
エイミーが買ってきたフィナンシェは、焼きたてなのか表面がさっくりとしている。割ると中から熱い湯気が出て、ふんわりと柔らかい生地から甘い香りが漂う。やはりプレイヤーメイドのフィナンシェは美味しいな。
「レッジさん! あ、あーん!」
「あっづっ!?」
甘い余韻に浸っていると、頬に灼熱の芋が押しつけられる。思わず椅子を蹴倒して飛び上がると、レティがあわあわと耳を振って慌てる。
「す、すみません! ちょっとやってみたくて」
「グラタンでやらないでくれよ……」
レティの手に握られているのは、熱々のチーズが絡んだホックホクの芋だ。いわゆるポテトグラタンと言う奴で、めちゃくちゃに熱い。ほんとうに熱い。
「レッジさん! めっちゃ長いポテトあったよ!」
そこへ興奮したシフォンがやって来る。彼女の手には、全長1メートルはあろうかという細長いフライドポテトの紙パックがあった。
「本当だ。ラクトとどっちの方が長いかな」
「流石に馬鹿にしてない?」
笑って言うと、ラクトがテーブルの下で膝元を蹴ってくる。
「ミカゲ、白花蟻フレーバーと黒沼苔フレーバー、どっちのポテトがいいですか?」
「……どっちも嫌」
トーカとミカゲの姉弟も仲睦まじく揚げ芋の味を選んでいる。食品部の提供する料理はDWARFの伝統料理だというが、いったいどういう食生活なんだろうか。俺たちはロボットだから、鉱物由来の油だろうが鋼のように硬い芋だろうが、問題なく食べられるけど。
「あれ? レッジさんじゃないですか!」
どうでも良いことを考えつつブログの内容を書き出していると、不意に名前を呼ばれる。驚いて振り返ると、見覚えのあるタイプーライカンスロープとタイプ-フェアリーの二人組が立っていた。
「レトとプラムか。二人も第七階層まで来てたんだな」
金髪で人懐こい大型犬を彷彿とさせるレトと、銀髪で淑やかな佇まいのプラム。二人は、俺がエイミーと共に第二階層で遭難していた際に出会ったプレイヤーだ。
「レッジさん、この方々は?」
「命の恩人みたいなものだな」
怪訝な顔をするレティたちに、二人を紹介する。
「命の恩人だなんて! 俺たちもレッジさんたちのおかげで無事に生還できたんですから」
「そりゃ良かった。元気そうで何よりだよ」
レトたちとは、第二階層で物資を提供するかわりに情報を貰うという取引を行った。そのおかげで攻略を進めることができたのだから、本当にありがたい。
「二人はポイント稼ぎか?」
「それもありますけど、第七階層に出るという金眼の幽霊を探してたんです。見つけたら、良いネタになるかなって」
せっかくだからと席へ促すと、二人は素直に応じる。レトの口から飛び出した言葉に、俺は思わず声を上げた。
「そのことなら、そのうちDWARF側から任務が出るぞ」
「何か知ってるんですか!?」
俺が言うと、それまで静かだったプラムが突然こちらへ詰め寄る。
「お、おう……。さっき、俺たちもそれに出会ってな」
プラムは調査系のスキルも揃えていることもあり、そういったものに興味があるらしい。それを調べてwikiに情報を載せれば、編集者としての成果となる。
「ぜひ、情報をご提供頂けませんか? 謝礼は弾みますし」
「そうだなぁ」
個人的には別にタダで教えてもいいと思う。どうせ、すぐにネセカ達から公表されるだろうしな。
しかし、レティの方へ目を向けると、彼女はかすかに首を振る。こういったものは、きっちりと取引の体を整えた方がいいのだろう。
「――あ、プラムって〈筆記〉スキル持ってたよな。絵は得意か?」
「えっ? まあ、多少は……」
「じゃあ幽霊の絵を描いてくれよ」
プラムは俺の要望に困惑しつつも頷く。
交渉は成立したというわけで、俺は金眼の幽霊ことグレムリンに関する情報を彼女に伝える。彼女はそれを元に、グレムリンの絵を描いていく。
「ばばーん! って壁を壊したら、ぎょえーって感じの眼がこちらを向いてですね。トーカがズバン! と切り込んだんですが、シュパパッ! と逃げちゃって――」
「あの身のこなしはやはり厄介ですね。まあ、次はないですけど。とにかく眼が大きくて視野が広く、夜目も効くのでしょう。あ、だからといって逃しはしませんよ? そもそも私の抜刀術であれば――」
「そうねぇ。身長はフェアリーよりも小さいわね。ドワーフと同じくらい。眼が大きくて金色で、耳も広かったわ」
「青白い肌で、手足はひょろ長かったですねぇ。結構気持ち悪い感じでしたけど、デフォルメしたらゆるキャラになりそうな――」
更にレティたちからも情報を聞き取り、イメージを固めていく。彼女たちの様々な言葉をプラムは黙々と受け止めて、必要なものだけイラストに反映していく。
「レッジさん、カレー味のポテトがありましたよ!」
「レトはカレーが好きだなぁ」
「ホットチリ味もありました!」
その間、レトは自由気ままに芋を食べ続けていた。
「おお、上手いですね」
「やっぱ本職は違うわねぇ」
「そんな! わ、私はぜんぜんですけど……」
プラムの手元を覗き込み、レティたちが感心する。実際、彼女の描いたグレムリンは実際に見てきたかのようにリアルなものだった。
「やっぱりレティの証言が良かったんですかね?」
「私の絵でしょう。躍動感は引き継がれていますよ」
「ははは……。どうぞ、こんな感じです」
レティとトーカが互いに張り合っているのを傍目に、プラムが完成した絵を渡してくれる。
「流石だな。めちゃくちゃ上手い」
「ありがとうございます」
この絵を司書部のレパパに渡しても良いかと訊ねると、プラムは驚きながらも了承してくれた。これがあれば、グレムリンの情報もより効率的に集めることができるだろう。
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Tips
◇金剛芋グラタン
DWARFに伝わる伝統的な料理。金剛芋を破砕し、600℃の鉱石油で上げたものを、たっぷりのチーズと共にオーブンで焼き上げた料理。非常に熱く、火傷に注意が必要だが、ミネラルたっぷりでとても美味しい。ただし熱い。
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