第805話「画伯達の品評会」
青白い肌をした小人が、大きな瞳でこちらを見つめる。横に広い口からは黄ばんだ鋭利な牙が見え隠れし、節くれ立った長い指にケーブルを掴んでいる。
『ギエエエッ!?』
両者硬直の後、小人が奇声を上げて跳ねるように逃げていく。
「逃がしませんっ!」
その後をトーカが追いかける。一人離れて先行させるわけにもいかず、俺たちも慌てて続く。
「レッジさん、あれ原生生物ですよ!」
「原生生物? 機械じゃないってことか」
「まあどう見ても生身だもんねぇ」
レティが素早く『生物鑑定』を行い、小人が生物であることを看破する。ということはつまり、機械警備員などとは全く異なる存在であり、そして敵ということでもある。
『ギエッ! ギエッ!』
「うぉぉおおおっ!」
ピョンピョンとカエルのように跳ねながら移動する小人を、トーカが追いかける。しかし細い秘匿通路の中は配線や配管が複雑に絡まり合い、思うように速度が出せない。対する小人は勝手知ったる庭のようで、
するすると障害物をくぐり抜けていく。
「ラクト、矢で射抜けないか?」
「曲がり角が多すぎて直線が取れないよ!」
俺たちも見失わないように追跡するのがやっとで、攻撃を加えることはできない。
「とりあえず写真は撮った。一旦退却して、ネセカたちに報告しよう」
「うぉぉぉぉぉおおおっ!」
秘匿通路は未探索領域の多い第七階層でも特に謎に満ちた場所だ。曲がり角や分岐も多く、気を抜けばすぐに遭難してしまう。一度制御区域に戻って態勢を立て直すことを進言するが、トーカが止まらない。
「ええい、トーカも冷静になりなさい!」
「ぎゃっ!?」
なおも小人を追いかけようとするトーカの襟首を、レティが強引に掴む。首の絞まった彼女が潰れたカエルのような声を上げる。
「す、すみません。初撃を外したのが悔しくて……」
「あれ、当てるつもりだったのか」
しょんぼりと肩を落とすトーカの言い分に呆れる。レティが壁を壊し、まだ粉塵の舞っているなかで放たれた抜刀は、相手を牽制するためのものだと思っていた。しかし、彼女は最初から殺意マシマシで剣を抜いていたらしい。
「トーカの抜刀をギリギリとはいえ躱すとはね。シフォンくらいの回避能力はありそうじゃない?」
「わ、わたしはあんなのじゃないよ!?」
エイミーの軽口に、シフォンが抗議の声を上げる。
その一幕で緊張も解け、俺たちは一度帰還することとした。……だが、しかし。
「あっれぇ。おかしいな……」
制御区域の情報処理端末の前で仕事をしていたネセカの元へ訪れた俺は、そこでカメラに収めたはずの写真を確かめて驚いた。確かに捉えたはずの小人の姿が、まるで後から加工したかのように綺麗さっぱり消えていたのだ。
『本当に、小人が?』
「ああ。ドワーフくらいの身長だったけど、手足がひょろ長かった。青白い皮膚が露出してて、体毛は無いように見えたな。あと、耳と眼が異様に大きかった」
『ふむ……』
仕方がないから口頭で伝えると、ネセカはヒゲを撫でながら首を捻る。どうやら、そのような特徴に一致する外見を持つ存在に心当たりはないようだ。
「DWARFの職員ってことはないのか?」
『そのような者は知らないな。……もしかしたら、レパパなら何か知っているかもしれん』
ネセカはそう言って椅子から立ち上がる。俺たちを連れて、彼は司書部の集まる一角へと向かった。
『ほーほっほっほっ! データがドンドン解析されてゆきますよ! これこそワタクシたちDWARFの叡智! 文明の築き上げた宝!』
『レパパ、少しいいか?』
第七階層の攻略が進んだことで、ひとまず電源区域は最低限の復旧が進んでいる。早速導入された情報端末機器にこれまで書類に記していたデータを流し込んでいた司書部長のレパパは、不意の横やりに不満を露わにしながら顔を向けてきた。
『なんですか? 見ての通り、ワタクシは今とても忙しいのですが?』
『レッジたちが第七階層で変な生物を見たようだ。私たち以外のDWARFがいるということはないか?』
『ありえません。DWARFはコシュア=エグデルウォンによって創設された専門集団。その人員はワタクシたちだけです』
毅然とした態度で返された答えに、ネセカは肩を竦めて俺を見る。先ほど彼に行った説明を、もう一度レパパにしろということだろう。
「第七階層の壁の向こう、秘匿通路にいたんだ」
『また壁を破壊したのですか!? ゾララに怒られても知りませんよ?』
「レパパもこの前の停電の時に怒られてたじゃないか……」
自分のことを棚に上げる司書部長にがっくりと肩を落としつつ、説明を続ける。小人の容姿を伝え、それが写真には映らなかったこと。調査開拓員の間でその存在が噂になっていることも付け加える。
『フゥム。興味深い話ではありますが……』
大体の説明を終えると、レパパは眉間に深い皺を寄せて考え込む。司書部長という役職に就いているだけあって、彼女は他のDWARFたちと比べても知識が豊富だ。その頭脳に収められた膨大な情報を探っているのだろう。
『フム。全然分かりませんね』
「ええ……」
しかし、数秒後。彼女はけろりとして簡潔に言う。肩すかしを喰らったような気がして力が抜けてしまった。
『とはいえ、司書部として確認している資料の中に何かあるかも知れません。少々お待ちください』
レパパはそう言うと、テーブルに置かれた巨大なキーボードを猛烈な勢いで叩き始める。俺たちの見慣れたものよりも更に巨大で、大量のキーが並んだものだ。司書部が情報処理端末の復旧に歓喜していた理由が、その打音を聞いているうちに分かる。
「おお、どんどん情報が流れていってるよ」
『凄いでしょう? これこそがDWARFの根幹を支えるデータベースシステムですよ!』
空中に投影されたウィンドウに、ドワーフ語とでも言うべき記号の羅列が瞬間的に流れていく。石塔の碑文に記されていたものと同じ文字だから、〈解読〉スキルを持っていれば、時間さえ掛ければ読み解けるのだろうが、到底そんな余裕はない。
第一拠点の第三階層から、第七階層まで。ここまでの攻略で発見された資料だけでも莫大な物量がある。司書部はそれを管理し、再びデータベースに収容していた。そして、その中から目的の情報を見つけることもまた、彼女たちの職分なのだ。
『信頼性の低いもの、断片的なもの、復号作業中のものも含めて7千億件以上がヒットしました。ここから更に絞り込むなら、外見の視覚的なデータも欲しいですね』
「だいぶ多いな……」
検索の結果、レパパからは予想外に多い成果が上げられた。多すぎて逆に困るくらいだ。とはいえ、それもこちらのアバウトな説明が原因なのだろう。せめて写真が撮れていれば、もっと確実に絞り込めるはずなのだが……。
「レパパさん、これでどうですか?」
「うわっ!?」
その時、レティが可視化させたウィンドウをレパパに差し向ける。そこには何やら黒くて太い線がぐちゃぐちゃに絡まった絵が描かれていた。
『なんですか? モップ?』
「謎の小人ですよ!』
どうやら、レティ画伯が描いた小人の絵だったらしい。その素晴らしい出来映えに、俺たちは無言で顔を見合わせる。
『ダメですね、データベースに読み込んだらエラーが出てきました』
「どうしてですか!?」
冷めた表情で首を振るレパパに、レティが愕然とする。
〈筆記〉スキルがないため、色々と制限されているとはいえ、パソコンOSに標準で付いてくるペイントソフトくらいの機能はメモアプリで使える。それを利用して描かれたレティのイラストは、何の役にも立たなかったらしい。
『レパパさん、これはどうですか?』
とはいえ、レティのおかげで活路は見出せた。次はトーカが記憶を掘り返して小人の絵を描いて見せる。
『棒人間……?』
「うぐぅ。立体的なのは得意ではなくて」
トーカが描いたのは、棒人間の簡素な絵だ。レティのものよりは分かりやすいが、それでも実物にはほど遠い。
「二人とも絵が下手だねぇ。下手っぴだよ!」
そう言って、撃沈した二人を押し退けるのは、妙に自信のある笑みを浮かべたラクトである。しかし、その絵を見たレティとトーカは憮然とした顔になる。
「同じ様なもんじゃないですか」
「五十歩百歩って知ってますか?」
「失敬な! わたしのはちゃんとカラーなんだからね!」
ラクトの絵は、二人の黒一色とは違って色が塗られていた。……そのせいで逆に輪郭が分からなくなって混沌としているが。
「エイミー先生」
「ちょっとレッジ!? わたしの絵はダメなの?」
三人を置いてエイミーに希望を託す。ちなみに俺も絵はあんまり得意じゃないからな。図面なら多少掛けるが、こういうのは苦手なのだ。
「私もあんまり得意じゃないんだけど……」
「いや、上手いだろこれは」
エイミーの作品は、小人の姿がしっかりと描かれていた。まるで解剖図、とまでいうとアレだが、きちんと対象が分かるように特徴が捉えられている。
『フム。これなら絞り込めそうですね』
「さらっと酷いこと言いますね!」
エイミーの絵を受け取ったレパパが、頷いて機械に取り込む。レティたちが口をへの字に曲げるが、全くもって気にしていない様子だ。
『とはいえ、正確性は写真に劣ります。他の方からも情報提供を頂きたい』
「レティたちの使って良いんですよ」
『ノイズを増やしたら結果が滅茶苦茶になりますので』
「ぐぬぬ……っ!」
素気なくあしらわれるレティが少し可哀想に思えてきた頃、黙々と筆を動かしていたシフォンがようやく頭を上げる。
「えへへ。あんまり上手く描けなかったなぁ」
そう言いながら差し出されたのは、可愛らしくデフォルメの効いた小人の絵だった。とはいえ、大きい眼と耳や長い手足など、特徴は押さえられている。少なくとも、モップやら棒人間やらモザイク画などには見えない。
『フム。これも手がかりになりそうですね』
レパパの審査も通過し、シフォンの絵も機械に取り込まれていく。
「シフォンはこちら側だと思ってたのに……!」
「はええっ!?」
その様子を、レティが唇を噛んで見ていた。
「……こんなので、どう?」
その時、ずっと黙っていたミカゲがウィンドウを見せる。
「んぎっ!?」
それを見たレティが、喉の奥で声を上げる。
「おお、凄いな」
俺も思わず感嘆を漏らす。それほど、ミカゲの絵は素晴らしかった。彼が目にした光景が細やかに分離され、整理され、再構築されている。まさに、一流の美術館に収蔵されていてもおかしくないような――。
「凄い、抽象画ですね……」
めちゃくちゃに難解な絵だった。
レティの率直な感想に、全員が揃って頷く。言われてみればあの小人をモチーフにしているんだろうな、ということが辛うじて分かるが、ほとんど記号と色の組み合わせである。ラクトのそれに“混沌”という題名を付けるとすれば、こちらは“秩序”としてもいいかもしれない。
「昔から絵はあんまり上手くないんですよねぇ」
「……姉さんに言われたくない」
やれやれと首を振るトーカに、ミカゲは珍しくむっとする。いや、まあ上手いか下手かで言えば、ミカゲの絵は決して下手ではないというか、芸術的なのだが。芸術的すぎるというか。
「ていうか、レッジさんも描いてくださいよ。みんな描いたんですから」
「ええ……。俺は下手だって自覚してるからなぁ」
「それじゃあまるでレティたちが自覚してない下手みたいじゃないですか!」
ぶんぶんと耳を振り乱すレティに圧され、俺も渋々筆をとる。しかし、本当に下手なのだから、あまり気が進まない。
それもこれも、小人がくっきりカメラに収まってくれていれば良かったものなのに……。いっそのこと多少無理をしてでも捕獲しておけば良かった。
後悔先に立たずという言葉を噛み締めながら、筆を進める。そうして、なんとか完成まで漕ぎ着けた。
「はい、こんなもんじゃないか」
「……普通ですね」
「だから言ったじゃないか」
提出した絵を見て、レティが何故か悔しげに言う。良くも悪くも、平均的なおっさんの描いた絵でしかないのだ。
『……まあ、たぶん大丈夫でしょう』
それでもなんとかレパパのお眼鏡には適ったようで、俺の絵は採用される。それだけでレティたちから恨みがましい視線を向けられたが。
取り込んだ画像データを元に、レパパが更に情報を絞り込んでいく。7千億もあった膨大な情報から、エイミー、シフォン、俺の画像を照らし合わせ特徴の合致するものを選び取る。そんな気が遠くなるような作業を、情報処理端末は迅速に行っていた。
そして――。
『フゥム……』
残った数千の結果を、レパパが驚異的な速度の目視確認で選別する。厚いレンズの奥の瞳は瞬き一つせず、乾いていくことすら忘れたようで、じっとウィンドウを注視する。
長い長い検索時間。調査開拓員が拾い集め、司書部が整理しなおした莫大な情報の海から、目的の一滴を摘まみ取る。
『――グレムリン。DWARF創設期以前の古い資料に、ごく僅かですが記述がありました』
司書部長レパパが口にする。
それが、謎の幽霊の名前だった。
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Tips
◇メモアプリ
八咫鏡に標準で付属しているアプリケーション。簡単なテキストデータの作成や、イラストの描画ができる。機能はシンプルで誰でも扱えるが、必要最低限で高度なツールはない。〈筆記〉スキルのレベルを上げることでより高度な機能が解放される。
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