第804話「闇を歩く幽霊」
改造された機械警備員の報告は、その後も増え続けた。どうやら俺たちの見つけた電源区域のモジャモジャが第一号だったようだが、それを皮切りに第七階層を探索する調査開拓員から次々と話が上がってきたのだ。それらに共通するのは、通常の機械警備員よりも一段階戦闘能力が高まっていること、それと反比例するように構造としては脆くなっており、外見的にはまるでスクラップを継ぎ接ぎしたかのような歪なもの、という三つの点だ。
ドワーフたちにとっても
「聞きました? 第二拠点の方でも
「そうなのか。ますます奇妙だなぁ」
鮫頭のハンマーが機械百足の頭を潰し、動きの止まったところで大太刀が輪切りにする。間髪入れずに氷の槍がそれを貫き、一瞬にして機能を停止させる。
トーカたちとの卓越した連携を見せながら、レティは世間話をするかのように話しかけてきた。
俺たちは現在、第一拠点の最前線である第七階層の攻略を進めている。今回現れた敵も、通常の“
「これらがどうやって生まれているのかも分からずじまいですからね。不思議というか、怖いというか」
「トーカにも怖いものってあったんですねぇ」
刀を鞘に収めつつ零すトーカ。彼女の言うとおり、改造機の出自は未だ明らかになっていない。何者かによって手が加えられているように見えるのだが、それが実際に第三者によるものなのか、機械警備員の暴走の結果なのかも判然としていない。
「私にだって怖いものくらいありますよ。冬眠明けの手負いのヒグマとか」
「それはもうどうしようもない奴なのでは?」
「山籠もり中に出会った時は流石に肝が冷えましたねぇ」
「実体験なんですか!?」
トーカたちが楽しげに話しているのを傍目に、改造された機械百足の解体を進める。手に入るドロップアイテムは、どれもスクラップ同然のほとんど利用価値のないものだ。ネセカの所へ持ち込んでも、二束三文にしかならない。
そう言った意味でも、改造機と遭遇するのはあまり嬉しくない。
「ねぇ、レティ。第一拠点に幽霊が出るって噂、知ってる?」
「あーーーっ! あんな所に鎧が! ぶっ壊しますよ!」
妖しい笑みを浮かべたラクトが囁いた瞬間、レティは脱兎の如き勢いで駆け出し、ふらりと現れた黒い機鎧をハンマーで粉砕した。ちょっと横切っただけなのにスクラップにされてしまった機鎧には申し訳ないが、臨時収入になってもらおう。
「レティ、あんまり離れないでよ」
「うぅ。だってラクトが……」
自分のカバーできる範囲から飛び出したレティを、エイミーが注意する。レティはしょんぼりと耳を垂らしながら、粉砕した機鎧を引き摺って戻ってきた。
大抵の原生生物には臆さず立ち向かうレティだが、唯一幽霊などが大の苦手なのだ。まあ、その理由も物理攻撃が効かないというものなのだが……。
ともかく、予想以上の反応を見せたレティに、ラクトがクスクスと笑う。
「ラクトもあんまりいじめてやるなよ」
「はーい」
俺が軽く諫めると、ラクトは間延びした声を返してくる。それはそれとして、彼女の話には興味があった。
「その幽霊の噂ってのは本当にあるのか?」
「うう、レッジさんまで!」
「まあまあ。――一応ほんとだよ。掲示板にちょろっと書かれてるだけだけど」
ラクトが話し始めた瞬間、レティは両耳を頭に押しつける。そんな様子に苦笑を零しながら、シフォンたちは興味深そうに近づいてきた。
「今の段階で第七階層を探索してるプレイヤーからの報告が多いから、信頼性は高い気がするんだよね。まあ、掲示板情報ではあるんだけど……」
掲示板は即時性の高いナマの情報を手に入れやすいが、反面匿名性が強いこともあって信頼性は少し低い。より確実な情報が欲しい場合は、編集者のデータが履歴として残るwikiの方が秀でている。
とはいえ、ラクトの言うように今の段階で第七階層に到達しているプレイヤーならばある程度
「見ての通り、ここって暗いじゃない? だから、周囲を注意深く観察しながら歩くんだけど――」
第七階層に限らず、記録保管区域は真っ暗だ。電源区域の復旧が完了していないのもあるが、施設自体ができる限りローコストに機能するように設計されているため、もともとの照明が少ないらしい。幸いと言っていいのか、ドワーフたちはある程度夜目が利くようで、多少の暗さならばあまり不自由はしないとのことだ。
まあ、俺たち調査開拓員はモデル-リンクス――猫型のタイプ-ライカンスロープ以外は苦労しているわけだが。
「暗い通路の奥に、金色に光る目を見た! って話があるんだよね。攻撃は当たらないし、罠にも掛からない。カメラやセンサーなんかを仕掛けててもヒットしないんだけど」
「はええ。ほんとに幽霊みたいだね」
不思議でしょう、と総括するラクト。シフォンはこういうことに抵抗はないようで、むしろワクワクとしている様子だった。
「でも、見間違えとか光の反射とかじゃないの?」
「あとはプラズマとか!」
エイミーが指摘し、レティがすかさず重ねる。
「プラズマはともかく、見間違えることってあるかな? 暗闇で光ってる目だよ?」
「未確認のめっちゃくちゃ素早い機械警備員のライトとか」
「そんなのいるかなぁ」
エイミーはどうにか現実的に考えられそうなものを捻りだそうとしているが、ラクトは眉を顰める。
「もし、新種の機械警備員なら任せて下さい。逃げられる前に叩き切ってやりますよ! 幽霊でも気合いで叩き切りますが!」
トーカはトーカで頼もしいのやら不安なのやらよく分からないことを言っている。彼女の抜刀なら物理的に斬れない相手でも斬れそうなのが、不思議なところだ。
「こういうのはやっぱり、ミカゲの方が専門じゃないの?」
ラクトが話を差し向けたのは、周囲を警戒していたミカゲだった。不意に俎上に載せられた彼は、驚いた様子で首を振る。
「……僕は、呪いとかなら話せるけど。〈霊術〉は専門外」
「むしろカエデの方が専門かもな」
その名前を口に出すと、トーカがあからさまに口をへの字にする。
「そういえば、〈紅楓楼〉の皆さんは最近どんな様子なんですかね」
「知りませんよ。第二拠点の方で遊んでるらしいですけど」
どうやら、カエデたちは順調に実力をつけているらしい。
トーカがより難易度の高い第二拠点の方へ行きたがらなかったのは、それも関係しているのかもしれないが。
「ま、餅は餅屋ってことで、幽霊騒ぎのことは霊術師の皆さんに任せましょうよ。レティたちは機械をぶっ壊すことだけ考えてればいいんです」
「それもそれでどうかと思うけどなぁ」
短絡的な結論を出し、レティは強引に話題を断ち切る。彼女はこれ以上その話をしていたら本当に出てきそうだと、耳を振りながら歩き出した。
「大体ですね、幽霊なんて非科学的なものがこの世界にあるとは思いませんよ。理性と理論に則って、冷静な思考を行うべきです」
「いやぁ。最近は割とファンタジックな事もあると思うわよ?」
肩をいからせて歩くレティに、エイミーがにやにやとして突っ込む。
……白神獣とかは結構ファンタジーな存在だよなぁ。
そう思って足元を歩く白い子鹿を見下ろす。彼は退屈そうな顔をして、腹が減ったと俺の手を舐めてきた。
「さっき休憩中にリンゴ食べただろ」
そう言って突っぱねると、彼は白けたような顔をして軽く鼻を鳴らす。
「きょべええええっ!?」
その時、突然レティの悲鳴が響き渡る。敵襲かと全員が武器を構えるが、周囲には暗闇しか見えない。先頭に立っていたレティだけが、ブルブルと震えながらハンマーを抱いていた。
「どうした、レティ?」
「ほわ、ほわ……」
慌てて駆け寄り事情を聞くが、彼女は要領の得ない声を漏らすだけだ。そうして、小刻みに震えながら前方を指さす。
「き、金色の目が……!」
「金色の目?」
ラクトがつい今しがた言ったばかりのものだ。第七階層に現れる金色の目の幽霊。その姿は捉えられず、実体は杳として知れない。
「見間違いじゃないのか?」
「違いますよ! 確かに見たんです!」
訝しんで訊ねると、彼女は断固として返す。経験豊富な彼女が索敵で間違えることも少ないだろうし、そもそも感覚器の優秀なタイプ-ライカンスロープが何かを発見した時は、用心した方がいい場合が多い。
「ひんひん……」
「おお、よしよし」
鼻を鳴らすレティの頭を撫でると、彼女はこちらに額を押しつけてきた。ここまで弱ったレティを見るのは珍しく、反応に困ってしまう。
「うーん。それらしい気配はしないわね」
「無差別にアーツ撃ってみる?」
「流石にナノ粉の無駄遣いじゃない?」
エイミーたちが油断なく周囲を警戒するが、何かが見つかる様子もない。やはりレティの思い過ごしだったのだろうかと思ったその時だった。
「――ッ! そこですかっ!」
レティが突如、耳をピンと立てる。
彼女は流れる所作でハンマーを取り出すと、通路の壁を睨む。
「『時空間波状歪曲式破壊技法』――」
彼女の周囲の空間が波打つ。赤く刺々しいエフェクトが包み込む。
「――『大割砕』ッ!」
レティは躊躇なく、壁を叩く。その衝撃は次元を揺らし、物質の根源にある存在意義を破壊する。既存のあらゆる干渉を受け付けない硬壁が、呆気なく破砕される。
「きょえええええっ!」
奇声を上げるレティ。轟音を立てて壁が崩れる。
「っ! 捉えたっ!」
その直後、トーカが壁の向こうへ飛び込む。
もうもうと舞う土煙の中で銀の刃が煌めく。
『ギエッピ!?』
壁に大太刀の切っ先が突き立てられる。それに悲鳴を上げたのは、青白い肌をした醜い小人だった。それはギョロリとした大きな眼を金色に光らせ、怯えた様子で身を縮めながらこちらを見ていた。
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Tips
◇『大割砕』
〈
純粋な力を鎚に込め、物体を破壊する。対象が硬ければ硬いほど、破壊力も高まる。
その打音は解放を喜ぶ万雷の拍手となる。
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