第801話「帰還即出動」

「うぅ……。ぜったいリアルじゃお酒飲みません」

「まあまあ。飲み過ぎると良くないって分かって良かったじゃない」


 体内に吸収されていた血液を全て吐き出し、ようやく落ち着きを取り戻したトーカは、それでもまだ顔色が少し悪い。頭も痛いようで、額をスポドリのボトルで冷やしている。げっそりとした表情で決意を固める彼女を、エイミーが背中を摩りながら慰めた。

 普段が大人びているため意識しないが、彼女はリアルだとまだ未成年らしいからな。VR上で予行演習ができたのはある意味良かったのかもしれない。


「ともかく、第六階層の書庫番討伐完了ですね。そちらは素直に喜びましょう!」


 気を取り直し、レティが明るい声を上げる。

 広いホールの真ん中でスクラップの山と化した“書庫番”こと“侵入者抹殺特殊重機鎧-Mk.Ⅰ”を討伐できたのは、やはりトーカのおかげだろう。モデル-オニの扱いは非常に難しいが、それに値するだけの力がある。しかも――。


「トーカって酔ってる時の方が強かったりしない?」

「そ、そうですかね? フラフラしてた記憶しかないんですけど……」


 ラクトが指摘するように、トーカの実感はともかく、傍から見ている分には、彼女は酔えば酔うほど剣技も冴えていた。おそらく、通常は複数パーティでのレイドで挑む“書庫番”を圧倒できたのも、そこが大きい。


「それならもうちょっと続けてみましょうか」

「吸血は程々にね。自分で制御できる分量を弁えれば、結構楽しいものよ」


 エイミーが先達の言葉を送る。トーカはスポドリのボトルを握りしめ、コクコクと頷いた。


「しかし、モデル-オニの欠陥が本当に欠陥だったな。このぶんだとモデル-ヨーコも気になるんだが……」

『ううむ……』


 中央制御区域へと向かいながら、T-1へ話を差し向ける。彼女もその懸念はあるようで、あまり浮かない顔で悩んでいるようだ。


『だから妾は時期尚早だと言ったのじゃ。じゃのに、T-3が強行したのじゃ。妾は悪くないのじゃ』

「いや、T-1を責めてるわけじゃないんだけどな?」


 トーカがオニの力を手に入れたということは、今日のうちにも他のプレイヤーも追随してくるだろう。ポイントを稼ぐため延々と籠もっていたのは、何も彼女だけではない。

 となれば、モデル-オニの力と欠陥も露呈する。


「この段階でモジュールを手に入れられるような人は、嬉々として血を浴びにいきそうですけどね」

「それ、私のことも変人だって言ってませんか?」

「変人なんて言ってませんが!?」


 トーカに睨まれレティが耳を震わせるが、彼女の言うこともあながち間違っていないだろう。今の段階でオニのモジュールを入手できる奴は、大体そういうやつだ。


『おそらくじゃが、実戦投入されたモジュールの実績からフィードバックも行われるはずじゃ。アップデートを重ねていけば、“血酔”状態の回避はともかく、軽減はできると思うのじゃ』

「それなら助かるのですが……」


 確約はできぬがな、とT-1は曖昧な笑みを浮かべて胸を叩く。今のままではモデル-オニは性能が尖りすぎだし、もう少し万人に扱いやすいようチューニングされるのも妥当だろう。


「ちなみに、モデル-ヨーコにはどんな欠陥があるの?」


 暗がりから飛び出してきた黒スライムを火炎放射で蒸発させながら、興味本位といった様子でシフォンが訊ねる。しかし、T-1は言い淀み、眉を寄せて低く唸った。


『色々あるんじゃよなー。そのうちどの程度が解消されて、どの程度が残っているのか、妾はもう知らぬわけで』

「担当から外されたもんな。稲荷寿司の食べ過ぎで」

『ぬわああっ! 違うのじゃ、“五穀豊穣”はそういうのじゃないのじゃ!』

「はっはっは」


 T-1がぽかぽかと俺の腰を殴ってくるが、管理者機体は戦闘能力がないからか、全然痛くない。むしろ、対戦ゲームで姪を負かして泣かせたことを思い出して、懐かしさすら感じる。


「レッジさん、なんでそんな優しい目を?」


 T-1に殴られながら笑みを浮かべる俺を見て、シフォンが怪訝な顔をする。何か誤解されてしまった気がするな……?

 頬を膨らせるT-1の頭を撫で、落ち着かせる。


「T-1も変わったよなぁ」

『誰のせいだと思っておるのじゃ……』


 星一つを拓く開拓団の最高指揮官が、私利私欲のためだけにリソースを浪費するというのも、なかなかおかしな話である。しかもそれが、かつては領域拡張プロトコルの進行に強硬な立場を取っていた方なのだから。


「T-1、俺たちに隠してることないか?」

『色々あるのじゃ。一般の調査開拓員には明かせない機密事項は多いからのう』

「そ、そうか……」


 さらりと告げられた事実に、思わず脱力する。冷静に考えれば当然である。彼女はこの開拓団の最高指揮官なのだから。

 結局、彼女が推進していた稲荷寿司促進キャンペーン“五穀豊穣”の詳細もはぐらかされてしまう。今はまだ知るべきではない、ということらしい。

 そんな話をしているうちに、俺たちは第一拠点の中央にある制御区域へと辿り着く。すでに“書庫番”撃破の報は入っていたようで、凱旋する俺たちをネセカたちドワーフが拍手喝采で出迎えてくれた。


『よくやったな、レッジ!』

「俺じゃなくてトーカのおかげだよ」


 階層が一つ進んだことにより、中央制御区域も慌ただしい。歓喜に沸くネセカの背後では、彼の部下たちが何やら金属の筐体と無数のケーブルの束を抱えて走り回っていた。


『皆のおかげじゃ。芋しかないが、いくらでも食べてくれ!』

「お芋ですか!? やったー!」

「あっ! わたし、フライドポテトが食べたいです!」


 大鍋で大量の芋を揚げている食品部のもとへ、レティとシフォンが駆けて行く。二人も激戦続きで腹が減っているのだろう。

 彼女たちが思いもよらぬ芋食べ放題に突撃しているのを傍目に、俺はネセカに周囲の忙しさの理由を訊ねた。


『第六階層の管理権限を回復できた。おかげで、そこにある情報処理端末のなかで使えそうな物を見繕うことができたのだ』

「ほう。それなら、ネセカたちの仕事も捗るんだな」

『一番喜んどるのはレパパの奴だろうな』


 もさもさの白ヒゲを揺らしながら、ネセカが言う。レパパというのは、DWARFの司書部長を務めているドワーフのことだ。

 司書部が占有している一角に目を向けてみると、白い制服を揃えたドワーフたちが眼鏡の奥の青い瞳をギラギラと輝かせ、せっせと書類をデータに変換していた。


『うおおおっ! 皆さん張り切りなさい! しゃかりきに働きなさい! データを蓄積すれば、ワタクシ共の勝ちですよ!』


 その中心で誰よりも興奮し、誰よりも素早く、誰よりも膨大な作業をこなしているのが、レパパ女史である。厚い瓶底眼鏡が、彼女の小さな瞳を大きく映す。

 彼女はドワーフ式らしい細かなキーが無数に並ぶ巨大なキーボードを忙しなく叩きながら歓声を上げていた。


「司書部ってもっと頭脳明晰で冷静沈着なイメージがあったんですけどね」

『あやつらも非効率な書類仕事で鬱憤が溜まっていたんだろうな。なにせ、覚醒してからずっとペンしか握っていなかったわけだから』


 いつもは黙々と任務の斡旋と成果の確認を行い、記録を取り続け、掘り出した資料の整理を行っていた司書部も、今日ばかりは祭りのような騒ぎだ。実際、彼女たちからすれば祭りのようなものかもしれない。


『文明の利器サイコー! 量子演算機サイコー!』

『溜まってた業務が流れ出す!』

『ヒョエアッ!』


 いささかハイテンションが過ぎる気もするが、それだけ普段の業務におけるストレスが凄かったということだろうか。


「しかし、こうして見てるとドワーフってほんとに凄い高度な技術力を持ってたことが分かるなぁ」


 名前にイメージが引っ張られがちだが、彼らは第一拠点のような高度な施設を構築するほどの技術力を有している。今まではアナログな作業をしている姿しか見ていなかったが、電子機器の扱いも手慣れている。


「だからこそ、なんで滅んだのかが分かんないのよね。その理由を追及するのもお仕事なんでしょ?」

「そういうことだな」


 エイミーも同じ疑問を抱いていたらしい。その答えは第一拠点か第二拠点、どちらかのどこかの階層に他の記録に紛れて保管されているはずだ。

 ネセカたちDWARFも“白光を放つ者ホワイト・レイ”の文明が何故滅んだのかは知らない。滅びを予期した“コシュア=エグデルウォン”の指示でこの拠点を建設し、滅びを待たずに長期休眠に入ったためだ。

 DWARFが眠りについた後、“白光を放つ者ホワイト・レイ”の文明は滅び、各地にその残滓を残すのみとなった。そして、彼らの主人たる“コシュア=エグデルウォン”もまた、その実体は杳として知れない。


『フォォォオオオオッ! データベース構築が完了しましたよ! あとはドンドン流し込めば、焼くのも煮るのも自由自在って寸法ですよ!』


 司書部のレパパ女史が奇声を上げる。

 警備部や設備部のドワーフたちが驚いて視線を向けるが、彼女の様子を見るやすぐに興味を失って各々の仕事に戻っていった。


「あの人は、いつもあんな感じなんですか?」

『私たちからしても懐かしい気はするな。じき慣れる』


 デカいポテトバケツを抱えて怯えるレティに、ネセカが肩を竦める。休眠に入る前のDWARFは、ずいぶんと愉快な職場だったらしい。


「うわっ!?」


 突如、部屋が暗闇に包まれる。制御区域内を照らしていたライトの光が全て落ちたのだ。それだけではない、稼働を続けていたシャフトや司書部が使っていた情報処理端末のモニターも動作を止めていた。

 前触れのない停電に、部屋の中は蜂の巣を突いたような騒ぎだ。


『ホアアアアアアッ!?』


 レパパ女史の悲鳴が暗闇に響き渡る。

 即座に警備部が携行ライトを点灯し、状況の把握に努める。彼らの仕事は迅速で、すぐにネセカへと報告があがった。


『第七階層にあったメイン電源システムが想定以上に老朽化していたようです。サブ電源システム、独立電源システムも巻き込んで、強制ダウンが発生しました』

『うむ。独立電源システムの初期化と再起動を急げ。シャフトが復旧せねば、何もできないからな』

『了解!』


 ネセカが指示を下し、ドワーフたちが動き出す。非常事態にも関わらず、迅速かつ冷静な対応だ。


『わ、ワタクシのデータがッ!』


 その傍らで、一人のドワーフが絶望の淵に叩き込まれていた。


『レッジ、帰還早々申し訳ないが……』


 騒然となる制御区域のなか、ネセカがこちらを見上げる。彼の言いたいことは、なんとなく察していた。


「第七階層に行けば良いのか?」

『ああ。設備部の人員を守りつつ、状況の把握を目的とした調査をしてもらいたい。頼めるか?』

「了解。食料だけ補充させてくれないか?」


 シャフトが使えなければ、俺たちも地上には戻れない。それは少々困る。

 俺の要求に、ネセカは即座に頷く。


『食品部からいくらでも持って行ってくれ』

『よろしくお願いしますよ! もう二度と、ワタクシのデータが喪失しないように、よろしくお願いしますよ!』


 いつの間にかこちらへやって来ていたレパパが、俺の腰をがっちりと掴む。眼鏡の奥の瞳が怨念の炎に燃えていた。


「いや、今回は調査だけだと――」

『お願いしますよ!』


 その妙な気迫に圧されて、俺はしぶしぶ頷くほかなかった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇第一重要情報記録封印拠点メイン電源

 第一重要情報記録封印拠点第七階層にある電源区域から供給されるエネルギーを拠点全域に配分するグリッドシステム。大容量エネルギーケーブルが網の目のように巡り、拠点内のあらゆる場所で即座にエネルギーを供給することが可能。

 “当拠点の主要機能である記録保管及び整理のために必要不可欠であり、最優先での復旧を目指すべき項目である。”――DWARF-Ⅰ司書部長レパパ

 “無期限封印期間後、復旧調査によって設備の大規模な劣化が確認される。また、現時点で調査の及んでいない箇所に関しても、当初の想定以上の老朽化もしくは破損があると考えられる。復旧時は慎重な作業を行い、万全を期すべきである。”――DWARF-Ⅰ設備部長ゾララ


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る