第799話「血に酔いしれる」

 “暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”が倒れ、断ち切られた首の断面から赤黒い液体が流れ出す。トーカはそのすぐ側に立ち尽くし、だらりと腕を下げていた。


「す、すごい……。弱点のクリティカルとはいえ、ほぼ一撃で“暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”を倒すなんて!」


 トーカの倒した巨鎧はレティも認める強さだったようだ。レティは血塗れのトーカに惜しみない拍手を送る。


「なあ、なんか様子がおかしくないか?」

「え?」


 物言わぬ骸となった鎧の側で立つトーカを見て、不穏な空気を感じる。レティたちも少し遅れて、それに気がついたようだ。

 トーカが、ずっとこちらに背を向けて立っている。肩を大きく動かし、呼吸も荒くなっているようだ。


「トーカ? どうかした?」


 ラクトが不安そうに様子を窺う。


「くっ……!」

「トーカ!?」


 その時、トーカが苦悶の声を上げてしゃがみ込んだ。異常事態に、エイミーが素早く駆け出す。彼女はトーカの側に向かうと、その背中をやさしくさすり始めた。


「大丈夫? ログアウトした方がいいんじゃない?」

「ち、違うんです。なんだか、ドキドキしてて……」

「ドキドキ?」


 俺たちもトーカの下に集まり、彼女の表情を見る。

 そこで、彼女の赤い角から滲むように額に色が広がっていることに気がついた。


「トーカ、これは……」

「わ、分かりません。“暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”を倒したあとで、急に拍動が速くなって、全身が熱くなって……」


 トーカは荒い息を繰り返す。白い頬が、赤みを増している。


『ま、まさか!』


 それを認めたT-1が、慌てて地面に広がる“暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”の内容液を調べた。

 赤黒い液体は急速に腐り、粘ついた臭気を広げている。それにも構わずT-1は指先にそれを付着させ、鼻先に持っていった。


『すんすん……。やはり、これは擬似的な血液のようじゃな』

「それが何か問題なのか?」


 苦々しい顔になるT-1に事情を聞く。彼女は上方を睨み上げ、眉間に深い溝を刻んだで口を開いた。


『新たに開発を進めておった増設モジュール、モデル-オニは欠陥品じゃ。戦闘能力を高めるために人工筋繊維の増設と高感度センサーの搭載を行ったんじゃが――。ともかく、説明の前にトーカを血の中から離すのじゃ!』

「わ、分かった」


 T-1の指示を受け、レティと共にトーカを支える。“暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”の内容液の外まで移動させ、壁に背をもたれさせた。

 それだけで少し楽になったのか、トーカは呼吸を落ち着かせる。それを見て、エイミーたちもほっと胸を撫で下ろした。


「それで、モデル-オニの欠陥ってのは何なんだ?」

『うむ……』


 T-1はひとつ頷き、口を開く。


『モデル-オニはヒューマノイドの汎用性を維持しつつ、より近接戦闘能力を高めるための増設モジュールじゃ。人工筋繊維はヒューマノイドの標準許容量をギリギリオーバーするほど増設されておるため、体内循環BB量もギリギリなのじゃ』

「つまり?」

『人間で言うところの、飢餓状態がデフォルトになっておるのじゃ。それ自体は、より潜在的な能力を引き出す側面もあるから、一概に悪いとも言い切れぬのじゃがなぁ……』


 T-1はそう言って、一度言葉を区切る。

 オニとなったトーカは、腕や足が以前よりも少し筋肉質になっている。しかしBBの循環などを行う八尺瓊勾玉自体はヒューマノイドのそれと変わらない。だから、常に血が足りない状態に陥っているようだ。

 当初の設計段階からこの恒常的な貧血とも言うべき飢餓状態は想定されており、それすら利用する機能となっていた。しかし、ひとつ誤算があった。


『額の高感度センサーと八尺瓊勾玉の機体恒常性保持機構が悪さをしておっての。簡単に言うと、原生生物の血液を浴びると暴走状態になるのじゃ』

「ええ……」

「欠陥も良いところじゃないですか!」


 暴露されたモデル-オニの欠陥に、俺たちは思わず声を上げる。


『だからまだ正式導入は時期尚早じゃと言ったんじゃ! 決めたのはT-3なのじゃ!』


 しかしT-1も自分の無罪を主張する。増設モジュールの開発自体は彼女が担当していたらしいが、稲荷寿司のリソース圧迫事件の後はT-3がその事業を受け継いだ。そして、今回のイベントと同時に実装されたのだ。


『しかし、本来はここまで悪酔いするものでもないんじゃがな。純粋な血液ではなく、疑似血液のようなものだったのが悪かったのかもしれぬ』

「うう……。でも、少し休めば楽になってきますね」

『それもまた機体恒常性保持機構の働きじゃな』


 T-1がぽんぽんとトーカの肩を叩く。その間にも、彼女の顔色は少しずつ快方に向かっていった。


『モデル-オニが原生生物の血に触れると、機体表面からそれを一時的に吸収する。同時に排出も始まるが、機体内に残存しておる間は、おそらく機体出力も上昇するじゃろうな。ちなみに、その状態のことを妾は“血酔”と呼んでおった』

「要するに、血を浴びれば浴びるほど暴走状態になるけど、同時に攻撃力も高まるってことか?」

『まあ、そういうことじゃな』


 自分なりに要約すると、T-1が頷く。なんというか、逆に鬼らしい性質にはなっているが、厄介だな。個人的にはトーカの戦力が高まるのは嬉しいのだが、それで彼女が戦いにくくなるのは避けたい。

 “血酔”状態が進行すればするほど、負担も大きいはずだ。


「どうしますか? 一旦戻って、機体を元に戻してもいいと思いますけど」


 レティも同じ思いを抱いたようで、トーカに提案する。機体の変更にも金はかかるが、惜しむようなものでもない。

 しかし、当のトーカは首を横に振ってそれを断った。


「大丈夫です。強くなれるのなら本望ですから」

「トーカ……」

「ふふ。それに、血を浴びた時の動悸と高揚感、結構クセになりますよ」

「ええ……」


 怪しい笑みを浮かべるトーカに、レティが耳を折る。

 どうやら、俺たちの心配は杞憂だったらしい。トーカは立ち上がると、軽く身体を動かして調子を確認する。


「飢餓状態というのは言い得て妙ですね。早く敵を斬りたいという気持ちでいっぱいです」

『それはお主本来のものではないか?』


 T-1が怪訝な顔で突っ込むが、トーカは軽く笑って受け流す。


「まあ、トーカが納得してるならいいんじゃない?」

「それはそうだけど……。気分が悪くなったらすぐに言うのよ?」


 楽観的なラクトに対し、エイミーは心配そうに眉を八の字に寄せる。

 気がつけば、“暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”の骸は金属部分の鎧だけになっていた。赤黒い内容液や、背中から飛び出していた腕などは、腐って消えてしまったようだ。


「行けるところまで行ってみましょう。オニの能力補正値とか、“血酔”状態の詳しいことを調べたいです」


 トーカはすっかり元気を取り戻し、気力を漲らせている。

 それならば、俺たちも彼女に付き合おう。レティと視線を合わせ、互いにうなずき合う。隊形を整え、俺たちは再び歩き出す。




「――それで、なんでいきなり書庫番に挑むんだよ!」

「やはり極限状態で戦うのが一番ですからね! 血が滾りますよッ!」


 そして、数十分後。俺たちは第六階層の最終関門、第七階層と隔てる大隔壁を守る巨大な機械警備員にと激戦を繰り広げていた。


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Tips

◇増設モジュール“モデル-オニ”

 タイプ-ヒューマノイド機体専用増設モジュール。全身の人工筋繊維が増量され、額に角型の高感度センサーを搭載する。タイプ-ヒューマノイドの汎用性はそのままに、戦闘能力へより特化した性能を持つ。

 一方で体内循環BB量は慢性的に不足しており、機体恒常性維持機構によって血液に対して異常な反応を見せる。原生生物の血液やそれに類する物質に接触した場合“血酔”という状態異常が発生する。“血酔”状態が進行すると、一時的に攻撃力と攻撃速度が劇的に上昇するが、激しい興奮状態に陥る。

 T-1によって開発が進められていた新規開発の増設モジュール。T-3により、致命的欠陥が残されたまま実用投入が決定された。


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