第798話「赤角の鬼剣士」

 突如現れたレティに連れられ、T-1と共に向かったのは中央制御区域にあるベースラインの一角、アップデートセンターだった。俺たちが到着すると、そこにはいつもと違い黒山の人だかりができていた。


「すみませーん、ちょっと通して下さい!」


 レティが人混みを掻き分け、奥へと進む。


『ぎゅぬぬぬぬっ!』

「ほら、はぐれるなよ」


 揉みくちゃにされているT-1と共に、俺も彼女の背中を追う。腕に押され肘に突かれながらなんとか人垣を越えると、そこに〈白鹿庵〉のメンバーが勢揃いしていた。


「あっ! おじ――ごほん、レッジさん!」

「シフォンか。エイミーにラクトも揃ってるし」


 俺たちの到着に気がついたシフォンがこちらへ振り返って手を振る。俺もそれに応じながら歩み寄ると、彼女たちの奥に隠れていたトーカと目が合った。


「トーカが鬼になったって聞いたが……」

「そうなんです! どうですか? 凄いでしょう?」


 彼女はずんずんと前に踏み出し、胸を張る。黒い瞳が輝いており、白い頬が僅かに赤らんでいる。何よりいの一番に目を引いたのは、額から伸びる朱色の角だった。血が滲んだような赤い角が二本、10センチほどのものが鋭く飛び出している。


「ほんとに鬼だなぁ」

「本当に鬼なんですよ!」


 これが新たに実装された新機体、タイプ-ヒューマノイドの増設モジュール、モデル-オニだろう。よくよく見てみれば、角以外にも変化がある。今までのトーカとは違って、若干だが全身が筋肉質になっているように見えた。


「人工筋繊維が増量されて、燃費が悪くなる代わりに出力が上がったみたいです。この角は高感度センサーになっているようで、今までよりも敏感に周囲の状況を察知できるようになってるんですよ」

「へぇ。より近接攻撃特化の性能になった感じかね」


 トーカの説明を聞けば聞くほど、彼女に適した機体であると頷かされる。彼女は技の連発よりも一撃に重きを置くタイプの剣士であるため、多少LP消費が多くなっても問題はないのだろう。その上で、より詳細に状況を知覚することで、俊敏な抜刀をしやすくなる。

 しかし、トーカの袴姿も鬼の角とよく似合っている。全然違和感を覚えないのは、その風貌ゆえか、彼女の普段の行動ゆえか……。


「トーカも人が悪いですよね。いつの間にポイント貯めてたんだか」

「ふふ、すみません」


 唇を尖らせるレティに、トーカは口元を手で隠して笑う。

 モデル-オニの増設モジュールは、モデル-ヨーコと並んで今回のイベントの目玉報酬だ。当然、交換に必要となるポイントの量も莫大なものになる。まだ第一拠点、第二拠点ともに最初の関門とされている第六階層の書庫番すら見えていない状況で、よくポイントが集められたものだ。


「単調作業はあまり苦になりませんからね。1日30,000ポイントを目安にして籠もってたんです」

「さ、さんまん……」


 さらりと告げられた言葉に、ラクトが硬直する。

 参考までに、黒スライム一体を倒して粉を納品すれば、およそ50ポイント程度となる。1日に最低600体の黒スライムを討伐しなければならない計算だ。


「VR環境でよくそんなに集められるわねぇ」


 エイミーの言うように、一昔前のゲームならともかく、VRではかなり驚異的な戦果だ。何せ、キーボードを操作するのではなく、自身が実際に動かなければならないのだから。体感する情報量もモニター越しのそれの比ではない。

 以前もトーカは地下坑道で延々と籠もって抜刀系テクニックの熟練度上げをしていたが、彼女の忍耐強さは才能と言っても差し支えないレベルだろう。

 そもそも、常人なら強制ログアウトを喰らうレベルの作業量である。


「流石に皆を付き合わせるのは忍びなくて。たまにミカゲに補給物資を運んで貰ってましたけど」

「お、忍だけに?」


 照れ笑いするトーカに相槌を打ってみる。周囲から冷ややかな視線が向けられた。


「こほん。とりあえず、ここじゃ落ち着けないだろうし、場所を移すか」


 咳払いをして、話題を逸らす。とはいえ、衆人環視のど真ん中では居心地が悪いのも事実だ。レティが頷き、それならと口を開いた。


「せっかくですし、鬼の力を見せて貰いましょうよ」

「いいね。第一拠点に行こっか」


 ラクトも頷き、他の皆も賛同する。あっという間に方針が定まり、俺たちは好奇心の目を向けてくる群衆から逃げるように町の外へと飛び出した。


『のう、主様。妾も一緒なんじゃが、良いのか?』

「別に良いだろ。T-1も鬼の力を確認した方がいいだろう?」


 町の近くにあった石塔をレティがぶち壊し、中に入る。転がってくる岩も〈破壊〉スキルの力で粉々にしながら、慣れた様子で第二階層の中央管理区域に進む。

 そんななかでT-1が心配そうな面持ちで訊ねてきた。


「せっかく稲荷寿司も我慢してるんだ。その成果を見るくらいはいいだろ」

『そ、それもそうじゃな!』


 モデル-オニとモデル-ヨーコ。合わせて“アヤカシモデル”と呼ばれる増設モジュールは、T-1が稲荷寿司で圧迫していたリソースが浮いたことで、T-3主導で実装に漕ぎ着けた。T-1の犠牲の上に実現したものなのだから、実際にその目で見て貰いたい。

 T-1自身も興味はあった様子で、ワクワクとしている。


「とりあえず、六階層まで行きますか」


 中央管理区画には大型のシャフトがあり、それを使って下層へと進むことができる。トーカがコンソールパネルを操作すると、籠が大きく揺れて下がりだした。


「もう第六階層まで行けるのか」

「レッジさんどれだけサボってたんですか……。昨日の時点で第六階層まで到達できるようになったんですよ」

「おかげでポイント稼ぎの効率が良くなって、予定よりも早くオニがゲットできたんですよ」


 他の皆さんの協力のおかげです、とトーカは笑みを浮かべて言う。俺がのんべんだらりと過ごしている間にも、拠点の攻略は着実に進んでいたようだ。

 第六階層の中央管理区域には今日も多くの人が居たが、彼らはシャフトが開くと同時にトーカに気がつく。


「おわっ、オニだ!」

「やっぱもうそれくらい稼いでたか……」

「いつ来ても居たもんなぁ」


 漏れ聞こえてくる声からは、トーカの籠もりっぷりがよく分かる。彼らが平然としている程度には、彼女はずっとここに詰めていたようだ。


「えへへ。とりあえず、ちょっと歩いてみましょうか」


 トーカが頬を掻き、管理区域の外に出る。明かりが無くなり、暗闇の広がる記録保管区域を、彼女は平然とした顔で歩いていた。


「ランタン付けなくても平気そうだなぁ」

「わたしたちは平気じゃないから、明かりよろしくね」


 ラクトの要請を受けるまでもなく、ランタンの明かりを灯す。側にぴったりとくっつくT-1も、それを見て少し安心したようだ。


「どうだ、ちょっと感覚は違うか?」


 先頭を歩くトーカに声を掛ける。彼女は少し首を傾げ、おもむろに懐から黒い布を取り出した。


「これを着けた方が良さそうですね」


 彼女は光を遮る覆面で目元を覆う。重要な感覚器である視覚が遮断され、圧倒的に不利な状況に見えるが、彼女は満足げに頷いていた。


「やっぱり、いつもより澄んでる感じがします。なんというか、気配が感じられるというか……」

『モデル-オニにそこまでの性能ってあったかのう?』


 口元に笑みを浮かべる目隠し状態のトーカの言葉に、T-1が怪訝な顔をする。

 まあ、いくら鬼の角という高感度センサーが搭載されたからといって、目を隠した方がしっくりくるのはトーカくらいだろう。


「視覚って重要なんですけど、だからこそ扱いにくいというか。ノイズも大きいんですよね。見えてる範囲だけに集中してしまうから、死角に潜られるとやりにくいというか――せいっ!」

「うおわっ!?」


 淡々と話していたトーカが、前触れなく刀を引き抜く。背負われていた大きな鞘から銀の刃が走り、闇を割く。

 通路の奥でドサリと重たい音がして、何かが倒れる。歩みを進めてランタンを掲げてみると、黒い球体を連ねたような金属製の蛇が、すっぱりと二分されていた。


「“侵入者拘束隠匿蛇サイレントチェイン”ですね。物陰から突然出てきて絡みついてくるから、結構厄介な敵なんですけど……」


 それは、隠密状態からの奇襲に特化した能力をもつ機械警備員だったようだ。音もなく忍び寄り、全身に絡みつき、他の機械警備員を呼ぶという、三重に性格の悪い性質をしている。

 トーカはそれを、一瞥もすることなくほぼ反射的に切り伏せていた。


「ちなみに今の動きはオニじゃないとできなかったの?」

「あれだけ余裕ができたのはオニのおかげですね。ヒューマノイドだともうちょっとギリギリです」

「それでも対応はできるんだ……」


 ヒューマノイドの時点で既に異常な動きをしていた説も浮上してきているが、トーカ本人としては感覚が研ぎ澄まされた実感があるようだ。


「もう少し進んでみましょうか。一撃で倒せなかった警備員も、倒せるようになってるか確かめてみたいです」


 心躍らせてトーカは先に進む。

 モデル-オニは角というセンサーの搭載だけでなく、全身を包む人工筋繊維の量も増加している。流石にタイプ-ゴーレムのエイミーほどではないが、基礎的な攻撃力も高まっているはずだ。

 彼女が奇襲も物ともせずにサクサクと敵を切りながら進んでいくため、俺たちとしては平和なものだ。T-1もいつしかすっかり気が緩んでしまっている。


『開発途中の物を無理矢理投入したのかと危惧しておったが、T-3もしっかり完成させておったようじゃな。妾が担当していた時はモデル-オニもモデル-ヨーコもまだ不完全でのう。重大な欠陥がどうしても解消できなくて困っておったのじゃが――』

「居ました! てえええいっ!」

『ぬわーーっ!?』


 俺の手を握りながら滔々と語っていたT-1の声を遮り、トーカが勢いよく飛び出す。慌ててランタンを高く掲げると、高く聳える書架の奥から3メートルを越える巨大な“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”が現れた。


『な、なんじゃぁ、あれは!』


 目を丸くして驚愕するT-1を抱え、後方に下がる。すかさずエイミーが前に出て、障壁を展開してくれた。レティとラクトもそれぞれ攻撃の準備をするが、ひとまずトーカを見守るようだ。


「“暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”。第六階層の中でも一番タフで手数も多くて厄介な相手です!」

「知ってるのか、レティ」

「何度も相手にしてますからね! 鈍器ハンマーならまだダメージが通りますが、刃物はどうでしょうか……」


 レティは心配そうな面持ちで、飛び出したトーカを見る。彼女の視線の先で、鬼の少女は獰猛な笑みを浮かべていた。


「牙生えてないか?」

「オニの特徴の一つですね。理由はよく分かってませんが」


 トーカの口元から尖った犬歯が覗く。長い牙もモデル-オニの特徴らしい。


「彩花流、肆之型!」


 彼女は書棚を蹴り、宙へ進む。

 巨大な鎧も唸りを上げ、握りしめた鉄拳を向ける。

 赤く輝く双眸が少女を捉える。しかし、その重たい身体では、捕らえることはできない。


「――一式抜刀ノ型ッ!」


 “暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”の胸部が開き、中から10本ほどのミサイルが発射される。


「あんなのありかよ!?」

「向こうも機械ですからね!」


 およそ今まで見たことのない原生生物だ。いや、機械警備員なのだが。

 ミサイルはご丁寧に追尾能力を搭載しているらしく、器用に書棚を避けながらトーカへと殺到する。


「っ! 『大車輪』っ!」


 トーカはやむなくテクニックの発動を中断し、全方位を薙ぎ払うように刀を振り回す。ミサイルは彼女に当たる直前に断ち切られ、通路へ転がりそこで爆発した。


「くっ。やっぱり反動もキツくなってますね!」


 “型”と“発声”が崩れたことで、LPが消費される。オニのデメリットでもある消費LP増加の影響が出たのか、トーカは僅かに表情を歪めた。


「トーカ!」

「大丈夫です!」


 しかし、彼女は迫ってきた鉄拳を軽やかに蹴って回避する。すかさず取り出したアンプルを握り砕き、瞬時にLPを回復させる。

 “暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”も諦めておらず、今度は背中を開く。そこから現れたのは、本来のものより細長い8本の副腕だった。


「見て下さいよアレ! レッジさんのパクリですよ!」

「いや、多分あっちの方が早かったと思うけどな……」


 まあ、見方によっては俺の“針蜘蛛”と似てるかもしれないけどな?

 何故か俺より憤慨しているレティに呆れながら、戦いの趨勢を見守る。


「しゃらくさいっ!」


 一斉に迫る細長い腕を、トーカは一太刀で切り落とす。妙に生々しい腕が赤黒い液体を吹き出しながら転がり、断面から素早く再生を始める。

 しかし、トーカは既にその向こうへと進んでおり、“暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト”の首元に肉薄していた。


「今度は間に合いませんよ!」


 黒い瞳が、鋭く輝く。

 妖冥華の銀閃が迸る。


「彩花流、肆之型、一式抜刀ノ型」


 赤黒い副腕と、黒鉄の鉄拳が、トーカを押し潰そうと迫る。


「――『花椿』ッ!」


 それが届くよりも早く。

 白銀の刃が機兵の太い首を滑らかに断ち切った。


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Tips

◇“暴徒圧殺重機鎧アイアンフィスト

 重要情報記録封印拠点内を巡回する機械警備員。全長3メートル、重量6トンを越える中量級機械警備員。分厚い黒色高硬度鉄鋼製筐体で、高出力の両腕での破壊や、胸部ポッドからの自動照準ミサイルによる爆撃、8本の副腕による中近距離同時複数対象制圧など、攻守共に隙のない性能を誇る。

 内部は赤黒色の液体で満たされており、機能停止に陥ると急速に腐敗が進行する。これにより、内部構造および動力源は判明していない。


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