第797話「パワハラ鮨」

 毎日のように第一拠点へと通い、仲間と共にDWARFからの依頼をこなす。そんな日々を続けるだけでは飽きも感じ始め、本日は休養日ということで別荘でだらりと寛ぐことにした。


『邪魔なんだけど』

「ぐわっ!?」


 白月と一緒にソファに寝転がってネットサーフィンをしていると、突然箒で床に掃き出された。背中を摩りながら立ち上がると、憮然とした顔のカミルが立っていた。


「一応、俺は主人なんですが……」

『主人なら主人らしく外で働きなさいよ』


 控えめに主張してみるも、メイドさんは素気なくあしらいソファの埃を落とし始めた。こういう所が協調性ゼロって奴なんだろうなぁ。

 久しぶりにカミルのカミルらしい所を感じて、むしろ懐かしく思う。


『なによ、まじまじ見て』

「何でもないよ。掃除よろしく」

『自分の仕事はきっちりやるわよ。それより、T-1があの手この手で稲荷寿司を食べようとするから、アンタから叱ってやってよ。アタシが何を言っても――』

「はいはい」


 眠たげな白月の頭を撫でて、テーブルの方へ移動する。ついでにコーヒーも入れようと、カミルの小言を聞き流しながらキッチンへ向かう。


「……T-1」

『へあっ!?』


 すると、キッチンの暗がりに蹲るT-1がいた。声を掛けると、焦った様子で肩を跳ね上げる。何やら胸の前に抱えているようで、頭だけをこちらに向けている。めちゃくちゃに怪しい挙動だった。


「何持ってるんだ?」

『な、何も持っておらぬ! 来てはだめじゃぞ!』

「いや……。コーヒー淹れたいんだが」

『後で妾が持って行ってやろう。だから、今は素直に帰るのじゃ』

「ええ……」


 あからさまに怪しいのである。

 ちらりとリビングの方を見ると、カミルはパタパタとソファの埃を払っている。こちらの様子に気付いた素振りはない。ミルクを求めてついてきた白月が、T-1にじっとりとした目を向けていた。


「ちなみに今日は何個食べたんだ?」

『……20個じゃ』


 時計を見る。ただいま、イザナミ時間で朝の7時である。


「もうちょっと計画性を持てよ。一応、指揮官だろ?」

『供給されるリソースが少なすぎるのが問題なのじゃ!』


 領域拡張プロトコルの進行に躍起になっていた者と同一とは思えない暴論に、思わず額に手を当てる。彼女は先日、隠し持っていた稲荷寿司を監視の目を逃れて食べようとしたことがあっさり露呈した結果、T-3とカミルの連名で稲荷寿司が1日20個に制限されてしまったのだ。

 〈白鹿庵〉の拠点ガレージに居る時はカミルが目を光らせているし、外に出たとしてもT-3が通信監視衛星群ツクヨミを通じて監視している。正直、T-1が彼女らから逃げられる可能性は皆無と言っていい。

 とはいえ、1日30個に制限された時でも、彼女は随分と意気消沈していた。20個にまで締め付けを強められると、更に落胆していることだろう。


『うぅ……』


 T-1の方に視線を戻すと、彼女が隠している油揚げが見えた。稲荷寿司の所持は禁止になってしまったが、その材料は大丈夫ということで、具材を集めていた所なのだろう。刑務所にぶち込まれた囚人並のたくましさである。

 とはいえ、カミルの厳しい監視の目をくぐり抜け、なんとか集めた油揚げも俺に見つかってしまった。彼女の黒い瞳には絶望の色が浮かんでいる。

 俺は後頭部を掻き、リビングの掃除を続けているカミルの方を見る。少し考えて、彼女に向かって声を掛けた。


「せっかくだし、外に行くか。なんか買い足す物があるなら買ってくるぞ」

『殊勝じゃないの。それなら、レティたちから頼まれてる消耗品を買ってきてちょうだい』


 カミルは意外そうな顔をしながら、俺にデータを送ってくる。それは、彼女がレティたちから頼まれていた常備アイテムの補充リストだった。

 メイドロイドの業務の一つに、予め設定したアイテムが規定数を下回った際に代理購入して補充するというものがある。とはいえ、カミルは掃除で忙しそうだから、俺が代わりにやろうというわけだ。なんだか本末転倒な気もするが、まあいいだろう。


「T-1連れていくぞ。荷物持ちだ」

『いいわよ。掃除は一人でやっとくわ』


 カミルはこちらをちらりとも見ずに言う。これはこれで気心知れた仲っぽくていいんだが、やっぱりメイドロイドらしくはないだろうな、と少し思った。


「というわけだ。町に行くぞ」

『う、わ、分かったのじゃ……』


 T-1は観念した顔で頷き、油揚げをキッチンに置いていた冷蔵保管庫に戻す。そうして、しょぼしょぼと立ち上がるとこちらへやってきた。

 元気のないT-1と、口にミルクを付けた白月を連れて、別荘を出る。穏やかな陽気の下、〈ワダツミ〉に向かって歩く。

 隣をついてくるT-1が肩を落として俯いているのを見て、思わず苦笑してしまう。


「そうだ、T-1。少し聞きたいことがあるんだが」

『なんじゃ?』


 応答の声にも力がない。


「メイドロイドに対する命令の強制力ってどれくらいのもんなんだ?」

『む? そうじゃな、調査開拓団規則を逸脱しない範囲内で、メイドロイドの業務に支障を来さない場合は、基本的にどんな命令でも遂行する責任があるのう』


 流石は腐っても指揮官と言うべきか、T-1の口からはすらすらと解答が紡がれる。

 調査開拓団規則というのは、より分かりやすく言えばプレイヤーがシステム的に認められている行動ということだ。たとえば、調査開拓員が特別の許可なしに他の調査開拓員を攻撃したり、非戦闘区域内で天叢雲剣を取り出したりすることは、この調査開拓団規則によって禁じられている。しかし、これらの行動はそもそもシステム的にできなくなっている。

 つまり、システムに許された範囲内であれば大体のことはできるというわけだ。


「今はT-1に買い物に付き合って貰ってるわけだが、T-1は断ることもできるのか?」

『できぬな。必須業務の拠点清掃はカミルがやっておるし、妾は行動が可能じゃったからな』

「なるほど」


 雇い主である俺が命令すれば、彼女たちメイドロイドは正当な理由がなければそれに従う義務がある。カミルのように掃除中で手が離せなければ断ることもできるが、キッチンで稲荷寿司の構成概念を集めていたT-1には断る理由がない。


『しかしまあ、あまりにメイドロイドが納得できぬような命令ばかりが続けば、メイドロイド本人の判断で拠点保安課に通報されるがの』

「そういえば、メイドロイドはそこの管轄だったか」


 調査開拓団はウェイドやワダツミのような管理者の下に、いくつかの部署がある。その中の一つに拠点保安課という都市の治安や環境を維持する役目を持つ部署がある。バンドのガレージは都市機能の一部であり、そこを管理する専門家であるメイドロイドたちも、拠点保安課所属というわけだ。

 メイドロイドも高性能な人工知能を搭載した上級NPCである。ある程度の自由と自立も許されている。そのため、理不尽なことをしてくる雇い主があれば、拠点保安課を通して対応がなされる。


『ちなみに、都市内の警備NPCも拠点保安課の所属じゃからな。警備NPCあがりのメイドロイドや、その逆もおるぞ』

「へぇ。腕っ節の強いメイドさんってのもいるんだな」


 最近はメイドロイドに戦闘スキルを習得させて、フィールドにも帯同させているプレイヤーも増えているらしい。そうした需要もあって、警備NPCとして戦闘経験を積んだメイドロイドも人気が高いようだ。

 たしかに、機関銃を持って後方支援してくれるメイドさんとかロマンだもんな。


『まあ、上級NPCであれば、人事課に掛け合えば他の課に転属することもできるからのう。NPCにもいろんな経歴の者がおるぞ』

「NPCも結構自由なんだな」


 FPOは大規模な経済システムがあり、上級NPCたちもそこに組み込まれている。自由意志があり、自身の判断を繰り返しながら生活を営んでいる。ゲーム的なことを言えば無駄なのかもしれないが、だからこそ豊かな世界が広がっているのも確かだ。

 まあ、それでも指揮官とメイドロイドを兼任しているNPCは唯一無二だろうが。


「よし、着いたぞ」


 そんな話をしているうちに、俺たちは〈ワダツミ〉商業区画の一角にやってきた。突然足を止めた俺に驚いた様子で、T-1は目の前の店を見る。


『ここは……カミルから頼まれた物は売ってないと思うのじゃが』


 彼女は不思議そうな顔で首を傾げる。ラフな格好の調査開拓員たちで賑わうエリアに、鮮鮨〈銀鱗〉の〈ワダツミ〉店があった。

 ここは〈銀鱗〉という食品生産系バンドの拠点兼店舗で、新鮮な魚介類やユニークな食材を使った様々な寿司を提供してくれる。〈ワダツミ〉の外れに建っている〈葦舟〉ほどではないが、たまに訪れる店だ。


「まあまあ、ちょっと用事があるんだ」


 困惑するT-1の手を引き、引き戸で区切られた店内に入る。和の様相を呈する店内にはコの字型のカウンターがあり、その内側で板前の姿をしたプレイヤーが待ち構えていた。


「らっしゃい! っと、レッジさんか」

「こんにちは。ちょっと新商品の噂を聞いたんでね」


 馴染みの板前に迎えられ、椅子に座る。


『あ、主様! ここはかなり……』

「高いよ。だから、レティたちには内緒にな」


 壁に掛けられた品目の札を見て、T-1が顔を引き攣らせる。ぐいぐいと服の袖を引いてくるT-1に、俺は笑って人差し指を立てた。

 鮮鮨〈銀鱗〉は、食材の入手からこだわり抜いていることもあり、相場と比較するとかなり高級な部類の店だ。とてもではないが、レティを連れてこれるほどの余裕はない。

 たまに一人でゆっくり楽しむか、包んで貰ったものをひっそり別荘の冷蔵保管庫に置いておくくらいだ。


「はいよ! 特製ヨーコ寿司」


 ぷるぷると震えているT-1と共に待っていると、すぐに寿司下駄に寿司が載せられた。特に注文は出していないが、しっかり察してくれたらしい。


『あ、主様!? これは――!』

「寿司だよ。どうぞ召し上がれ」


 鮮鮨〈銀鱗〉は高級店だが、その日採れたものやその時の流行に合わせて様々な創作寿司も出している。そのなかで、最近この“特製ヨーコ寿司”というものが出てきたと聞いて、少し気になっていたのだ。

 寿司下駄に並べられたのは、黄金色の油揚げに包まれた三角形の寿司である。耳がピンと立っていて、狐の頭のようになっている。酢漬けのショウガと紅ショウガが添えられ、白と赤で巫女装束のようだ。


「今回の特殊開拓指令でモデル-ヨーコのモジュールが実装されたろ。まだ手に入れたって話は聞いてないが、それを機に開発された寿司なんだ」


 モデル-ヨーコとモデル-オニは待望の新機体だ。それに寄せられる期待も大きい。そんな民意を現すように、至る所で狐と鬼をモデルにした商品が売られていた。


『し、しかしじゃな、妾はもう20個おいなりさんを食べておってな……』

「じゃあ命令だ。ゆっくり味わって食べてくれ」

『うえええっ!?』


 T-1は驚愕するが、俺の顔とヨーコ寿司の間で視線を往復させる。やはり、雇い主からの命令は稲荷制限令よりも強いらしい。

 しかし、それでも彼女はまだ迷っているようだ。


「じゃあ、T-1。目を閉じて口を開けてくれ」

『うええ? わ、分かったのじゃ……』


 俺の言葉に素直に従い、T-1はぎゅっと目を閉じて口を開く。俺はヨーコ寿司を箸で掴み、その小さな口に送った。


「ぼんやりしてるところに俺が勝手に寿司をねじ込んだってことで。不可抗力なら仕方ないな」

『そ、そうじゃな……。もぐもぐ』


 言い訳を作ってやれば、踏ん切りもついたらしい。彼女は口を動かし、うっとりとした表情で頬を抑える。

 俺も一口食べてみると、薄く味の染みた油揚げに包まれた艶々の酢飯が美味い。全体的にさっぱりとした味で纏まっており、流石の高級寿司店といった貫禄だ。


「もう一つ食べるか!」

『よ、良いのか?』

「ああ、しっかり食え」


 二個目を勧めると、T-1は驚きつつも口を開ける。餌を待つヒナ鳥のようだと思いながら、ヨーコ寿司を入れてやる。


「おかわりもいいぞ」

『ふぉおお……!』

「遠慮するな。今までのぶん食え」

『あーん。もぐもぐ。うまうま……!』


 健気にぎゅっと目を閉じて、至福の味を堪能するT-1。やっぱり、彼女は美味しそうに食べているところが一番だ。

 彼女の食べっぷりに、カウンターにいる板前も笑みを浮かべている。


「今日のことはカミルにも内緒だからな」

『わ、分かっておるのじゃ!』


 すっかり満足した様子のT-1にしっかりと釘を刺す。彼女がうっかり口を滑らせたら、俺が怒られてしまうからな。その可能性を少しでも減らすため、アイテム補充の仕事も引き受けてきたのだ。

 これならば、カミルもあまり強くは言えないだろう。

 考え抜かれた完璧な作戦に、我ながら笑みが漏れてしまう。やっぱり、俺は軍師タイプかもしれないな。


「あー! レッジさん、こんなところに!」

「うわあっ!?」


 その時、突然店の戸が開いて、聞きおぼえの声がする。驚いて振り向くと、レティが仁王立ちしていた。


「げぇっ!? レティ!?」

「なんですか、その反応は! ともかく、ちょっと来て下さいよ」


 思わず零れた言葉にむっとしながら、レティはつかつかとやって来て俺の手を掴む。どうやら、寿司の存在を嗅ぎつけてきたわけではなさそうだ。


「どうしたんだ、いったい?」

「大変なんです。トーカが……」


 どうにも慌ただしい様子に違和感を覚えて訊ねる。T-1も何か大事があったのかと不安そうだ。

 そんな俺たちに向かって、レティは深刻な顔で言う。


「トーカが、鬼になったんです!」


 ……いつものことでは?


 そんな感想を喉元で留めた俺は、かなり偉かったと思う。


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Tips

◇特製ヨーコ寿司

 鮮鮨〈銀鱗〉で提供中の特別品目。あっさりとした味付けのふんわりお揚げで、じっくりと炊き上げ七種の具材を混ぜ込んだ特製の寿司飯を包み込み、熟練の板前が丹精込めて作り上げた稲荷寿司。白い酢漬けショウガと、赤い紅ショウガを合わせ、彩りも鮮やかな一品。

 一定時間、三術スキルの効果が高まる。長期保存はできないが、フィールド上でも食べられる。

 単品で700ビット、三個セットで2,000ビット。テイクアウトもお気軽にご用命ください。


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