第796話「復旧作業」

 大規模イベントの開始から数日。俺たち〈白鹿庵〉は拠点からも近い第一重要情報記録封印拠点を中心に探索を続けていた。しかし、他にも多くの調査開拓員が一丸となって攻略を行っているにもかかわらず、俺たちはまだ第四階層までしか到達できていなかった。


「レッジ!」

「任せろ! 『強制萌芽』!」


 ずらりと並んだ巨大な本棚。一分の隙間もなくぎっちりと書物が収められたそれは、もはや城壁の如き威容だ。その影から現れた黒くドロドロとしたバランスボールほどのサイズのスライムに向かって、種瓶を投げつける。


「“蟒蛇蕺ウワバミドクダミ”ッ!」


 瓶の中で芽吹いたのは、周囲の水分を際限なく飲み乾す特殊なドクダミだ。それは瞬く間にスライムの体内へ根を伸ばし、ぐんぐんと猛烈な勢いで水分を吸い取っていく。


「相変わらず便利ね、これ」

「使い所を間違えなければって但し書きが付くけどね」


 ものの数秒でモサモサとした葉っぱに覆われ、それもすぐに枯死してしまう。大きな黒スライムは碌に動くこともできずに死んでしまった。記録保管区域は湿度の低い環境が保たれているため、ドクダミもこれ以上成長することはできないのだ。

 その様子を見届けたエイミーとシフォンが端的な感想を漏らす。二人は周囲を軽く見渡して他の敵影がないのを確認すると、少し疲れた様子で肩の力を抜いた。


「この三人でも余裕で歩けるようになったわね。ポイント稼ぎも順調だし」

「でも、毎日同じような所ばっかりでちょっと飽きてきたよ……」


 本日、第一拠点の第四階層にはエイミーとシフォン、そして俺と白月の三人一匹で訪れていた。レティたちはリアルが忙しいのかログインしてきていない。

 そんな状態でも、機械警備員がうろつく第四階層を進めるようになったのは、当初の事を思えばかなりの進歩である。

 とはいえ、俺たちは第一拠点最下層である第三十五階層への到達を目指している。記録保管区域を三階、四階と降りてきたが、まだまだ道は長い。


「レングスとひまわりとか、考察班とかが中心になって頑張ってるらしいけどな。あっちはあっちで大変なんだろ」


 階層攻略がなかなか思うように進まないのは、イベントのシステム的な理由からだ。俺たち調査開拓員は、ネセカたちDWARFと協力し、彼らから斡旋される任務を通して拠点の攻略を行っている。その際、警備部管轄の戦闘系、設備部管轄の生産系、司書部管轄の調査系と任務が分かれている。三つのどれかが欠けても問題があり、全てがバランス良く揃っていないと下の階層へと行けないのだ。

 警備部と共に暴走状態の機械警備員を倒し、拠点内の安全を確保しつつ休眠中のドワーフを覚醒させていく。

 経年劣化などで損壊した拠点機能を、設備部と生産職の調査開拓員たちが直していく。

 そして、司書部は蔵書を確認し、汚損された資料を修復する。

 記録保管区域は階層ごとに“記録保護隔壁”と呼ばれる頑丈な壁によって区切られている。それを起動し、解放するために、一丸となって協力する必要がある。


「第六階層には大隔壁もあるのよね。いっそのこと、レティたちに頼んで大穴開けてもらった方が早いんじゃない?」


 身体をぐっと伸ばしながら、エイミーがとんでもない事を言う。

 拠点構造に詳しいネセカ曰く、記録保管区域は四層ごとに“記録保護大隔壁”という通常よりも更に巨大な隔壁で阻まれている。それを解放するには、“書庫番”と呼ばれる特別な機械警備員を倒す必要がある。

 ちなみに、物質系スキルによって隔壁を破壊することは絶対に止めろとドワーフたちから念を押されている。隔壁が破壊された場合はいよいよ拠点に崩壊の危機が迫っていると自動的に判断され、全ての階層の機械警備員たちが大挙して押し寄せてくるらしい。その場合、DWARFたちも為す術無く襲われ、一気に壊滅してしまう恐れすらあるようだ。


「ゆ、ゆっくりでもいいから着実に行こうね」


 シフォンがぶるりと震えて青ざめる。そういう彼女だが、戦闘では何十体の敵に囲まれても余裕で生還してくるんだよな。


「ともかく、これでアイテムは揃ったかな。一度中央制御区域に戻ろう」


 枯れたドクダミの下に堆積していた灰色の粉末を手に入れ、立ち上がる。黒スライム――正式には“暴徒鎮圧自律ジェル”――は組成の大半が水だが、一定の割合でナノマシンパウダーが混ぜられている。ややこしい事に調査開拓団がアーツなどに使っているナノマシンパウダーとは別種だが、DWARFはこれを色々な事に使っているらしい。今回の俺たちの任務は、これを規定量集めることだった。

 しかし、ドワーフと聞くとファンタジックな種族を思い浮かべるが、ネセカたちはかなり高度な技術体系を有しているように見える。彼らの仮死状態生命維持装置もそうだが、機械警備員たち、更に拠点自体も目を見張るものがある。


「全盛期の未詳文明って、どんな感じだったんだろうな?」


 第四階層の中心に向かって歩きながら、ふと思いに耽る。ネセカたちが地下で眠りに就く以前、彼らは地上で栄華を誇っていたという。その黄金の時代――いや白光の時代とでも言うべき頃は、どのような風景が広がっていたのだろうか。


「それを確かめるためにも、階層攻略を進めないとね」

「結局はそこなんだよなぁ」


 エイミーに言われて肩を竦める。この拠点には“白光を放つ者ホワイト・レイ”と呼ばれた人々の暮らしについての様々な資料が収められている。それらを繙いていけば、いずれ分かるのだろう。

 いつになるかは全然分からないが。


「ふわぁ、帰って来れた……」


 各階層の中心、ドーナツの穴の部分には中央管理区域と呼ばれるエリアが貫いている。そこに大型のシャフトがいくつか整備されており、俺たちは第二階層からここまで降りてくることができる。

 中央管理区域には開拓団が提供した物資の集積所や各種作業場、寝起きのドワーフたちを検診するメディカルNPCの診療所などが整備されている。ここが拠点攻略中の足がかりとなるわけだ。

 無数の仮設大型ライトによって照らされた空間の一角に、大量の書類の束に埋もれる小さな老人の姿を見つける。紺色の軍服を着込んだ彼は、部下達へ矢継ぎ早に指示を送りながら忙しそうにペンを動かしていた。


「ネセカ。依頼を終わらせてきたぞ」

『レッジか。助かる。契約書を見せてくれ』


 声を掛けるとネセカはペンを止めて顔を上げる。彼に任務の契約書を渡し、隣にいた警備部のドワーフに集めた灰色の粉を渡す。彼らはそれぞれを確認し、しっかりと頷いた。


『確かに受け取った。報酬だ』


 依頼の達成条件が満たされているのを認めたネセカが、書類の束の中から一枚の紙を引き抜いて差し出してくる。任務の達成報告書だ。これをインベントリに入れると、自動的に“繙読協力報酬”つまりPPが加算される。

 調査開拓団とDWARFが協力関係を築いたことにより、DWARFからの依頼をこなすことでPPを獲得し、調査開拓員は好きなアイテムを引き換えることができるようになったのだ。


「しかし大変だな、警備部がデスクワークとは」

『仕方ない。情報処理端末がほとんど破損しているし、情報処理筐体のある階層まで到達できていないからな』


 現在、DWARFとの任務の受発注などは紙ベースのアナログなやり取りで行っている。司書部の作業がなかなか進まないのも、この不便さが原因の一つだ。

 DWARFも高度な技術を有しているわけで、パソコン的な機器を知らないわけではない。それ自体とエネルギーラインが復旧していないのだ。地震などで停電して、レジが使えなくて電卓を持ち出しているような状況だ。

 高度な情報処理端末とシステムにアクセスするには、更に下の階層へと進まなければならない。そのためには任務を多くこなす必要があり、なんとも難しいところだ。


「ねえレッジ、あそこで食品部のDWARFが炊き出ししてるんだって」


 再び業務に戻るネセカと別れると、エイミーが区画の一角を指差して言う。そこでは、割烹着を着たドワーフたちが調査開拓員の料理人達と大鍋を掻き混ぜていた。


「第四階層は食料保管庫とかがあったからね。書架でDWARFの独自レシピとかも見つかったんだって」

「へぇ。ちょっと見てみようか」


 白月の毛並みを撫でていたシフォンを呼び、三人で大規模な調理場へと向かう。第四階層はドワーフたちが起きている時に食べる食事や、寝ている時に補給する栄養液などを生産する調理工場と、そこで働く食品部のDWARFたちがいた。彼らを覚醒させたことで、拠点機能が解放されたのだ。

 俺たちが近づくと、大鍋の縁に足場を組んで、オールのようなヘラを抱えていたドワーフが陽気に声を掛けてくる。


『いらっしゃい! 何か食べるかい?』

「どんなのがあるんだ?」

『色々あるよ! こっちは茹でた芋だ。あっちには蒸かした芋、潰した芋、焼いた芋、揚げた芋もあるぞ!』

「お、おう……」


 よくよく調理場を見てみれば、どこも芋を使った料理ばかりが並んでいる。芋の満載された木箱が、うずたかく積み上げられている。


「ドワーフって芋しか食べないの?」


 最近栄養学を勉強しているエイミーの顔が引き攣る。

「でも、あれってフライドポテトだよね? 揚げた芋って言ってたけど」


 しかし、シフォンはうきうきとしている。彼女は彼女で、最近はフライドポテトやハンバーガーなどのジャンクフードをよく食べているようだ。


「まだ翻訳が上手くいってない所もあるらしいな。そのうち直るだろうけど」


 もともと、ドワーフたちと俺たちは違う言語を使っている。それをドワーフたちの言語パッケージというもので常時翻訳しているような状況らしい。現時点で大抵の会話は問題なく行えるが、たまに直訳的な表現が飛び出すこともある。


「レティとかが来たら喜びそうね」

「ほら、一本どうぞ」


 そこかしこで芋の匂いが立ち上がる調理場を、エイミーがぼんやりと眺めている。俺がドワーフから購入したフライドポテトを差し出すと、びっくりした顔をする。


仮想現実ここならいくら食べてもゼロカロリーだろ」

「それもそうね」


 彼女はリアルではあんまりこういった油物は食べないらしいが、ここなら種々の問題も気にならない。俺の意図に気付いたのか、エイミーはふっと笑ってフライドポテトを一本摘まんだ。


「おじっ――レッジさん、すごい! この半熟揚げ芋とっても美味しいよ!」


 そんなところへ、シフォンがポテトの入った紙カップを持って駆け戻ってきた。


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Tips

◇半熟揚げ芋

 DWARF食品部に伝わるコガネ芋を揚げた料理。特殊な下処理をし、適切な温度の鉱石油で揚げることで、外はカラッと中はとろっとした独特な食感に仕上がる。基本の塩味だけでなく、様々なフレーバーが展開できる可能性の塊。


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