第794話「白光を放つ者」
調査開拓団と第一拠点のネセカ、そこに第二拠点のカタカを加えた鼎談は〈ダマスカス組合〉と〈プロメテウス工業〉が構築したフィールド拠点で行われることとなった。自分のテント以外の野外建築物に入るのは久しぶりで、思わずまじまじと周囲を見てしまう。周囲は騎士団が守備を固めてくれているため、俺たちは気楽なものだ。
『ふむ。とりあえず、飲み物でも頂いて落ち着くとしよう。あ、稲荷寿司もあると嬉しいのじゃが』
「えっ」
『えっ?』
コンテナを結合して作られた室内で、円卓に座ったT-1が口を開く。彼女は側に立っていた〈ダマスカス組合〉のメンバーに声を掛けるが、返ってきたのはきょとんとした顔と虚を突かれたような声だった。
予想外の反応にT-1の方が困惑して、ろくろを回すような手つきで首を傾げる。
『その、緑茶を淹れて貰えぬか? あ、コーヒーでも良いぞ?』
「えっ。いや、そういうのは特に準備してないんですけど……」
『えっ』
困惑顔で手を振る組合員。T-1がぽかんとして、ネセカとカタカも気まずそうに顔を見合わせる。
「あー、クロウリ」
居ても立ってもいられず、遠慮がちに手を挙げて壁際の席に座っていたクロウリに声を掛ける。トレードマークの黄色い安全ヘルメットを脇に置いて、肘置き代わりにしていた彼はこちらが何も言わずとも頷いた。
「経費ってことで、後で払うよ」
「いや、これくらいは別にいいけどな……」
野外拠点の外に出て、開けた地面で焚き火を熾す。そこで湯を沸かし、飲み物を用意する。ついでに菓子類もいくつか見繕う。
「T-1は緑茶な。ネセカとカタカは何が良い? コーヒー、紅茶、緑茶、オレンジジュース、炭酸水くらいなら用意できるが」
『うむうむ。助かるのじゃ』
T-1に湯飲みを渡し、円卓の中心に茶菓子を載せた籠を置く。一気に居間の卓袱台感が醸されてきたが、まあ些細なことだ。
ドワーフたちに飲み物の希望を聞くも、彼らは困惑した顔を浮かべる。ネセカにはコーヒーを出していたが、急報でそれに手を付ける前に移動してしまったからな。
とりあえず、コーヒーを淹れて、砂糖とミルクも添えておく。
「苦かったらそれも入れて、まあ甘い菓子類もあるから。適当に摘まんでください」
『心遣い感謝する』
『ふむ……』
ちなみに、開拓団側はT-1を代表に選んだようでウェイドたちは彼女の後方に椅子を並べて座っている。まあ、ここは通信状況も良好だし、テレパシーのように内密な議論も進めているのだろうが。
対して、カタカの背後にもふて腐れた顔の
建物内にはアストラやアイ、メルたちも目を光らせているし、ここは戦闘の許されたフィールド上だ。できれば血生臭いことにはなって欲しくない。野外拠点の外では、今もメディカルNPCたちによってドワーフの負傷者が治療を受けているのだ。
祈るような気持ちで飲み物と菓子を用意していると、カタカは籠に積まれたフィナンシェに興味を覚えたようだった。コーヒーを一口、唇を濡らす程度に飲んだ後、そちらへ手を伸ばす。
『これは、先ほどもそこの女性が食べていたな』
カタカの動きに気がついたネセカが、レティの方に視線を向けて言う。
「フィナンシェというお菓子です。金塊をイメージした型に生地を流して込んで焼いたものです」
『ふむ。金塊とな』
ドワーフだから金塊とか、鉱物類が琴線に触れたのだろうか。給仕の真似事をしながら、どうでも良いことを考える。
ともあれ俺の説明を聞いたカタカはフィナンシェを半分に割って、欠片を口に入れる。赤帽たちが前のめりになって構えるが、毒は入っていない。
『うむ。甘いな』
豊かな白ヒゲを揺らして、カタカが頷く。どうやら、彼のお眼鏡に適う味だったらしい。彼の評にネセカも興味を覚えたのか、フィナンシェに手を伸ばす。
『うむ。上質な砂糖が使われているようだ。甘い甘い』
『このコーヒーも、砂糖と乳を入れると美味いな』
『真っ白な砂糖だ。これほどのものはもう久しく見ていないな』
ドワーフの二人はそれを皮切りにフィナンシェを食べて、砂糖とミルクを全て入れたほとんどカフェオレのようなコーヒーを飲む。彼らの姿に、赤帽たちの目からも敵意が揺らいでいるように見えた。
『食は調査開拓活動の円滑な推進にも重要じゃからな。わざわざ調査開拓人形に高精細な味覚センサーが搭載されておるのも――。こほん、これはあまり関係の無い話じゃったな』
ひとまず緊迫した空気が和らぎ、T-1もほっとした顔で話し出す。
『ちなみに、妾の好物にフィナンシェに勝るとも劣らぬ黄金色をした、おいなりさんという食べ物があるのじゃが……。現物を披露するのもよいのではないか?』
「それはT-1が食べたいだけだろ」
ちらちらとこちらを窺いながら言うT-1に呆れる。こんな重要な場所でも、彼女はいつも通りだ。
そんな彼女に、妙に迫力のある笑みを浮かべたウェイドが囁く。
『そんなに食べたいのなら、あなたが懐に忍ばせているものを出せば良いのでは?』
『ぬあっ!? お、お主なぜそのことを――』
『T-1の未詳文明遺構内の行動ログは
『はっ!?』
ピクピクとこめかみを痙攣させるウェイドに、T-1はしまったと顔を青ざめる。遺跡内であったことを手早く説明するため、管理者達にログを全て共有したのが仇となったらしい。愚かである。
『レッジ殿、この、ふぃなんしぇ、という菓子を仲間にも食べさせてやっても良いだろうか?』
ぽんこつ指揮官に軽く失望していると、カタカが遠慮がちに訊ねてくる。彼の背後に目をやると、赤帽たちが先ほどとはまた別の理由で前のめりになっていた。彼らの青い瞳は総じてカタカの手にある金の延べ棒に向いている。
「もちろん。とはいえ、あんまり量は無いんだが……」
「それならウチの輜重部で手配しましょう。3枠程度ならすぐに用意できますよ」
「お、おう」
籠の中には残り三つほどのフィナンシェ。カタカとネセカの手元にはそれぞれ五つの包みがある。そこですかさず手を挙げたのはアストラだった。
彼がTELで指示を下すと、すぐに携帯型保管庫を抱えた団員がやってくる。アタッシュケース型のそれにみっちりと入っていたフィナンシェに、ドワーフたちが歓声を上げる。
「レッジさん、あれ〈ハニーハイロゥ〉のプレミアムゴールデンハニーフィナンシェですよ!」
それを見たレティも後ろで耳を立てている。シフォンたちも釘付けになっているところを見るに、かなり有名なフィナンシェらしい。
見た目からして、俺がカミルと一緒に作って茶菓子に出していた物とは大違いだからな。アレは〈料理〉スキル20レベル程度で作れるシンプルなものだ。
しかし、あんなものを三枠、つまり三千個をぽんと出せる騎士団の輜重部とは一体……。
『う、美味い!』
『こんなに美味いものを食べたのは初めてじゃ』
『しかも金色に輝いとるぞ!』
当然、ドワーフたちからの評判も上々だ。彼らは競うように手を伸ばし、両手に二つずつ持って食べている。赤帽たちを見ているカタカもちゃっかりといくつか確保していた。
『すまないな。我々も栄養補給液以外の食事は久しぶりなのだ』
「そんな状態で固形物食べても大丈夫なんですか?」
『多少なら大丈夫だろう。……ただし、欲を掻き腹いっぱい食った者は別だが』
不安になって訊ねると、カタカは後方の部下達へ目をやる。
『うごごご。腹が痛い!』
『み、水を下さい!』
欲を掻いて腹いっぱいフィナンシェを食べた赤帽たちが、駆け付けたメディカルNPCたちによって運ばれていった。
「うん、まあ、程々にしといた方が良さそうですね」
『見苦しいところを……。すまない、話を戻そうか』
カタカも深々と頭を下げてくる。そうして、良い具合にアイスブレイク、ついでにドワーフの胃袋ブレイクも成されたところで、本格的な話が始まった。
ウェイドに詰められていたT-1も渡りに船とばかりにカタカの言葉に応じる。ネセカも甘いコーヒーを飲み、気を取り直した。
『では、まずはそれぞれの立場を明確にするところから始めようかの。妾は惑星イザナミ調査開拓団の指揮官で、T-1と言う者じゃ』
新たに加わったカタカと情報を共有するため、T-1は自己紹介から始める。そこから調査開拓団の概要と、その目的について。更に未詳文明遺構つまりはドワーフたちの拠点を侵略する意図は無いことを説明する。
そこから、ネセカが話を受け継ぎ、自身の素性を明らかにする。そして、カタカも自分が第二重要情報記録封印拠点の警備部長であることを改めて明らかにした。
『ネセカ殿とカタカ殿は面識はあるのかの?』
『直接的な面識はない。そもそも、第一拠点と第二拠点は離れていたし、どちらも拠点に籠もりきりだったからな』
『無期限封印期間中も定期巡回時には連絡を取り合っていたからな。名前くらいは知っておった』
『ふむ、なるほどのう……』
お互いの身分が共有できたところで、T-1が深く掘り下げていく。
どうやらネセカとカタカは同じ警備部長ということで、互いの存在は認知していたらしい。そのおかげで、スムーズに話が通り、調査開拓団との決定的な仲違いは避けられたわけだ。
『妾らは先も言ったとおり、貴殿らを害するつもりはない。しかし、未詳文明遺構――第一拠点と第二拠点はこちらとしても興味深いものでの。できれば調査をさせて貰いたいのじゃ』
『邂逅こそ衝突したが、今も同胞が助けられておるからな。あなた方の方針は分かっているつもりだ』
『しかし、こちらも思っている以上に拠点の侵蝕が進んでいる。それらを復旧するには多大な時間と労力が掛かる』
T-1からの率直な打診に、ドワーフ二人は腕を組む。俺たち調査開拓員が破壊したのもあるが、そもそも施設自体が長い時間の中で老朽化してしまっているらしい。それらを修理しないことには、何もできないのが実情だという。
『労力と物資ならば、こちらからも提供できるのじゃ』
『それはありがたい。とはいえ、本格的な復旧作業は設備部の覚醒を待たねばならん』
『……我々の封印も解くべき時が来たようじゃな』
ネセカとカタカが互いに目を合わせて頷き合う。
『その、封印というのは、どういったものなのじゃ? たしか、無期限封印期間中だと言っておったが』
彼らの意味深長な物言いに、T-1が首を傾げる。それに答えたのはネセカだった。
『拠点自体を外界から遮断し、内部の記録の保存に専念することを、封印状態と呼称している。無期限とはそのままの意味だ。我々は“寝床”と呼ばれる仮死状態生命維持装置を使って休眠状態に入り、生命を維持する。100年に一度自動的に覚醒し、異常が無いかを確認する。拠点全体を管理する設備部と、記録全体を管理する司書部も定期的に覚醒して巡回するが、平時はお互いに会うことはないな』
『それは……。いったい、何年前からその状態を維持しておったのじゃ』
ネセカの口から淡々と告げられた言葉に、T-1は驚く。彼女の零した問いに、彼は簡潔に答えた。
『30回だ』
30回。つまりは3,000年以上ものあいだ、彼らは地中に眠っていたことになる。
明かされた事実に、管理者たちだけでなく、俺たち調査開拓員まで愕然とする。
『儂らは5,000年もの長きにわたり地上に君臨し続けた王家の家臣。白き栄光を浴び続けた永久の時代の末裔。“
カタカが紡ぐ、仰々しい言葉の数々。その端々から、俺たちは直感的に理解する。
この惑星の各所に残る、今は無き文明の残滓。未詳文明と銘打たれ、その全貌が厚いヴェールによって隠されている謎の営み。第零期先行調査開拓団が星を耕し、蒔いた種から芽吹いた光。それが彼らだ。
『――一つ、聞かせて下さい』
T-1の言葉を待たず、今まで沈黙と平静を保っていたコノハナサクヤが椅子を転がして立ち上がる。突如として口を開いた彼女に、ドワーフの二人は驚きを持って目を向ける。
『あなた方の、
その問いに、二人は苦渋の表情を浮かべる。
カタカが目配せし、ネセカが頷く。
『DWARFの設立者にして指揮官、叡智の守護者たるは、名をコシュア=エグデルウォンと言う。彼女は第一拠点と第二拠点の封印完了と同時に沈黙し、現在もその最下層にて眠り続けている』
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