第793話「赤帽のドワーフ」
レッジたちが石塔の下へ潜っていった後、その場に残されたエイミーたちは即席の陣地を作り始めた。フィールド建築に強い〈ダマスカス組合〉と〈プロメテウス工業〉の協力を得て、管理者たちが落ち着いて議論を交わせる場所を用意する。そうでなくとも、ここは攻略の最前線、当然フィールド上に出現する原生生物のレベルも高いのだ。
「はえええんっ!」
「ほら、そっちに行ったわよ」
「来ないでぇええ!」
生産系バンドの職人達がテントよりも更にしっかりとした建物を築いている間、シフォンたち戦闘職は原生生物の襲撃を抑え続けていた。
鋭い牙を持つサーベルタイガーのような原生生物が、シフォンの喉元目掛けて飛び掛かる。彼女は咄嗟に生成した炎の槍でそれを貫き、地面に叩き付ける。しかし、そこで息をつく暇も無く、今度は樹上から極彩色の翼を広げた鳥が鉤爪を差し向ける。シフォンは虎に突き刺した槍を爆発させ、新たに生成した稲妻の短剣を鳥に向かって投げつけた。
「〈白鹿庵〉の新参も、なかなかやるのう」
「〈白鹿庵〉に入れるくらいだからな。そこいらのニュービーとは一味違うってこった」
絶え間なく流麗に踊るように次々とアーツの武器を生み出しては気の立った原生生物を次々と退けていくシフォンを見て、〈ダマスカス組合〉のクロウリと〈プロメテウス工業〉のタンガン=スキーは感心する。
「いいから早く陣地を作ってちょうだいよ。レッジのテントより貧弱なのは許さないからね」
「はいはい。分かってるよ」
「保護者もしっかりしとるのう」
むっと睨み付けるエイミーに肩を竦め、職人二人は再び建設作業に戻る。エイミーは小さくため息をつくと、茂みから飛び出してきた大ガエルを拳で殴って爆発させた。
原生生物の襲撃は次第に熾烈さを増していくが、〈
「ぐわーーっ!?」
「敵襲! これは……ドワーフ!?」
その時、周囲を警戒していた騎士団員から切迫した声が上がる。シフォンとエイミーはその報告に耳を疑い、振り返る。直後、彼女たちのそばにも小さな影が現れた。
『てぇえええいっ!』
『その首、頂戴致すっ!』
「はええええっ!?」
茂みから前触れ無く飛び出してきたのは、赤い軍帽を被ったドワーフたちだった。青い眼に殺気を宿し、黒いピッケルを携えている。
突如として現れた予想外の存在に、シフォンは悲鳴を上げながら身を捩る。ドワーフの黒いピッケルは紙一重で回避して、その勢いのまま彼らの脇腹に灼熱のハンマーが激突する。
『ごばーーっ!?』
『ぬわーーーっ!?』
野太い悲鳴を上げながら、赤帽のドワーフたちが吹き飛んでいく。シフォンは涙目になってブンブンとハンマーを振り回していた。
「シフォンも強くなったわねぇ」
『覚悟ーーーっ!』
瞬く間に二人のドワーフを撃退したシフォンを、エイミーは感慨深い顔で見る。そんな彼女の背後から飛び掛かってきた別のドワーフは、理解できぬ刹那のうちに組み伏せられ、無力化された。
「うん。やっぱり人型は関節技が掛けやすいからいいわね」
『あばばばばっ!』
エイミーが微笑みを浮かべたまま僅かに力を込めると、ドワーフは両肩が外れそうな激痛にのたうち回る。その動きすらも強引に抑えられ、苦悶の表情を浮かべていた。
『エイミーさん。何かありましたか?』
外の騒ぎを聞きつけて、コンテナ型の陣地からウェイドが顔を覗かせる。彼女はエイミーが組み伏せているドワーフを見てぎょっとした。
「なんか、ドワーフが襲ってきたのよ。殺しちゃマズいだろうから無力化に留めてるけど」
『そ、そうですか……。確かに殺すのは避けたいですね』
エイミーに押さえつけられたドワーフを見て、ウェイドは顔を引き攣らせる。その間にも密林の中から次々と赤帽のドワーフが現れ、襲撃してきていた。
対峙するプレイヤー側も、彼らを極力傷つけず、無力化を目指して対応する。
ドワーフの持つ黒いピッケルは、当たれば大きなダメージを与える。しかし、ドワーフ自体はあまり脅威にはならず、プレイヤー側はピッケルを弾き飛ばすことを優先した。
『覚悟ぉぉおおお!』
コンテナ型陣地の中から様子を窺っていたウェイドたちに、防衛戦を突破した赤帽のドワーフが迫る。彼は白ヒゲを震わせ、ギラつく目でピッケルを振り上げる。
『きゃあっ!?』
ウェイドたちが悲鳴を上げる。
黒い切っ先が彼女らに届く、直前のことだった。
「風牙流、二の技、『山荒』ッ!」
『ぐわーーーっ!?』
突如、突風が吹く。赤帽のドワーフが持っていたピッケルを飛ばし、バランスを崩したドワーフが地面に転がる。彼がよろよろと起き上がったその時、その額に槍の切っ先が突き付けられた。
「まあ、落ち着けって」
槍を構えたまま、レッジが言う。ドワーフは彼のその姿勢からどこにも隙がないことを知り、がっくりと膝を突いた。
『全員、止めッ!』
堂々とした声が周囲に響き渡る。それを聞いた瞬間、殺気立っていた赤帽ドワーフたちはぴたりと動きを止め、ゆっくりとピッケルを降ろした。
彼らの前に、紺色の軍帽を被った義足のドワーフが現れる。彼の背後からは、ネセカとT-1たちが続く。
「レッジさん!」
遺構から戻ってきた彼らに、シフォンが喜びの声を上げる。エイミーもドワーフの拘束を解き、レッジたちの元へとやってきた。
「大盾は油断せず周囲を警戒。原生生物の襲撃があれば、機術師が速やかに撃退を。輜重部は物資の補給を。アンプルと包帯を持ってきて。それと、担架を持って地図に記してある場所へ」
アイが素早く騎士団員に指示を下し、統率を取り戻していく。指揮官を得た騎士団員の働きは目覚ましく、陣地には平穏が戻った。
指示を受けた騎士団員が、折りたたみ式の担架を抱えて螺旋階段の中へ飛び込んでいく。
『ミズハノメ、お主のところに生体用医療ポッドはあるか?』
T-1がコンテナの中に避難していたミズハノメに問い掛ける。急転する事態に置いて行かれていた彼女ははっとして頷く。
『あ、ありますよ! 稼働実績はないですが……』
『メディカルNPCと共に大至急こちらへ。ドワーフの身体を精査して、それを元に負傷者の治療を行うのじゃ』
『わ、分かりました!』
いつになく指揮官らしい顔つきで指示を出すT-1に戸惑いながらも、ミズハノメは管理者として迅速に行動を始める。
未詳文明遺構の中から粗雑な応急処置を施されただけの負傷したドワーフたちが担架に乗せられて出てきた時、〈ミズハノメ〉の方角から緊急発進した管理者専用機がやって来た。
『物々しいことになっていますね。行動ログを共有してください』
『分かっておる。これを参照してくれ』
ウェイドの要請に答えて、T-1が未詳文明遺構の内部で記録されていたログを他の管理者たちに共有する。それは通信圏外で活動していたT-1の記録の全てだ。
「レッジ、いったい何があったの?」
エイミーも事情を把握するため、レッジに地下での出来事を訊ねる。彼は少し悩んだのち、ネセカと並んで立っている義足のドワーフを見て言った。
「こっちの遺構にもDWARFの警備部がいたんだ。彼はそこの警備部長のカタカだ。けど、先の爆発はドワーフ側も巻き込まれてたみたいでな」
調査開拓員はBBバッテリーの爆発ではダメージを受けない。フレンドリーファイアを防止するシステムによるものだ。そのため、至近距離で爆発を受けたアイも、煤だらけになる程度で済んだ。
しかし、ドワーフは違う。生身であり、大きな括りでは原生生物と同じである彼らは、爆発によってダメージを受ける。負傷した者も多い。
突如として襲撃を受けた彼らは、侵入者の徹底的な排除のため立ち上がった。特に遺構の外に飛び出してまで積極的な攻撃を仕掛けたのが、赤帽のドワーフたちだった。
「赤帽は、そのままレッドキャップ部隊って言うらしい。警備部の中でも特に戦闘能力の高い実働部隊なんだとさ」
「なるほど。仲間の敵討ちってわけね」
「そういうこと。で、T-1とネセカとカタカが話し合って、レッドキャップ部隊を止める代わりに開拓団が医療支援をするってことになった」
落ち葉を巻き上げながら降り立った飛行機から、白い大きな卵形をした機械が降ろされる。それと共に、看護師の服装をした白いスケルトンNPCが降り立ち、担架で運ばれてきたドワーフたちの手当を始める。
「はええ。あんなNPC居たっけ?」
その澱みのない動きを見て、シフォンが驚嘆の声を上げる。
「メディカルNPCは、俺たち機械人形じゃなくて生物専門の医者だ。俺たちはあんまり世話にならないが、開拓が終わって本格的な入植が始まった時に備えて各都市に用意してあるらしい」
「はええ……」
メディカルNPCは生物を相手にする。そのため、普段は研究も兼ねて原生生物の解剖や生理学的な研究に従事していた。
彼らはその時の知見を生かしつつ、健康なドワーフと比較しながら負傷者を治療しているのだ。
「アンプルも包帯も機械人形用だもんね。ドワーフには使えないか」
「そういうことだ」
ドワーフたちが治療を受けているのを見て、カタカの眼前に揃ったレッドキャップ部隊も落ち着きを取り戻す。周囲では原生生物の襲撃を退ける騎士団の戦闘が時折聞こえるが、ひとまず危険は去った。
ひとまず、調査開拓団とドワーフの間に致命的な亀裂が走ることは阻止できたと考えて良いだろう。
『では、今後のことを話し合うとするかの』
ほっと胸を撫で下ろしながら、T-1が口を開く。
彼女の呼びかけに、ネセカとカタカも振り返って頷いた。
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Tips
◇メディカルNPC
生体医療用に開発されたNPC。通常のNPCや調査開拓員とは異なり、清潔感をイメージした白色の機体。生物の生理学的な知識の研究と調査、負傷した生物の治療を行う。患者との問診を円滑に行うため、上級NPC相当の人工知能を搭載している。
本来は開拓完了後に訪れる入植者の治療のために開発されたが、現段階ではその出番はないため、原生生物の生理学的側面からの研究を行っている。
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