第791話「実地調査へ」
ミズハノメからの急報を受けたT-1たちは、血相を変えて〈ホノサワケ群島〉へと急行する。俺たちもネセカと共に、彼女たちの専用機に乗り込み、同行させて貰うこととなった。
「そ、そうはならんじゃろ……」
ワダツミ経由でミズハノメから詳しい事情を聞いたT-1が呆然と立ち尽くす。どうやら、〈大鷲の騎士団〉や〈
「でもおかしいですね。遺跡とは言え、第一重要情報記録封印拠点はとても頑丈な素材で構築されてましたよね。それこそ、レティたちが物質系スキルを使わないと壊せないようなものでしたよ」
「たしかに、爆弾程度で壊せるなら苦労しないよね」
そばで話を聞いていたレティが首を傾げ、不可解な点を指摘する。ラクトも頷いているように、遺構はほとんど非破壊オブジェクトに近い構造物だ。恐らく、莫大なエネルギーのみで破壊できるほど単純なものではない。
『ネセカさん。あちらの拠点について何かご存じですか?』
ウェイドの問いに、落ち着きなく白ヒゲを撫でていたネセカは唸る。
『おそらく、第二重要情報記録封印拠点だろう。私たちは第一拠点から離れたことがないから、あちらの詳しいことはほとんど知らない。しかし、第二拠点も第一拠点とほとんど相違ないはずだ』
『となると、やはり何かありそうですね』
ウェイドは顎に指を当て、深く考え込む。しかし、結局は実地検分をしてみないことには分からないことも多い。
ふと窓の外を見ると、大洋に浮かぶ小島のそこかしこで黒煙がもうもうと立ち上がっていた。
管理者専用機のティルトローターが煙を蹴散らし、〈老骨の遺跡島〉へと着陸する。そこは海際まで濃密な緑が迫る密林の島で、奥には古びた遺跡の残骸などが散在しているらしい。
「うわ、レッジさん!?」
飛行機から浜辺に降り立つと、聞き慣れた声が名前を呼ぶ。振り返ると、顔を真っ黒にしたアイが驚いた顔で立っていた。
「アイじゃないか。どうしたんだ、そんなに汚れて」
「こ、これはその! 悲しい事故がありまして……」
「ああ、爆発に巻き込まれたからか」
近くを歩いていた重装盾兵の団員を引っ張り、その影に隠れたアイが顔だけを覗かせる。よくよく考えれば、彼女も爆発事故の当事者だ。フレンドリーファイアが発生しないシステム上、爆発による直接的なダメージはなかったものの、全身が煤だらけになってしまったのだろう。その上、彼女は副団長として事後の対応に追われていて、身だしなみを気にする暇もなかったと見える。
「はいはい。レッジさん、そんなにじっくり見つめて分析しないであげてください。アイさんが可哀想ですよ」
「お、おう。すまんすまん」
後ろからレティに突かれ、はっとする。アイは穴があったら入りたいと言った顔で身を縮めている。ちょっとデリカシーが足りなかったな。
『調査開拓員アイも重要参考人の一人です。できれば、同行して頂きたいのですが』
そこへ、ウェイドがやってきて話しかける。アイは驚きつつも素直に頷いた。
「副だんちょ、タオル持ってきましたよー。っておっさん!? ていうか管理者!?」
騎士団の少女が濡れたタオルを持ってくる。彼女はウェイドたちを見て驚きの声を上げ、あやうく濡れタオルを砂浜に落としそうになった。
「はっはっは。ウェイドたちも突然出てくると混乱されるんだな」
『自分を棚に上げて、何を言ってるんですか』
微妙に感覚が麻痺してしまっているが、元々管理者は普通にプレイしていればそうそう出会えない存在なのだ。ウェイドたちにはその辺の自覚を持ってもらいたいものだな。
ウェイドにどつかれている間に、アイはくしくしと顔の煤を拭う。元の白い肌が現れ、彼女もさっぱりとした表情だ。
「アイも綺麗になったな」
「うぇっ!?」
「レッジさん!」
何気なく言葉を零すと、何故かレティに小突かれる。き、キモかったか……。
「はぁ。こんなところで痴話喧嘩しないでよ。――他の参考人って誰なの?」
ラクトが肩を竦め呆れる。そうして、ウェイドに向かって訊ねた。
『〈大鷲の騎士団〉所属の調査開拓員アストラと〈
「ああ、やっぱりアストラとメルはPoIなんだな」
俺も、まあそれなりに色々とやっているので、成り行きで認定されてしまっているが。
「兄貴――じゃなくてアストラなら近くの石塔にいますよ。メルさんたちも一緒のはずです」
「なら都合が良いわね。早速行きましょうか」
アイの言葉に、エイミーがそれは僥倖と手を叩く。
T-1たちも頷き、早速密林の方へと足を向ける。
「うわっ!? れ、レッジさん、その方は……?」
その時、アイがすっかり管理者達の中に紛れていたネセカの存在に気がつく。明らかに生物らしい彼は、
「彼はネセカだ。第一開拓領域にある未詳文明遺構の中にいた、DWARFって組織の職員らしい。まあ、詳しいことはアストラたちと一緒に聞いてくれ」
「わ、分かりました。……よろしくお願いします」
アイはネセカの元へ近づくと、恐る恐る手を伸ばす。ネセカは少し驚いた様子で、青い瞳を彼女に向け、こちらもゆっくりと彼女の手を握った。
二人の挨拶が終わったところで、早速密林の中へと踏み込む。ある程度は踏みならされて道ができているため、見た目ほど歩きにくくはない。俺たちはすぐに、崩れた石塔のそばに集まったアストラたちを見つけた。
「お、いたいた。おーいア」
「レッジさん!」
ストラ、と名前を呼ぶ前にアストラが素早く振り向く。こちらがびっくりするほどの反応速度だ。
「レッジさんの足音が聞こえるなと思ったら、レッジさんでしたね」
「ちょっとアストラが怖くなってきたよ……」
この青年はどういう聴覚をしてるんだ。ほんとはモデル-ラビットなんじゃないのか?
そんな疑念を胸に抱きながら、アストラの隣に立つ人物を見渡す。今回の事故の主要なメンバーが集まっているようで、〈
『これだけ集まっているなら、事情聴取も楽です』
その場にいる面々を見渡し、ウェイドが言う。たしかに、話に聞いた限りでは関係している人物全員が一堂に会している。
『それでは、事情聴取はワダツミが個別に行います。その前に、皆さんには全体的な情報の共有を――』
ウェイドが進み出て口を開く。その時、石塔の残骸の下からひょっこりと青い髪が現れた。
『ぱんぱかぱーん! 皆さんからは一通りのお話を聞いてますよ!』
『ミズハノメ!?』
突如現れた妹に、ワダツミが飛び上がる。ミズハノメはいつもの天真爛漫な笑顔で穴から飛び出し、泥だらけのまま駆け寄ってきた。
『私、できる管理者ですので! 皆さんの手を煩わせないように先んじて色々調査をしていました!』
どうです凄いでしょう、と表情で雄弁に語るミズハノメ。彼女の鼻先に着いた泥を拭いながら、ワダツミが大きくため息をついた。
『ハァ。……ミズハノメ、その調査結果はどこに?』
『えっ? あっ!』
指摘を受け、ミズハノメははっとする。
『調査をしてくれたのはありがたいんじゃが、それをアップロードしてくれぬと、妾らは確認できぬのでな……』
『というか、管理者が勝手に通信圏外まで行かないで下さい』
『ううう……。すみません』
困った顔で笑うT-1に、呆れ顔のウェイド。T-3とコノハナサクヤにも肩を竦められ、ミズハノメはしょんぼりと肩を落とす。
『コホン。――今の間に調査結果を確認しました。ひとまず、事前に聞いていた話と大差は無いようですね』
その一瞬のうちに、ミズハノメは情報を他の管理者たちに共有したようだ。ウェイドが咳払いして、話題を進める。
結局、アストラたちからの事情聴取の結果からも、何故第二拠点が爆発で被害を受けたのかは分からない。やはりこの目で実際に地下の様子を見てみないことには始まらないようだ。
『では、まずは第二拠点の様子を確認して貰う必要がありますが――』
「流石に管理者が直接行くのはやめた方がいいんだよな?」
ミズハノメが独断専行していたが、未詳文明遺構の内部は通信監視衛星群ツクヨミとの通信ができない。管理者がわざわざ出向いて危険に身を晒す理由はないだろう。
そもそも、こういう時のために実働部隊として調査開拓員がいるのだ。
『そうですね。とはいえ、現地で指揮を執れる者も居た方がいいとは思いますし……。仕方ないですが、私が』
ウェイドが本当に不本意そうな顔で言い掛けたその時、T-1が口を挟む。
『それなら、妾が行こう。お主らよりもフィールドでの活動経験も豊富じゃし、管理者機体ではなくメイドロイド機体じゃからな。万一の損失も少ないじゃろ』
『ぬぅ。そ、それならT-1に任せましょうか』
T-1の意見はもっともで、ウェイドもすぐに引き下がる。そこから更に調査部隊のメンバーを選りすぐり、〈白鹿庵〉からは俺とレティとトーカとラクト、〈大鷲の騎士団〉からはアストラとアイ、〈七人の賢者〉からメルとエプロンが参加することになった。
「八人と、T-1とネセカか」
選ばれたメンバーを見渡し、その顔ぶれを確かめる。何故か〈白鹿庵〉から四人も選ばれてしまったが、他からは反対の声も上がらなかった。ちなみに、シフォンが一番あからさまに安堵している。
「一応、ここに臨時の基地を作ってウェイドたちには待機してもらうから。シフォンも護衛をしてくれよ」
「分かってるよ。でもまあ、こっちには他にもいっぱいいるし、わたしの出番はないかも」
えへへ、と笑うシフォン。危険な調査隊でなければとりあえず何でもいいらしい。
『それでは、健闘を祈ります』
「ああ。適当に寛いでてくれ」
ぷらぷらと手を振るウェイドたちに見送られ、いよいよ俺たちは第二重要情報記録封印拠点の中へと入っていった。
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Tips
◇〈老骨の遺跡島〉
第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉第三域。平坦な小島で、密林が広がっている。陸上は鳥類や小型の原生生物が数多く生息している。また、島の各地に人工物の痕跡と思わしきものが多数見受けられ、古い文明の存在が示唆されている。
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