第790話「連鎖の炎」

 第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉地下には、レッジたち〈白鹿庵〉が侵入した第一重要情報記録封印拠点とはまた異なる“未詳文明遺構”が存在していた。おおよその構造こそ前述のものと同様だが、第二階層を巡回する原生生物が一段強力なものになっていた。

 そもそもが、最前線のフィールド群である。イベント開始直後からそこに突撃しようと考えるのは、腕に覚えがある攻略組がほとんどであった。


「突撃! 『勇猛たる騎兵の鼓舞曲』!」


 太い通路の入り乱れる迷宮に、猛々しい合奏が鳴り響く。〈大鷲の騎士団〉が抱える音楽隊の広域バフが、槍を構えた突撃兵たちを支援する。彼らの指揮を執るのは副団長アイである。


「行けええええっ!」


 先頭には、長槍を水平に抱いたクリスティーナ。彼女の号令と共に、突撃兵たちが走り出す。通路の奥に広がる暗闇からは、六腕三面の虚鎧、“彷徨う鬼鎧ワンダーオーガ”の集団が待ち構えている。

 雄叫びを上げて走る突撃兵と、巨大な武器を構える鬼鎧たち。両者は一歩も引かず、激しく衝突する。騎士団の鋭利な槍が鉄の鎧を穿ち、粉々に砕く。しかし、鬼鎧もまた大槌や大剣で騎士達を吹き飛ばす。

 互いに損耗を露程も気にしない、捨て身の猛攻だった。


「副だんちょ、これじゃジリ貧じゃないですか?」

「それもそうですね。クリスティーナの負担も大きいですし、マルチマテリアルも有限ですし……」


 眼前の激戦を眺めながら、指揮官のアイは眉間に皺を寄せる。彼女が、精鋭の第一戦闘班を中心に大規模な部隊を編成し、石塔をぶち壊して侵入を果たしたのは1時間以上も前のことになる。第一階層の罠に翻弄されつつも、最大手攻略組としての威厳を遺憾なく発揮し、第二階層まで軽微な損耗のみでやってきた。しかし、そこから先が地獄の本番だった。


「マップはどうですか?」

「一応記録はしてますが、全然役に立ちませんね。五分前に通った道が無くなってます」

「やはり……」


 騎士団は当然、優秀な地図師を抱えている。今回の攻略でも、経験豊富なプレイヤーを何人も連れてきた。しかし、この迷宮はひとりでに動き、絶えず構造が変わるのだ。これでは地図も役に立たない。

 今のところ、彼女たちが把握しているのは迷宮が巨大なドーナツ状であることだけだ。その内部に広がる通路の構造に関しては、何も分からない。


「団長たちとも連絡取れませんしねぇ」

「あの人達は、まあ好きにやってるでしょう」


 騎士団の本隊とは別に、アストラたち銀翼の団と呼ばれる幹部連中は独自に動いていた。というよりも、本隊を副団長アイに丸投げして、自分たちだけ勝手に突入していた。

 遺跡内ではTELも使用できず、彼らと連絡を取り情報を集めることもできない。

 そんなわけで、アイ率いる〈大鷲の騎士団〉本隊は変化を続ける複雑怪奇な迷宮を彷徨い続けていた。



 鉄の車輪が火花を散らす。武装した鋼鉄の機獣が青い炎を吹き上げ、暗い通路を猛然と突き進んでいた。


「いやぁ。あんまり敵が強くなくて良かったね」

「あんまり油断するなよ」


 六頭の機獣が牽引する戦馬車チャリオットの御者台で、ニルマがのんびりと声を上げる。それを聞いていたアッシュが、周囲に鋭く視線を巡らせながら釘を刺す。


「とはいえ、今のところ私たちの出番もないしね。そろそろボス部屋くらい辿り着かないの?」

「物資は温存できているとはいえ、少し退屈よねぇ」


 荷台に座るフィーネとリザが、仲良く声を合わせて言う。そんなに暇なら斥候でも手伝え、と言葉にすると後が怖いため、アッシュはマスクの下で小さく舌を出した。


「なによ、アッシュ。文句あるの?」

「相変わらず敵意にだけは敏感だな」

「やっぱり何かやってたわね!?」


 むすっとするフィーネに、煽るアッシュ。いつもの如く一発触発の雰囲気になる二人を、リザが困った顔で笑って見ていた。


「けど、アストラ。そろそろどうするか決めた方が良いんじゃない?」


 イベント中も変わらない二人にうんざりしつつ、ニルマが戦馬車チャリオットの隣を見る。猛烈な勢いで通路を進む戦馬車のすぐ隣を、余裕の表情で併走している金髪の青年がいた。


「そうだな。多分これ、堂々巡りだ」


 アストラは足裏を僅かに石の床にめり込ませ、その反発を利用して高速で走りながら言う。ニルマは特に驚きもせず、だよねぇと返す。

 彼ら、銀翼の団が〈大鷲の騎士団〉本隊の指揮を頼れる副団長に任せ、独立した別働隊として未詳文明遺構に侵入してから1時間ほど。彼らは猛烈な勢いで原生生物を薙ぎ倒しながらも、未だに目立った成果を上げることができないでいた。


「通路の構造は変わってるけど、前に来た座標だな」

「座標? マップって見れたっけ」


 確信を持った顔で断言するアストラに、ニルマが首を傾げる。アストラはきょとんとして、首を振る。


「マップは見れないさ。でも、入ってきた時の座標を覚えて、歩数と方角を計算すれば相対的な座標は分かるだろ」

「分かるだろ、ってそんなこと言われてもねぇ」


 相変わらず、ウチの団長は人間をやめている。ニルマは疲弊してきた機獣たちにエネルギーを補給しながら肩を竦めた。

 ともかく、アストラによれば銀翼の団は遺跡内部で堂々巡りを繰り返している。彼らは本隊ほど正確なマッピングはやっていないが、それでも遺跡が大まかに円環の形になっていることは察していた。


「けど、妙よね。全然他のプレイヤーと出会わないんだけど」

「もう一時間以上経ってるよな? BBCとか賢者とかは入ってきててもおかしくない」


 がらんとした通路を見渡し、フィーネとアッシュが首を傾げる。二人とも、仲は悪いが優秀な攻略組だ。違和感を察知することに長けている。


「たぶん、遺跡内部の構造が変動してるな」


 走りながら腕を組み、アストラが言う。


「構造が変動?」

「ああ。それも、多分恣意的なものだ。誰かが明確に、俺たちを分断しようとしている」

「ほほーん? それは面白いじゃないの」


 フィーネが両拳のガントレットを打ち付け、大きな音を立てる。


「でも、なんで分かるの?」


 リザが首を傾げる。アストラは彼女の方へ振り返り、柔らかく笑った。


「ほとんど勘だよ。でも、この辺は来たことあるはずだけど、景色が違うからな」

「景色っていうほどの景色もないだろ……」


 あっけらかんと言い放つアストラ。彼の言葉に、今度こそアッシュたちも目を見張る。

 遺構内の通路は横幅と高さが同じ7メートル程の正方形の断面をしている。上下左右は同じ石材で構成されており、違いはない。どこまで行っても同じような光景ばかりで、斥候の専門職であるアッシュですら気を抜けば感覚が麻痺してくるほどだ。

 そんななか、アストラは一度通り過ぎただけの通路の構造を把握していた。


「しかし、延々と走り続けてるわけにもいかないよ。この子たちも疲れてきてるし」

「それもそうだな。……よし、他のみんなと協力するか」


 今後の方針を求めるニルマに、アストラは少し考えて頷く。彼は妙案が浮かんだようで、爽やかな笑みを見せていた。





「疲れたよー、しんどいよー」

「もう足が棒みたいだよー」


 広い通路に少女たちの声が響く。暗闇の中、炎の放つ光を頼りにとぼとぼと歩いているのは、機術分野のトッププレイヤー集団〈七人の賢者セブンスセージ〉の面々だった。


「ええい、気を抜くんじゃないよ! 敵に奇襲されたらどうするんだい」

「すぐに倒せるからいいじゃない? ヒューラも守ってくれるもんねー」

「うん。守る」


 先頭に立っていた赤髪の少女メルが仲間達の方へ振り返り、ぷりぷりと怒る。しかし、ライムなどは猫の尻尾をゆったりと振りながら、ヒューラの頭を撫でている。


「一応、ここ最前線なんだよ!? ワシら、トッププレイヤーなんだよ!?」

「まあまあ。あんまり怒ってると逆上せちゃうよ」

「そんなわけあるかい!」


 どこかズレた言葉で宥めてくる三日月団子の手を振り払い、メルは頬を膨らせる。とはいえ、彼女たちが迷宮の中を彷徨い始めてもうすぐ1時間が経とうとしていた。消耗の激しい機術師だけで構成された〈七人の賢者〉にとっては、行動の限界も近かった。

 それ以上に、メルも疲れてきていたのだ。


「あれ? メル、あそこ見て」

「どうしたの?」


 メルの隣を歩いていたミオが立ち止まり、通路の壁を指さす。メルが怪訝な顔をして視線を追いかけると、滑らかな石材の壁に何かが描かれていた。


「なんだろう、あれ」

「今までこんなものは無かったね」


 仲間達もそれに気がつき、わらわらと集まってくる。皆、変化と発見に餓えていた。

 七人が慎重に警戒しながら壁に近付き、そこに描かれたものを見る。


「これ、マーカーだよね?」

「だね」


 鮮やかな蛍光イエローの塗料で、意味の分からない数字が書かれていた。それはフィールド上にメッセージを残すことができるマーカーというアイテムによるものだった。


「つまり、他のプレイヤーのものということか」

「なんだろう? 座標とかかな」


 七人はじっくりと数字を見て、そこに秘められた意味を理解しようとする。


「あっ。これ、騎士団の暗号じゃない?」

「騎士団? こんなもの使っているの?」

「別働隊との連絡を取る時にね。大体はTELでどうにかなるからあんまり見ないけど」


 指をピンと立てて解説するミオに、メルたちは感嘆の声を漏らす。


「よくそんなニッチな情報を知ってるね」

「騎士団に友達がいるから。色々教えてくれるの」

「スパイじゃん」

「ち、違うよ!」


 ライムの歯に衣着せぬ言葉に首を振り、ミオはマーカーで書かれた数字の羅列を再び見直す。一定の法則に従い変換すると、それは意味のある文章となるのだ。


「ふむふむ。ここは恐らくノイズね」

「ねぇ、騎士団が暗号にノイズとか入れる?」

「傍聴の危険があるからね。ここがパターンの鍵ね。ここをこう入れ替えて、ここは恐らく3倍にして……」


 ブツブツと呟きながら解読を進めるミオに、メルたちは不安そうに視線を合わせる。傍から見るとサクサクと解いているように見えるが、それが逆に不安だった。


「なっ!? こ、これは――!」


 そして、ついにミオが解読を終える。彼女は愕然として立ち上がり、メルたちの方へと振り返る。険しい表情で仲間を見渡し、彼女たちがごくりと生唾を飲み込んだところで、物々しく口を開く。


「この遺跡は、レプティリアンによって統治された文明のものだったのです!」

「な、なんだってー!?」


 興奮し顔を赤くするミオ。彼女の口から飛び出した予想外の言葉に、メルたちが目を丸くする。


「――って、そんなわけあるか!」

「あいたっ!?」


 綺麗なノリツッコミを決め、メルがミオの頭を叩く。スパン! と透き通った音が通路に響く。

 ミオは涙目で頭を抑えてうずくまるが、彼女をフォローしようとする者はいない。〈七人の賢者〉唯一の良心と名高いエプロンも、困った顔で苦笑している。


「ううう……。そんなに強く断言しなくても」

「分からないなら分からないと言えばいいじゃないか。なんだい、レプティリアンって」

「えっ、知らないの? トカゲに似た人型爬虫類で、人間に擬態しながら社会の上層部を牛耳って、裏から私達を支配してるのよ」

「オカルトじゃないか!」


 小馬鹿にしたような顔で滔々と語るミオに、メルが再び鋭く突っ込む。そんな二人の漫才を見て、ミノリやライムたちは呆れた顔で肩を竦めた。


「ミオもオカルト好きなのはいいんだけどねぇ」

「たまに暴走するのが、玉に瑕ですね」

「お、玉だけに?」


 緊迫した空気はどこへやら、七人は和気藹々と話に花を咲かせて力を抜く。メルは一瞬で緩みきってしまった仲間にげんなりするが、ここらで毒気を抜くのも大切だろうと思い直した。


「それで、結局暗号は解読できなかったの?」


 長い杖を抱えたエプロンがミオに訊ねる。レプティリアン云々の話は欠片も信じていないようだった。


「できたよ」


 それに対し、ミオは至極呆気なく頷く。逆にメルの方が驚いたくらいである。


「えっ!? 本当にレプティリアンが!?」

「いや、違うけど。ていうかこれ暗号じゃなくて、物資を融通する時のサインだからね。メッセージを書いた時刻、欲しい物資のリストナンバー、またここに戻ってくる時刻」

「ええい、それを早く言えば良いじゃないか!」


 あっさりとした口調で数字の意味を解説するミオ。騎士団に友人がいるという話は事実であり、その友人からメッセージの読み解き方も教えられていた。これはTELが使える場合にも、フィールド上で互いに動きを止めることなくアイテムをやり取りできるため、頻繁に使われているサインだった。


「それで、騎士団はどんな物資を欲しがってるの?」

「えーっとね……。ちょっと待ってよ」


 ミオはウィンドウを開き、無数のメモを掻き分けていく。彼女は生粋のメモ魔であり、立ち寄った店のメニューから原生生物の弱点まで、ありとあらゆるものをメモしていた。その膨大な情報のなかから、彼女は時間を掛けて目的のものに辿り着く。


「特大型超高濃度圧縮BBバッテリー十二個、アンプル一枠、携帯食料50個、栄養補給飲料50個、だって」

「特大型超高濃度圧縮BBバッテリーって何?」


 リストと数字を照らし合わせながら読み上げるミオ。それを聞いた三日月団子が首を傾げる。彼女の聞いたことのないアイテムではあったが、随分と大掛かりな物であることは分かった。


「ちょっと待ってね。どっかにメモしてるはず」


 ミオが再びメモを掻き分け、目当ての物を見つける。それは〈ダマスカス組合〉と〈プロメテウス工業〉が定期的に発行している共同開発品の目録だった。


「あったあった。特大型超高濃度圧縮BBバッテリーは、高出力の大型エンジンを積んだ機獣とかに使うバッテリーみたいね。従来の物より大量のエネルギーを貯蔵できて、時間あたりの放出量も桁違いなんだって」

「ほうほう。つまりこれ、ニルマ用ってことだね」


 ミオの読み上げた説明を聞いて、メルたちもピンとくる。そのような特別製、恐らくまだ量産の段階にも至っていないような品を使うプレイヤーはそういない。ニルマが新たな機獣を使っているのだ。


「しっかし、そんな馬鹿みたいなバッテリーを十二個も要求するなんて。騎士団ってお金持ちだねぇ」

「天下の騎士団だからね。それくらいはお茶の子さいさいなんだよ」


 ライムが腕を組み、羨ましそうに言う。〈七人の賢者〉は全員が機術師ということもあり、トッププレイヤー集団の割には資金に余裕はない。


「ねえ、ミオ」


 資金的な格差に全員が少し落ち込んでいると、三日月団子が悪い笑みを浮かべてミオの肩を叩く。彼女の顔を見たミオはぎょっとして身を引く。


「嫌よ」

「まだ何にも言ってないじゃん!」

「どうせサインに付け足して、触媒を手に入れようって算段でしょ」

「なんで分かったの!? 天才?」

「あなたが単純すぎるのよ」


 再び賑やかになる仲間達に、メルは呆れてため息を付く。そもそも、サインには騎士団の所属を示すナンバーもある。それ以外にも、偽造を防ぐためのものが色々と施してあるはずだ。

 さらに言うなら、フィールドにアイテムを置くための携帯型保管庫ポータブルストレージは、所有者と許可された者にしか開けない。


「ほら、馬鹿なことを言ってないで、さっさと出発するわよ」

「ええー。もうちょっと休んでこうよ」

「せめて騎士団と合流しない?」

「なんでライバルと足並み揃えないといけないのよ! ほら、メルも何とか言ってよ」

「はぁ。あんまりミオを困らせないでよ。騎士団に同行することになったら、手柄も取られちゃうし」


 ぶーぶーと文句を口にする仲間に呆れながら、メルはリーダーとしての威厳をもって説得する。彼女たちもトッププレイヤーとしての矜持があるため、手柄を取られたり、ライバルと迎合したりといったことは避けたかった。

 結局、七人は再び立ち上がり、暗い遺跡の通路を歩き始めた。





「――おい、聞いてたか?」


 七人の機術師たちが去った後、曲がり角の暗がりで息を潜めていた男達がぞろぞろと出てくる。彼らは〈野営〉スキルを必要としない簡易式ランタンの僅かな明かりを頼りに、壁に書かれている蛍光イエローのサインを探す。

 揃って隠密性を高める黒い襤褸切れのような外套を着込んだ男達だ。足音もなく、少し先を巡回しているエネミーたちも彼らの存在に気付かない。


「あったぞ、サインが!」

「でかした!」


 ひとりが声を上げ、他の者もそちらへ殺到する。


「へへへ。助かったぜ、これで物資が補給できる」


 リーダー格の男がぺろりと唇を舐め、自分の幸運に感謝した。

 彼らは最前線を駆け抜け、その情報を集めることに特化した斥候集団だった。この遺跡に入って生き残っている以上、その実力はトッププレイヤーと呼んで差し支えないものだったが、それは戦闘能力に所以しない。〈忍術〉スキルをはじめ、生存と隠密に特化したビルドを構成する彼らは影に潜み、生き残ることを第一の行動指針としている。他のトッププレイヤーたちが原生生物を薙ぎ倒す後ろを着いていくこともしばしばあった。

 しかし、そんな彼らは常にテクニックやアイテムを消耗しながら行動しているのと同義だ。他のプレイヤーと比べても物資の消費は激しく、1時間も潜り続けてきた彼らはほとんど瀕死に近かった。


「騎士団と合流できれば、とりあえず生き残ることができる。そうでなくとも、物資を多少融通してくれるだろ」


 〈大鷲の騎士団〉が大規模な部隊を率いているのは有名だ。彼らは潤沢な物資を持ち、常に余裕を見ながら行動している。フィールドで行動している彼らを見つけさえすれば、交渉の後に物資を買うこともできた。

 斥候団の彼らからすれば、地獄に仏だ。いや、仏がやって来る停留所を見つけた、といったところか。ともかく、すでにギリギリだった彼らはほっと安堵のため息をつく。


「お頭、騎士団はいつ来ますかね?」

「さてなぁ。俺にはこの暗号はさっぱりだ。賢者の連中はレプなんとかがどうとか言ってたが……」


 問題なのは、斥候団の中に騎士団のサインを読み解ける者がいないということだ。離れたところで聞き耳を立てていたため、メルたちの会話も所々抜け落ちている。

 となれば、彼らにできることはただ一つである。


「よし、騎士団が来るまで隠れてるぞ」

「おうっ!」


 彼らはリーダーの指示に勇ましく応え、勢いよく直上に跳躍する。そうして、ぺたりと天井に張り付いた。


「『張り付き』『隠蔽』『光学迷彩』『消臭』『消音』」


 次々とテクニックを使い、彼らは姿を偽装していく。高レベルのスキルと特化した装備によって、彼らは瞬く間に闇の中へ溶け込んだ。


「……」


 武装した三面六腕の鬼鎧が隊列を組んで歩いてくる。彼らは油断なく周囲を見渡し、侵入者の影が無いかと目を光らせる。

 そんな敵の目も易々と欺き、斥候団は黙々と天井に張り付いていた。





「副だんちょ、斥候から連絡です。物資要請のサインがあったとのことです。場所が私達の進行ルートと違うんですが……」

「分かりました。内容を確認して、輜重部に連絡を。別働隊を出して、置いてきて」

「了解でーす」


 突撃兵を先頭に、次々と敵を撃破しながら行軍していたアイは、部下からの報告に適切な指示を下す。物資要請のサインは、今この時に置いては平時以上の意味を持つ。別行動している銀翼の団とのコンタクトが図れるためだ。

 サインで要請されていたのは、基本的な消耗品ばかり。つまり、アストラたちは順調に進んでいることを意味している。そして、続行の意思を見せていると言うことは、何か打開策を掴んだ可能性もある。

 とにかく、アイたちにできるのは彼らの希望する物資をそこに置いておくことだ。


「BBバッテリーの取り扱いには注意してね。まだ試験段階のアイテムだから」

「分かってますよ。この前は〈黒猪の牙島〉で爆発させて、浜辺にクレーター作りましたからね」

「あれで2個ぶんの威力だっけ? 12個ってやばいよな」


 アイの注意に、輜重部の団員たちは気軽に答える。彼らも物資輸送のスペシャリストだ。口調は軽くとも扱いは心得ている。


「荷車には12個以上載ってるんだ。えーっと……」

「一応、250個載せてるよ」

「そんなに!?」

「物資はあればあるほどいいからな。倉庫に置いてたの全部持ってきた」

「どう考えてもやり過ぎだろ……」


 団員たちはケラケラと笑いながら、それでも慎重な手つきで大きな金属製の樽のようなバッテリーを転がす。あまりに巨大すぎるため、インベントリに入れることができないアイテムで、運搬には大型の保管庫を搭載した荷車を必要とするものだ。

 螺旋階段を下るのも一苦労で、彼らも冷や冷やしていた。


「よーし、12個降ろしたぞ」

「じゃあ先に運ぶかぁ」


 輜重部が扱う特別製の荷車は、容量と引き換えに動きが鈍い。必要な分をより軽量の荷車に移し替え、先頭へと持っていく算段になっていた。


「気をつけてね。ちょっとした衝撃で爆発するんだから」

「分かってますよ。上から忍者でも降ってこない限り大丈夫ですって」


 心配そうにするアイに、輜重部はドンと胸を叩いて応える。そうして、彼らは十二個のバッテリーとその他の物資を載せた荷車を押して、数人の護衛と共に本隊の進行ルートから逸れていく。

 幸い、サインのポイントはさほど離れていない。荷物を置いて身軽になった彼らは、すぐに戻ってくるだろう。


「副団長、前方で黒鎖蛇ブラックチェインの襲撃が!」

「防御態勢! 突撃隊を下がらせて、機術師で対応を!」


 輜重部の後ろ姿を心配そうに見送っていたアイの下に、緊急の伝令が入る。アイはすぐさま思考を切り替え、戦闘指揮を執る。

 そして、彼女たちが巨大な鋼鉄の黒蛇と激戦を繰り広げている最中のことだった。


「――うわああっ!? 忍者!? なんで!?」


 そんな断末魔と共に、青い爆炎が通路を広がる。頑丈な壁に激突した爆風と衝撃は曲がり角に沿って広がり、騎士団の本隊、その後方にある輜重部の大型荷車へと到達する。


「副団長! 後方から激しい爆風が!」

「なっ――!?」


 その爆発は荷車を飲み込み、そこに積まれていた238個の大型バッテリーを焼いた。


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Tips

◇特大型超高濃度圧縮BBバッテリー

 〈ダマスカス組合〉と〈プロメテウス工業〉の共同研究によって開発された、最新鋭の大容量BBバッテリー。従来の超大型超高濃度圧縮BBバッテリーと比較し、筐体サイズが20%増加、BB貯蓄容量は標準濃度換算で270%増加、秒間BB放出量は120%増加と、驚異的な性能を誇る。

 なお、筐体は非常に繊細で、衝撃に弱い。衝撃を受けた場合には、周囲に甚大な被害をもたらす大爆発を引き起こす上、周囲に同様のバッテリーが存在する場合はそれらにも引火する。取り扱いには細心の注意を払う必要がある。

 本製品は試験段階です。万が一、爆発等が発生し問題が起きた場合も、〈ダマスカス組合〉および〈プロメテウス工業〉が責任をとることはできかねます。ご注意ください。


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