第789話「会合の席で」

 建材を五つも使った大きな山小屋テントの中に、指揮官T-1とT-3、管理者ウェイドとワダツミ、そして第零期先行調査開拓団のコノハナサクヤと、重鎮達が顔を並べている。ここにカミルを呼んだらさぞ愉快な事になるだろうが、後が怖いので止めておく。

 ともかく、今この場では調査開拓団と今まで人知れず眠っていた地下世界の住人DWARFとの邂逅が果たされようとしていた。

 ネセカはしきりに首を動かし、テントの内装を窺っている。一応出したコーヒーは、一口飲んで以降手を付けていない。ドワーフの味覚には合わなかったのだろうか。


「T-1たちも何か飲むか?」

『では、おいなりさんを』

「稲荷寿司は飲み物じゃないだろ」


 緊張感の欠片もないT-1に呆れながら、緑茶を淹れる。ウェイドにはミルクティ、ワダツミはレモンティ、コノハナサクヤは好みが分からなかったのでとりあえず緑茶にした。


「うーん、場違い感が凄いですね」

「わたしたち、ほんとにこの場に居てもいいのかな?」


 俺がいそいそと給仕に徹するなか、レティたちは別なところに置いたテーブルを囲んでお菓子を食べつつ様子を窺っていた。管理者たちと、未確認原住民との邂逅の場に、一般プレイヤーである自分たちが同席してもいいのだろうか、と困惑している。


「こういうのって、俺たちも聞いてていいもんなのか? 他の調査開拓員と有利不利が生まれると思うんだが」


 仲間の気持ちを代表してT-1に伝える。レティたちの方を見ると、よくぞ聞いてくれたと大きく頷いていた。


『あー、うん。別に良いのではないか? 記録はしておるし、他の調査開拓員もこの場を見られるようにしておるからな』


 T-1はそう言って、一枚のウィンドウを表示する。それは各管理者の視界を映し出したもので、FPO内にいるプレイヤー全員が見ることのできるライブカメラになっていた。


「こんなこともできるのか……」

『まあ視覚映像をそのままアップロードするだけじゃからな』


 この程度雑作もない、とT-1は自慢げに胸を張る。


『とはいえ、あなた方からの手出し口出しは厳禁とします。全ては我々とネセカさんの間で取り決めますので』

「了解。じゃあ、適当に見物させてもらうよ」


 分かってますね? と睨むウェイドを落ち着かせ、ミルクティのお代わりを注ぐ。彼女たちのテーブルに茶菓子を置いたところで、場も整う。

 初めに口を開いたのは、我らが代表であるT-1だった。


『まずはネセカ殿、あなた方の住居を荒らすように侵入したことを詫びたい。我々も、あなた方の存在を知らず、遺跡調査の一環として作戦を発動したのじゃ』

『うむ。それも仕方のないことだろう』


 丁重に謝罪を口にしたT-1に、ネセカは冷静に受け止める。彼は山小屋の窓から覗く外の風景を一瞥して、青い瞳に複雑な感情を滲ませた。


『どうやら、私たちは考えていた以上に長い期間、眠っていたようだ』

『外の景色が違うか?』

『うむ。私の知る第一重要情報記録封印拠点の地上には、広大な草原があった。このように木々が鬱蒼と生い茂るなど、一体何百年眠っていたのか……』


 驚きと、悲しみだろうか。ネセカは被っていた紺色の軍帽を胸に抱き、しばし押し黙る。その後、覚悟を決めた顔で目を開き、話を切り出した。


『まずは、互いの立場を明確にしておこう。――私はネセカ。深部重要情報記録機関DWARFの一員で、第一重要情報記録封印拠点の警備部長を任されておる』

『妾はT-1。イザナミ計画における、指揮官の立場にある。第一調査開拓団の最高責任者じゃ』


 T-1に続き、管理者側がそれぞれ自己紹介をする。ネセカも一度簡単に聞いているため、静かに頷くだけだ。そして、コノハナサクヤの名乗りが終わった後、彼は口を開いた。


『まず、一つ聞きたい。イザナミ計画というものは、一体何だ?』

『この星、惑星イザナミを調査、開拓し、居住可能な環境を整える、というものじゃ。妾らはそのために、惑星イザナギという星からやってきた』

『なんと……』


 ネセカは絶句する。異なる星からやって来たというT-1の言は予想の範疇を越えていたらしい。


『我々からも質問があります。深部重要情報記録機関、DWARFとは具体的にはどのような組織なのでしょう?』


 ウェイドが訊ねる。

 彼女の問いは、おそらく管理者全員の問いだ。こうして五人でネセカと対峙している今この瞬間にも、他の管理者たちと高速で議論を重ねているはずだ。


『DWARFは惑星内のあらゆる情報を収集、保管、継承することを使命とする組織だ。レッジ殿の言葉を借りるなら、図書館というものが近いだろう』


 ネセカの淀みない返答を受けてウェイドは頷く。彼女は他の管理者たちと密かに視線を交わし、意思を確かめる。


『我々の目的は、過去この地に存在していた文明について調査を行うことです。ネセカさんが第一重要情報記録封印拠点と呼称していた施設を、こちらでは未詳文明遺構と呼称しており、その文明との関連があると考えていました』

『未詳文明……。なるほど、やはり地上から叡智は燃え尽きたか』

『やはり、何か知っておるようじゃな』


 悲しげに目を伏せるネセカの反応を見て、T-1は目つきを険しくする。

 未詳文明は、白神獣、ひいては第零期先行調査開拓団にも繋がる重要な存在だ。T-1たちは、第零期先行調査開拓団がなぜ壊滅してしまったのか、その理由を知らない。数少ない生き残りであるコノハナサクヤも、そこの記憶はほとんど欠落しているらしい。

 彼女たちからすれば、ネセカたちはなんとしてでも友好的な関係を構築したい相手だろう。


『私達は滅び行く時代の火から逃げるため、地下深くへと潜り込んだ。私達が生き延びるためではなく、私達が生きていた記録を残すためにな』

『我々が、DWARFの保有する記録群を閲覧することは可能でしょうか?』


 DWARFが図書館のような組織であれば、そこに未詳文明滅亡の理由が記されている可能性も高い。管理者達からすれば、喉から手が出るほど欲しい情報だ。

 ウェイドが期待を込めて、問い掛ける。


『私の口からはなんとも言えないな。記録の閲覧には司書部の許可が必要だ。しかし、今のところ司書部が起きだして来たところで、許可は降りないだろうな』


 ネセカの返答に、ウェイドたちは僅かに落胆の表情を浮かべる。


『それは、何故?』

『あなた方は、貴重な記録を渡せるほどの信頼を得られていない。特に、いつでも施設を破壊できるほどの力があり、それがどのように振るわれるか分からない現状ではな』


 そう言って、ネセカは俺たちの方を見る。


「……もしかして、レティたちが壁ぶっ壊した奴ですか?」

『なんてことやってるんですか!?』


 恐る恐る手を挙げて言うレティに、ウェイドたちが血の気の引いた顔になる。

 まあ、冷静に考えればそうだ。図書館をぶっ壊して入ってきた奴らに、大切な蔵書を貸すわけにはいかない。


『うええ。だって、知らなかったんですよぅ』

『そうじゃなぁ。彼女らもそちらの事情を知らぬまま、通常の調査開拓活動と同様の行動を行っただけじゃ。情状酌量の余地は欲しいのう』

『うむ。それは私達警備部も分かっている。しかし、司書部は収集部、編纂部と共にDWARFの中でも収集、保管、継承に厳格な者たちだ。今の施設の現状を見れば、説得も難しいのでは、と予想している』


 ネセカたち警備部は、レティがどういう理由で施設を破壊しながら侵入してきたのかを知っている。しかし、今は眠っているらしい司書部のドワーフからすれば、気がつかないうちに大切な拠点を破壊されたとなる。


『それと、もう一つ難しい理由がある』


 渋い顔をしているT-1たちに追い打ちをかけるように、ネセカは言葉を重ねた。


『詳しいことは設備部の調査を待たねばならんが、施設の損傷が予想以上に甚大だ。これはレッジ殿たちの関係ないところで、恐らくは経年劣化がほとんどだろう。……我々は、想定していたよりも遙かに長期間、昏々と眠り続けていた可能性がある』


 ネセカたちが地下でどのように暮らしていたのかは明らかではないが、言葉の端々から察するに大半をコールドスリープのような状態に置いていたのだろう。しかし、何らかの理由で彼らが考えていた以上の期間を眠り続けていた。

 T-1は彼の話を聞いて、目を光らせる。彼女はそこに活路を見出したようだ。


『これは提案なのじゃが。妾らもタダで記録を渡せと言っているわけではない。むしろ、貴殿らとは良い関係を築きたいと考えておる。そこで、妾らが物資と技術と労働力を提供し、その見返りに記録の閲覧を許しては貰えぬか?』

『なるほど。悪くない提案だ』


 壊れた図書館を、俺たちが直すということだろう。

 ネセカは白いヒゲを撫でて考え込む。しかし、結論はすぐに出たようで、顔を上げ青い瞳でT-1を見る。


『一度持ち帰って、設備部の者とも協議する。とはいえ、前向きに検討することになるだろう』

『うむ。それは良かった』


 なんとか平和に話が纏まりそうで、俺たちもほっと胸を撫で下ろす。自分のせいであわや外交問題に発展するところだったからな。

 T-1たちの話もそうだが、ネセカが理性的な人物で本当に良かった。


『あなた方の働き次第では、司書部の印象も良くなるだろう。期待している』

『うむうむ。調査開拓員たちは皆優秀じゃからな。大船に乗ったつもりで居てくれればよいぞ』


 二人は立ち上がり、改めて握手を交わす。調査開拓団とDWARFのファーストインプレッションは、なんとか好印象のまま終わりそうだった。

 レティが肩の力を抜き、テーブルのフィナンシェへと手を伸ばす。その時だった。


『ホワッツ!?』

「うわわっ!?」


 突然、ワダツミが大きな声を上げる。その場に居た全員が驚き、レティはフィナンシェを取り落としそうになる。慌てながらもなんとか床に落ちる前に掴んだのは流石と言うべきか。

 しかし、ワダツミである。俺が彼女の方へ視線を向けると、青髪の管理者はあわあわと口を動かしていた。


『どうしたのじゃ、ワダツミ?』

『ミズハノメから緊急の通報です。それが、その……』


 言い淀むワダツミ。T-1たちは彼女の煮え切らない態度にやきもきして、自分からミズハノメと接続する。そして、彼女と同様に驚愕の声を上げた。


「お、おいT-1? 何があったんだ?」


 不安になって声を掛ける。ネセカも豹変したT-1たちに怯えているようだ。


『……第二開拓領域地下にあった、もう一つの未詳文明遺構が、調査開拓員たちによって爆破されたのじゃ』


 呆然とするT-1の口から告げられたのは、この会合の中で最もインパクトのある言葉だった。


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Tips

◇フィナンシェ

 バター、小麦粉、卵白、砂糖などを混ぜて焼く菓子。金の延べ棒に似た形をしていて、心躍る甘い味。

 食べると、一定時間僅かに金運が上昇する。


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