第788話「予期せぬ通報」
未詳文明遺構の中で
「うおおおおっ!? なんで原生生物が襲ってきてるんだ!」
『当然だろう。奴らは侵入者を排除するのが仕事だからな』
「ネセカまで諸共殺そうとしてきてないか!?」
なぜか第二階層を闊歩している原生生物たちは、主人であるはずのネセカまで無差別に襲い掛かっているのだ。てっきりネセカの権限的な何かで平和的に脱出できると考えていた俺たちは、パニックになりながら鉄歯蜚蠊の群れから遁走していた。
「あれってやっぱり機械なんですよね? 停止ボタンとか無いんですか?」
『あれらは暴走状態にあるからな。私たちでも止めることはできん』
「とんだ欠陥機じゃない!」
レティとエイミーも悲鳴を上げる。鉄歯蜚蠊たちはカサカサと高速で床を這い、黒い波となって迫ってくる。
「ラクト!」
「もうちょっと待ってね!」
頼みの綱のラクトは、アーツの準備に時間が掛かっている。俺が小脇に抱えているのだが、それでも揺れる中で自己バフを揃えていくのは大変らしい。
『こっちだ』
「ええい。頼みの綱はネセカだけだからな!」
ネセカは警備部の長として当然のように施設の構造を理解している。こっちにも地図はあるが、それを確認している暇はない。俺たちは彼の先導で入り組んだ通路を駆け抜けていた。
ドワーフは小柄ながら驚くほど機敏で、老人のように見えるネセカでさえ、俺も追いつけないほどの速度で駆けている。その足の動きは驚異的で、残像が見えるほどだ。
『もうすぐで通用口だが……』
「できたっ!」
ネセカが表情に影を落とす。希望の光が近づくと同時に、背後から闇が迫っていた。その時、ラクトが大きな声を上げる。それを待っていた俺は踵で踏ん張り、くるりと後方へ振り返る。それと同時にラクトが短弓に矢を番え、そして放つ。
「『
矢が大粒の雹となり、鉄歯蜚蠊たちへ降り注ぐ。打撃属性も帯びているようで、それは鉄製のゴキブリたちも効果的に打ち砕いていく。
「大波か何かで押し流した方が楽じゃないですか?」
「わたしは氷属性の機術師なの!」
レティが首を傾げるが、ラクトは強い言葉で否定する。彼女も譲れないものがあるようだ。
ともかく、一時的とはいえ鉄歯蜚蠊の襲撃は押し止められた。この隙を逃す手は無い。
「ネセカ」
『うむ』
小柄な老爺に先導されて、通路を進む。そして、俺たちは上階へと続く螺旋階段を見つけた。
「これを上がれば地上か?」
『いや、第一階層に戻るだけだな』
「そううまい話はないか……。レトとプラムは無事だろうかね」
俺は遺跡の中で出会った二人組の身を案じる。死んだところで復活できると言えばそうだが、二人が遺跡の中で手に入れたアイテムが取り戻せないのは可哀想だ。
「レッジさん、行きますよ」
「おう。すまんすまん」
ぼんやりしていると、階段に足を乗せたレティに急かされる。俺は慌てて彼女たちの後を追って第一階層へと登った。
「ふははははっ! ここから先はレティのターンですよ!」
「罠など全て切り刻んでやりましょう!」
「二人とも、ネセカの前でもそのテンションなんだね……」
第一階層ではレティとトーカの二人組が獅子奮迅の働きをした。シフォンたちが呆れる中、二人は物質系スキルのテクニックを使って次々と迫ってくる罠を破壊していた。
槍が飛んでくればトーカが切り落とし、大岩が転がってくればレティが粉砕する。どんな罠を発動させても彼女たちが即座に無力化していくため、行きとは違ってかなり楽だ。
隣でネセカが、顔色を悪くしているが
「大丈夫か?」
『あ、ああ……。改めて間近で見ると、やはり恐ろしいな』
そう言ってネセカはぶるりと震える。彼の視線の先で、レティが天井から落ちてきた棘付きの板をかち割っていた。
ネセカはここの警備部長だと言っていたし、第一階層の罠も彼の管轄なのだろう。それが次々と破壊されていくのを見せられる胸中は察してしまう。
『これは、設備部が怒りそうだわい』
「設備部?」
『拠点そのものや設備の保守点検や管理を担当する部署だ。今は寝床で眠っているが……これは早々に叩き起こして仕事をさせねばならんな』
どうやら、DWARFは内部でいくつかの部署に分かれているようだ。警備部もそのうちの一つで、他にも色々とあるのだろう。
ともあれ、それは追々聞く事にしよう。
「レッジさん、見えましたよ!」
長い坂道を登り、時々落ちてくる“古代の球岩塊”を破壊し、レティが声を上げる。彼女の指の指し示す先に、螺旋階段が見えた。
「あの上が――」
『地上だな』
いよいよここまでやってきて、ネセカの声にも力が籠もる。
俺たちは最後の気力を振り絞り、坂を登り切る。円を描く螺旋階段を踏みしめ、外の冷たい風を感じる。
「で、出れたぁ!」
誰よりも大きな歓声を上げたのはシフォンだった。彼女は大きく胸を開いて新鮮な空気を吸い込み、へなへなと膝から崩れ落ちる。
『ここが……地上か……』
ネセカも青い瞳で周囲を見渡している。彼の知る景色とは違うのか、戸惑っているようにも見えた。
俺は久々の地上をそれぞれが楽しんでいるのを横目に、通信状態を確認する。とりあえず、未詳文明遺構の外に出たことで通信も問題なく行えるようになった。
「あ、もしもし。T-1か? ちょっと話したいことがあってな。いや、稲荷寿司じゃなくて。うん、他の管理者たちも呼んで欲しいんだが」
ウェイドたちと直接連絡を取ることはできないので、〈指揮〉スキルの効果で通信ができるT-1に呼びかける。彼女に未詳文明遺構の中でDWARFと呼ばれる現地民的な存在を確認し、その内の一人を連れてきたことを伝えると、変な悲鳴を上げられた。
そして、その数分後。俺たちが出てきた〈奇竜の霧森〉のポイントに荒々しく音を立てて急行してきた管理者専用機が降り立った。
『ほんっっっっとに! 本当にアナタという人は! どれだけ我々を困らせば済むんですか!』
「ごふっ!?」
勢いよく開いたドアから弾丸のように飛び出し、俺の腹部に直撃したのは流れるような銀髪の少女だった。
「ウェイドが担当なのか?」
『誰が担当とかもなかったので、何故かレッジ担当とか言われて引き摺られてきたんですよ!』
「おお……。そりゃありがたい」
『何がありがたいもんですか!』
ウェイドはぷんすかと憤っているが、彼女の後からも次々と管理者たちが降りてくる。T-1は当然のこと、エリア担当のワダツミ、T-3、コノハナサクヤの姿もあった。
『ワオ! この方がドワーフですか?』
『う、うむ……。――なんだ、この方々は?』
「管理者っていう、俺たちの上司みたいな人たちだ」
戸惑うネセカに、小声でウェイドたちの素性を簡単に話す。一見すると年端もいかない少女たちだからな、ドワーフの美醜観がどんなものか分からないが、戸惑うのも仕方ない。
『あー、とりあえず言語による意思疎通は問題ないようじゃな』
俺とネセカのやり取りを見ていたT-1が戸惑いがちに判断する。
『これまでの会話の中で、言語パッケージは十分に充実しているはずだ。あなた方の言葉も理解できている』
『ほう。それは良い。――妾はイザナミ計画調査開拓団、指揮官のT-1じゃ。あっちのT-3も同等の権限者じゃが、代表と捉えて貰って構わぬ』
『なるほど。私はDWARFの第一重要情報記録封印拠点警備部長、ネセカだ。よろしく頼む』
久しぶりに指揮官らしいことをしているT-1を新鮮に思いながら、二人が握手を交わすのを見届ける。ひとまず、最初の第一歩は平和的に始まったようで一安心だ。
『いつまでも立ち話、というわけにもいきません。とはいえ、申し訳ありませんが、ネセカさんを我々の拠点に迎える用意も整っていないのです』
『突然の事だからな。何も対応できていないのはお互いだ』
眉を寄せて言うウェイドに、ネセカも頷く。どちらにとっても、今回の接触は突発的なものだった。管理者側もリアルタイムで対応策を検討しているところなのだろう。
「それじゃあ、俺のテント使うか?」
お互いに話す場所がないのであれば、作れば良いじゃない。そんな短絡的な発想で提案する。テントであればフィールド上でも安全を確保できるし、建材さえ用意すれば広さも設備も自由自在だ。
『なるほど、いいですね』
『それが良いかも知れぬな。主様、よろしく頼む』
「おう。ちょっと待ってろ」
ウェイドとT-1も頷き、フィールド上にテントを立てることになる。俺は周囲に十分な広さがあるのを確認して、レティから追加の建材を受け取った。
「とりあえず、山小屋でいいか」
別荘まで戻れば他のテントも取ってこれるが、今はそれよりも早く会場を用意するべきだろう。
『おお、これは……』
テントを建てていると、ネセカが組み上がっていく建材を見て声を上げる。
まるで逆再生のように建材がひとりでに動いて形を作っていく様子は、FPOの中でもかなりファンタジックな光景だからな。初めて見ると驚くだろう。
『封印拠点内で建てたものよりも、随分と大きいな?』
「あれ、見てたのか。建材を追加すれば大きさも変えられるんだよ」
どうやら、ネセカは俺が遺跡の中でテントを建てていたのも見ていたらしい。まあ、警備部門長だからそれくらいはできるのだろう。
『しかし、レッジ。いや、レッジ殿……』
「レッジでいいよ。そんな畏まるほどのもんじゃないぞ?」
ネセカは声を潜め、妙に改まった様子で話しかけてくる。
『しかし、あなたは代表であるT-1殿から主様と』
「ああ……」
ネセカもネセカで、情報収集に余念が無い。俺たちの何気ない会話も耳聡く拾っている。先ほど、T-1が俺と話していた時も聞いていたようだ。
「いや、あれはちょっと色々複雑な事情があってな……。T-1は正真正銘、俺より上位の立場にあるよ」
『そ、そうなのか? むぅ、あなた方の組織構造が分からないな』
「そんなに深く考えなくて良いよ……」
ネセカが頭を悩ませている間に、山小屋テントも完成する。あとは中でアセットを用意するだけだ。
「さあ、とりあえず入ってくれ。温かいコーヒーでも飲みながら話そうじゃないか」
俺がそう言うと、ウェイドが鋭い眼光で睨んでくる。まるで誰のせいでこうなったのだと言いたげな顔だ。しかし、俺たちがDWARFと遭遇したのは全くの偶然であり、俺には一切の非が無いことをここに誓う。
『妙なこと考えてないで、あなたもさっさと入りなさい』
「はいはい」
つんけんとしたウェイドに背中をつつかれ、俺はテントの中へと入っていった。
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Tips
◇DWARF警備部
DWARFに存在する部門の一つ。施設の防衛を担当する。第一階層、第二階層の管理権限、および全階層の警備システムの管理権限を有する。DWARF職員の中でも特に戦闘技能に秀でた者が選出される。部門の長はそれに加え、作戦立案、指揮能力も卓越した者が選ばれる。
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