第787話「土中の小人たち」
レティが打ち砕いた壁の先に、恐る恐る足を踏み入れる。ランタンの光を頭上に掲げるが、天井も奥の壁も見当たらない。静寂と闇に満ちた、広大な空間がそこに広がっていた。
「ボス戦、ってわけでもないんでしょうか」
アンプルを飲んでLPを回復させていたレティが、周囲を見渡しながら言う。トーカやエイミーたちが鋭く視線を巡らせているが、何かが襲い掛かってくる気配はない。
足元は起伏の無い滑らかな床が広がり、そこにも何かの存在を見つけることはできなかった。
「油断しちゃダメですよ。こういう時に足元を全力で掬ってくるのが定番ですから」
「やな定番だなぁ」
ふんふんと鼻息荒く張り切るレティと共に、暗闇の中を歩く。ランタンの明かりを頼りに、ひとまずはこの空間の中心を目指す。やはり、何かあるとすればそこだろう。
そして、そんな俺の予想は的中した。
『――ようこそ、お客人たち』
「ッ!」
闇の向こうから嗄れた老人に声がする。即座にレティたちが武器を構え、エイミーが障壁を展開する。シフォンだけが小さな悲鳴を上げて俺の腕をひしとつかんだ。
『そう警戒せずとも良い。私は全ての武装を解いておる』
冷静な声が再び放たれ、ランタンの光の下にその主が現れる。その姿を見たレティたちが、再び目を見開いた。
「子供、いや小人……?」
それは、紺色の軍服のようなものを装った小柄な老爺だった。豊かな白ヒゲを蓄え、軍帽の下から覗く青い眼には知性が宿っている。しかし、彼の背丈はフェアリーよりも更に小さく、俺の腰よりも低い。
『言語パッケージは常に追記をしておるが、意思は問題なく伝わっているだろうか?』
「あ、ああ。言ってることはなんとなく分かるが……」
小さな老人の問いに、困惑しながら頷く。彼の言葉の意味は分かるが、何を言っているのかは分からない。そんな奇妙な状況だった。
『私はネセカ。DWARFに所属し、第一重要情報記録封印拠点の警備部長を務めておる』
「ネセカ、ドワーフ……。第一重要情報記録封印拠点……。また知らない単語が色々出てきたな」
老人改めネセカの口から飛び出した聞き慣れない単語に頭痛を覚えながら、ひとまず先方に敵意がないことを確認する。彼は軍服こそ着ているものの、完全な丸腰だ。
それでも一応、アーツや特殊能力の発動に備えてエイミーが障壁を展開しているし、レティたちも警戒は解いていない。ネセカもそのことに不満を募らせている様子はなかった。
『そちらは高度な知性を持つ金属生命体の一系であると推測するが……。一体何者なのか、教えてくれぬか』
「えーっと、そうだな……」
何故か俺が代表して喋ることになっていて、他の皆は沈黙を保っている。
ネセカは俺たちの事を金属生命体だと言った。まあ、調査用機械人形だから、大きく間違っているわけでもないのかもしれない。俺はどう説明したものか悩みつつ、口を開く。
「俺たちは惑星イザナミ開拓団の第一次調査開拓団、そのメンバーだ。金属生命体というと語弊があるが、まあ、その辺は説明が難しいな。ロボットと言えば分かるか?」
『ロボット? ということは、指示を下す主人がいるということか』
「うん? まあ、そうなるのか?」
考えてもみなかったことを聞かれ、困惑する。
俺たち開拓団は母星である惑星イザナギから放たれた。つまりイザナギにイザナミ計画の実行者がいるはずで、T-1たち指揮官もその指示に従って任務を遂行しているにすぎない、はずだ。となると、俺たちにも一様主人がいるのだろう。
しかし、FPOをプレイする上でそこまで考えたことがない。
俺たちの表情から混乱を読み取ったのか、ネセカは軽く頷いて仕切り直す。
『とにかく、言葉が通じ、会話ができるという事実は私たちにとっては僥倖だ』
「はぁ。そりゃよかった」
俺はいまいちネセカの正体が掴めない。見たところ、身体はちゃんと血の通った生物のようだ。となると、彼らは第零期先行調査開拓団の生き残りというわけではないのだろうか。しかし、ここは未詳文明関連の構造物だったはずで……。
「俺からも質問がしたい。ネセカの言うドワーフと言う種族はなんだ?」
こちらが問いに答えたのだから、こちらからも答えてもらいたい。そんな俺の意思を察したようで、ネセカは頷く。
『DWARFは本来種族の名前ではない。深部重要情報記録機関を意味する古い言葉だ』
「深部重要情報記録機関……。それはいったい?」
『情報統括管理者の指示を受け、この地に満ちる多種多様な情報を記録する機関だ。私達は情報を集め、守り、受け継ぐ。ここ、第一重要情報記録封印拠点も、そのための施設だ』
ネセカはそう言って、暗闇に目を向ける。
「つまり、ここはでっかい図書館ってことですか?」
「そういうこと、かなぁ」
レティたちもネセカの話を聞いて少し態度を軟化させる。彼女の例えに、ラクトが首を傾げた。
『図書館。書物、資料を収集し記録する施設。そう言い換えて貰ってもよいだろう。ここ第一重要情報記録封印拠点は三十二階層の記録保管区域になっている』
「三十二階層……。この下にそんなにあるのか」
思わず足元を見て、途方に暮れる。
第一階層と第二階層だけでもかなり地下深くに潜った気がするが、まだまだ遙かに残っているようだ。
『とはいえ……』
ネセカは白ヒゲを撫でて、僅かに肩を落とす。
『ここは無期限の封印状態にあった。設備部のメンテナンスに不備があったのか、施設の大部分は著しく損壊しておる』
「そうなのか……」
もの悲しげに目を伏せるネセカ。遺跡になるほどの時間が経ったのだ、損傷は想像を絶するレベルなのだろう。
『我らの使命は叡智の収集、保管、継承。ただそれだけじゃ。だから、このとおり――』
「うわっ!? な、何を!」
黙々と話を聞いていると、突然ネセカが膝を折る。ぺたりと額を床につけて、深々と土下座をしてきた。
慌てて立ち上がらせようとするが、彼は頑として動かない。見かけの割に随分と重たいのか、力が強いのか、まるでびくともしない。
『施設の破壊だけは、どうか止めて頂きたい。同胞が集めた叡智の結晶が焼かれることだけは、どうしても避けたいのだ』
「ちょちょちょ、俺たちはそんなつもり……」
『そこの赤髪の方! どうか、どうか!』
「え、レティですか!?」
ネセカはレティの方を向き、再び頭を下げる。突然の懇願を受けたレティは目を丸くし、困った様子で耳を動かす。
「とりあえず話を聞いてくれ、ネセカ。俺たちもこの施設を破壊しに来たわけじゃないんだ」
何やら壮絶な覚悟を決めているネセカの背中を叩いて落ち着かせる。俺たちが〈特殊開拓指令;古術の繙読〉の中で指示されたのは“未詳文明遺構”の調査であって破壊ではない。そもそも、コミュニケーションが取れる現地人(?)がいるのだから、まずは話し合うべきだ。
「俺たちはここが何なのか、ネセカが何者なのかが知りたい。場合によっては、協力できることもあるかもしれない」
『む、むぅ……』
背中を摩りながら言い聞かせる。彼にその思いが伝わったのか、硬く力んでいた肩が下がっていく。
「とにかく……そうだな。これは俺たちだけで抱え込める問題でもないし」
俺はネセカの手を引っ張って立ち上がらせる。そうして、今後どうするべきか思索する。
どう考えても、ネセカの存在は俺たち〈白鹿庵〉だけで対応できるレベルを越えている。イベント全体で見ても、大きなポイントだろう。となれば……。
「とりあえず、ウェイドかT-1あたりに投げるか」
「また怒られますよ……」
「けど、それしかないだろ」
こういう時に頼りにすべきは管理者か指揮官である。彼女たちとネセカを引き合わせれば、何かしら事態が動くはずだ。
「ネセカはここから出られるか? もしくは俺たちを外に出して欲しいんだが。俺たちの上司に連絡したい」
『上司、上位権限者、意思決定者、責任者。うむ、分かった。あなた方を信じたい』
「ありがとうな」
ネセカはしばらく考え込んだ後、俺を見上げて頷いた。彼の信頼に応えるべく、俺もできるだけのことはしなければ。
『警備部各位に通達!』
突然、ネセカが声を張り上げる。俺たちが驚いて硬直するなか、彼は続けた。
『現時刻より、警備部長の全権限を副部長に委譲。私が規定の日数を超えて帰還しない場合は副部長を部長に昇格させる。各位は副部長指示の下、施設の現状調査を続行せよ!』
流れるような声が大空洞に響き渡る。
『了解ッ!』
「うひゃっ!?」
直後、周囲の暗闇から無数の返事が返ってきた。一分もズレずに一斉に放たれた声が、広い空間に反響する。
ラクトが悲鳴を上げて俺の腰を掴む。ランタンで周囲を照らすと、いつの間にか大勢の小人たちがずらりと俺たちを囲んで並んでいた。
ネセカと同じ紺色の軍服と軍帽を揃え、青い眼をこちらに向けている。
「い、いつの間に……」
『我らはDWARF警備部。悟らせずに施設内を移動することなど、容易いのだ』
「実は結構やるんじゃないの?」
『コソコソと隠れ潜むだけしかできないのだよ』
戦慄するレティと、苦笑するエイミー。ネセカは冷静にそう言い返した。
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Tips
◇DWARF
深部重要情報記録機関。惑星内のあらゆる情報を収集、保管、継承するための独立組織。そこに所属する職員もまた、DWARFと称される。
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