第786話「目覚めの騒乱」

 事態は猫の瞳のように目まぐるしく変化していた。

 そもそもの発端からして、彼らからすれば青天の霹靂だったのだ。


[緊急警戒体勢発令。対外連絡部に対し同時多発的な襲撃が確認されました]


 第一報は瞬く間に施設全域へと広がった。

 第一重要情報記録封印拠点の地上連絡部がほぼ同時刻に強引に破壊され、何者かの侵入を許した。


[〈第一階層;受動的迎撃区域〉は完全に機能中]


 幸いなことに、戸口を蹴破り荒々しく現れた侵入者たちは、そのほとんどが第一階層の防衛設備によって退けることができた。彼らは短絡的で、直情的で、浅慮だった。シンプルなトラップでも容易に捕らえることができ、それのおかげでただの通路も遅々として進めない。

 しかし、彼らはいくら殺してもすぐに新しい者が現れた。そして、彼らはまるで死んだ時の記憶を保持しているかのように、一度掛かったトラップを避けていく。

 警備部の焦りようは尋常ではなかった。突然の緊急警戒態勢指示によって“寝床”から跳ね起きた彼らは、注意深く侵入者を観察し、その迎撃に務めなければならなかったのだ。


[〈第一階層;受動的迎撃区域〉突破。〈第二階層;能動的迎撃区域〉に侵入されました]


 侵入者たちは際限なく現れ、絶え間なく突入を続けていた。まるで自分の命など惜しくないかのように、時には自らあからさまなトラップに飛び込んでいく者すらいる始末だった。

 彼らは幾度もの死と共に経験を積んでいた。学習し、蓄積し、反映していた。まるで集団そのものが個の生命体であるかのように。

 第一階層の防衛施設は数の暴力によって食い破られ、第二階層への侵入を許してしまった。


[各種機械警備員セキュリティを投入します]

[現時刻より、第二階層は戦闘区域に設定されます。非戦闘員は下層の安全区域に非難してください]


 定型的なアナウンスを流し、倉庫で埃を被っていた機械たちの電源を入れた。装備部による定期保守点検は100年間隔だ。大半の機械警備員セキュリティは老朽化によって起動に失敗した。

 それでも何とか動き出した数種類の機械警備員セキュリティを、次々と送り出していく。高度な戦闘知能を搭載している余裕などなかった。そもそも、あらゆる電源系が経年劣化によって破損しており、貯蓄されていたリソースもほとんど底を突きかけていたのだ。

 警備部は“寝床”でスヤスヤと眠っている設備部と調達部に怒りを貯めながら、それでも自分たちの役割を全うしようとした。


機械警備員セキュリティ安定稼働中。損壊率80%]


 倉庫と秘匿通路を行き来する警備部の耳に届いたのは、絶望的な状況だった。祈りを込めて送り出した機械警備員セキュリティたちが、次々と破壊されていくのだ。最低限の戦闘知能しか搭載していないとしても、老朽化により本来のパフォーマンスを発揮できていないとしても、あまりにも辛い現実だった。


[損壊した機械警備員セキュリティの回収率は70%以下です]


 更に追い打ちを掛けるように、冷酷な事実が伝えられる。

 破壊された機械警備員セキュリティたちは侵入者たちによってその部品を分捕られていたのだ。唯でさえリソースの枯渇が見えているギリギリの状況で、それは悪夢のような話だった。

 これでは、スクラップを再利用して新たな機械警備員セキュリティを製造することもままならない。そもそも、製造工場は見るも無惨な姿になってたため、どのみち無理な話ではあったが。

 警備部は設備部への怒りと侵入者への恐怖に打ち震えながら、我武者羅に駆けずり回っていた。


[施設構造制御装置が復帰しました]


 そのアナウンスは福音だった。

 彼らにとって幸運だったのは、侵入者達が彼らの存在を認知しておらず、通路の構造を破壊することができないことだ。侵入者達は通路を馬鹿正直に進むことしかできず、故にその裏に張り巡らされた秘匿通路の存在には気付かない。

 警備部は制御装置を慌ただしく叩き、少しでも侵入者を分断しようと躍起になった。次々と隔壁を降ろし、集団を分離し、各個撃破を目指した。

 彼らの作戦は一定の成果を挙げ、侵入者たちは次々と混乱の中で斃れていった。更に運は彼らに味方していたようで、侵入者たちの屍はほぼ全てが粗悪な金属によって構成されていた。侵入者は機械生命体だったのだ。

 警備部は機械警備員セキュリティの残骸と共に、侵入者の屍も回収した。それらを全てスクラッパーに放り込み、朽ちた工場を何とか誤魔化しながら動かし、追加の機械警備員セキュリティを作り出すことに成功した。


[緊急事態発生。緊急事態発生]

[時空間構造破壊による攻撃を感知しました]


 そんな警備部の心を砕いたのは、あまりにも厳しい宣告だった。

 原始的な技術体系しか保持していないと考えていた侵入者が、突然の猛攻を仕掛けてきたのだ。

 いかに堅牢を誇る構造壁でも、その根源的存在意義を破壊されてはひとたまりもない。第一階層のトラップを破壊した侵入者は、その勢いのまま第二階層に到達。そして、まるで虫が果実を喰い進めるように穴を穿ち始めた。


[殲滅命令が発動されました]

[現時刻より、第二階層は全域殲滅対象区域に指定されます。非戦闘員は一切の侵入を即座に中止してください]


 破竹の勢いで進む侵入者たちに、警備部は阿鼻叫喚した。

 殲滅命令は即座に承諾され、機械警備員セキュリティたちは暴走状態に移行した。こうなれば、もう行動不能になるまで止まらない。だというのに、第二階層を彷徨う侵入者達はそれを次々と撃破し、しぶとく生き残る。施設構造制御装置によって閉所に追いやった侵入者達も、粘り強く残っていた。

 そして、ようやく侵入者を撃破できそうだと思ったその直前に、異常な武力を発揮する侵入者たちが、その状況を打ち壊したのだ。

 膝から崩れ落ちる者、咽び泣く者、遺書をしたためる者。警備部は暗澹たる空気に包まれていた。

 侵入者達は、まるで互いの居場所が分かっているかのように、施設の通路を無視して合流を果たした。そして頑丈なシェルターを形成し、その中で沈黙した。


[施設損壊率2%]

[被害状況評価プログラムによる計算の結果、被害は軽微です]


 何が軽微だ、馬鹿野郎。そんな怒号が警備部からいくつも突き上がった。

 敵は時空間構造破壊などという凶悪な武器を持っているのだ。今は全体を見て損害が少なくとも、こちらにはそれを抑止する手段が無いのだ。どれほど頑丈な盾を用意しても、その遙か上位の次元から破壊されてしまえば元も子もない。

 警備部の幹部たちは、沈痛な面持ちで今後の行動について話し合った。自分たちの抵抗が意味を成さないほど強力な武力を保持した相手に、徹底抗戦をするべきか、恭順を誓うべきか。

 徹底抗戦を選んだ場合、警備部は独自の判断によって他部門の人員を強制覚醒させることができる。非戦闘員に武器を持たせるのだ。


 ――しかし、それでこちらが殲滅されてしまったら。敗北が決まってしまったら。我々は使命を果たすことができない。ただ土に埋もれて死ぬだけでしかない。

 ――我らが悠久の時を耐え忍んできたのは、あらゆる災厄を乗り越え後世に宝を繋ぐためだ。先人達が残したこの至宝を、こんなところで喪うわけにはいかない。

 ――侵入者に蹂躙されれば、その至宝も破壊されてしまうのではないか。

 ――我らの命を対価に、約束させればいいではないか。

 ――彼らにそのような意思が伝わるとも、その約束が守られるとも限らない。


 議論は紛糾した。侵入者たちが殻に籠もって出てこないのをいいことに、押し問答が繰り広げられた。強気な者、弱気な者。楽観的な者、悲観的な者。過激派、穏和派。喧々諤々と言葉の応酬が続けられ、誰もが目的を忘れてしまった。

 その時だった。ずっと沈黙を保っていた侵入者達が、動き出した。暴走状態の機械警備員セキュリティ達が一蹴された。そして、侵入者は警備部門が最も恐れていた方向へと歩き出したのだ。


 地下深くに埋設された、広大な第一重要情報記録封印拠点。全35階層、特殊高硬度構造材によって造られた、巨大な円筒状の施設。その中心を縦に貫く心臓部、中央管理区域への厚い壁が容易く破壊されたのだ。


[警告。中央管理区域への侵入が確認されました]

[警備部は直ちに出動し、侵入者の排除を行って下さい]

[警告。中央管理区域への侵入が確認されました]

[警備部は直ちに出動し、侵入者の排除を行って下さい]


 荒々しく鳴り響く警報の下、今度こそ警備部は蜂の巣を突いたような騒ぎになる。赤々と警告灯が輝き、叫びとも悲鳴とも判ぜない声が至る所で上がる。

 その混乱を収めたのは、沈黙を保っていた警備部最高責任者の落ち着いた一言だった。


――我々DWARFは記録の保管と保全のため、侵入者との平和的な交流を求め、理性的な対話を試みる。


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Tips

◇第一重要情報記録封印拠点

 情報統括管理者[閲覧権限がありません]に管轄される独立した[閲覧権限がありません]施設。[閲覧権限がありません]に関連する広範な記録の収集、管理、保管が行われている。

 施設職員は[閲覧権限がありません]に所属し、その略称としてDWARFと呼称される。

 内部は封印状態での無期限独立稼働のため完全閉鎖系物質循環システムが構築されている。施設防衛のため第一、第二階層が迎撃区域に設定されており、以下第三階層から第三十四階層までが[閲覧権限がありません]、第三十五階層が[閲覧権限がありません]となっている。


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