第785話「唯一の方法」

 レティたちと合流したことにより、心の憂いは無くなった。物資の補充も完了し、気力も回復し、いよいよ歩き出すこととなった。


「それで、レッジさんはどこを目指してたんですか?」

「そうだな。まずはこの地図を見てくれ」


 レティの問いに対し、俺はプラムから譲り受けた地図をテーブルの上に広げる。


「これは……、ここの地図ですか」

「かなり立派だね?」


 テーブルを囲み、トーカたちが口々に言う。


「ラクトたちとはぐれた後に、レトとプラムっていう二人組に出会ったんだ。それで、アイテムと交換にこの地図データを貰ったんだよ」

「へぇ。それは渡りに船ってやつですね」

「地獄に仏、かもしれません」

「えっと、えっと、転ばぬ先の杖!」


 レティが耳を揺らして言い、トーカがそれに続く。何を焦ったのかシフォンも慌てて叫ぶが、それはちょっと違う気がするな……。


「ともかく、この地図を見るに第二階層はデカいドーナツ状だ。俺はこの中心、穴の部分に何かしらあるんじゃないかと睨んでる」

「なるほど。まあ、普通に考えればわざわざ中心を空ける理由はないですからね」

「そういうことだ。それで、元々はこの中心に至る隠し扉的な物があるのかと思って、それを探そうと考えてたんだが……」


 ドーナツの内円に着いたら、そこから壁伝いに進んで手がかりを探すつもりだった。しかし、レティたちがいる今なら、少し事情が異なる。わざわざそんな七面倒くさい事をしなくても――。


「それなら、レティが壁をぶっ壊しますよ!」

「よろしく頼む」


 真正面から突破すればいいだけなのである。

 未詳文明遺構というものが貴重な場所であることはなんとなく分かっているのだが、既にレティとトーカによって大胆なショートカットが作られている。今更、穴の1つや2つ増えたところでどうということはないだろう。


「そうだ。ひとつ分からないことがあるんだけど」


 行動の方針を共有したところで、エイミーがおもむろに手を挙げる。


「結局、エネミーの暴走は何が原因だったの? 私とレッジには心当たりが無いんだけど」


 確かに、突然発生した原生生物の暴走は不可解だ。俺たちが何かのトラップを発動させたのかとも考えたが、そのような自覚はない。もしかしたら、現世生物を倒しすぎると発生するのかもしれないが、そのような予兆もなかった。

 エイミーはラクトたちに訊ねるが、三人も分からないと首を振る。聞けば、彼女たちは延々と同じ道が繰り返される場所に迷い込み、そこで鉄歯蜚蠊の群れに追いかけられていたらしい。


「そうだなぁ。わたしたちがエネミーの暴走に遭遇したのは30分くらい前だけど……」

「俺たちもそれくらいだな」


 ログウィンドウを開き、時刻を遡っていく。暴走した現世生物との遭遇の時刻は、突出して大量の鉄歯蜚蠊を倒した時と一致するから分かりやすい。


「階層全体で同時期に発生したって事?」

「ちょっとした〈猛獣侵攻スタンピード〉みたいなものなのかしらねぇ」


 原因不明の暴走に、エイミーたちが首を傾げる。その時、レティが彼女たちのログを覗き見て耳を立てた。


「あれ?」

「どうかしたのか?」


 レティは少し頭を捻り、うんうんと唸る。そうして、おずおずと手を挙げた。


「その時間って、たぶんレティとトーカが第一階層の床をぶち抜いて第二階層に入った時とぴったり一致してますね」

「ええ……」


 予想を越える供述に全員が絶句する。

 そもそも、第一階層から第二階層へは普通に螺旋階段があるはずだから、それを使えば良かっただろうに。どうしてわざわざそんな荒々しいことを……。


「だって、一刻も早くレッジさんの元に駆け付けないとダメじゃないですか」

「それにしてもだろう。そもそも、俺の位置とか分かってなかったんだろ?」

「そこはほら、愛の力でカバーできますから」

「そうかなぁ……」


 レティはまず最初にラクトたちと合流して、その後はシフォンの勘を頼りに進んできたはずだが。

 まあ、それはどうでもいいか。


「つまり、レティが遺跡をぶっ壊したからエネミーが暴走したってこと?」

「ま、まだそうと決まったわけでは!」


 ラクトの追及に、レティは焦って耳を揺らす。彼女は助けを求めるようにトーカの方へ視線を向けるが、大太刀を抱えた剣士は目隠しをしっかりと付けて俯いていた。


「まあまあ、誰が悪いって訳でもないでしょ。とりあえず、私達は誰も死んでないわけだし」


 エイミーが苦笑しつつ手を叩き、その場を収める。

 レティたちのせいと決まったわけでもないし、結局原因は分からずじまいだ。そのあたりの検証は、そういうのが得意な人たちに任せておけばいい。


「一応その可能性も捨てきれないし、中央に侵入するのは急いだ方がいいかな。まだ第二階層に人が少ないうちに終わらせておきたいし」

「そうだな」


 ラクトのまとめに頷き、賛同する。

 そうして、俺たちはテントを撤収し、地図を頼りに第二階層を歩き出す。


「ようし、どこからでも掛かって来やがれですよ!」


 通路に戻ったレティが勇ましく声を上げる。本人達の強い希望もあって、道中のエネミーは全面的にレティとトーカの二人に任せることにした。


「物理耐性がナンボのもんですか。私の妖冥華に掛かれば、藁人形と変わりませんよ」

「ぺしゃんこにしてやります!」


 鼻息を荒くしてずんずんと歩みを進める二人の後を追いかける。彼女たちはまだ第二階層の原生生物と真正面から戦ったことがないため、息巻いているらしい。

「見つけました! アレはレティの獲物です!」

「ふふふっ。先手必勝! 早い者勝ちですよ!」

「言いましたね!? 兎の素早さを舐めないで貰いたいですねっ!」


 通路を曲がった先に三体の“彷徨う虚鎧”を見つけたレティとトーカが、我先にと争いながら走り出す。憐れな武者たちは高い物理耐性が仇となり、ボコスカと殴られ続けている。


「元気ねぇ、二人とも」

「頼りがいはあるけどな」


 互いに煽り合いつつも息の合ったコンビネーションで絶え間ない攻撃を続けるレティとトーカに、俺とエイミーは驚嘆の眼差しを向ける。二人とも、2対3の不利を物ともせず、元気に武者をいじめている。


「レッジ、まわりの探索をしてきた。この地図はかなり正しい」

「おお、ありがとな」


 レティとトーカが原生生物を殲滅している間に、ミカゲが周囲の偵察から戻ってくる。彼はプラムの地図の精度を確認しつつ、欠落している部分を埋めてきてくれた。それを元にルートを選定し、最短距離を突き進む。


「うおおおおっ! 飲み込めぇええ!」

「レティも斬撃くらい飛ばせるようになったらどうですか? 世界が変わりますよ」


 レティが遺跡の床を叩き、巨大な亀裂を発生させる。わらわらと現れた鉄歯蜚蠊たちがその中に飲み込まれ、一網打尽にされていく。その隣では、トーカが通路の先に立つ彷徨う虚鎧の胴体を真っ二つに割っていた。


「レティは飛び道具なんて軟弱な物には頼らないんですよ」

「その言葉、ラクトとかも敵に回してませんか?」

「そ、そういうわけではないですけどね……!」


 レティとトーカの獅子奮迅の働きは、まさに暴風と呼んで差し支えないものだった。通路という通路から騒ぎを聞きつけた原生生物たちが殺到するが、それらに臆せず果敢に飛び込み、そして瞬く間に破壊していく。二人は猛烈な勢いで未詳文明遺構の原生生物を殲滅していた。


「うーん。やっぱあの二人だけでいいんじゃないかな……」

「アタッカーの大切さが身に染みるね」


 ラクトとシフォンが遠い目をしてその様子を見ていた。レティたちが生きたまま第二階層に入れていれば、あれほど苦労することも無かっただろうに、と唇を噛んでいる。

 専門の攻撃職という存在はかなり大きい。二人が加わっただけで、俺たちは驚くほどスムーズに進むことができた。


「到着!」


 予想を遙かに巻いた時間で、俺たちはドーナツの内円に辿り着く。そこは予想通り一分の隙も無い石壁で、軽く叩いてみても壊れそうな気配は微塵もしない。


「本当に壊せるか?」

「多分大丈夫でしょう。他の壁と材質は同じっぽいですし」


 レティは壁をじっくりと観察して頷く。ここから先は、レティ先生頼りだ。

 俺たちは彼女の邪魔にならないよう、少し後ろへ下がったところで見守ることにする。


「それでは――。『時空間波状歪曲式破壊技法』」


 レティがハンマーを構え、静かにテクニックを発動させる。

 彼女の足元から地面が波打ったように見えた。その不可解な光景に目を疑った。その直後。


「ふおりゃあああああっ!」


 レティが猛々しい声を上げ、鎚を思い切り壁に打ち付ける。

 身構える俺の耳に飛び込んできたのは、予想を裏切る音だった。まるで柔らかいゴム板を叩いたような、重く鈍い音だ。

 そして、ハンマーヘッドを起点に、石壁に波紋が広がる。既存の物理法則を歪めるような、直感的な理解を阻むような、不思議な光景だった。

 波の間隔はより細かくなり、衝撃は大きくなっていく。そして、力が閾値を越えた瞬間――。


「だらっしゃーーっ!」


 間近で落雷したかのような轟音と共に、石壁が粉々に砕ける。瓦礫が周囲に吹き飛び、慌てて飛び出したエイミーが障壁を展開してそれを防ぐ。

 濃い土煙が充満し、ラクトたちが大きく咳き込む。俺は腕で口元を覆いながら、レティの方を見る。彼女は莫大なLPを消費し、ふらりとよろめく。気絶状態に陥っていないのは、高い状態異常耐性のおかげだろう。


「がふっ」


 震える足でなんとか立っていたレティが、突然口から青い液体を吐き出す。俺たちの体内を巡っているブルーブラッドだ。

 彼女は『時空間波状歪曲式破壊技法』の反動を受け、LPをゼロにする。

 その数秒後、レティの胸元で赤い光が輝きを放つ。ゆっくりと倒れかけていたレティは、寸前に踏ん張り、体勢を維持する。

 “死地の輝き”の効果が発動し、LP1の状態で耐えたのだ。


「開きましたよ、レッジさん……!」


 口元のブルーブラッドを拭い、爽やかな笑みを浮かべて振り返るレティ。彼女の背後に、ぽっかりと大きな穴が開いていた。


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Tips

◇状態異常;吐血

 ごく短期間に著しい損傷を受けた際に発生する。体内のブルーブラッド循環系が不具合を起こし、正常な体液循環ができなくなる。滞ったブルーブラッドが強制的に体外へ排出される。

 一定時間、LPの最大値と基礎ステータスが減少する。輸血によって回復するほか、時間経過によっても自然回復できる。


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