第784話「穴掘り兎」
「レティ!? それに、ラクトたちまで」
「あなた達、どうやって――。ていうか壁を壊したの!?」
絶体絶命の窮地に現れた救世主に、俺とエイミーは混乱を隠せない。そんな俺たちを置いて、レティのブチ開けた壁の穴からは続々と仲間が現れる。
「色々話したいことはあるけど、とりあえずアーツが切れたらまた襲ってくるからね。その前に片付けないと」
「向こうの武者は任せて下さい!」
言うが早いか、トーカが刀の鯉口を切って駆け出す。それと同時に、ラクトが凍り付いた鉄歯蜚蠊の群れに矢を向ける。
「とりあえず、『凍結世界』は解除するよ」
彼女の言葉を合図に、凍り付いた世界が融解する。白い氷が剥落し、その内側から黒鉄の鎧武者が飛び出す。勢いを落とし崩れ落ちた黒い虫の波が、ザラザラと音を立てて迫る。
「彩花流、肆之型、一式抜刀ノ型――『花椿』ッ!」
「『暴れ飲む氷獣の輔』」
一本の斬撃が飛び、巨大な獣の頭が虫を飲み込む。トーカは閉所にも関わらず長大な太刀を巧みに動かし、三つの頭を一度に切り落とした。ラクトの生み出した獣の頭蓋骨のような氷象は向かってくる鉄虫を際限なく飲み込み、噛み砕く。
一撃の威力を極限まで高めたクリティカルアタッカーのトーカと、広範囲の殲滅力に秀でた機術師のラクト。相性の良い二人によって、暴走状態にあったエネミーはほぼ同時に滅され――。
「いや、トーカそいつは!」
「ぬわーーーっ!?」
頭が吹っ飛んだにも関わらず、武者は鈍ることなく動き続ける。五本の腕が滑らかに動き、そこに握られた大槌が技の終わりで隙ができたトーカを横から殴る。彼女は大きな声を上げて壁に激突した。
「おのれ、トーカの仇!」
「トーカ死んでないわよ! あとそいつ物理体制が高いから、レティもキツいと思うわよ」
「それなら、シフォン。よろしくお願いします」
「はえええっ!?」
助言を受けたレティはあっさりと引き下がり、隣に立っていたシフォンを武者の前に投げる。白い髪を乱し悲鳴を上げながら飛ばされたシフォンは、それでも空中でくるりと身を翻し、鎧武者に機術の鉈を叩き付けた。
「はええんっ! どうして、わたしが、こんなことを!」
「おお、削れるわねぇ」
シフォンは鎧武者の多腕を掻い潜り、次々と武器を叩き付け、叩き壊して攻撃する。機術属性の効果は覿面で、“彷徨う虚鎧”は猛烈な勢いでHPを消耗していた。
「こ、これで終わりっ!」
両者の武器が衝突し、空気が揺れる。
互いに後方へ退いた直後、シフォンが燃え盛る槍を投げ、それが鎧の胸元を貫いた。虚鎧のHPが底を突き、今度こそガラガラと崩れ落ち物言わぬ骸と化す。
「とあっ! ……あれ?」
瓦礫の山から飛び出してきたトーカが油断なく刀を構えるが、すでに敵はいない。周囲が静かになったのを見て、俺はひとまずテントを建て始めた。
「レッジさん、建材はありますか? 一応、持てるだけ持ってきましたけど」
「おお、助かるよ」
手持ちの建材を並べていると、レティがやって来て背負った大型リュックからアイテムを取り出す。トーカと共に死に戻った彼女は、〈ワダツミ〉で追加の物資を補給して来てくれたようだ。
ありがたく建材を受け取り、テントを構築する。その中に入ってようやく、俺たちは一息つくことができた。
自分用にコーヒーを淹れ、他の面々にもそれぞれ飲み物が行き渡ったのを確認したところで口を開く。
「それじゃあ、聞かせて貰おうか」
「そうですね。じゃあ、レティとトーカが死に戻った後から順に話します」
レティはココアで唇を濡らし、話し始めた。
「まず、絶対に壊れない物ってこの世に無いと思うんですよ」
「待ってくれ」
開口一番突飛な事を言い出したレティにすかさず待ったを掛ける。彼女は出鼻を挫かれて不服そうな顔をしていたが、ラクトたちが額に手を当てて項垂れているのを見るに俺の判断は間違っていないはずだ。
「それは、あの転がってきた石のことを言ってるのか?」
「はい。そうですよ」
レティはすんなりと頷く。
「実は、攻撃を仕掛ける前に鑑定を試してたんです。オブジェクトかと思ったんですが、動いたので」
「動く物はなんでも敵だと思ってるんじゃないだろうな……」
「否定はしませんが、まあそれは横に置いておきましょう。――そしたら、あの岩は“古代の球岩塊”というものでした。その時の鑑定結果もありますよ」
そう言って彼女は小さなウィンドウを共有してくる。そこには未詳文明遺構の第一階層でレティとトーカが轢殺された大岩の詳細な情報が記されていた。
それを見たところ、破壊できるようには思えなかったのだが。
「それで、トーカと一緒にアレの破壊を試みたんですよ。まあ、最初の方は全然うまく行かなかったんですが」
球岩塊は鑑定できる。鑑定できるならば敵である。敵であれば撃破できる。つまり破壊可能である。そのような理論に基づき、彼女とトーカは行動を起こした。幸か不幸か、トーカもその理論に賛同し、またそこには止める者が誰ひとり居なかった。
「何回くらい死んだの?」
ソーダを飲みつつ耳を傾けていたラクトが訊ねる。
レティとトーカの二人が手を組んだとて、一筋縄で行くほど簡単なものではないだろう。鑑定結果に“あらゆる物理的、機術的アプローチを受け付けない”としっかり明記されているのだから。
「どれくらいですかねぇ。30回を超えてからは数えてないです」
「その不屈の精神は見習いたいわね」
どうやら、俺たちが第二階層を彷徨っている間、レティとトーカは気が遠くなるほどの数の死に戻りを繰り返していたらしい。毎回毎回重い荷物を抱えて、今度こそ罠を突破してみせると息巻いて。本当に尊敬すべき直向きさである。
ともかく、レティとトーカの道は険しいものだった。彼女たちは爆弾などの搦め手を使ったり、武器を別のものに変えてみたり、考え得る限りの試行錯誤を行った。それでも、古代の球岩塊を破壊するには至らない。
「そこでレティは考えました。いつまでも突っ走ってばかりでは埒が明かない、と!」
「れ、レティが!?」
「立ち止まることを覚えた!?」
鼻を鳴らして言うレティを、ラクトとエイミーが驚愕の顔で見る。そんな二人に当の本人は納得いかないと腕を組んだ。
「なんですか、二人とも。何か言いたいことが?」
「いやだって、レティって一に突進、二に突進、三四が無くて五に突進じゃん」
「〈黒猪の牙島〉のエネミーよりよっぽど猪突猛進してるイメージだもの」
「二人して失礼ですね!」
仲間からの歯に衣着せぬ物言いに、レティは憤懣やるかたないと耳を振り回す。しかし、すぐに気を取り直してキラリと目を光らせる。
「まあ、次こそ上手く斬ります!と息巻いてばかりのトーカはともかく、怜悧なレティは熟考に熟考を重ねました。そして気付いたのですよ」
もったいぶる彼女に、俺たちは思わずテーブルに身を乗り出す。レティはぐるりと周囲を見渡して、にやりと笑う。
「――壊せないなら、もっと強い力で破壊すればいいじゃない。と」
「あ、うん」
「安心したよ」
「良かった。風邪を引いてたわけじゃなかったんだね」
あからさまに脱力し、胸を撫で下ろす面々。
「もー! シフォンまで何ですか! これはかなり画期的なことなんですからね!」
レティは頬をぷっくりと膨らませ、拳を振り上げる。そんな彼女に苦笑しつつ、俺は話を先へと促した。
「……こほん。ともかく、通常の方法で壊せないなら、もっと強い力を掛けるしかないんです。壊せない物も壊せるほどの絶対的な力を」
何か気付くことはないかと問い掛けるように、レティが目を配る。俺は黙って頷いているトーカの方を見て、彼女が抱えている大太刀に目を留める。そうして、ふと思い至った。
「〈破壊〉スキルか」
「そうです!」
その言葉を待っていたとレティが手を叩く。
遙か海の底、〈ワダツミ深層洞窟〉の最奥にある〈白き深淵の神殿〉で苦労しててに入れた上級スキル三種。纏めて物質系と総称されるもののうち、〈破壊〉スキルをレティが、〈切断〉スキルをトーカが所持していた。
「そういえば、そんなのもあったわね」
今その存在を思い出したとエイミーが顔を上げる。
それも仕方のないことで、物質系三種のスキルはそれぞれに対応した物理属性攻撃の威力を底上げする程度の能力しか認知されていなかったのだ。レアリティの割には、いまいち存在感がない、地味な新規実装スキルである。
「それで、〈破壊〉スキルと〈切断〉スキルが鍵だと考えた二人はどうしたんだ?」
「祈りました」
「……うん?」
レティの簡潔な答えに一瞬耳を疑う。首を傾げて聞き直すが、同じ答えが返ってきた。
「祈ったんですよ。壊れろ~!って」
「ええ……」
「わ、私は違いますよ!」
微妙な空気が広がるなか、今まで沈黙を保っていたトーカが慌てて手を上げる。なるほど、ここからはトーカの頭脳が冴えるわけだな。
「私はちゃんと、切れろ!って祈ってました!」
「ああ、うん。了解」
それは分かっている。
「いや、あんまり馬鹿にしないで下さいよ。FPOに於いて祈りは重要なんですから」
俺たちの表情から内心を察したのか、レティが耳を揺らして口を開く。彼女の弁明を聞いてやろうと、エイミーたちが居住まいを正す。
「例えば、流派技なんかが顕著ですけど、ピンチの時とかここぞと言う時に突然新しいテクニックが覚醒した覚えはないですか?」
「そう言われてみれば確かに……」
「流派かぁ。わたしはまだそういうのないしなぁ」
レティの訴えは、あながち的外れという訳でもなかった。実際、俺も土壇場で〈風牙流〉の新たな技をよく習得しているし、それが切り札となって助かったこともある。
流派に所属していないシフォンはあまりピンときていない様子だったが、そもそもカートリッジを使用しないテクニックの自然習得である“覚醒”がそのようなものだ。戦いや生産活動などのなかで、こんな事ができれば良いのにと思った時にそれに沿ったテクニックに覚醒することはよくある。
「ともかく、レティは〈破壊〉スキルを持ってますし、レベルも45あったので、何かしらの条件は満たしていると思ったんです」
「もう45まで上げてるのか……」
〈破壊〉スキルは上級スキルに分類されるため、未鑑定の源石を研磨して低確率で手に入るスキル石を使って、初期上限レベルが0である状態から10レベルずつ拡張していく必要がある。つまり、レティは今の時点で少なくともレベル50まで、源石5つを手に入れているということだ。
「レティ、また研磨でお金溶かしてないでしょうね」
「へへへ。そんなレッジさんみたいなことしないですよ」
「なんでそこで俺が引き合いに出されるんだ」
俺も上級スキルの〈生存〉を手に入れているが、そっちのキャップはまだ全然上げられていない。
「それで、祈った結果どうなったんだ?」
話の雲行きが怪しくなってきたのを察して、筋を正す。レティは頷き、テクニックウィンドウを表示した。
「『時空間波状歪曲式破壊技法』というテクニックを習得しました」
「なんて?」
長々と並べられた言葉に思わず聞き返す。レティはウィンドウに表示されたテクニック名を指で指し示した。
「『時空間波状歪曲式破壊技法』です。自己バフ系のテクニックで、効果時間は30秒。効果中、消費LPが3倍になり、何もしなくても急速にLPが減少し、更に攻撃がヒットした際にダメージの1/3が反動として返ってきますが、自身が繰り出す物理打撃属性にあらゆる物質を破壊できる効果が付きます」
「ええ……」
「やばいよね、この冗談みたいな能力」
レティが説明を読み上げ、ラクトが苦笑する。ラクト、シフォン、ミカゲの三人は俺たちより先にレティと合流したため、既にこの能力について聞いていたらしい。
「所持する武器のサイズと重量が大きいほど、威力と範囲が広くなりますが、LP減少量と速度も増えていきます。正直言って、めっちゃくちゃ扱いづらいです」
正直、慣れるまでに何度か死にました。とレティは吐露する。彼女は源石により炉心強化を容量の方に集中させているはずで、トッププレイヤーと比べてもかなりの総LP量を誇るはずだ。そんな彼女でも油断するとすぐにLPを枯渇させてしまうほどとは。
ここまでやってきた時も、LP回復アンプルをがぶ飲みしながらの行軍だったようだ。
「ちなみに〈切断〉スキルでは『時空間線状断裂式切断技法』というテクニックになりました。大体の中身はレティのものと同じですね」
トーカの補足を聞きつつ、そのピーキーすぎるテクニックの効果に思わず目眩を覚える。正直、俺のLPでは例え〈刺突〉スキル版のテクニックを習得していても使用できないだろう。おそらく、テントでもその消費LPを賄うのは難しい。
「よくここまで、それを使って来れたな」
尊敬と驚嘆を込めて、レティたちを称える。彼女はふわりと花のような笑顔になって、首に掛けていた赤い首飾りを見せた。
「“死地の輝き”がかなり助けてくれました。どうやら、内部のLP計算処理の順序が、第一に自然減少ぶん、第二にテクニック使用時の増幅された消費LPぶん、そして最後に反動ダメージらしくて。反動ダメージを受けた頃には総LPの50%は下回っている上に、きっちり残存LPを上回る反動ダメージが入るので、“死地の輝き”の効果が毎回発動してくれるんですよ」
「ほほう。なるほど、上手いこと利用してるな」
“死地の輝き”という首飾りは、赤く輝く“鮮血石”を使った物騒なアクセサリだが、前衛職のプレイヤーにとってはポピュラーなものだ。その能力は、装備者のLPが総量の50%以下の時、残存LPを超えるダメージを受けて即死した際、LPを1のみ残して耐える、というもの。食いしばりとかふんばりとか言われてることもある。
「それで毎回一命を取り留めつつ、トーカと交代しながら地中を掘り進んできたんだよ。正直、わたしも初めて見た時はびっくりしたけどね」
ラクトがそう言って肩を竦める。
「それはまあ、そうだろうな」
ともあれ、レティたちはかなりの危険に身を晒しながら、それでも俺たちと合流しようとしてくれたのだ。彼女のその思いには、目頭が熱くなる。
「ありがとう、レティ」
「ふへへ。レッジさん在るところにレティ在り、ですからね。死に戻ったってへこたれませんよ!」
「ああ。滅茶苦茶心強いよ。レティが出てきた時は、本当に嬉しかった」
「んへっ!?」
率直な思いを言葉にして返すと、レティは驚いたように耳を跳ね上げる。
「そ、そうですか。それは良かったです……」
そうして、彼女はしょぼしょぼと肩を縮めた。それと共に周囲からも生温い視線を向けられ、困惑してしまう。
「俺、またなんか――」
「いや、いいよ。レッジはそういう所あるって皆知ってるから」
不安になって口を開くも、呆れ顔のラクトに封殺される。
結局、よく分からない空気の中でコーヒーを啜るしかない。
「それじゃあ、気を取り直して。改めて七人で攻略を再開しましょうか」
そんな雰囲気を打破するように、トーカが口を開く。彼女の言葉に、俺たちは拳を掲げて賛同した。
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Tips
◇『時空間波状歪曲式破壊技法』
〈破壊〉スキルレベル40のテクニック。
効果中、テクニック使用時の消費LPが3倍になり、平時もLPが急速かつ大量に減少する。また、攻撃を行った際、それが対象に当たった場合、そのダメージ量の1/3が自身に反動として返ってくる。
異常構造物を含むあらゆる物質的対象を破壊するために開発された技法。多次元に渡る時空間そのものに干渉する特殊波形衝撃を放ち、物質をその根源的存在意義の段階から破壊する。これによりおよそ知覚可能なほぼ全ての物質の破壊が可能になる。
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