第783話「突き進む光」
延々と続く石の通路をひた走る。
「次、右だ!」
「はぁっ、はぁっ!」
エイミーの方が若干遅い。彼女はブルーブラッドを胴部に極振りしているためだ。
「先に行け。ちょっとだけ時間を稼ぐ!」
「分かった。死んじゃダメよ」
「任せろ!」
勢いよく振り返り、槍とナイフを構える。長い髪を振り乱すエイミーとすれ違いながら、俺は追跡の手を緩めない黒い群れを睨んだ。
「風牙流、二の技、『山荒』ッ!」
槍に風を纏い、勢いよく突き込む。暴風が吹き荒れ、小さな鉄虫たちを散らしていく。しかし、倒れた仲間を踏みつけて、奥からいくらでも新たな鉄虫が現れる。それらは眼を赤く光らせ、俺たちを食い荒らそうと地面を這っていた。
「ええい、しつこいなぁもう!」
しかし、前方の奴らを散らしたことで後続が詰まっている。それで少しは時間が稼げたと判断し、俺はすぐさま身を翻す。そうして、少し先を走っているエイミーに追いついた。
「無事?」
「大丈夫。しかし、突然わらわらと出てきたな」
心配そうにこちらを見る目に頷きながら、数分前の平穏を懐かしむ。
ドーナツの穴を目指していた俺たちは、しばらく順調に進んでいた。出てくる原生生物も三人一組の“
それが突然、地鳴りがしたかと思うと曲がり角からあのような大群となって現れたのだ。
エイミーは元々対群戦闘を不得手としているし、そっちが得意な風牙流を習得している俺でも視界を埋めるほどの数は流石に対応できない。これに真正面から挑めるのは、ラクトやメルといった高レベルの機術師だけだろう。
「一体何がどうなってるの?」
「よく分からん。とりあえず、逃げないことには飲み込まれるだけだ」
予兆もなく、突然始まった原生生物の暴走はどこを取っても不可解だ。トリガーとなったことも分からなければ、収束させる手段も分からない。俺たちにできることは、ただひた走るだけだ。
「っ! レッジ!」
走りながら途方に暮れていると、エイミーの鋭い声で現実に戻される。彼女は前方を睨み、手に防御機術を展開していた。
俺たちの前方、通路の奥に黒い人影があった。プレイヤーではない。重厚な鎧を纏い、大きな武器を携えた武者だ。いつものように三人一組で並んでいる。
「チッ、面倒くさいな」
「前は私が片付けるから、後ろで時間を稼いで」
「了解!」
エイミーが臨戦態勢を整える。その時、前方に立っていた“彷徨う虚鎧”たちが驚くべき行動に出た。
「何ッ!?」
それらは一斉に互いを掴み、密着し、バキバキと身体を破壊したのだ。心中のようにも見えるその突飛な行動に、俺たちの動きが一瞬遅れる。その直後だった。
「……そうはならんだろ」
思わず言葉が口を突いて出る。
三体がひとまとまりになって砕けた“彷徨う虚鎧”が、それぞれの残骸を一つに纏め、三面六腕という異形の武者となって立ち上がったのだ。
「エイミー、行けるか」
「任せて。むしろ単体になってくれてありがたいくらいだわ」
初めて見る変化に、エイミーは戦慄くどころか笑みを深める。彼女は俺が“鉄歯蜚蠊”の群れと激突するよりも早く、異形の虚鎧の元へと駆け出した。
「ええい。とりあえずやれるだけやるか!」
エイミーが気兼ねなく戦えるように、俺は十分な時間を稼がねばならない。さっきみたいな一時凌ぎではなく、本格的にここで押し止める覚悟を持って挑む。
「『強制萌芽』、“
種瓶を投げる。内部機構が発動し、種が特濃の栄養液と接する。直後、飢餓状態にあった種は豊富な栄養を鯨のように飲み込み、一気に成長する。
爆発音を立て、太く瑞々しい蔦が四角い通路に生い茂る。それは複雑に絡まり合って、小さな“鉄歯蜚蠊”すら潜り込めないほどの密度で蓋をする。
「これで10秒くらい稼げればいいんだけどな……」
しかし、そんな俺の淡い期待も虚しく、急成長を続ける蔦はその速度を上回る食欲によって食い荒らされた。バリボリと悍ましい音を立て、ゴキブリたちが蔦を葉を瞬く間に破る。
それでもなお彼らの食欲は収まらず、胃袋は底なしだ。
「次だ!」
ボロボロになった“大蛇葛”を乗り越えてやって来た黒い波に、白い電流が広がる。蔦によって稼いだ時間で、地面に電流罠を仕掛けておいたのだ。奴らは鉄製ということもあり、仲間から仲間へと感電していく。
電流罠を直に踏んだ個体は黒煙を上げて焼け焦げ、他の個体も動きを止めているものが多い。しかし、同胞の屍を絶縁体として後続が果敢に侵入してくる。
「本当にキリが無いな!」
槍とナイフの暴風で吹き飛ばしながら、罠と種瓶も織り交ぜてゴキブリ共の侵入を押し阻む。しかし、数の威力は絶大で、じりじりと後退を余儀なくされていた。
俺はちらりとエイミーの様子を窺う。
「はぁあああっ!」
彼女の鉄拳が黒鎧の中央を貫く。およそ格闘で聞いてよいものではない音が響き、そこかしこが歪んだ鎧に穴が空く。
しかし、“彷徨う虚鎧”は痛みなど感じていない様子で、むしろ己の身体を貫いたエイミーの拳を引き寄せ、大槌と大剣を振るう。
「せぃやっ!」
彼女は身を捻り、迫る武器を足で蹴り飛ばす。
〈格闘〉スキルの真髄は、全身を武器にできることだ。
「『裂刃脚』ッ!」
再び彼女の長い脚が鞭のように撓り、虚鎧の太い腕を蹴る。すると、鋼鉄の手甲が滑らかな断面を残して吹き飛んだ。
高位の格闘家は全身を臨機応変に動かす。頭頂から爪先まで全てを把握し、操作する。それにより、時に拳は鎚となり、手刀は真剣に匹敵し、蹴撃は槍となる。
全身が、斬撃、打撃、刺突の全てを備えた万能の武器となるのだ。
しかも、エイミーの場合はそれだけで留まらない。
「『撥ね除ける小盾』『クラッシュキック』『三連槍脚』『弾く小盾』『鎧通し』」
〈防御機術〉を織り交ぜ、敵の攻撃を的確に弾き、強引に隙を生み出す。そこに飛び膝蹴りで頭を砕き、目にも止まらぬ連撃で体勢を崩し、我武者羅に放たれた大ぶりな反撃を撥ね除け、生まれた致命的な隙に渾身の大技を叩き込む。
間髪入れない滑らかな技の連続だ。彼女は無数に分岐するコンボの中から最適なものを瞬時に選び取り、的確なコマンド入力で繋げていく。
三つの顔と六本の腕があろうと、エイミーを圧倒するには足りないようだ。
「しかし、向こうもタフみたいだな」
エイミーの戦いぶりを見て、安心すると同時に気が重くなる。通常の“彷徨う虚鎧”であればあれほどのコンボを繋げなくても鎧袖一触で倒せていたはずだ。
あの阿修羅のような鎧武者は、異常なほどの頑丈さを持っているらしい。
「エイミー! まだ掛かりそうか!?」
「かなり硬いわね。物理だけだと全然削れないわ!」
「くそっ。こっちももう限界だぞ!」
背後の戦いに気を払いつつ、こちらもできる限りのことはしている。しかし、ゴキブリ共は際限なく集まり、今にも防衛戦線を突破しそうな圧力を持っていた。
「よし、レッジ。走るわよ!」
「行けるのか?」
「任せなさい!」
エイミーが何か覚悟を決めたようで、強く声を上げる。俺は彼女を信じ、身を翻す。目の前に立つ格闘家は、腰を低く落とし、拳を構えていた。
「まだ使いこなせてないんだけど……」
そう言って、彼女は拳を開く。その手のひらが、鏡のように輝いていた。
「鏡威流、二の面。――『凸破鏡』ッ!」
パンッ。と乾いた音がする。それは、エイミーの掌底が虚鎧を撃ち出した音だった。
極大のノックバック効果があるのか、虚鎧は長い通路を吹き飛んでいく。エイミーはすかさず駆け出し、それを追いかけた。
「レッジ! 曲がり角でアイツが壁にぶつかる前に、叩いて進路を変えて!」
「ええっ!?」
「とりあえずちょっとでも叩けばそっちの方向に無限ノックバックするから、追いついて!」
「わ、分かった!」
明かされた『凸破鏡』の効果に驚きつつ、エイミーを追い抜かして吹き飛び続けている鎧武者に肉薄する。
長い通路の直線を終え、あと僅かで壁に激突するという直前、槍の穂先で横方向に力を与える。その瞬間、鎧武者は直角に勢いを曲げ、再び吹き飛び続けた。
「面白いな、これ」
「いいから、そのまま持っていくわよ!」
『凸破鏡』自体はあまりダメージ倍率も高くなく、ノックバック中は他の攻撃によりダメージも入らないらしい。それでも、ちょんと小突くだけで容易に向きを変えて吹き飛び続けるのは面白かった。
三面六腕の黒武者はズドンズドンと重い尻餅を突きながら、通路を転がり続けている。
「エイミー、ついてきてるか?」
「なんとかね!」
後方を見ると、エイミーが必死に足を動かしている。彼女の背後からは、黒い鉄虫の群れが土石流のように迫っている。あまり長くは保たないだろう。
その時だった。
「だらっしゃーーーいっ!」
「うおわっ!?」
突然、走っていた通路の真横の壁が吹き飛ぶ。瓦礫が吹き飛び、土埃がもうもうと立ち上がり、“彷徨う虚鎧”は俺を置いて通路の奥の壁に激突して停止する。
唖然とする俺とエイミーが状況を理解するよりも早く、壁に開いた穴の中から更なる声が響く。
「『
その瞬間、全てが凍り付いた。
俺たちに飛び掛かってきた鉄歯蜚蠊たちは、時の止まった津波のように。立ち上がり、武器を振り上げていた彷徨う虚鎧も、そのままの体勢で。彫像のように硬直する。
「流石シフォン! ドンピシャでレッジさんたちと合流できましたよ!」
「ま、まぐれなんだけどなぁ……」
「ちょっと、MVPはわたしだと思うんだけど」
「おや、あの強そうな鎧武者はなんですか? 斬ってみてもいいですか?」
あらゆるものが凍り付いた世界に、懐かしい声がする。
現れたのは、死に戻っていたはずのレティたちだった。
「お待たせしました、レッジさん!」
瓦礫の上に立った彼女は赤いうさ耳をピンと立て、誇らしげな笑みをこちらに向けていた。
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Tips
◇二の面『凸破鏡』
〈鏡威流〉二の面。正確無比かつ強烈な張り手によって、対象を強く突き飛ばす。その一打を受けた者は、遮る物がない限り延々と直進しつづける。
強制ノックバック技。対象はオブジェクトに当たるまで無限にノックバックし続ける。攻撃を与えることで進路を変えられる。ノックバック中は他の攻撃によるダメージが与えられない。
鏡は光を反射する。光はどこまでも真っ直ぐに突き進む。その勢いは衰えず、地平の果てまで持続する。
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