第782話「無限の交差点」

 レトたちと分かれた俺たちは、プラムから貰った地図を頼りに遺構の探索を再開した。彼女の記録は正確で、全域がカバーできているわけではないものの、ほとんど迷うことなく進めるようになった。


「てやぁっ! はぁああっ! とぅあっ!」


 テントで少し休んだのが良かったのか、エイミーの動きも冴えている。闇の中からカサカサと這い寄ってくる金属製の蜘蛛やゴキブリを、華麗な身のこなしで次々と倒していた。見敵必殺とばかりに目に付いた敵を全て撃破していくため、非常に頼りになる。


「お疲れさん。後片付けは任せろ」

「ふぅ。これだけしっかり動くと楽しいわね」


 普段、エイミーと俺だけでこれだけ多くの敵を相手にする機会は少ない。エイミーは沢山戦えて満足げだ。

 俺は手早く解体を終わらせている間、エイミーはスポーツドリンクを飲んで喉を潤す。こまめにスポドリを飲んでいれば、わざわざテントを出さなくても戦闘で消費したLPは回復できる。


「けど、ほんとにこの中心に何かあるの?」


 スポドリのボトルを握りつぶしながら、エイミーは暗い通路の奥を見る。プラムの地図によれば、この先に進めば円の中心に近づける。しかし、ドーナツ状の帯から外れる道は、彼女たちも見つけられていなかった。


「何にもないってこともないと思うけどなぁ。とりあえず、壁に辿り着いてみないことには、何も言えないだろ」

「それもそうね。じゃあ、バンバン倒しましょうか!」


 エイミーが意気軒昂に声を上げ、拳を打ち付ける。彼女の目の前に、三体の“彷徨う虚鎧”がぬらりと現れた。





「『拡散しスプレッド追尾するホーミング蒼氷の矢アイスアロー』ッ!」

「はえあっ!? はえやあわっ!?」


 引き絞った弦から、氷の矢が放たれる。それは細かな欠片となって広がり、通路を覆う無数の鉄虫たちに突き刺さる。だが、その鏃は前方で鉈を振るっていたシフォンたちの肩も掠める。

 彼女の悲鳴を聞いて、ラクトが慌てて術式を強制停止させると、今度は仕留めきれなかった鉄虫が群れとなって迫り来る。その上、ラクトは強制停止の反動によってLPを浪費させていしまう。


「ぐっ……! ラクト、近くは僕らでやるから、遠くの敵を狙って」


 苦無と糸を操りながらミカゲが叫ぶ。


「わ、分かった! ごめんね!」


 ラクトは謝りながら次の矢を構える。その時には、既に三人の前後から新たな敵が現れていた。


「はえええんっ! いくらなんでも敵が多すぎるよ!」


 足元に群がる黒鉄の虫を炎の鉈で払いながら、シフォンが悲鳴を上げる。しかし、ラクトもミカゲも自分を守るのに精一杯で、彼女をフォローする余裕がない。

 予期せぬ罠によってレッジたちと分断された三人は、それでもより多くの成果を持ち帰るため複雑怪奇な迷宮を進んでいた。初めは強力な機術攻撃によって視界に入った敵を全て薙ぎ倒しながら、破竹の勢いで進んでいた彼女たち。異変を感じたのは、しばらく順調に歩を進め、気持ちも高揚していた時のことだった。


「ミカゲ、出口はどっち!?」

「……分からない。どの道を進んでも、ここに戻ってくる」


 同じような景色が延々と続いたこともあり、事態に気がついた時には既に遅かった。最初に異変を察知したのは、通路の構造をメモしていたミカゲだ。彼は自分たちが延々と同じ道を歩いていることを、矛盾した手元の地図によって知覚した。


「はええん! はええんっ!」


 自分たちが迷宮に囚われた事に気がついた三人は、手当たり次第に道を進んだ。しかし、どれだけ走ろうとも、最後には六つの道が交差する場所に戻ってきてしまうのだ。

 それだけならまだしも、彼女たちが彷徨っている間にも“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”や“飛び刺し蝙蝠ピッカーバット”その他様々な原生生物たちが続々と現れるのだ。初めのうちは対処できていたそれらも、処理能力を越えた速度で増えていき、今ではほとんど圧倒されかかっている。個々の力は弱くとも、群れで迫られるとラクト以外の二人では分が悪い。そして――。


「シフォン、ナノ粉持ってない!?」

「はええっ!? も、もうほとんどないよ!」


 頼みの綱であるラクトもまた、幾度となく放った大規模機術によって大量のナノマシンパウダーを消費し、じりじりと追い詰められていた。


「は、はええ……」

「っ! 『拡散射撃』ッ!」


 追い詰められたシフォンに迫る“鉄歯蜚蠊アイアンローチ”の群れ。そのカサカサとした動きに、彼女の顔が青ざめる。咄嗟にラクトが矢を番えて一斉に放つ。それらは一部の鉄虫に突き刺さり動きを止めるが、焼け石に水だ。


「――『呪縁伝炎』ッ!」


 その時、青黒い炎が吹き上がり、鉄虫たちを焼く。炎の元であるミカゲは、無数のエネミーを同時に呪ったことにより、厄呪が急速に蓄積していく。


「ミカゲッ!?」


 捨て身の行動にラクトたちが驚く。ミカゲは覆面の隙間から彼女を見て、頷いた。


「ここは僕に任せて、先に行って」

「でも、またここに戻って――」

「きっと出られる。見落としてる、何かがあるはず」


 ここに留まっていても未来はない。それならば、敵を一掃して稼いだ時間で、二人だけでも脱出して欲しい。

 口数の少ない彼の言いたいことも、ラクトたちは察することができた。それが今できる最善の行動であることも。しかし――。


「自分から罠に突っ込んでいくんならともかく、そういう自己犠牲は許せないね!」

「そ、そうだよ! まだまだ戦えるし!」


 二人は頑としてそこから動かない。

 ラクトの矢はまだ尽きていない。シフォンも徒手空拳で戦える。ならば、三人で生きて帰る未来も在るはずだ。

 二人が覚悟を決め、ミカゲを見る。

 感動的な三人に、黒鉄の敵勢は無慈悲に襲い掛かる。

 その時だった。


「――ぅおおおおおおっ! りゃあああああっ!」


 突如、耳を劈く轟音が遺跡の仲に響き渡る。

 驚愕する三人の眼前で、あれほど堅牢を誇った壁が呆気なく破壊される。ガラガラと崩れ落ちる瓦礫、もうもうと立ち込める土埃。あまりにも予想だにしない展開に、敵でさえ一瞬硬直する。その刹那が命取りだった。


「――彩花流、抜刀奥義。『百花繚乱』ッ!」


 カンッと小気味良い音がする。それが刀を鞘におさめた音だと三人が気がついたのは、細切れの花弁となって吹き荒れる敵を見た後のことだった。


「どりゃああい! そこを退きなさい! 邪魔ですよ!」


 遅れて動き出した巨大な鎚持ちの“彷徨う虚鎧”が、煙幕の中から飛び出した鮫頭の鎚によって


「はっ!?」


 吹き飛んだわけではない。穴が空いたわけではない。砕けたわけではない。

 分厚い黒鉄の鎧が、まるでアイスをディッシャーで掬い取ったかのように、滑らかな断面を残して上半身を消失させたのだ。


「うおおおおっ! レッジさーーーん!」


 奇怪な現象を生み出した赤い影が吠える。その大声が煙幕を晴らす。


「うるさいですよ、レティ。――っと、ラクトたちじゃないですか!」


 その傍らで、刀を鞘に収めた和服の少女が目元を覆っていた布を取る。黒曜石のような瞳が、地面に崩れ落ちた三人を見渡し、赤い口元を緩めた。


「わ、ほんとだ。生きてたんですね! っていうか、レッジさんとエイミーは?」


 遅れて、レティも三人の存在に気付く。彼女は嬉しそうに耳を揺らしたのも束の間、そこに二人ほど不足していることに気がついて首を傾げる。


「けぽっ。……いろいろ話すことはあるけど」


 ラクトは砂埃に咳き込みながらよろよろと立ち上がり、二人の元へと歩み寄る。


「とりあえず、助かったよ」

「はええん……」


 その背後で、緊張の糸が切れたシフォンがくったりと倒れ込んだ。


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Tips

◇“鉄歯蜚蠊アイアンローチ

 “未詳文明遺構”〈第二階層;能動的迎撃区域〉に確認された原生生物。未知の金属によって構成された体長20cmほどの黒い金属体。硬質な身体と長い触覚、そして非常に鋭利かつ硬い歯を持つ。10体以上の群れを形成し、敵対者の全身を覆うように襲い掛かる。硬いノコギリのような歯で金属も高速で切り砕き、瞬く間に破壊する。

 意思疎通の試みは全て失敗。行動複雑性、戦略立案能力などから予測されるAIコアはランクⅠ相当。

 鉄を砕き、鋼を破る。その歯はあらゆるものを残骸とし、その悪食はあらゆる残骸を嚥下する。彼らの後には塵芥すら残らない。


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