第781話「息の合った二人」

 俺たちの反応にプラムは首を傾げる。


「“未詳文明遺構”の第一階層は即死級の罠がいっぱい仕掛けられてたと思うんだけど。第二階層ここに他のプレイヤーがいないのは、ほとんど第一階層うえでやられてるから、っていうのが私達の認識なの」

「そ、そうだったんですか。私達、入ってすぐに第二階層からだったので、何かおかしいとは思ってたんですけど……」


 エイミーの話を聞き、プラムは目を丸くする。この様子では本当に第一階層の罠の数々を、その存在すら知らずに通過してしまったらしい。

 俺たちとしては、彼女たちがどうやって第二階層までやってきたのかが気になった。


「プラムたちは地上の石塔から地下に入る時、何か特別な事はした?」

「特別なことですか?」


 エイミーが訊ねるも、プラムは心当たりがないようで首を傾げる。レトは我関せずと言った様子でカレーをもりもり食べている。お代わりも作っておいてやろう。


「……特には思いつきませんね。石碑に書かれていた指示の通りに石塔を動かして入っただけですし」

「石碑に書かれてた指示!?」


 ボムカレーのパウチを湯煎していると、エイミーが大きな声を出す。何事かとそちらへ目を向けると、彼女がぐったりと項垂れて額に手を当てていた。


「やっぱり正攻法があったのね」

「逆にエイミーさんたちはどうやって入ったんですか?」

「石塔をぶち壊して、そのまま入ったのよ」

「ええ……」


 エイミーの端的な回答にプラムは引き気味に声を漏らす。まあ、そうなるな。


「でも、私達はそうするしかなかったのよ。石碑に書かれてた文字も読めなかったし」

「なるほど。実は私、〈解読〉スキルを持ってるんです。ゲームの考察とかが好きで……」

「なるほどね。やっぱり、そういうのが順当な解き方よねぇ」


 プラムは少し恥ずかしそうに俯いて言う。エイミーはどっと疲れが押し寄せたのか、紅茶を一気に飲み乾した。

 恐らく、石塔の本来の入り方は〈解読〉スキルを持つプレイヤーが石碑を読み解き、その指示通りに何かを操作して入り口を開くことなのだろう。しかし、イベント開始直後に殺到したのは頭より先に身体が動くようなプレイヤーばかりである。全てがそうとは限らないが、遺構内に入れたプレイヤーは外部との通信が断たれてしまうため、その方法が広まりにくい。

 そういった事情で、なかなか第二階層に到達できるプレイヤーが増えないのだろう。


「レティと合流できたら、その辺もちゃんと共有しないとね」

「そうだなぁ。レティならまた特攻しかねん」


 罠がなんぼのもんですか! などと言って、今も張り切っている可能性すらある。レティもトーカも〈解読〉スキルは持っていないため、合流できるのはまだしばらく先になりそうだ。


「レティさんたちも一緒にプレイされてたんですか?」


 俺とエイミーの会話を聞いていたプラムが首を傾げる。


「元々はね。ほんとは〈白鹿庵〉の七人全員で入ってきたんだけど、第一階層でレティとトーカが死んじゃって、第二階層で残りの三人ともはぐれちゃったの」

「そうだったんですか……。〈白鹿庵〉の皆さんでも苦戦するなんて」


 プラムはごくりと喉を鳴らすが、俺たちは別に歴戦の攻略組というわけでもないからな。相性が悪ければ呆気なく負けることも多い。例えば、倒せない敵や壊せないオブジェクトが相手になるとかな。


「なんだかんだで二人になっちゃって、結構危機的な状況なのよね」

「そうだなぁ。地形を探りつつ歩いてるが、どこまで行けるかは正直分からん」


 もちろん行けるところまで行くつもりだが、俺とエイミーだけでは攻撃力が心許ない。やはりいつもは当たり前のようになっているレティたちのありがたみが、強く実感させられた。


「あの、私が書いた地図で良ければお渡ししましょうか? 本職の地図師ではないので、通路のメモだけなんですけど……」

「ほんと? いいの?」


 プラムが白いローブの内側から、革張りの手帳を取り出す。その一ページに、第二階層の詳細な地図が描かれていた。彼女は謙遜しているが、十分実用に足るクオリティだ。俺がメモしたものなど、比べるのもおこがましい。

 エイミーもその地図を見て、目を輝かせている。

 ともあれ、見たところプラムの地図も俺の予想からそう外れているわけでもない。やはり第二階層は巨大なドーナツ状になっており、パターンの決まった迷路が繰り返されているようだ。

 というか、フィールドのほぼ全域が記録されているとは、本当に二人はイベント開始直後に第二階層まで入り、それから延々と彷徨っていたらしい。


「こ、これでアイテムのお代になればいいのですが……」

「十分すぎるわよ。もうちょっとアンプル持っていって頂戴」


 肩を縮めるプラムに、エイミーは追加のアンプルを渡す。プラムはあわあわと慌てていたが、レトは無邪気に喜んでいた。


「ありがとうございます、エイミーさん! 地図も使ってくれると嬉しいですから」

「地図を書いたのは貴方じゃないでしょ!」


 耳をぱたぱたと動かすレトの脇腹を、プラムが肘で突く。二人パーティで活動しているだけあって、仲は良いらしい。


「それにしても初めてのイベント参加でこんなに成果を挙げるなんて、二人とも将来有望ね」


 取引も一段落し、エイミーが雑談に持っていく。

 レトとプラムは大規模なイベントの参加は今回が初めてのようだが、最前線で活躍する攻略組に匹敵する働きをすでに見せている。たしかに、今後が楽しみなパーティだ。


「えへへ。そ、そうですかね……」

「ありがとうございます!」


 プラムは俯いてもじもじと指を絡めるが、レトは純真な笑顔で喜ぶ。


「差し支えなければ、お二人のビルドを教えて貰ってもいいですか?」

「はい! あ、その、そんな敬語じゃなくてもいいですよ。私達の方が若輩者ですから」


 プラムが眉を寄せ、困った顔で言う。俺が頷くのを見て、レトが手を挙げた。


「俺は双剣士です。あ、でも斥候もやってるし、〈野営〉スキルも持ってるんですよ」

「おお、キャンパーだったのか!」


 レトが同志であることを知り、俄然テンションが上がる。そういえば、二人と出会った時も、彼がランタンを持っていたな。ランタンの為だけに〈野営〉スキルをつまみ食い程度に取るプレイヤーも多いから、あまり意識していなかった。

 それと、やはり犬型ライカンスロープの嗅覚を活かせる斥候役としても活動できるようにしているようだ。ライカンスロープは感覚器が優秀なので、索敵などを担うのはよくあることだ。レティもミカゲが居ない時は周囲の音に気を配っていることがある。


「私はレトとは違って、ほとんど戦闘はしないんです。〈支援機術〉と〈防御機術〉の複合機術師で、あとは〈鑑定〉とか〈解読〉とかの調査系を趣味で持ってるくらいで」

「あら、〈防御機術〉を持ってるのね」


 対するプラムは純粋な支援機術師ビルドのようだ。レトとのパーティを念頭に置き、攻撃能力は潔くすっぱり切り捨てている。その代わりに、考察班御用達のスキルをいくつか取り入れている。

 攻撃のレトと、支援のプラム。二人の役割がはっきりとしていて、バランスが良いパーティになっている。


「俺もレッジさんのビルドを聞いてもいいですか? ブログを読んでても、イマイチ分からなくて……」

「別に良いけど、そんなに変わったもんじゃないぞ?」


 ビルドは対人戦を主にしているプレイヤーなどは隠すこともあるようだが、俺は別に知られて困ることもない。スキルウィンドウを開いて見せると、レトとプラムは揃って目を点にした。


「こ、こんなビルドが成立するんですか?」

「成立してるから、今の俺がいるんだけどな」


 レトが俺の顔とウィンドウを交互に見ながら、戸惑いの声を上げる。戦闘に生産に趣味にと色々な分野に手を出しているため、少々歪なことになっているかもしれないが、案外これが快適なのだ。


「レッジのビルドは参考にしない方がいいわよ。基本的に攻撃受ければ死ぬし、受けなくても余波で死ぬし。〈防御機術〉と〈武装〉を高レベルで纏めれば大抵の攻撃にも耐えられるからおすすめよ」


 エイミーが俺の事を遠慮なく押し退けながら、自分のビルドを売り込んでいく。彼女の開いたスキルウィンドウを見て、二人はあからさまにほっとした顔になる。


「エイミーさんのビルドはオーソドックスですね」

「タンクのお手本みたいな構成です」


 二人の評価に、エイミーはそうでしょうと頷く。


「俺の構成も参考にしてくれていいんだぞ?」

「変態ビルドは黙ってなさい」

「エイミーだって、ビルドはともかくプレイは上級者ってレベルじゃないじゃないか……」


 エイミーは〈白鹿庵〉の中で常識人面をしているが、よくよく見てみるとかなりおかしいことをしている。四方八方からの攻撃全てにジャストガードで対応できる時点で、並の盾役が白目を剥く所業なのだ。しかも、彼女はそれを初見の原生生物に対しても素早く対応することができる。

 60fpsどころか120fpsよりも遙かに細かい時間世界で生きており、その細かな単位で的確に技を発動できる正確さは、レティたちにもできない所業だ。


「非常識の権化が言うじゃない」

「それって俺のことか?」


 ふん、と鼻を鳴らして笑うエイミー。俺は〈白鹿庵〉の清涼剤と評判の、凡庸な人物なんだが?


「ぷふっ」


 二人で軽く言い合っていると、プラムが口元に手を当てて吹き出す。そちらを見ると、彼女は慌てて手を振った。


「す、すみません。お二人の仲がとても良さそうで」

「夫婦みたいだったな」

「ちょっとレト!?」


 レトの言葉にプラムが慌てる。


「ははは、俺とエイミーが夫婦ね。残念ながらそういうわけじゃないからな」


 二人の反応を微笑ましく思いながら言う。だよな、とエイミーの様子を窺うと、彼女は硬直していた。


「エイミー?」

「えっ? ああ、そ、そうね……。うん」


 名前を呼ぶと、彼女はぎこちないながらも頷く。夫婦などと言われて、気に障ったのだろうか。


「わ、私達そろそろ行きますね。沢山のアイテム、ありがとうございます」

「おう。螺旋階段を登っても第一層に行くかもしれないから、罠には気をつけてな」

「はい! ありがとうございます!」


 プラムが慌てて立ち上がり、レトの腕を引く。もう少しゆっくりしていっても良かったのだが、二人も早く地上に戻りたいのだろう。

 二人が荷物を纏め、テントを出る。そうして、最寄りの螺旋階段に向かって歩き出す。


「ありがとうございましたー!」


 少し離れてから振り返って改めて手を振ってくるレトに手を振り替えし、彼らの背中を見送る。


「それじゃあ、俺たちも出発するか」

「そ、そうね。うん」


 結局、エイミーはそれからしばらく俺の声に心此処に在らずといった様子の反応しかしてくれなかった。それでも、原生生物は的確に殴り飛ばしていくのだから、凄いものである。


_/_/_/_/_/

Tips

◇インスタントティーパック

 お湯を注ぐだけで簡単に紅茶を作ることができるティーパック。豊かな芳香がフィールド活動で荒れた精神を落ち着かせる。ミルクやレモンを加えても美味しい。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る