第780話「遭難者と取引」
“未詳文明遺構”の〈第二階層;能動的迎撃区域〉は、一見すると複雑怪奇に入り組んでいる。しかし、しばらく歩き続けているうちに、その法則性に気がつき始めた。
「なんか、全体的に円形になってないか?」
「そうかしら?」
俺の推測にエイミーは首を傾げる。彼女も俺も〈筆記〉スキルを持っていないし、地図作成の技術があるわけではないから、感覚的な話になるのは仕方がないが。それでも、脳内に描いた地図を俯瞰すると、ドーナツ状のエリアがおぼろげに浮かんできた。
「専門のマッパーが居ればもっと詳しく分かるんだけどな。ミカゲたちはもう気付いてそうだ」
「そればっかりはどうしようもないわね。ていうか、それならずっと歩いててもまた初めの場所に戻ってきちゃうってこと?」
「そうなるかな。まあ、かなりデカそうだから一周するのにもかなり時間は掛かりそうだが」
円形で繋がっているのなら、歩き続ければミカゲ達と合流することもできるだろう。しかし、そもそもの面積がかなり広大であり、ドーナツ状のエリアの中が複雑に入り組んでいるため、再会は難しい気もする。
となると、やはり、俺たちだけで進めるところまで進んだ方が良いだろう。
「こういう時って、どこを目指せば良いと思う?」
「そうねぇ……」
エイミーは首を捻り、思案する。
その時、暗闇の中から三体の“
「やっぱり――」
鎚持ちがエイミーの障壁を砕く。その瞬間、彼女が拳を唸らせその分厚い鎧に穴を開けた。それでもなお鎚を振り下ろす虚鎧に足を高く上げて得物を蹴り上げる。
彼女の懐にナイフを持った虚鎧が飛び込む。しかし、その凶刃が届くより先に、エイミーの竜巻のような回転蹴りが吹き飛ばす。
二体の鎧の強襲を防いだエイミーに、最後の一体が迫る。大斧を通路の壁面に摩りながら、それは無言で迫る。だが、その動きは途中で止まる。見えない壁に阻まれ、エイミーに近づけない。斧持ちがその武器で強引に障害物を破壊しようとしたその時、エイミーの正拳突きが障壁ごとその鎧を貫いた。
「――円の中心に何かが隠されてるってのが、伝統でしょ」
「伝統ねぇ」
もうエイミー一人でいいんじゃないか、と思うくらい、彼女はこのフィールドの原生生物に適応していた。すでに俺の出番は殆どなく、どれほどの大群と遭遇しても、余裕で蹴散らしてしまっている。
おかげで俺は楽ができるし、こうして余計な事に考えを巡らせる暇があるのだが。
「それじゃあ、中心に向かって歩いてみるか」
「オーケー。道案内は任せたわ」
案内というほどの事もできないのだが、ある程度この迷路の構造も分かってきた。どうやら、一定間隔ごとに同じ構造がパターン的に繰り返されているようなのだ。
俺は脳内の地図と手元のメモを頼りに、進路を決める。その時だった。
「おーい!」
後方から突然、声が響く。俺とエイミーが驚き振り返ると、暗がりの中にぼんやりとした光が見えた。
「プレイヤーか?」
「みたいね」
一応、エイミーは油断せずいつでも動けるように構えている。そうしている間にも光はだんだんと近付き、それが男性の持つランタンであることが分かった。
革の鎧を着込み、双剣を携えた犬型タイプ-ライカンスロープの青年だ。その隣には、機術師らしいタイプ-フェアリーの少女もいる。
青年が笑顔で手を振りながら駆けてきて、少女がその後を追っている。
「知り合い?」
「いいや。初めて見る顔だ」
どうやら、俺もエイミーも知らないプレイヤーらしい。このフィールドで初めて出会っただけに、どう対応すればいいのか分からず戸惑ってしまう。
そうこうしているうちに、青年と少女はこちらのすぐそばまでやってきた。
「はぁ、やっぱりおっさんだ!」
「ちょっとレト、失礼だよ!」
ぱぁっと表情を輝かせる青年を、少女が諫める。俺はとりあえず愛想笑いを浮かべて、二人のことを確認した。
レトと呼ばれた青年は、金髪に垂れ耳の犬型タイプ-ライカンスロープだ。どことなく、大型犬のような愛嬌を感じる。
傍らに立つフェアリーの少女は、切れ長な目をしている。長い銀髪を金色のリングで纏めている。
「ごめんなさい。二人に見覚えがないんだけど、どこかで会ったかしら?」
突然現れた二人に、エイミーが素性を尋ねる。
レトははっとして口を開いた。
「すみません! お二人は有名なんで、一方的に知ってるだけです。FPO日誌、毎回見てます!」
「お、おう。ありがとうございます」
ぐいぐいと近づいてくるレトにたじろぎながら、ちらりと少女の方を見る。俺の視線に気がついた少女は、足を揃えてぺこりと頭を下げた。
「私はプラムと言います。レトとパーティを組んでて、今回のイベントが初参加だったんですけど、他の人と全然会えなくて……」
「なるほど。たしかにまだ全然プレイヤーが第二階層まで降りてきてないもんね」
少女改めプラムの言葉に、エイミーがなるほどと頷く。第一階層の罠を突破しなければ第二階層に至れないということもあり、俺たちもまだ他のプレイヤーとは一切遭遇していなかった。
「それで、初めて見つけたのがおじ――レッジさんたちだったので、レトが暴走しちゃって」
「あはは。すみません」
プラムがじろりと隣を睨むと、レトは首筋に手を添えて謝った。
まあ、初めての大規模イベントでこんな暗い迷路を延々と彷徨うことになると、かなり心細いだろうからな。プレイヤーを見つけて喜んでしまうのは分かる気がする。
「それで、できればで良いんですけど……」
俺とエイミーが二人の境遇に同情の念を抱いていると、プラムが遠慮がちに口を開いた。
「その、私達、もう物資がほとんどなくて。できれば少し売って貰えませんか?」
「なるほど。そういうことか」
プラムはタイプ-フェアリーの機術師だし、レトは軽装戦士だ。どちらも所持重量にあまり余裕はないのだろう。そんな状態であてもなく迷路を彷徨い、食料やアンプルなどの物資をすり減らしてしまったわけだ。
俺がエイミーに目を向けると、彼女も頷く。困っているプレイヤーを見捨てるほど、こちらも余裕がないわけではない。
「いいよ。せっかくだし、ここらで休憩にするか」
「そうね。二人の話も色々聞きたいし」
俺がテントを建て始めると、エイミーは笑ってレトたちを下がらせた。
「う、うわぁっ! これがおっさんのテント!」
「レト! ……でも、ほんとに凄いわね」
二人の目の前でテントが組み上がっていく。せっかくだから、少し奮発して建材を二個使う山小屋テントにした。いつまでも同じ光景の続く遺跡内を歩いていた二人には、木のぬくもりが必要だろう。
「ほら、どうぞどうぞ」
「お、お邪魔します!」
「わっひょーい!」
扉を開けると、レトが勢いよく飛び込んでいく。プラムもそれを追って足早に入り、広々とした部屋を見渡してため息をついていた。
「とりあえずテーブルと椅子と……。好きな飲み物があったら言ってくれ、大体のものは揃えられるはずだから」
「じゃあ俺、コーラがいいです!」
「ちょ、ちょっとレト! すみません、私達、あんまりお金持ってきてないんですけど」
「ウチの飲み物は福利厚生の一環だから。これでお金は取らないわよ」
「へええっ!?」
無邪気なレトを諫めるプラム。エイミーが紅茶を淹れながら言うと、彼女は目を丸くして驚いた。
まあ、飲み物と言ってもインスタントの物がほとんどだからな。金を取るほどのものでもない。
一通りアセットを置き、二人に飲み物を渡したところで、俺も椅子に落ち着く。
「すごいなぁ。これ、ほんとにテントなんですね」
「本当にテントなんですよ」
耳をぱたぱたと動かして興奮するレトに、笑いながら頷く。これだけ喜んでくれれば、テントを建てた甲斐があるというものだ。
「それで、二人は何が欲しいの?」
話し上手なエイミーが二人に声を掛ける。ミルクティーを飲んでいたプラムが、ソーサーにカップを置いて口を開いた。
「携行食とLP回復アンプル。あとは、もし余裕があれば、応急修理マルチマテリアルも……」
「オーケー。レッジ、持ってる?」
「もちろん。あ、二人ともカレー食べるか? 携行食だけだと味気ないだろ」
「ええっ!?」
「食べますっ! ありがとうございます!」
プラムが要求してきたのは、フィールド活動で必須級のものばかりだ。当然、俺もある程度の量をリュックに入れている。
俺は渡しても問題ない量をテーブルに置き、ボムカレーを湯煎するためにキッチンへ向かった。
「こ、こんなに沢山!? ……お、お金が払えませんよ」
テーブルに置いたアイテムの量が多かったようで、プラムが瞠目する。どうやら、パーティの財布や物資の管理は彼女がやっているようで、レトはきょとんとしていた。
「でも、これくらいないと帰るのも大変じゃない? そもそも出られるのかどうか、私は知らないんだけど」
「そ、それは……。上に続く螺旋階段を見つけられれば、なんとかなるんですけど」
プラムの言葉に、俺とエイミーは目を合わせる。
この上の階には罠が張り巡らされた階層があるはずだ。彼女はそこをほとんど無視できる何かを知っているらしい。
「カレー、何口がいいですか?」
「俺、辛口で!」
「あ、わ、私は甘口でお願いします」
俺がパウチを温めている間にも、エイミーがプラムと話を進める。
「じゃあ、一部は情報で払って貰っても良いかしら」
「じょ、情報ですか?」
エイミーが提案し、プラムは首を傾げる。
俺が完成した人数分のカレーライスをテーブルに置くと、レトが早速食べ始める。
「俺たちはまだ、この遺跡についてほとんど何にも知らないんですよ。第一階層を突破できたのもほとんど偶然で」
「第一階層?」
きょとんと首を傾げるプラム。
その反応を見て、俺とエイミーは再び目を合わせた。
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Tips
◇パウダーコーラ
水に溶かすことで簡単にコーラを作ることができる粉。風味や味は本物に劣るが、長期保存が可能で携行に便利。そのまま食べても美味しい。
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