第779話「合間の食事」

 水気のないスティックが噛み砕かれ、ポロポロと欠片が零れる。地面に落ちたそれは、ただのデータの残滓となってやがて消えていく。

 口の中に残るのは、乾いたおがくずを高圧で押し固めたようなボソボソとした物体だ。わざとらしいメープルの甘い香りが、逆に作り物であることを前面に押し出している。


「ま、マズい……」


 もぐもぐと咀嚼し、スポーツドリンクで強引に飲み下し、ラクトは率直な感想を口にした。


「あはは。仕方ないよ、今はこれしかないんだし」


 その隣でリスのようにスティックを囓っていたシフォンが、ラクトの歯に衣着せぬ言葉に苦笑する。

 レッジとエイミーの二人とはぐれてしまったラクトたちも、三人で探索を続けていた。遭遇する原生生物は問題なく倒せるが、行動の弊害となっているのは食料だった。

 フィールド探索のため、必要最低限の携行食は常備しているものの、〈白鹿庵〉として活動している場合はもっぱらレッジがキャンプで温かい食事を振る舞ってくれていたのだ。それらと比べると、エナジーバーは雲泥の差である。


「うぅ。レッジのカレーが食べたいよう。ちゃんと甘口にしてくれるあのカレーが食べたいよう」

「そうだなぁ。わたしも焼きそば食べたいな……」


 ひもじい顔でもそもそとスティックを囓るラクト。彼女の泣き言を聞いているうちに、シフォンもレッジの作る料理が恋しくなってきた。

 そもそも、フィールド上でいつでも温かい食事が取れる時点でかなり恵まれているのだ。このエナジーバーも、料理系バンドの弛まぬ努力によって改善が進んでいると聞く。それでもなお、本格的な料理にはなかなか及ばない。


「ところで、ミカゲは何をしてるの?」


 なんとかエナジーバーを完食したラクトが、隣でごそごそと何やら手を動かしていたミカゲに声を掛ける。


「……兵糧丸。食べるのに〈忍術〉スキルが必要だけど、美味しい携行食」


 彼の手に乗っていたのは、ピンポン球ほどの大きさの丸い物体だった。色々な食材を纏めて乾燥させたものらしく、見た目はただの団子のようだ。

 彼はそれをぱくりと食べて、ぐっと親指を立てた。


「携行食は、忍者の基本」

「ぐぬぅ。こういうところ抜け目ないよね」


 美味しそうにパクパクと兵糧丸を口に運ぶミカゲ。ラクトはそんな彼を羨ましそうに見た。


「ラクトも、〈忍術〉スキルを上げると良い」

「いやぁ。そんな余裕は無いんだよね、残念ながら」


 隙あらば仲間を忍の道に引き込もうとするミカゲだったが、ラクトは笑ってはぐらかす。〈忍術〉スキルは基本的に、近接物理戦闘職にとって便利なテクニックが揃ったスキルだ。遠距離機術戦闘職であるラクトが伸ばしたところで、あまりシナジーはない。


「シフォンの方が似合ってるんじゃない? 回避主体だし、近接だし」

「はえっ!?」


 突然話の矛先を向けられたシフォンが驚いてエナジーバーを取り落としそうになる。慌ててそれを握りしめて、シフォンは首を捻った。


「どうだろうね。わたし、分身とか上手く使いこなせる自信が無いよ」

「……興味があれば、いつでも教える」

「あはは。ありがとね」


 ぐっと拳を握るミカゲ。シフォンは苦笑して頷く。

 その時、通路の奥から金属が擦れ合う重い音が響いた。


「っと、休んでる暇もあんまりないね」

「はえっ!? も、もががっ」

「シフォンは落ち着いて食べてて良いよ。わたしとミカゲでなんとかするから」


 闇の中から現れたのは、大槌を引き摺る“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”だ。

 ミカゲが苦無を構えて立ち、その後ろでラクトが弓に矢を番える。シフォンは食べかけのエナジーバーを口に突っ込み、むせていた。


「えほえほ……。レッジさんがいないと大変だねぇ」

「本来はこれが普通なんだけどね」


 レッジのテントがあれば、敵襲を警戒することなくゆっくり休むことができる。彼がいなくなってより一層、三人はそのありがたみを感じていた。





 炊きたてホカホカの白米の上に、ジューシーなパティと半熟の目玉焼きが乗っている。青々としたベビーリーフとキャベツの千切り、ミニトマトも添えられ、彩りも良い。更にそこへグレイビーソースが掛けられ、全体の調和を取っている。


「はい、おまたせ」

「おお! めちゃくちゃ美味しそうじゃないか!」


 エイミーが腕によりを掛けて作ってくれたのは、豪華なロコモコ丼だった。親子包丁を持ち、エプロンドレスを身に着けたエイミーは、照れ顔で笑う。


「食材もあんまり無かったのに、よくここまで立派なのが作れたな」

「いや、随分豊富だったと思うけど……。いつもこんなに食材持ってきてるの?」


 俺が今回用意していた食材は、野菜と肉と卵と米と中華麺とパスタくらいのものだ。レティとしもふりが居ればもっといろんな食材を使えるのだが、今の状況ではこれくらいしかない。


「レティたちは結構食べるからな。フィールドに出る時はある程度注文に答えられるように色々用意してるんだよ」

「そのせいでドロップアイテムが持てないんじゃないの?」


 エイミーの指摘はもっともだが、仕方がない。シフォンは焼きそばが好きみたいだし、ラクトは甘口のカレーを好んでいる。ミカゲとトーカは洋食を出すと少しテンションが上がるのだ。できれば、皆には食事で元気を出して貰いたい。


「じゃあ、早速。頂きます」


 エイミーとロコモコ丼を拝み、早速食べる。


「うん。美味しいな」

「ふふふ。私なんて全然〈料理〉スキルのレベルないんだから、そんなに言わなくても」

「いやぁ、いくらでも食べられるぞ」


 エイミーは謙遜するが、実際美味しい。たしかに〈料理〉スキルのレベルは親子包丁とエプロンの補正があっても低いため、飯バフなどの効果はほとんどないが、味付けは濃すぎず薄すぎず、とてもバランスが良い。

 うんうん。やはり人の手料理というのはいいものだ。


「ほんとに美味しそうに食べてくれるわね。……レッジって普段どんなの食べてるの?」

「ええ? そうだなぁ。ゼリー? ジェル? なんというか、栄養だな」

「ええ……」


 俺もよく分かっていないため曖昧な返答になってしまったが、エイミーがあからさまに顔を顰める。


「ちゃんと栄養はあるんだぞ」

「栄養しかなさそうなんだけど」

「そうとも言うな」


 とりあえず、食の楽しみ的なものは特にない。気がついたら摂取が終わっているしな。


「なんならリアルでも私がご飯作ってあげようか? なんちゃって」

「ははは。毎日こんな料理が食べられるなら幸せだな」


 おどけて言うエイミーに俺も乗っかる。栄養士としてしっかり管理してくれるなら安心だ。まあ、なかなかそうもいかないわけだが。


「そういえば、エイミーは職場の後輩に料理を教わったんだったか」


 ロコモコ丼を食べ終え、食器を片付けながら話を広げる。食後のコーヒーを淹れ、エイミーの分の紅茶も用意する。


「ええ。大学時代からの後輩なんだけど、良い子なのよ」

「へぇ。そりゃ随分仲が良いな」


 エイミーとは〈白鹿庵〉で一番年が近い(気がする)からか、話も弾む。そうでなくとも、彼女は結構話しやすいタイプなのだ。


「その子はもうずっと彼氏と一緒に暮らしてて、ご飯も一緒に作ってるらしいわよ」


 そろそろ結婚するんじゃないかしら、とエイミーが楽しそうに言う。


「でも、私はその子の彼氏を見たことないのよね」

「へえ。写真とかもないのか?」

「ええ。その子が恥ずかしがって見せてくれないの」

「なるほど。まあ、その辺のことは俺はさっぱりなんだけどな」


 エイミーの後輩が何才くらいかは知らないが、そもそも恋愛ごとには疎いのだ。生まれてこの方、そう言ったことにはてんで縁が無い。


「レッジは独身なのよね?」

「うん? ああ、自由気ままな独身貴族だよ」

「そっかそっか……」


 俺が頷くと、エイミーは何やら神妙な顔で考え込む。何を企んでいるのか分からず、首を傾げる。


「レッジ、今後もたまに親子包丁貸して貰ってもいい?」

「別にいいが、普通に〈料理〉スキル伸ばした方が早くないか?」

「レッジが居てくれた方が味見が捗るでしょ」

「そういうもんか? まあ、別に良いけどな」


 エイミーの突然な申し出に戸惑いながらも、断る理由がない。俺が頷くと、彼女は笑みを浮かべて立ち上がった。


「よーし、じゃあもう少し頑張りましょうか。できれば自力で地上に出られたら良いんだけど」

「この迷路をどう抜けるかが問題だなぁ」

「ま、適当に歩いてれば何かしらあるでしょ」


 腹ごしらえを終え、エイミーも気力を回復させたようだ。手のひらで頬を叩き、活力を漲らせる。


「それじゃあ、景気づけに――!」


 彼女はそう言ってテントの外に飛び出し、たまたま近くを歩いていた“彷徨う虚鎧”を殴り飛ばした。


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Tips

◇エナジーバー(メープル味)

 エネルギーを効率よく摂取できる調査開拓用機械人形専用携行食糧。77種の食材を細かく粉砕し、水で練った後に加圧し、高温で焼き上げ、乾燥させたもの。長期間、常温での保存が可能で、封を開けるだけで手軽に食べられる。重量効率もよく、フィールド活動の携行食に最適。


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