第778話「二人歩く」
“
物理攻撃が効きにくいとはいえ、それは機術属性と比べた時の話だ。そもそものHPはさほど多くなく、時間を掛ければ俺たちだけでも倒せないわけではない。
しかし、問題なのはそこではない。
「おーい!」
二体の鎧を打ち倒した後、俺は壁に向かって叫ぶ。突如として天井から落ちてきたこの分厚い壁によって、俺とエイミーはラクト、シフォン、ミカゲの三人と分断されてしまった。
「やっぱり、駄目みたいね」
力任せに壁を叩いていたエイミーも肩を落とす。この遺跡を構成する石材は、全て破壊不能オブジェクトとなっているらしい。当然、TELやメッセージ機能といった通信手段も使えない。
「どうする? ここでリタイア?」
壁に背を預け、エイミーが言う。ここで戦力が分断されてしまったのはかなり痛い。しかも、ラクトたちはともかく、こっちには機術属性の攻撃ができる者がひとりもいない。彼女の言うとおり、ここで引き下がるのが正しい選択だろう。
レティたちと合流し、一度仕切り直すべきだ。しかし――。
「いや。ちょっと待て」
微かな音を捉えて、はっとする。俺が壁に耳を付けると、より鮮明に音が聞こえた。コンコンコン、と壁を叩く規則的な音だ。エイミーもそれに気がついたようで、不思議そうに首を傾げる。
「この音は?」
「ラクトだな。……ふむふむ。こっちは進めるだけ進むから、そっちも頑張って。だってよ」
「よく分かるわねぇ」
ラクトが使ったのは、モールス信号だ。ツー音が打音では出せないため、少し工夫されている。
「モールス信号は必修だろ?」
「どこの学校よ、それは」
ラクトからのメッセージを受け取り、こちらからも返す。とりあえず、壁の向こうの三人が無事であることと、今後の方針は分かった。
「それじゃあ、俺たちも進むとするか」
ラクトたち三人は、少し守りが心配だが火力は十分だ。ミカゲも的確にアシストするだろうし、多少の敵なら問題はないだろう。
むしろ俺とエイミーの方が呆気なく死に戻る可能性は高い。
「何? その目は。私が付いてるんだから、そうそう死なないわよ」
「それもそうか。よろしく頼むよ」
俺の目に気がついたエイミーが、不敵な笑みを浮かべる。俺は頷き、彼女と共に暗闇の広がる通路の奥へと歩き出した。
「あっ」
「どうしたぅわっ!?」
数歩先を歩くエイミーが声を上げた瞬間、通路の奥から黒いナイフのようなものが次々と飛んでくる。それらを辛くも避けて背後を見ると、壁にそれらがぶつかって止まっていた。
「これは……ナイフじゃないな?」
「一応原生生物みたいよ。というか、エネミー?」
エイミーが拳を構える。俺も槍の切っ先を向けて、彼女と背中合わせに立った。
30センチほどの黒い棒状だと思っていた物が、バサリと翼を広げる。キィキィと甲高い声で鳴く姿は、コウモリのようにも見えた。
『ギィッ!』
「うおっ!?」
バサバサと翼を動かして飛び上がったコウモリは、空中で身を捻り、針のように身体を尖らせて飛んでくる。
随分と変わった生態をしているようだ。
「ただまあ、来ると分かってれば見えるな!」
勢いよく飛来する棒コウモリを槍で弾く。ガキンと重い音がして、柄が痺れる。どうやら、こいつらも金属のような身体をしているらしい。
「エイミー、大丈夫か?」
「えっ? 何が?」
幸い、奇襲に特化しているようでそこまで強くはない。叩き落として突き刺せば、すぐに倒せる。とはいえ、エイミーが心配になって振り返ると、彼女は両手に棒コウモリを掴んで立っていた。
「いや凄いな」
「目が慣れたら案外取れるわよ」
彼女はなんてことないように言うが、そんな訳がない。そもそも目が慣れるほどの時間もなかったはずだろうに。
エイミーはそのまま棒コウモリを握りつぶし、トドメを刺す。珍しい倒し方だが、〈格闘〉スキルによるものだろう。
「でも、この子たちを正面から受け止めるのは正直厳しいわね」
「エイミーでもそうなのか?」
「最低でも光ちゃんくらいの大盾がないと駄目だと思うわ」
俺がコウモリを解体している間、エイミーが敵の寸評をする。彼女の観察眼は信頼できるから、きっとこの棒コウモリの突破力はかなりのものなのだろう。
「一応、障壁も張っとくわね」
「頼んだ」
奇襲があることも分かり、エイミーが前方の少し離れたところに障壁を展開する。自分を中心に一定の距離を保ちながら付いてくるもので、さほど頑丈なものではない。奇襲があった場合に割れて存在を示すためのものだ。
「解体終わり。“
「へぇ。可愛いじゃない」
「そうか?」
蝙蝠のドロップアイテムも貴重なポイントだ。“
奇襲を退け、更に進む。俺もエイミーも索敵能力は高くないため、左手を壁伝いに歩き続けることにした。いわゆる左手の法則というやつだ。
「しかし、本当に入り組んだ場所だな」
「全くね。バリアフリーがなってないわ」
複雑に入り組んだ通路を、二人でゆっくりと進んでいく。光源となるライトも持っているが、かなり頼りない上に片手が塞がるのでかなり心細い。
巡回している“彷徨う虚鎧”や、天井からぶら下がっている“飛び刺し蝙蝠”以外にも、いくつかの原生生物がこの遺跡にいるようだった。壁や天井を縦横無尽に這い回る黒い百足、細いワイヤーのような糸で通路を塞ぐ蜘蛛など、嫌らしいものばかりだ。
そして、それらのどれもが、金属製のロボットのようだった。
「ええい、また蜘蛛の巣か!」
「こういう時トーカがいないのは面倒ねぇ」
行く手を阻む蜘蛛の巣を、槍で切り払う。エイミーは拳、つまりは打撃属性の攻撃がほとんどなので、こういった時には俺が出るしかない。トーカが居れば一太刀でばっさり切ってくれるのだろうが、無い物ねだりをしても仕方が無い。
「しかしここの原生生物はなんなんだ?」
「どうみても人工物よね。未詳文明時代の遺産?」
「だとしたら何百年動き続けてるんだ?」
ここ“未詳文明遺構”の中を闊歩している原生生物たちが、いわゆる普通の生物でないことは明らかだ。彼らは何者かによって作られた被造物である。
問題は、それを作った者が何なのか。そして何故遺跡が朽ち果てるほど時を経てもなお動いているのか。
「もし第零期先行調査開拓団が作ったものなら、俺たちを襲う理由がないよなぁ」
「そうかしら? 施設内に入ってくる奴はなんであれ撃退せよって命令がされてるのかも」
「嫌なことをしてくれるなぁ」
謎は多いが、敵自体はさほど強くもない。俺たちは退屈を紛らせるため、深く考えることなく会話を続けながら歩いていた。
「エイミーはこういう考察する方だったか?」
「あんまりしないかなぁ。難しいこと考えずに殴ってる方が好きだし」
「そ、そうか……」
ぐっと拳を構えてみせるエイミー。そういえば、彼女もそういう性格だった。
「レッジは知的な女性の方が好き?」
「ええ? どうだろうなぁ」
唐突に問いを投げられ、戸惑う。
「知的かどうかより、話してて楽しいかどうかじゃないか。エイミーと話してると楽しいぞ」
「んえっ!? そ、そう? それは良かったわ……」
率直な意見を返すと、彼女は驚いた顔で立ち止まる。そうして、もじもじと前髪を弄り始めた。
「そ、そういえば最近、栄養士の資格を取ろうと思って勉強してるのよ」
「へぇ。凄いじゃないか」
早口気味に言うエイミーの方を見て、ほうと声を漏らす。以前は料理などほとんどしないと言っていたはずだが、どういう風の吹き回しだろう。
「職場の後輩に料理を教えて貰って、ちょっと興味が湧いたの。考えてみれば、食べることもトレーニングの一環だもんね」
「確かになぁ。まあ、俺は料理なんて楽で美味ければ何でも良かったけど」
「あはは。でも、レッジのザ・男飯って感じの料理もいいと思うわよ」
フィールドでのキャンプでは、たまに料理を振る舞っている。その時のことを思い出して、エイミーが褒めてくれた。といっても、ボムカレーに簡単なものをトッピングするくらいのことなのだが。
「それじゃあ、せっかくだし今日の料理はエイミーに作って貰おうかな」
「えっ?」
俺が提案すると、エイミーはきょとんとする。
時刻を見れば、遺跡に入ってから結構経っている。腹ごしらえはしてきたが、すでに空腹を覚える時間帯だった。
ちょうど良く、小部屋のような空間を見つけたため、そこでテントを張ることにした。
「ちょっと休憩しよう。こんなこともあろうかと、親子包丁は持ってきてるんだ」
「準備が良いわね……」
エイミーに呆れられながら、手早くキャンプを整える。密室で焚き火をしてもいいのか不安に思ったが、まあ大丈夫だろう。機械人形が窒息するわけでもない。
「でも、こういう時に俺が居ると心強いだろう?」
フィールドでの長期行動はかなり疲れる。FPOの高いリアリティが故のことなのだが、キャンプのように安らげる場所があると、その精神的な負荷がかなり軽減されるのだ。
俺と二人では心細いだろうが、冗談めかして言ってみるとエイミーはふっと笑った。
「そうね。テント様々だわ」
「俺のおかげだからな?」
クスクスと肩を震わせるエイミーに念を押しながら、俺は焚き火に火を点ける。そうして、インベントリから親子包丁を取り出した。
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Tips
◇飛び刺し蝙蝠
“未詳文明遺構”〈第二階層;能動的迎撃区域〉に確認された原生生物。未知の金属によって構成された体長30cmほどの黒い金属体。高硬度の胴体部としなやかな翼部によって構成される。羽ばたきによって飛翔し、急速に翼部を胴体部に巻き付けることにより回転しながら高速で移動する。先鋭形の胴体部であるため、高速移動時には高い貫通能力を持つ。意思疎通の試みは全て失敗。行動複雑性、戦略立案能力などから予測されるAIコアはランクⅡ相当。
侵入者を食い止めるため、ただそのためだけに闇に潜む。愚か者が現れないことを願いながら。
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