第777話「暗闇の誘い」

 耳障りな金属音を立て、三体の“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”がやってくる。それぞれに異なる得物を構えた彼らを一度に相手にするのは、エイミーでも少し難しいだろう。


「槍は任せろ!」

「じゃ、私は剣を。シフォンは鎚をよろしくね」

「はええっ!?」


 前衛ができる三人で、一体ずつ受け持つことにする。シフォンも悲鳴を上げつつ腕に氷の小盾を装備して、虚鎧の鎚を阻んだ。


「大槍か。狭い通路で良かったな」


 俺と対峙するのは大槍を構えた“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”だ。長さが3mを超える太い鉄の槍の切っ先がこちらを狙っている。

 しかし、ここは上下左右が制限される遺跡の中だ。突きや払いはともかく、大きく旋回するような攻撃はなかなかしにくいはずだ。

 対する俺の持つ“深紅猩猩の玉矛”は、カテゴリ的には短槍に属する。長さは1.5mほどで、軽く、扱いやすい。更に――。


「まずは一発!」


 まだ大槍の間合いにすら入っていないが、俺は槍の赤い刃を鎧に向けて柄を握り込む。すると、穂先に埋め込まれていた赤い宝玉が輝き、太いビームが放たれた。

 “深紅猩猩の玉矛”の特殊な仕掛けで、遠隔攻撃もできるのだ。


「ふん。やっぱりこっちの通りは良さそうだな」


 赤いビームは黒い鎧を貫き、内側の虚ろを露わにする。“彷徨う虚鎧”は痛みなど感じていない様子だが、その頭上に表示されたHPは少し削れている。


「うおっと!?」


 仕返しとでも言うのか、鎧が大槍を突き出す。単純な動きだが、正確無比だ。真正面から打ち込まれると、目測を誤る。


「危ないなぁ。刃物を振り回しちゃ駄目だろ」


 槍の一突きを横に逸れることで避けると、俺を追って薙ぎ払われる。跳躍してやり過ごすと、大槍は遺跡の壁に激突して硬質な音を立てた。しかし、壁には一切の傷が付いていない。ずいぶんと堅い石でできているらしい。


「風牙流、四の技、『疾風牙』ッ!」


 大槍持ちの懐に潜り込み、腰に差したナイフを取り出す。使うのは貫通力の高い『疾風牙』だ。


「チッ!」


 しかし、ナイフと槍による攻撃は、硬い鎧に阻まれる。やはり物理属性の攻撃にはとことん強いようだ。分かってはいたが、実際に呆気なく攻撃を阻まれると悲しいものがある。


「うおっと!?」


 とにかく槍の攻撃を凌ぐため、敵の背後に回り込む。だが、彷徨う虚鎧は執拗に俺を狙い、自分の身体に槍を突き刺し、背中まで貫通させてきた。


「随分なことをしてくるな!」


 あまりにも予想外な行動に、回避が僅かに遅れた。脇腹を大槍の切っ先が掠めただけで、俺の頼りないLPは大きく削れる。慌ててアンプルを割っている間に、大鎧は自身から槍を引き抜いた。

 まるで武士の切腹のようだ。実際、奴自身もHPを削っている。己の身を顧みない奇行は、どうにも生物的ではない。


「というか、鎧って時点で生物じゃないよな」


 大槍によって穿たれた穴の向こうに見えるのはただの黒い空洞だ。その中に肉体が隠れているわけではない。

 便宜上“原生生物”と呼称しているが、どうにも機械同族の気配がする。


「まあ、敵対してるなら倒すしかないんだが」

「とえりゃーいっ!」


 大槍の乱れ突きを避けながら、機会を窺う。だが、俺が事を起こすよりも早く、横から飛び込んできたシフォンが大きな炎斧で鎧をかち割った。


「ふふん。余裕だね!」

「おお、助かった」


 崩れ落ちる大鎧の残骸の前で、シフォンがピースする。見れば、彼女が受け持っていた大槌持ちの“彷徨う虚鎧”は無残に破壊され、エイミーが抑えていた大剣持ちもラクトによって仕留められていた。

 物理攻撃は効果が薄いが、機術攻撃は覿面だ。そして、詠唱の長い大技を多用するラクトよりも、コストパフォーマンスに優れる機術武器を使うシフォンの方が、相性はいいらしい。


「このダンジョン、余裕だね。負ける気がしないよ」


 シフォンもこの一戦で自信を持ったようで、顔に生気が漲っている。

 俺が三体の“彷徨う虚鎧”を解体していると、ミカゲが通路の奥から戻ってくる。どうやら先行して偵察をしていたようだ。


「ミカゲ、奥には何かあった?」


 壁に背を預けて休んでいたエイミーが、スポドリを仕舞いながら尋ねる。ミカゲは小さく頷くと、ウィンドウを展開して見せた。


「……軽くマッピングしてきた。多少複雑だけど、上の階ほどじゃない。罠もなかった。……ただ、“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”が結構うろついてる」

「流石ミカゲだな。助かるよ」


 ミカゲはこういった時のために少しだけ〈筆記〉スキルを取っているらしく、ウィンドウに表示された地図は十分実用に耐えるほどのものだった。直接的な戦闘能力はトーカたちに一歩譲るが、斥候や支援などで非常に心強い仲間だ。

 覆面を深く被り直しているミカゲに苦笑しながら、彼の用意してくれた地図を見る。

 俺たちのいる直線の廊下は、少し進むと小刻みに折れ曲がりながら絡み合う迷路のようなエリアに入るようだ。ミカゲも全てをカバーできているわけではないが、枝道も多く全てを踏破するのは時間が掛かることは容易に想像できる。

 そして通路にはいくつも赤点の印が付けられ、それらが全て“彷徨う虚鎧”であることも知らされた。


「はええ……。凄く敵が多いね。わたしたちだけじゃ無理じゃない?」


 通路の奥に待ち構える敵の数々に、シフォンが震える。そんな彼女とは対照的に、エイミーとラクトはやる気を見せていた。


「通路の幅はそう変わらないんでしょ? それなら奇襲もあんまり気にしなくて良いし、案外いけると思うわよ」

「わたしが全部氷漬けにしてあげるよ!」


 どこまでも希望を失わず戦意を見せる二人に、シフォンが複雑な顔をする。ミカゲもまだまだ進みたいようだし、俺も撤退する理由がない。結局、多数決で俺たちは更に奥へと進むことを決めた。


「はええん……」

「頼むよ、シフォンの嗅覚が頼りなんだから」

「わたしは犬型ライカンスロープじゃないよぅ」


 ここから先は斥候に慣れているミカゲと天性の危険察知能力を持つシフォンが神経を尖らせる。ミカゲは罠がないと言っていたが、警戒しないわけにはいかない。

 シフォンはラクトに背中を押され、涙目になりながらてくてくと歩き出す。


「……そういえば、枝道のいくつかで上に続く螺旋階段を見つけた」


 慎重に足を進めながらミカゲが言う。

 どうやら、予想通り他の石塔からもこの地下遺跡に入ることができるらしい。その割に、未だに他のプレイヤーと遭遇できていないのは、上層の罠エリアでほとんど退けられているからだろうか。

 俺たちも螺旋階段があったからといってそこから地上に戻ることは難しいはずだ。結局、進むか死ぬかの二択しかない。


「レッジ、この角の先に鎧が三体。大斧と直剣と双剣」

「バラエティ豊かだな、まったく」


 直角に曲がる通路の奥をそっと覗き見ると、ミカゲの言うとおり三体の黒鎧がいた。三人一組で行動しているのか、廊下の真ん中で往復を繰り返している。


「後ろを向いてる間に奇襲できるか?」

「分かった。やってみるよ」


 遠方から一方的に仕留められるのなら、それが一番だ。

 ラクトが前に出て、小声で詠唱を始める。“彷徨う虚鎧”たちは奥の方へと歩いており、俺たちの存在に気付いた様子はない。


「――鋼殻貫く先鋭の氷槍』ッ!」


 時間的な余裕はたっぷりとあった。

 長大な詠唱を終えたラクトの引き絞った短弓に、氷の矢が番えられる。彼女が弦を解き放つと同時にそれは飛び出す。一直線に黒い鎧へ迫りながら、パキパキと音を立てて巨大化する。

 異音に気がついた鎧たちが振り向くが、もう全てが遅かった。彼らの間近に太い氷の槍が迫っていた。


「レッジ!」


 槍が三体の黒鎧を易々と貫いたのを見届けたその時だった。エイミーの悲鳴が聞こえる。驚き振り返ると、背後に二体の“彷徨う虚鎧”が立っていた。どこから現れたのか、どこに隠れていたのか。そんな悠長なことを考えている暇はない。ラクトはアーツの発動中で無防備だ。シフォンとミカゲは距離がありすぎる。


「エイミー!」

「分かってるわ!」


 俺とエイミーはほぼ同時に動き出していた。固い石を蹴り、ラクトと巨鎧の間に割って入る。彷徨う虚鎧の持つ大きな肉叩きのようなハンマーがゆっくりと振り下ろされる。


「『プッシュガード』ッ!」


 エイミーが拳でそれを受け止め、跳ね除ける。鎚持ちが大きくよろめくが、その隙を縫うようにしてもう片方——大鎌を持った虚鎧が接近していた。その黒い刃を槍で受ける。


「ぐ、ぅっ!」


 重い衝撃が槍を伝わり、腕が痺れる。


「レッジ!?」


 ラクトが振り向き、悲鳴をあげる。

 シフォンとミカゲが気がつき、こちらに手を伸ばす。

 その時だった。


「レッジ!」

「レッジさん!」

「やばっ――」


 その時、天井から分厚い壁が滑り落ち、俺とエイミーを彼女たちから隔離した。


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Tips

◇虚鎧の戦斧

 “彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”の持つ標準装備。重量のある大型の戦斧で、虚鎧を構成するものと同様の金属で構成されている。

 重く大型であるため使用は困難だが、戦斧としては絶大な力を持つ。そのままでは武器として運用することはできない。


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