第776話「彷徨う探索者」

 罠だらけの“未詳文明遺構”に踏み入った俺たちは、レティとトーカを失いながらも奥へ進むことを余儀なくされた。緊急停止アンプルを使えば強制離脱も可能だが、そうする理由もない。

 至る所に巧妙な罠が仕掛けられた遺跡だったが、俺たちは思っていたよりも随分と楽に進むことができていた。


「はえあ……。こっちは危ない気がするよ!」

「よし、じゃあこっちにするか」


 それは、先頭を歩くシフォンが隠された罠を次々と看破していくからだ。彼女は二つに分かれた道の分岐点に立ち、じっと奥を見る。そうして、片方の道を危険だと判断した。試しに石を投げ入れてみると、通路の上下左右から激しい火炎が吹き出した。


「シフォンにこんな特技があったなんてね」

「回避力の高さは危険察知能力にも由来してたのかもね」


 ラクトとエイミーがシフォンを褒めそやす。未詳文明遺構は今のところ原生生物が出現していない。そのため、彼女が罠を見つけてしまえばあとは平和な道が続いているだけだった。


「やっぱり、いろんな原生生物の群れに放り込まれた経験が生きてるのか?」

「うぅ。こんな特技身に付けたくなかった……」


 俺が予測を立てると、シフォンは渋い顔をする。それでも床に忍んでいた隠しボタンをするすると避けて歩いて行くのだから、凄まじい嗅覚だ。

 もしレティとトーカがここに居たら、流石我が弟子! とはしゃいでいたことだろう。


「しかし、ずいぶんと広い場所だな。もう結構歩いてるはずなのに、まだ何も収獲がないぞ」

「このまま彷徨い続ける罠かもね」


 延々と歩みを進めるが、四角い通路に変化が見られない。たまにシフォン以外の誰かが罠のスイッチを押して慌てるため、気が抜けないのも大変だった。


「これ、地上にある“未詳文明遺構”が全部地下で繋がってたりするのかな」


 歩きながらシフォンが零す。

 そう言われてみれば、確かにあり得そうな話だ。通路にはいくつも枝道、分かれ道があり、全体を見れば複雑に入り組んでいることだろう。一つの石塔に一つずつ巨大な遺跡があると考えるより、物凄く巨大な遺跡の出入り口が石塔として各地に現れていると考えた方が辻褄が合う。


「となると、この中で他のプレイヤーと鉢合わせる可能性も高いわけね」


 エイミーが少し緊張感を高めながら言う。対人戦PVPが許されているフィールドではないが、妨害などがあっても不思議ではない。逆に、知り合いと出会って助け合えるのならありがたいのだが。


「それよりもわたしはそろそろ原生生物と戦いたいよ。ここにも居るんでしょう?」

「そのはずなんだけどなぁ」


 歩くのに疲れた様子で足取りを重くするラクトの言葉に首を捻る。イベントの概要には未知の原生生物を含めた様々な情報を集めよとあったはずだ。つまり、“未詳文明遺構”には特別な原生生物がいるはずなのだが、今のところは罠の仕掛けられた通路しかない。


「あっ! みんな、あそこ見て!」


 その時、前を歩いていたシフォンが声を上げる。

 視線をそちらに向けてみると、そこには更に下方へと続く螺旋階段があった。


「地上から入ってきたのと似てるな」

「あれほど風化してないみたいだけどね」


 通路は曲がりくねりながら延々と続いていたが、階段は初めてだ。恐らく、あの階段が何かしらの区切りになっているのだろう。


「シフォン、どうだ?」

「嫌な感じはするけど……。他に行ける場所もないしなぁ」


 シフォン先生は危険ありと判断したようだが、他に進めるような道も見当たらない。俺たちは覚悟を決めて、ゆるくカーブする螺旋階段を降りていく。

 その先にあったのは、またも石造りの四角い通路だった。しかし、その幅と高さが上層のものよりいくらか大きくなっている。


「はえあっ!?」

「どうしたシフォン?」

「嫌な予感がする! 何か来る気がする!」


 階段の終端に辿り着いたシフォンが悲鳴を上げる。それを聞いた直後、エイミーが最前に躍り出た。


「『立ちはだかる大壁』ッ!」


 エイミーの〈防御アーツ〉が炸裂する。半透明の壁がせり上がり、通路の半分ほどの高さまで塞ぐ。その直後、通路の奥の暗がりから金属を擦るような音が響いた。


「ほんとにシフォンは凄いな!」

「はええんっ!?」


 長い通路の先から現れたのは、巨大な黒い鎧だった。中にあるべきものは何もなく、黒い靄が内側から吹き出している。手甲の先に大ぶりな剣があり、それを引き摺りながらやってきた。


「『三連破砕障壁』ッ!」


 エイミーが大壁の前に更に新たな障壁を展開する。三枚の等間隔で並んだ壁は薄く、頼りない。しかし、中身のない鎧が触れた瞬間、それはガラスのように脆く砕けた。しかし、その破片が勢いよく拡散し、鎧の全身に突き刺さる。


「お待ちかねの原生生物よ!」

「言うほど生物か?」

「動いてるのなら倒せるって事だよ。行くよ!」


 エイミーが身構える。後方でラクトが意気揚々と詠唱を始める。無数の破片をもろに浴びた鎧も気を取り直し、剣を上げて再び迫る。

 その胴体に、エイミーの堅い拳が炸裂した。


「せいっ!」


 砲丸を打ち込んだかのような鈍い音がする。

 しかし鎧は頑丈で、ダメージは思うように与えられなかった。そもそも無機物な鎧にHPがあるのもよくわからないのだが。


「『突き上げノックアップる氷槍アイスランス』ッ!」


 しかし、鎧の動きは止まる。その無防備な腹に、下から飛び出した太い氷の槍が突き刺さった。物理攻撃はともかく、機術攻撃はそれなりに通るようで、大鎧のHPが大きく削られる。

 やはり、原生生物の強さは〈奇竜の霧森〉のそれに毛が生えた程度のものらしい。


「せぇいっ!」


 感触を掴んだエイミーたちは、次々と攻撃を繰り出していく。大鎧も剣を振り回すが、それはエイミーの拳によって弾かれる。

 その間にもラクトとシフォンが次々と機術による攻撃を繰り出し、着実にHPを削っていく。


「うん。楽勝だね」


 力なく倒れる大鎧を見下ろし、ラクトが鼻を鳴らす。

 物理属性に強い耐性を持っているものの、ラクトのような機術師なら危なげなく倒せるようだ。


「流石だな、ラクト」

「ふふん。そうでしょう?」

「あのー、私も頑張ったんだけど?」

「ああうん。エイミーも凄かったよ」


 ラクトを称えていると、エイミーが不満げにこちらへ視線を向けてくる。彼女が賞賛を求めるのは珍しく、少し驚きながら頷く。


「ほんとに凄いって思ってる? なんかおざなりねぇ」

「ほんとほんと。俺にはタンクとかできないからな」


 何度も頷いてみせると、彼女はふっと表情を和らげる。ならよし、と満足げに笑った。……俺はからかわれていたのか?


「レッジ、解体……」

「おっとそうだった。……鎧って解体できるのか?」


 ミカゲに急かされ、慌てて解体ナイフを取り出す。原生生物のドロップアイテムか、その鑑定結果か、詳細は分からないが“未詳文明遺構”の産物を持ち帰ればPPと交換できる。それで貴重なアイテムを手に入れることができるのだ。

 少し不安だが、きっとコイツも原生生物なのだろう。倒せたと言うことは、解体できるということだ。

 俺はナイフを大鎧に突き刺し、その強い抵抗に顔を顰める。本当に、鉄板を相手にしているような感触だ。

 それでも、赤いガイドは表示される。それを頼りになんとか解体を終えてドロップアイテムを獲得する。それを確認したところ、この鎧の正式名称は“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”というらしい。


「いきなりファンタジーなのが出てきたねぇ」

「リビングデッドアーマーってやつ? 神聖な光とかが弱点だったりするのかな?」


 シフォンとラクトが光の結晶となって消える“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”を見送りながら首を傾げる。まあ、ファンタジー系のゲームなら定番の敵かもしれない。FPOでは今までほとんどそういうのは出てこなかったが、未詳文明関連ということは白神獣とも関連があるということで、そこまで不思議というわけでもない。


「ともかく、そんなに強くなくて良かったな。このぶんなら探索が続けられそうだ」


 獲得したドロップアイテムは、どれも金属系のもので重量が嵩む。とはいえ、力持ちなエイミーやシフォンに持ってもらえば、まだまだ余裕はある。


「それなら良かったわね」


 周囲を警戒していたエイミーが声を上げる。そちらに視線を向けると、彼女は通路の奥をじっと見ていた。拳を握り、既に臨戦態勢だ。


「お代わりが来たわよ」


 そんな彼女の前に、槍、鎚、剣を携えた三体の“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”が現れた。


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Tips

彷徨う虚鎧ワンダーアーマー

 “未詳文明遺構”〈第二階層;能動的迎撃区域〉に確認された原生生物。未知の金属によって構成された体長2メートルほどの黒い全身鎧。大型の剣、鎚、槍など様々な武器を持ち、それを用いて襲い掛かる。意思疎通の試みは全て失敗。行動複雑性、戦略立案能力などから予測されるAIコアはランクⅢ相当。

 手放され、忘れられた遺跡に残された騎士達。主なき使命を虚ろな胸に抱き、延々と暗闇の中を彷徨い続ける。


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