第775話「趣味の悪い遺跡」
“未詳文明遺構”を破壊し、その下に続いていた穴の中に入ったレティ。いよいよ始まった大規模イベントの第一歩を踏み出した俺たちは、早速その洗礼を受けることとなった。
「ほぎゃああああっ!?」
レティの悲鳴が古びた遺跡の坂道に響き渡る。
「何なのあれ! 何がどうなってるの!?」
「分からん。とりあえず逃げるしかないだろ!」
混乱するラクトを小脇に抱え、坂道を滑るように駆け下りていく。俺はちらりと背後を振り返り、地響きを反響させながら迫る丸い大岩を捉えた。それは無慈悲に坂を転がり、俺たちを押し潰そうと追いかけてきている。
地上から伸びる階段は傾斜のついた大穴に続いており、そこに入った瞬間上方からこの大岩が転がってきたのだ。
「ええい、こうなったらレティが叩き壊してやりますよ!」
懸命に逃げているが、僅かに大岩の転がる方が速い。このままでは呆気なく轢殺されてしまうだろう。
レティが鎚を掲げ、くるりと反転する。俺たちが止める間もなく、彼女は全身に力を溜めた。
「咬砕流、一の技『咬ミ砕キ』ッ!」
時間がないため、一息に発声し、型を決める。彼女の鋭い打撃が大岩の中心を捉えた。
「てりゃあああい! ――ぎょぺっ!?」
「レティーーー!?」
威勢良く鎚を振るったレティだが、盛大な衝突音の直後に断末魔を上げて潰される。視界の端に表示されていた彼女のLPが一瞬でゼロになり、現在地が〈ワダツミ〉に変わってしまった。つまり、彼女は即死して死に戻ってしまったわけだ。
「レティも情けないですね。ここは私に任せて下さい」
「どう考えても止めた方がいいわよ!」
レティが潰された直後、トーカが鯉口を切って身を翻す。エイミーが慌てて制止の手を伸ばすが、彼女は不敵な笑みを浮かべてそれを払った。
「見ていて下さい。私の神速の抜刀を!」
たんっ、と坂道を蹴り、トーカは後方へと下がる。高レベルの〈歩行〉スキルにより、それだけで僅かに時間を稼ぐ。その貴重な数秒を使って、彼女は完璧な型と発声を完成させた。
「彩花流、肆之型、一式抜刀ノ型――」
黒い袴がはためく。トーカは長い髪を振り乱し、鋭い眼を光らせた。
「――『花椿』ッ!」
暗闇に煌めく刃。その超高速の斬撃が大岩を舐める。
かんっ。
「あれっ!? そういえばこの岩、首が無いでぴょげっ!?」
「トーカァァァ!?」
「馬鹿じゃないの!? 馬鹿じゃないの!?」
間の抜けた断末魔を上げてトーカも死亡する。ラクトは俺に抱えられたまま、信じられないといった顔でそれを見送っていた。エイミーとシフォンも複雑な表情をしているし、ミカゲはどこか恥ずかしそうだ。
しかしこれは、仮に大岩から逃れられたとしても非常にマズい状況だ。レティとトーカの二人は〈白鹿庵〉のメインアタッカーである。ラクトも殲滅力こそ高いが、機術師故に燃費が悪く、継戦能力は低い。
「ミカゲ、糸でなんとか止められないか?」
「流石に、無理。鋼糸でも千切れる」
一縷の望みを懸けてミカゲに助けを求めるが、彼は冷静に首を振る。彼が普段森の中を機敏に飛び回る時などに使用している糸だが、流石に大岩を留められるほどの強靱性はないらしい。
「ラクト、氷で通路を封鎖したりは」
「そんな術式組んでないよ! 一からチップ合わせるとなると、かなり時間掛かるし……」
「ぐぬぬ」
ラクトの機術も万能ではない。使用する術式は事前にチップを組み合わせたものを登録しておく必要がある。その場で組むこともできないわけではないが、複雑な術式になるほど難しく、不安定になる。
「エイミー――」
「私に兎を追えと?」
「すまん!」
防御力特化のエイミーならあるいはと思ったが、あの大岩は問答無用で即死となる可能性も高い。エイミーまで失えば、今度こそパーティは半壊してしまう。
「シフォンも回避主体だしなぁ」
「はえあっ!? はえっ! はえええんっ!」
ちらりと横に目を向けると、涙目で走るシフォンがいる。彼女の機術は手に武器を生成するようなものばかりだし、戦闘スタイルも攻撃を受け止めるものではなく避けるものだ。
「レッジのテントでどうにかならないの?」
「なるわけないだろ。テントを何だと思ってるんだ!」
エイミーの問いに自棄気味に叫びながら答える。テントは万能ではないのだ。装甲特化型のテントでも耐えられるのか分からないし、そもそも悠長に建てている時間もない。
しかし、どうにかしてあの大岩から逃げなければ、ジリ貧だ。
「レッジ!」
走りながら途方に暮れていたその時、脇に抱えていたラクトが声を上げる。彼女は前方を指差し、瞳に希望の光を灯していた。
「あそこ、終点じゃない?」
「本当だ。あの穴を飛び越えれば――」
そこにあったのは坂道の最後だった。手前に穴が空いており、その奥に通路が続いている。穴を飛び越えれば、大岩はそのまま落ちていくだろう。
「よし、あともう少しだ!」
「シフォンも走るわよ!」
「はえええんっ!」
レティとトーカという惜しい仲間を失いながらも活路が見えた。俺たちは足に力を込め、坂道を駆け下りる。
「跳べえええっ!」
石の通路を強く蹴り、高く長く跳躍する。小脇に抱えたラクトを落とさないよう、腕に力を込めながら、できるだけ遠くへ足を伸ばす。
しかし、穴は大きく、対岸が遠い。どう足掻いても、届かない。
「白月、『幻惑の霧』だ!」
そこで叫ぶ。
俺の足元を併走していた白月が蹄を鳴らして前に出て、穴の上で白い霧となった。俺たちはそれを踏み、更にもう一度跳躍する。
「はえええええええっ!」
シフォンの声が響く。
「ごふっ」
「ぎゃっ!」
床に顔面から倒れ込み、ラクトを胸の前に抱えながら身を捩って彼女を守る。大きな悲鳴が上がるが、LPは減っていない。
「ふぅ、何とかなったわね……」
軽やかに着地したエイミーがほっと胸を撫で下ろす。彼女の目の前で、大岩が大きな音を立てながら穴の底へと落ちていった。
「はえあ、はえ……はえあ……」
すぐ隣には、疲労困憊のシフォンが蹲っている。インベントリからスポドリを出して渡すと、喉を鳴らしてそれを飲み乾した。
「ぷはっ! ひとまずこれで安心だね。怖い罠だったよ……」
「いや、まだ油断できないな――ッ!」
「はえあっ!?」
緩みきったシフォンの腕を引き、こちらへ引き寄せる。その直後、彼女がいた場所に天井から鋭い槍が落ちてきた。
「ほ、ほわああ……」
「随分と悪趣味な所だよ。油断したところを串刺しだ」
そっと頭上を見ると、暗がりに隠れるように黒い槍がいくつも吊り下がっている。俺たちはそれらの隙間に立ち、ようやく周囲を見渡した。
「石畳の一部がスイッチになってるみたいだな。踏んだらトラップが起動するらしい」
「慎重に進むに越したことはないわね。まったく、息が詰まるわ」
エイミーは罠だらけの遺跡に辟易とした顔で口をへの字に曲げる。何だかんだ言って、彼女もかなり腕力に物を言わせた攻略を好むタイプである。
「それよりもレッジ、レティたちと連絡が取れないんだけど」
「何っ?」
ウィンドウを操作していたラクトが困り顔でこちらを見上げる。確認してみると、フレンドリストに表示されたレティとトーカにTELを送ることができなくなっていた。それだけでなく、掲示板や地図などの機能も使えなくなっている。
「これってどういうことなの?」
「ダンジョン型のフィールドだと地図とかが使えなくなるが、TELまで使えないのは初めてだな」
シフォンが不安そうな顔をする。
〈アマツマラ深層洞窟〉や〈ワダツミ海底洞窟〉などのダンジョン型フィールドでは、“八咫鏡”の一部機能が制限される。この“未詳文明遺構”の中では、それが更に引き締められているようだ。
「フレーバー的にはツクヨミの範囲外だからってことかしら?」
「だろうな。圏外みたいなもんだと考えた方がいいんだろう」
俺たちが現在地を確認したり仲間と連絡を取ったりできるのは、上空に配置されている通信監視衛星群ツクヨミによるものだ。“未詳文明遺構”の中では、ツクヨミとの接続が完全に断たれてしまったのだろう。
「でも、これってもう戻れないよね?」
シフォンが穴の向こうにある坂道を見て言う。
滑らかな斜面は突起もなく、駆け上れるほど緩やかな傾斜でもない。そもそも、大岩がまた転がってこないとも限らない。
「つまり泣こうが喚こうが前に進むしかないって訳ね」
腹を括った顔でエイミーが前方へ向き直る。
石造りの通路は延々と奥に続き、濃密な闇が先を隠している。そこに何が待ち構えているのか、何が得られるのか、全てが分からないまま、既に退路は断たれていた。
「用心して進もう。ま、死に戻りしても気にすることはないさ」
今回は小手調べといったところだ。緊急バックアップデータカートリッジも発行しているため、死に戻ったところで損害は軽微だ。
俺は既に泣きそうになっているシフォンを励まし、五人で歩き出した。
「ほぁえっ!?」
「あっぶねぇ!」
その瞬間、天井から針がびっしりと付いた鉄板が落ちてくる。シフォンとエイミーを手前に引き戻し、ギリギリのところで回避する。
――本当に、趣味の悪い遺跡だ。
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Tips
◇古代の球岩塊
未知の原子構造を見せる非常に硬質な岩。あらゆる物理的、機術的アプローチを受け付けず、常にその形状を維持しつづける。加工方法が判明していないにも関わらず、非常に高精度な球状を保っている。一般的な岩石類から大きく乖離した莫大な質量を持っており、外見から類推するより遙かに重い。
サンプルを回収することができれば、領域拡張プロトコルの躍進に大きく寄与することが予測される。
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