第770話「大空を翔る翼」※
〈剣魚の碧海〉の広い海原に一隻の蒼氷船が浮かんでいた。白いコンテナ型テントを載せた氷塊の船は動力もなく、ただ波の上で揺蕩っていた。
「――『空裂く炎剣』ッ!」
船の先端に立っていた赤髪の少女が、緋色のローブをはためかせながら、朗々と声を発する。その詠唱に応じて、突き出された腕の先に巨大な炎の剣が現れた。
それは勢いよく振り下ろされ、海面で白い水蒸気をもうもうと立たせる。
「『降り注ぐ炎弾』ッ!」
間髪入れず、少女が次のアーツを発動させる。彼女の頭上に業火が渦巻き、そこから雨のように火球が降り注いだ。
それらも全て海面に落ち、周囲の水温は沸騰直前まで上昇した。
「いやぁ、凄い迫力だなぁ」
機術師――メルの盛大な技を見たレッジが、甲板に広げた椅子の上で手を叩く。メルはくるりと振り返ると、自慢げな笑みでそれに応えた。
「ま、ワシは強いからね。これくらいはお茶の子さいさいだよ」
ふふん、と鼻を鳴らすメル。
「やっぱりレッジさんがいるとアーツが使い放題なのがいいよね。メルだって、普段ならもうガス欠でしょ?」
そこへ言葉を差し込んできたのは、コンテナの中から出てきたメルの仲間、〈
「だからこそ機術研究にはレッジが欲しいんだよねぇ」
「メルが欲しいのは俺じゃなくてテントだろ。〈野営〉スキルを上げればいいじゃないか」
悩ましい声を出すメルに苦笑して返す。
機術師にとってLP管理は常について回る大きな問題で、テントの範囲内であればそれが無視できる。そのため、メルは半日指名権を俺に使用して機術研究の助手に指名してきた。
「ワシが欲しいのはテントじゃなくて、レッジとそのテントなんだよ。ほら、ここの機術なんだけど、もう少し威力を上げつつ消費を減らしたいんだけど……」
メルは唇を尖らせて言って、アーツソースを俺に見せてくる。俺は機術の専門家ではないのだが、何故かこうして意見を求められるのだ。
「ここの二つは『飛槍』で圧縮できるだろ。その分を増強に回せばいいんじゃないか」
「なるほど! それだ!」
俺の添削を受けて、メルは早速改良し使い勝手を確かめる。広大な海洋フィールドには他の船も見当たらず、思う存分検証ができるため、楽しそうだ。
「レッジさん、全然釣れないわ……」
船の後ろの方で悲壮な声を漏らすのは、釣り人らしい長靴と耐水性の服装を整え、長い釣り竿を携えたミオだった。
「メルがバカスカ撃ってるからな。撒き餌を調整した方がいいかもしれん」
俺は椅子から立ち上がり、眉を八の字にするミオにアドバイスする。
実は、今日は彼女からも半日拘束権で指名されている。というより〈
レティは「騙されてますよ!」などと言っていたが、予定が圧縮されているのでこちらにとっても嬉しい提案だった。
「うぅ。マグロとか釣りたいんだけどね」
「その竿なら十分釣れるだろ。ただ、もっと深いところに針を落とさないと駄目だな」
海釣りは初めてだというミオに、手取り足取りやり方を教えていく。俺も専門というわけではないが、たまに釣りはしているので多少は助けになれる。
メルによる火柱が立て続けに立ち上がっている真横ではなかなか難しいかもしれないが、それでも1匹や2匹程度なら粘れば掛かるはずだ。
「魚なんて、雷一発落とせば浮いてくるのに」
「そんな野蛮なことしないわよ!」
船縁に身を預けて言うのは雷属性機術の使い手であるライムである。
ちなみに、彼女の言う方法で魚を取ることもできるのだが、普通に釣るより著しく品質が落ちる。まあ、それ以外に欠点は特にないし、手軽に大量の魚を獲得できるので、専門的に行う漁師兼機術師もいるようだ。
「ぷはっ! 海の底の地形も面白いですねぇ」
海面から泡と共に顔を出したのは、シュノーケルを装備したミノリだった。彼女は海底の探索をしているようで、たまに戻ってきては採掘したアイテムを置いて再び潜っている。
「ミノリ、魚はいなかった?」
「そうだなぁ。……あ、おっきい鮫がいたよ!」
ミオの問い掛けにミノリはしばし考え、両腕を大きく広げて見せる。それを見たミノリは、驚いて目を輝かせた。
「鮫! 頑張ろう……!」
ミオがぐっと拳を握って気合いを入れる。彼女が周囲に撒き餌を広げ、そこに釣り針を落としたその時だった。
「ぼべべべべべべっ!」
「きゃあっ!?」
水平線の向こうから高い水しぶきを上げながら少女が高速で飛来してくる。顔面を海面に沈め、半分溺れているような状態で、勢いを付けてこちらにやってくる。
「ヒューラ!」
「分かった」
切迫したメルの声に、黒髪の少女が応じる。彼女は盾を携えて船縁から飛び出し、猛スピードでやってくる飛翔少女の前に出る。
「止まって」
「ぼべっ!?」
ヒューラは水面上に障壁を展開し、その上に立つ。真正面からやってくる少女を盾で殴り、甲板上へと打ち上げた。
「ぐ、ぐふぅ……」
「やれやれ。三日月団子の飛行機術は前途多難みたいだね」
慌ててエプロンが駆け寄り、少女の様子を確認する。メルたちがそれを遠巻きに見つめて肩を竦めた。
風属性の機術師である三日月団子は、飛行機術の開発を進めていた。現在は航空機を用いなければ実現できない空中機動を、機術だけで行うというものだ。
「うぅ。ラクトはできてたのに、なんで風属性機術でできないのよ」
「俺に聞かれてもなぁ」
赤くなった額を摩りながら三日月団子は恨みがましい目をこちらに向けてくる。そう思うならラクトに聞いた方が早いと思うのだが、彼女はそうする気はないようだった。
曰く、人の機術をパクるのは嫌とのことだ。
「何がそんなに難しいんだ?」
「一に制御、二に制御ね。出力はどうとでもなるけど、飛行できるレベルの出力を出すと制御が効かないのよ」
「なるほど……」
俺は三日月団子に機術のソースを見せて貰い、その内容を検証していく。基本的な原理は、強い風を後方に吹き出して飛ぶだけの簡単なものだ。しかし、タイプ-フェアリーの小さな機体を浮かすだけでもかなりの力が必要となる。僅かに方向をずらしただけでも大きくバランスを崩すため、操作はかなり難しい。
「ラクトも“凍結”なんていう状態異常になるくらいの冷気を出してたみたいだからな。やっぱり大変なんだろうな」
「むむむ、やっぱり一筋縄ではいかないわね」
俺もラクトが飛んでいるところを直に見たわけではない。しかし彼女も激戦の中で咄嗟にやったことだろうし、飛翔時間も長くはない。それでもかなりの反動を受けていた。そのことだけは聞いている。
「風の噴出点を増やして安定性を高めるのはどうだ?」
「それだともっと制御が難しいよ。二つが限界……」
「うーん、機装ならある程度自動化もできるんだけどなぁ」
三日月団子に首を横に振られ、思い悩む。
おそらく、ラクトが短時間でも飛翔できたのは並列操作のおかげだ。同時に複数の出力を操作することで、安定性を高めている。
三日月団子は優秀な機術師だが、それはできない。
となると――。
「なあ、メル」
「なんだい?」
俺は甲板で景気よく火球を放っていたメルに声を掛ける。彼女は振り返り、背後で爆発を巻き起こしながら首を傾げた。
「〈
そんな俺の問いに、彼女はにやりと笑って即座に答えた。
「もちろん、一心同体だよ。牙島のボス戦の時だって、互いに互いをカバーし合う洗練された連携を見せてだね――」
「なるほど。なら、少し提案があるんだが」
長くなりそうなメルの言葉を遮って、考えたことを披露する。彼女は目を丸くしつつもそれに興味を持ち、すぐに仲間を呼び寄せた。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
遺跡島なんも分からん
◇ななしの調査隊員
地上は平和なんだけどなぁ
地下がね・・・
◇ななしの調査隊員
何にも間にも分からん
◇ななしの調査隊員
マッパー頑張ってくれ
俺はもう自分で覚えるのは諦めたよ
◇ななしの調査隊員
うおおおおおおおおおおっ!!!!!!
みんな聞いて聞いてビッグニュースだよ速報だよ!!!落ち着いて耳かっぽじって聞いて聞いて聞いて!!!
◇ななしの調査隊員
お前が落ち着けよ
◇ななしの調査隊員
またおっさんがなんかやったんんか?
◇ななしの調査隊員
もちつけポマエラ
◇ななしの調査隊員
いや、おっさんは関係ないよ。
碧海で夜釣りしてたら知らない原生生物と出会った
◇ななしの調査隊員
うわぁ、急に落ち着くな!
◇ななしの調査隊員
碧海もようわからんな
まだ新種出てくるのか
◇ななしの調査隊員
なにげにあそこの踏破率まだひくいもんなぁ
◇ななしの調査隊員
スクショ撮った?
◇ななしの調査隊員
取ったよ
[空飛ぶ巨鳥.img]
◇ななしの調査隊員
うえええ
◇ななしの調査隊員
何・・・この、何・・・?
◇ななしの調査隊員
燃えてんの?
◇ななしの調査隊員
部分的に燃えてる? でも凍ってるところもあるか
◇ななしの調査隊員
鳥っていえば鳥、かなぁ
◇ななしの調査隊員
空飛ぶ巨鳥ってなんだよ。鳥はだいたい空飛ぶだろう
◇ななしの調査隊員
なんだコイツ?
◇ななしの調査隊員
機術っぽい感じもするんだけど。どっかのアーツ馬鹿がなんかやったんじゃないの?
◇ななしの調査隊員
でもこんな大規模なの見たことないんだよ。
両翼で30メートルくらいあるよ
◇ななしの調査隊員
てことは前後はもっと長いよな
◇ななしの調査隊員
でっっか・・・
◇ななしの調査隊員
特殊条件POPのレアエネミーかもね
◇ななしの調査隊員
とりあえず騎士団に通報しといた
◇ななしの調査隊員
thx
◇ななしの調査隊員
火の鳥っぽい感じもするなぁ
◇ななしの調査隊員
伝説の原生生物か
◇ななしの調査隊員
狩りてえなぁ
◇ななしの調査隊員
遺跡島は一旦おわり!
俺は海に行くぞ!
◇ななしの調査隊員
攻略班乙
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Tips
◇『空翔る七彩の大翼』
大規模相互循環式複合機術。五属性の攻性機術、防御機術、支援機術によって構成される大規模なアーツ。それぞれが高いレベルで調和を取ることにより、高速で飛行するアーツオブジェクトを出現させる。
周囲の原生生物を自動的に捕捉し雷によって攻撃する。また外部からの攻撃は展開された障壁によって阻む。炎と水蒸気による爆発を強風によって促進させる。オブジェクトの基幹は高硬度の岩石系オブジェクトによって構成され、機術発動中の無防備な機術師たちを保護する。
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