第766話「氷の輝き」

 “猪人の盾兵オーク・シールダー”の頑丈な盾が岩の大斧によって割られ、その隙間に雷の槍が突き込まれる。オークの悲鳴が上がる。シフォンは更に間髪入れず火球を投げ込み、大盾の向こう側に居た他のオーク諸共焼き焦がす。彼らが事切れるころには興味を失い、背後から迫る“猪人の闘士オーク・ファイター”の拳に鎚を叩き込んでいた。


「ずいぶん余裕が出てきたじゃないか」

「そんなことないよ!」


 俺とシフォンは現在、森と砂浜の狭間にいた。ここが後方での戦線維持をするなかで前進できる最前線だ。森の中からは次々と猪人が飛び出し、果敢に迫ってくる。シフォンは初めこそ涙目でそれに応戦していたが、今ではオークの動きに目が慣れたのか話す余裕すら生まれていた。

 そうなってくれば、彼女は俺よりも強い。何せ、元々のスキルやステータスが俺よりもしっかりと戦闘向けに詰められているからだ。俺が槍で五回突かなければ倒せない敵を、彼女なら三回斬りつけるだけで倒せる。

 本人は強く否定しているが、この戦いの中で着実に成長を遂げていた。


「っと、前の方も本格的に始まったな」

「みたいだね。早く終わらないかなぁ」


 森の奥で爆音が響く。立て続けに火柱や嵐が発生し、オークたちの断末魔がここまで聞こえてきた。レティたちボス討伐組が本丸に辿り着いたようだった。

 シフォンは誰がボスを倒すかには興味がないらしく、ただただ一刻も早くこの戦いが終わることだけを願っていた。


「やっぱり、順当にアストラかねぇ」


 一回りデカいオークを串刺しにして、周囲のオークを巻き込みながら振り回す。次々と薙ぎ倒しながら、『ツムジカゼ』で吹き飛ばす。

 うん。やっぱり〈風牙流〉は対集団戦で輝くな。


「一番人気はアストラさんでしょ。時点でレティじゃないかな?」

「一番人気とかあるの……?」

「そりゃあ、賭け事大好きなギャンブラーは沢山いるしね」


 何を今更、とシフォンがこちらを見てくる。

 〈サカオ〉の遊戯区画や〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉など、公的な賭博が行われている所もあるが、プレイヤーが主体となっている非公式賭博も頻繁に開催されているらしい。

 ボスの討伐タイムから露店で次に何が売れるかまで、ありとあらゆる事象が賭けの対象になっているのだとか。当然、今回のボス攻略もその俎上に上げられている。


「しかし、やっぱりアストラか」


 MVP獲得が有力視されているのは、“最強”の名を欲しいままにしている〈大鷲の騎士団〉が団長アストラである、というのがシフォンの予想だった。そして、俺もおそらくそうだろうと納得する。

 森を割るレベルの剣技が使えるのだから、まあ当然と言えば当然だ。


「レティも人気なのか?」

「一応言っとくけど、あの人もトッププレイヤーの一員だからね?」

「それは知ってるけどな……」


 レティもトーカもエイミーもミカゲも、〈白鹿庵〉のメンバーは大体トッププレイヤーに数えられている。彼女たちの活躍は、周囲にも広く轟いているのだ。

 レティは中でも攻撃力と破壊力に特化した超攻撃的なプレイスタイルだ。そのため、ボスの総ダメージを競う今回の争いでは、かなりの活躍が期待されている。


「トーカはどうなんだ? 彼女も結構強いだろうに」

「まあ、あの人もクリアタ勢ではかなり上位に入る人だからね。でもねぇ……」


 俺がトーカの名前を出すと、シフォンは悩ましげな顔をしてオークの額をかち割る。炎のナイフで別のオークの喉元を焼き切り、更に別のオークの腕を鉈で切り落とし、クルクルと動きながら続けた。


「相手は巨人だからね、いくら“首切り”トーカと言えど、落とせるかどうか。なかなか厳しいんじゃないかと」

「え、なんだその物騒な二つ名は」


 彼女の口からぽろりと零れ出た言葉に瞠目する。トーカに二つ名が付いていることは知っていたが、“サムライ娘”とか“剣豪”とかそういうものだったはずだ。


「トーカ、抜刀術の高クリティカル倍率の一撃必殺が得意だからね。基本的にどの原生生物でも弱点になる首を狙うんだよ。だから“首切り”トーカ」

「ええ……」


 確かに、トーカの戦闘スタイルなら首を切ってクリティカルアタックに更に倍率を掛けるのが正道だ。しかし、あの淑やかな少女にはあまり似付かわしくない名前だなぁ。


「誰がそんな二つ名を付けたんだ?」

「さあ? そこまでは知らないよ」


 少しむっとして尋ねると、シフォンはわたしに聞かれても、と肩を竦めた。





「はーはははっ! 全員そこに並びなさい! 全て一刀のもとに切り落としてやりましょう! ――『迅雷切破』ッ!」


 森の中に稲妻が走る。

 目にも留まらぬ速さで猪人たちの間を駆け抜けた。その後、動きを止めた猪人たちの首が、まるで置物のようにボトボトと落ち葉の上に転がった。


「次ィ!」


 目をギラギラと輝かせたトーカが叫ぶ。その瞬間には既に、彼女は他の獲物を探していた。

 何より、ここは何処を見ても動きの鈍い猪人達がいる。彼女にとっては、それら全てが藁人形のように見えていた。


「最初の一撃はレティたちに譲りましたが、ここからは私の出番ですよ。あの巨大な首――なんとも斬り甲斐のある強敵ですね!」


 トーカは周囲から殺到する猪人達を桜吹雪の中で切り伏せる。彼女の持つ大太刀はその長さから、戦場に一定の空白を生んでいた。その刃の届く距離ならば、何人たりとも立っていることは許されない。

 トーカは華麗な剣技を見せつけながら、遙か上方にある巨大な首を見据える。あれを落とせば、莫大なダメージが入るはずだ。首を落としてなお生きる生物など、そうそう居ない。


「ラクト!」

『分かってるよ、乗って!』


 トーカは側にいる蒼氷の巨人に呼びかける。すぐにラクトが返答し、手のひらを広げる。彼女がそこに飛び乗った直後、長い氷の腕がぐるりと動き、投石器のようにトーカを投げた。


「その首、頂戴致すッ!」


 轟々と風の鳴り響く中、トーカは獰猛な笑みを浮かべて巨人の首へ切りかかった。





「でも正直、上位勢って実力が拮抗してるんだよね。スキル上限があるし、装備にも限界があるし」

「なるほど。それもそうだな」


 チマチマとオークを倒しながら、俺とシフォンは雑談を続ける。後方戦線はそれなりに忙しいが、単調な作業でもある。他のプレイヤーもそれなりに感覚を掴んできたようで、少しずつ前進しているようだ。


「今回だと〈七人の賢者セブンスセージ〉とか〈黒長靴猫BBC〉も参加してるでしょ。たぶん、票が割れて凄いことになってるんじゃないかな」

「そういえば、ケット・Cたちもいるんだな」


 戦場で直接姿を見たわけではないが、あの猫耳も参加しているはずだ。今回の攻略では島の全方位から一気に包囲網を狭めるように進んでいるため、別の所で活躍しているのかもしれない。

 名だたる攻略組のトッププレイヤーたちが争っているため、誰が勝つかは誰にも分からない、というのが実情なのだ。

 何せ、彼ら彼女らは一人でも一騎当千の実力者。今回はボス討伐というただ一つの目標に向けて、全員が協力しながら高度なレイド戦展開しているのだ。もしかしたら、MVPを決めるということ自体が不可能かもしれない。





「うおおおおっ! 邪魔だ、退け退け!」

「俺が今攻撃してただろう!? お前こそちょっとは弁えろよ!」


 最前線は混沌としていた。

 誰も彼もが一撃でも多くボスを攻撃しようと躍起になり、押し合いへし合い殺到しているのだ。


「ふぅむ。醜い争いだねぇ」

「まあまあ。私達は構わず攻撃しないと」


 それらを文字通り高みの見物しながら、メルたち〈七人の賢者セブンスセージ〉は次々と大規模な機術を豪快に放っていく。

 ラクトが発見した巨人化機術は、攻性機術師にとっての福音だった。それまでは重すぎるコストによって連発が適わなかった攻性機術を、5分間という制限はあれどLP消費なしで使い放題なのだから。

 LP消費という枷が外れた機術師は鬼のように強い。メルたちだけでなく、巨人化機術を体得した機術師たちは、まるでマップ兵器のような絶大な威力の機術を雨のように乱発していた。


「MVPを獲ったら、レッジに何をして貰おうかなぁ」


 炎の燃え盛る巨人の胸の中で、メルは早くも楽しそうに思案を巡らせていた。

 レッジは機術師ではないが、その発想には独特なものがある。一日共にするだけでも、様々な発見があるだろう。プレイヤーの多くは、それを望んでこの熾烈な争いに参加しているのだ。


「MVPを獲ったら一緒に釣りでもしたいですね。海上なら水属性アーツも輝きますし」

「やっぱり〈アマツマラ深層洞窟〉の探索がいいな。珍しい鉱石も多くて楽しいよ」

「どう考えても飛行機術の開発に協力してもらうのが最優先でしょ」

「……うん?」

「はぁ?」

「あ、あれ?」


 〈七人の賢者セブンスセージ〉の面々が口々に自身の考えを言って、ぴたりと動きを止める。彼女たちはぎこちなく首を動かし、互いの顔を窺った。


「せ、せっかくのレッジ獲得なんだよ? もうちょっと建設的な意見を出して欲しいんだけど」

「めちゃくちゃ有意義だと思いますけど。レッジさんは釣り人ですよ?」

「あ、あれ? みんな?」


 仲の良い七人の間に、不穏な空気が流れ始める。


「待て待て、ここはやはりリーダーであるワシがだな……」

「それは納得がいかないね! MVPを獲った人がレッジに言うこと聞かせられるんだから」

「――『荒れ狂う氷礫の嵐』」


 ミオが巨人の腕を掲げ、黒雲を生み出す。そこから現れた無数の氷が、次々と巨人オークに突き刺さる。それらは更にオークの身体を凍結させ、蝕んでいく。


「ぬああっ!? ミオ、抜け駆けするんじゃない!」

「チームプレイですよ! 私がMVPを獲ってあげます!」

「わ、ワシがMVPを獲る!」


 それを見たメルたちも慌てて攻撃を再開する。巨人化機術の制限時間もすでに迫っている。それまでに少しでも――仲間の中でも一番多くのダメージを与えなければ。

 〈七人の賢者セブンスセージ〉は互いに競い合いながら、苛烈に攻撃を強めていった。



「――ふぅ。あともうちょっとだね」


 戦場のあちこちで波乱が巻き起こっているなか、ラクトは静かな氷の中で一息ついていた。彼女が改良を施した“蒼氷の巨人フリームスルス”は胸部が空洞になり水が満たされている。ちょうど、コックピットのような形で、ラクトもある程度自由に動くことができるようになっていた。

 彼女は設定していたタイマーを見て、あと20秒ほどで制限時間がやってくることを確認する。


「今から攻撃しても、誤差の範囲だからね」


 彼女は妙に激しさを増した〈七人の賢者〉の巨人達に首を傾げながら、手早く準備を始める。

 巨人化はどう抗っても5分で解ける。その後に残されるのは脆弱な機術師だ。だから、機術が気軽に使える間に、その時のことを考えて備えなければならない。

 ラクトは事前に想定していたことを思い出し、装備を整えていく。巨人化中はLP圧縮系の装備は必要なかったが、この後はそれが重要になってくる。アーツ威力増幅系のアクセサリーよりも優先だ。


「よ、よぅし……」


 彼女は決意を固め、胸元をまさぐる。そこから現れたのは、細い銀鎖に通された精緻な指輪だ。ネヴァに極秘の依頼として頼み込み、ただの指輪だったものを首飾りへと変えた。

 その台座には透き通った蒼塩結晶が誇らしげに座っている。


「力を借りるよ――」


 彼女は深呼吸を繰り返し、冷静さを保つ。それでも、拍動は加速し、全身が熱くなる。氷が溶けてしまいそうだった。


「ふっ!」


 銀鎖を引っ張り、強引に千切る。ネックレスとしての機能が失われ、装備カテゴリが再び指輪へと戻った。


「――っ」


 それを細い指の通し、青い輝きに唇で触れる。


「行くよ。機術外装アーツアーマー、『輝氷の踊り子アイシクルスケーター』」


 氷の巨人が砕ける。白い霧が吹き出し、一時的に周囲の視界が覆い隠される。

 その中から現れたのは、青く輝く氷のドレスを纏った少女だった。


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Tips


◇『荒れ狂う氷礫の嵐』

 四つのアーツチップによる上級アーツ。黒雲を生み出し、鋭い氷礫の雨を降らせる。氷礫が刺さった対象は傷を起点として凍結し、完全に凍結した場合は崩壊する。


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