第765話「熾烈な競走」
森の木々が薙ぎ倒され、猪人達が吹き飛ばされる。目を爛々と輝かせた機械人形の群れが、木々を焼き、枝を折り、雄叫びを上げながら急襲していた。
「退け退け退けぇい! ただの雑兵に興味はありません! さっさと道を開けて失せなさい!」
「ふはっ! いいですねぇ、どれだけ切ってもお代わりが来ます。こんなに沢山、とても楽しいですね!」
巨人達の足の間で次々と猪人を打ち飛ばし、切り伏せているのはレティたち〈白鹿庵〉の面々である。彼女たちは修羅の如き勢いで森の中を走り、中央に立つ巨大な猪人へと一直線に向かっている。その道を阻むモノは全て、紙吹雪のように吹き飛ばされていく。
「ラクト、もう少し雑魚を散らしてくれませんか? こちらで相手するのが面倒なんですけど」
『無茶言わないでよ。かなり視界が改善したとは言っても、まだまだ曇ってるんだから。正確に狙いなんて付けられないもん』
レティは鎚を振るいながら、頭上に向けて声を上げる。彼女たちが随伴しているのは、
しかし、ラクトは氷の中に閉じ込められているため、視界が著しく制限されている。彼女もまた、レティたちの補助を受けてなんとか真っ直ぐに走っているのだ。
『もうすぐでボスなんでしょ、我慢してよ』
「ぐぬぅぅ」
牙島のボスはその巨大さから遠くからでも良く見える。他のプレイヤーもそれを狙って進撃するなか、ラクトたちはなんとか首位を保っていた。
「てぇえええいっ!」
レティが勇ましい声を上げて猪人を吹き飛ばす。力任せの打撃によって、憐れな猪人はボールのように転がり、同胞をボウリングのピンのように薙ぎ倒していった。
「いいですか? ボス討伐MVPは絶対に譲れないんですよ?」
「それくらい分かってますよ。私があのボスの首を落とせば良いんですよね」
「レティが一番になるんです!」
今回のボス戦は今までのものとは事情が違う。ボスに一番多くのダメージを与えた者が、レッジを一日好きにしていい権利を得られるのだ。これを逃してしまえば、あまつさえライバルに譲ってしまえば、大きなリードを取られてしまう。
それだけは絶対に避けねばならない。
「うおおおおおっ!」
「はぁああああっ!」
レティ、トーカ、エイミー、ラクト。彼女たちは互いに協力しているように見えて、その実四人の中でも熾烈な争いを繰り広げていた。
「くふふふっ。せいぜい仲間内で潰し合ってくれると嬉しいねぇ」
「そ、その声は!」
最前をひた走るレティたちに、愉悦を帯びた声が降りかかる。耳馴染みのあるその声にレティが振り返ると、すぐそこに五体の巨人が迫っていた。
「メルさん!」
「おちおちしてると、ワシらがMVPを獲っちゃうよ。こっちは七人全員で挑んでるんだからね」
「ぐ、ぐぬぅぅ!」
燃え盛る炎の巨人がにこにこと笑みを浮かべている。その左右には水の巨人、岩の巨人、雷の巨人、風の巨人が並んでいる。更に、彼女たちの肩にエプロンとヒューラの姿もあった。
機術分野を常に牽引しているトッププレイヤー集団〈
今回の戦いでも、彼女たちはそれぞれを相互にカバーしながら破竹の勢いで〈白鹿庵〉に迫っていた。
「ごぼっ! ごぼぼぼっ!」
「くふふ。ミオもなかなか言うじゃないか」
「いや、それは全然聞こえてないんですが」
氷漬けのラクトと違い、ミオの繰る“
「とりあえず、初撃はワシらが貰うとするよ」
「なっ!?」
悠然と構えるメルに、レティが眉を吊り上げる。慄然する〈白鹿庵〉の後方で、彼女たちは格好いいポーズを取った。
「征くぞっ! 五属性複合機術輪唱!」
メルとその巨人が両手を上げて、腕を指先までピンと伸ばす。
「『焼き焦がす猛火』『燃え溶かす烈火』ッ!」
「『
それに続くのは、水の中で揺蕩っているミオである。その言葉が明瞭に響くことはないが、何やら叫んでいることはレティたちにも伝わった。
「ふにぃ。『積み重なる石礫』、『打ち砕く巨岩』ッ!」
更に、黒いガラス質の巨人が受け継ぐ。その胸元に下半身と手足を埋め込み胸元と頭だけを露出させたミノリが羞恥に顔を赤くしながら声を上げていた。
背中を反り、妙に人の目を引く姿だが、こうしなければ土属性の巨人は動かすことができなかった。
「『
更に、バチバチと白と黄色の電流が走るプラズマ体
のような巨人が続く。その胸元にいるのは〈
「感電してるのはライムさんでは?」
「詠唱できてるから問題ないんだよ!」
レティの冷静な突っ込みに、メルが勢いよく返す。その間に、最後の詠唱が始まった。
「『吹き渡る千風』『切り裂く烈風』――」
〈七人の賢者〉の風担当、三日月団子による詠唱。彼女は濃い緑色の渦巻く風の中に浮かび、冷静に言葉を紡いでいた。
そして、五人全員が一斉に口を開く。
「『天地鳴動風林火山五色彩色極光線』ッ!」
ぴたりと揃った最後のフレーズ。若干名、少し発音が不明瞭ではあったが、そこに問題は発生しない。要はそう言ったということを本人が自覚していれば問題はないのだ。
五体の巨人が腕を掴み、組み体操でいうところの扇のようなポーズを取る。
突然の動きにきょとんとしていたレティたちは、五体の巨人から凄まじい閃光が迸るのを見て、慌てて横へ飛び退いた。
その直後、極太の光線が森を抉り、巨大オークを焼いた。五色の入り交じった奇妙な光線は、それぞれの属性を全て内包し、環境に甚大なダメージを与えた。
「ふわあああっ!? なんつー攻撃力ですか!」
「と、トンチキ過ぎるのに、威力だけは確かですね!」
その冗談じみた攻撃に、レティたちも戦慄する。光線が掠っただけのオークたちも問答無用で蒸発し、その場には何も残らない。ついでに島の反対側から攻めていたプレイヤーの一部も吹き飛んでいった。
「くふふふっ! なんとでも言うが良いさ。最後に勝つのは我々だからね!」
「し、しまったぁ!」
勝利を確信したメルの声にレティたちもはっとする。慌ててボスの方へ視線を向ければ、その頭上に表示されたHPバーがガリガリと猛烈な勢いで削れている。すでに1割が削れ、極光線の猛烈な威力を示していた。
「ラクト!」
『分かってるよ!』
このまま見ていては、メルたちがひとり勝ちしてしまう。それだけは避けなければならない。一刻も早くボスの下へ到達し、攻撃しなければならない。MVPは割合で決まるのだ。
レティの呼びかけにラクトは迅速に応じる。蒼氷の巨人の手のひらへ飛び乗ったレティは、そのまま無造作に投げられる。巨人の膂力によって、それは下手な投石器よりもよほど強烈な勢いを生む。
「てぃりゃああああっ!」
レティは空中で姿勢を整え、勢いよく巨大猪人の顔面へ向かう。大きく振り上げたハンマーの一撃を、そこにぶつける。
「でぃりゃあっ!」
小気味の良い打音と共に、巨人の身体が大きく蹌踉めく。位置がずれたことにより、メルたちの極光線の射線から外れた。
「ぐぬっ!? なんと卑怯な!」
「チームプレイですよ!」
メルが抗議の声を上げるが、レティは余裕の笑みでそれを迎える。その間にもラクトがトーカとエイミーを巨大猪人に投げつけていた。
「MVPはレティのものです!」
「ぬぅぅぅ!」
猪人の頭上で勝利宣言をするレティ。メルたちは術式を解き、悔しげに地団駄を踏む。
「――一の剣、『神雷』」
「ぬあばっ!?」
その時、極太の雷がボスの厚い胸板を貫いた。
大きく揺れるボスの頭上で、レティはバランスを崩して落下する。下へ落ちながら、彼女は雷がやってきた方向に向かって怒りの声を上げる。
「こ、この、アストラさんまで何やってるんですか!」
これほどの斬撃を飛ばせる者など、そういない。森を割り、木々を薙ぎ倒し、巨人を倒した雷は、彼女もよく知る人物のものだ。
「すみませんね。俺も今回ばかりは遊んでいられないので」
森の奥、遙か後方に立つアストラは、そう言って爽やかに笑った。
「三の蹄、『地平貫き落陽越える白き竜馬』ッ!」
アストラの後方から、衝撃波を放ちながら直進する者が居た。長い髪を振り乱し、全身をラバースーツでぴっちりと包む長身の美女だ。長い槍の穂先を巨人に向けて、立ちはだかる進路上のオークを轢殺しながら迫る。
「くっ、騎士団も本気を出してますね!」
「当然ですよ!」
〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班クリスティーナの背中に負われたまま、アイが叫ぶ。彼女はレティの言葉に毅然と返すと、大きく息を吸い込み胸を膨らませた。
「『失神鐘声大楽団』ッ」
彼女の声に合わせ、ニルマの
「うわあああっ!? 何やってるんですかアイさん!?」
「あの人も形振り構っていませんね……。レティ、一気にダメージを稼ぎますよ!」
無茶苦茶な攻撃をしながら迫るアイに驚きながら、トーカがレティの肩を引く。彼女たちは、ライバルがこちらへ到達するまでに少しでもダメージを稼いでおこうと武器を構えた。
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Tips
◇『天地鳴動風林火山五色彩色極光線』
火、水、土、風、雷の五属性を複合する大規模なアーツ。五属性が渾然一体となった極太のエネルギー線を放ち、その線上に存在するあらゆるものを消滅させる。その圧倒的な破壊力から10秒間のみしか発動できず、その後30分は再使用ができない。
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