第764話「無自覚な天才」

 波のように押し寄せる黒毛の猪人たちは、岩のように立ちはだかる巨人に阻まれ、飛沫のように吹き飛ばされる。ある巨人は炎を吐き、森とそこに潜む猪人を燃やした。別の巨人は大腕を広げ、風となって群れを撫でた。雷鳴が轟き、大地が割れる。数分間だけの蹂躙だ。


「はえええ、すっごい!」

「20体も巨人が集まるともうカオスだなぁ」


 唸り声を上げて森の中心に向かって巨人達が進む。その背中を見送りながら、俺はシフォンと共に歓声を上げていた。

 巨人化機術は五分だけという時間制限があるものの、その間は特定の機術がノーコストで使い放題というなかなか強烈なものだ。ラクトやメルたちはその性能を遺憾なく発揮し、森の中から湧き出てくるオークの軍勢を蹴散らしている。

 そんな巨人達の後に続くプレイヤー、つまりはレティたちだが、彼らも勢い付いている。何せ、邪魔なオークたちは巨人が吹き飛ばしてくれるのだ。彼女たちはその後にできる広い道を悠々と駆け抜ければ良い。

 しかも、彼女たちを守るのは巨人だけではない。各生産系バンドが技巧を凝らして作り上げたた珠玉のカグツチたちが、まるで今日が品評会だと言わんばかりに張り切っているのだ。全長30メートルまで伸びるビームソードや、超高速で自在に飛翔するロケットパンチなど、個性豊かな武装を展開している。

 巨人、カグツチ、そしてプレイヤー。更にプレイヤーが使役する機獣、ペット、霊獣、その他諸々。ジャンルも姿も様々な戦士たちが、混沌の中におぼろげな秩序を持って進んでいる。


「ボスに届くまでそう時間も掛からないだろうな。俺たちもオークの数を減らさんと」

「そうだね。後ろには非戦闘職の人もいるし!」


 森の木々も薙ぎ倒され、開拓の名の下に甚大な自然破壊が行われている。その暴虐に怒るように、オークたちはこちらにも迫っている。

 俺とシフォンは、巨人達の指の隙間から逃れてきた彼らを着実に仕留めていくのが仕事だった。


「『氷造の鋭いナイフ』!」


 シフォンは激昂するオークたちを華麗に捌いていた。鋭利な細い氷のナイフが彼女の手のひらで生み出され、即座に投げられる。それは一直線に飛び、オークの額に突き刺さった。


「『爆裂のハンマー!』ッ!」


 シフォンは飛び、額にナイフの刺さったオークに肉薄する。彼女の手には、赤く小ぶりなハンマーが一つ握られている。それがナイフの尻を叩き、刃はより深く沈みこむ。シフォンは既にそのオークから視線を離し、ハンマーから手を離して別のオークの元へ向かう。

 その背後で、ハンマーが炎を上げて爆発した。


「シフォンも強くなったなぁ」

「そりゃあ、あれだけ、スパルタに、扱かれたらね!」


 後方での戦線維持は縁の下の力持ちだ。騎士団の重装盾兵部隊と一部の物好き以外は残っていない。そのため、ひとりで何十体ものオークを相手にしなければならない。

 それにも関わらず、シフォンは戦闘中に話す余裕を見せていた。ナイフを投げ、鉈を振り落とし、刀を振り上げる。槍でオークの腹を突いたかと思えば、それを足場にして跳び上がる。高所から無数の針を撒き、迫り来る群れを蹌踉めかせた。

 シフォンの戦い方は、レティの戦闘センスを受け継ぎながら、トーカの観察眼を持ち、エイミーの身のこなしを行い、ラクトの判断力で進める、という〈白鹿庵〉の申し子のようなスタイルだ。

 瞬間的に短い詠唱を行い、アーツによる武器を生成する。それはアーツであるが故に様々な属性を簡単に付与することができ、それ一つに拘ることなく軽率に使い捨てることができる。

 氷のナイフは敵の関節に突き刺さることで動きを封じられる。炎の刀は傷を焼き、火傷を発生させる。風の斧は物理的な制約に囚われず骨を断ち、岩のハンマーはその重量で肉を潰す。


「『広がる稲妻』ッ!」


 対処できないほどの物量で囲まれた時には、全方位に向けた放電によって仕切り直す。白い稲妻がオークたちを感電させ、数秒の間だけその動きを止める。

 その僅かな隙間で、シフォンは5体のオークにトドメを刺していた。


「師匠様々ってところか」

「わたしは不本意なんだけどね?」


 彼女がここまで戦えるようになったのは、彼女自身のセンスと努力もある。しかし、レティたちがシフォンに自分の技術を余すことなく授けていることも大きな理由だろう。

 シフォンは頻繁に師匠たちから稽古を付けられ、実戦という名目で原生生物の群れに投げ込まれている。そのため、ここまで場慣れしているのだ。


「はえええっ!?」

「っと、まだ背後が甘いな」

「普通人間は後ろまで見えないからね!」


 大槍を持ったオークがシフォンの背後から迫る。それを槍で弾き、よろけたところにナイフで喉元を掻き切って倒す。

 シフォンもまだまだ、弱点はあるようだ。


「正面のオークの反応を見たりすれば、なんとなく分かるだろ」

「全然分かんないよ!?」


 この世界の原生生物は、本当に活き活きとしている。互いの存在を知覚しているし、連携を取ることもある。特にオークは、集団としての行動が本当に高度なところに至っている。

 だからこそ、全体が把握しやすい。


「あとは対人戦が得意じゃなさそうだな」

「そりゃあ、あんまり人と戦うのは好きじゃないから」


 トーカなんかは暇さえあれば連日のように〈アマツマラ地下闘技場〉に通い詰めるほどの対人戦好きだが、シフォンはその遺伝子を受け継いでいない。むしろ、プレイヤー同士の戦いは苦手としているようだ。

 そのため、人間に近い外見をしているオークとの戦いにもいつものキレがない。


「シフォンは優しいなぁ」

「一般的な十代女子の普通の感性だと思うんだけど……」


 シフォンの言っていることも正論だ。

 自ら進んで前線に突っ走っている戦闘狂レティたちはともかく、オークを相手にするのが嫌というプレイヤーは結構多い。

 まあ、人間と同じか少し大きいくらいの直立二足歩行する猪なのだから、仕方ないと言えば仕方ない。


「しかし、本当にいくらでも湧いてくるな」

「早くしないと巨人化の時間も終わっちゃうよ」


 依然として森の中からは無数のオークたちが大挙して押し寄せてきている。後方の戦線維持部隊も健闘しているが、如何せんパワーが足りない。

 誰でも良いから、早くボスを倒してくれないとジリ貧だ。


「前方から敵、来ます!」

「もう来てんだよ! 目ン玉ついてんのか!?」

「もっと大量のが来るって言ってんだよ!」


 戦況を観測していた騎士団員の声が響く。それを聞いて、シフォンが口をへの字に曲げる。

 前方の森から雪崩のように押し寄せてきたのは、“猪人の将校オークジェネラル”以上の上級オークたちの群れだった。


「はえええ……。あんなのもう無理では!?」

「泣き言言っても終わらないからなぁ。よし、シフォン」

「な、なに?」


 雄叫びを上げて迫る屈強なオークたち。どれも一騎当千の実力を持っているようで、その武器もより洗練されたものになっている。あんなものが真正面から衝突すれば、こちらの戦線も危ういだろう。

 俺がシフォンの肩を叩くと、彼女は顔を青ざめさせてこちらを見る。なんだ、彼女も察しがついてるじゃないか。


「行くぞ」

「はええええっ!?」


 シフォンの手を握って駆け出す。彼女は足を突っ張って留まろうとするが、脚力極振りを舐めないで欲しい。呆気なく転倒したシフォンを連れて、俺はオークの群れへと飛び込んでいった。


「死ぬ死ぬ死ぬ! 死んじゃうよ!」

「死ぬ気で頑張れば案外死なないさ!」


 真正面から群れに飲み込まれ、あらゆる方位からオークに襲われる。シフォンは涙目で悲鳴を上げているが、それだけ元気なら大丈夫だろう。


「はええええんっ! はえっ!? はえっ! はえええええっ!」


 実際、彼女は鳴き声を上げながらいくつもの武器を振っている。我武者羅に振り回しているように見えるが、その実的確に敵を捉えているのだから素晴らしい。

 エイミーがシフォンを原生生物の群れの中に投げ込む理由が少し分かった気がする。シフォンは逆境にあるほどよく燃えるのだ。


「はええっ! はええっ! ちょ、おじちゃん見てないで助けてよ!」

「はいはい。こっちも結構いっぱいいっぱいなんだけどな」


 シフォンをそのまま見ているのも楽しそうだったが、ここで助けないと後が怖い。

 俺も風牙流と種瓶を駆使して戦っているのだが、ドローンを一機投げてシフォンのアシストに回す。


「ていうか、“緑の人々グリーンメン”を使えばわたしはいらないんじゃないの!?」

「あれは戦線崩壊後の保険として取ってある。今使うもんじゃないよ」

「もう崩壊してるもんだよぉ!」


 シフォンが絶叫する。しかし、その間も彼女は機敏に動き、オークの攻撃を全て交わしながら、致命の一撃を叩き込み続けている。この的確に弱点だけを狙っていく技術はミカゲのものだろうか。

 純粋に彼女だけの力と言うべきものは、その回避能力だろう。シフォンは猫のように身体を動かし、あらゆる方位から飛んでくる全ての攻撃を紙一重で避けている。

 泣きながらも攻撃が止まらないのは、彼女が一撃も受けていないからに他ならない。


「あとは自信が付けばいいんだけどなぁ」


 迫ってきたオークを吹き飛ばし、槍で串刺しにしたあと群れの中に投げ込む。ドミノ倒しのように崩れていったオークを一網打尽にする。

 こちらもこちらで忙しいが、シフォンのおかげでかなり助かってもいる。彼女ももう立派な〈白鹿庵〉の戦闘職なのだが、まわりがまわりだけにその自覚が全くないことだけが欠点だった。


「よし、シフォン。もう少し奥に行ってみるか」

「はえええっ!?」


 彼女に自信をつけさせるには、より強い相手と戦わせるのが一番だろう。きっと、エイミーたちもそう思って彼女を強敵と戦わせているのだ。

 ――まあ、彼女が戦っている姿を見ていると微笑ましくなるというのも理由の一つだろうが。


「嫌だ嫌だ! 絶対死んじゃう! ユーレイになったら恨むからね!」

「死んでないじゃないか。ていうか、死んでもリスポするだけで霊体にはならないからな」

「いっそ死んで戦線離脱したいよぉ!」


 シフォンは必死に抗おうとするが、そうは問屋が卸さない。俺たちがここに留まっていても、そのうち森の奥からもっと強いオークが出てくるのだ。

 それらを一体でも多く倒すことで、レティたちのボス討伐もやりやすくなる。そのために、これは必要なことなのだ。


「はええええええんっ!」


 そんな説明をしつつ、俺はシフォンをオークの群れの中へと投げ込んだ。


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Tips

◇『広がる稲妻』

 二つのアーツチップによる初級アーツ。

 自身を中心にした円形の範囲内に放電し、周囲に存在する対象を感電させる。


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