第763話「立ち上がる巨人」
〈黒猪の牙島〉に到着すると、浜辺ではすでに戦闘の準備が始まっていた。今回は〈ダマスカス組合〉や〈プロメテウス工業〉といった生産系バンドも本格的に動いているようで、頑丈なバリケードや背の高い櫓、そして真新しいカグツチなどがずらりと並んでいる。フツノミタマも修理、増強、新設が進められており、森のあちこちに屹立して目を光らせている。
そして何より、そこには多くの戦士がいた。剣士、鎚使い、銃士、弓師、機術師、罠師、ありとあらゆる職業の戦士が、己の武器を入念に確認している。彼らにとっても、数度目の戦いだ。ここまで負け続きで鬱憤も溜まっているだろう。
皆かなり鬼気迫る様子だ。ちらちらとこちらを見ながらも、準備に余念がない。
「……なんか、妙に見られてるな」
いや、それにしても見られすぎな気がする。何やらコソコソと小声で話し合っている姿もあるし、何か悪いことをしたような気分だ。居心地の悪さを感じて首を傾げると、レティが眉を下げて視線を向けてきた。
「いやぁ、レッジさんが悪いと思いますよ」
「ええ……。何にもやってないんだけどな」
いつもなら多少の心当たりはあるのだが、今回ばかりは目を付けられる理由が分からない。そういうと、レティだけでなくラクトたちまで大きなため息をついた。
「れれれ、レッジさん!」
「うおっと。アイじゃないか、そんなに急いでどうした?」
ひとまず疑問は横に置いて、テントを建てられる場所を探して歩いていると、何やら焦燥した様子のアイがやって来た。勢い余ってこちらに飛び込んでくる彼女を受け止めて理由を尋ねる。
「す、すみません。その、噂は本当なんでしょうか?」
「噂?」
「今回のボス戦でMVPを獲ったら、レッジさんと一日過ごせるというのは!」
「そ、そんなだったかな……?」
なんか、微妙に話が変わっている気がする。というか、ヤタガラスに乗っていなかったはずのアイまで広まっているのはどうしてなんだ?
「掲示板とか各種報道系バンドとかで大々的に広まってますよ。おかげで参加を見送る予定だった人たちも沢山来てるみたいです」
「ええ……」
掲示板を流し読みながらレティが言う。随分と大事に発展していて絶句してしまう。軽い気持ちで、半分冗談くらいで言ったことなんだが……。
「レッジさんを一日拘束できれば、色々聞き出せますからねぇ」
「レッジをダシにして管理者とコンタクトを取ろうとする考察班もいるみたいだし」
「栽培家とかも農園の中を見るチャンスだってお祭り状態ですよ」
口々に告げられる状況に立ち尽くす。いよいよ大事になって来てしまっているじゃないか。
「そ、それでですね。その、私も参加することはできるんですよね?」
「えっ」
「えっ?」
アイがもじもじとしながら上目遣いで聞いてくる。思わず声を漏らすと、彼女は愕然として目を見開いた。
「だ、駄目なんですか?」
「いや、駄目じゃないが――」
「良かった。じゃあ、私も全力で頑張りますね」
「お、おう……」
ぐっと拳をつくり、眉を尖らせてアイが意気込む。彼女も誰かを一日拘束したいのだろうか? ……小さい子の考えることはよく分からない。
それだけ言って、アイはまた風のように去って行く。ダメージレースへの参加表明をしたかっただけのようだ。
俺がぼんやりと立ち尽くしていると、周囲から鋭い視線を受けた。
「な、なんだよ」
「べっつにぃ? 安請け合いしちゃって、あとでこじれても知らないからね」
「レティは別にいいですよ。どうせ勝つのはレティなので」
「そうやって油断していると、足元を掬われますよ」
なんか、今日は〈白鹿庵〉の皆さんもピリついている。ボス戦が普段以上の緊張感に包まれているのは何故だろう。
「レッジさん、とりあえずその辺にテント建てません?」
「そうだな。ちょっと待っててくれ」
そんな中、シフォンはいつもと変わらぬ平常通りだ。彼女に急かされるままテントを建て、周囲からの視線に追い立てられるようにその中に入る。
「ボス戦となると、やはり役割分担が大事ですよね」
テーブルにつき、カフェオレで唇を濡らしたレティが口を開く。
〈黒猪の牙島〉に現れるボスとその取り巻きであるオークたちは、どちらか片方だけに集中するということを許さない。ボスだけを叩こうものならまわりのオークたちがより攻撃的になる。逆にオークだけを叩いていても、ボスが無限に新たなオークを生み出すため終わりがない。更に言えば、ボスのHPが五割を下回ると、ボスは周囲のオークを吸収して回復する。
ボスを削りつつ、オークの数もできるだけ少なく維持する。それが必須の条件だ。
「なるほど、役割分担ですか。では、私はボスを狙いましょう」
「レティはボスを叩きます。任せて下さい」
「ボスならわたしに任せてよ。一番近づけたのはわたしなんだからね」
「カウンターならかなり良いダメージ入ると思うし、私がボスを叩くわ」
「は、はえええ……」
役割を分けようと言いつつ、全然分かれていない。レティ、トーカ、ラクト、エイミー、全員がボスまっしぐらである。彼女たちの間に座ったシフォンだけが、あわあわと頭を揺らしている。
「ミカゲはどうするんだ?」
「……僕は適当に、アシスト。三術連合の皆とも、一緒に動くから」
「そうか。そっちも期待してるよ」
ミカゲは直接敵を倒すというよりも、糸や忍術、呪術で戦況をアシストする方に注力するようだ。ホタルたち三術連合も今回は参戦しているようで、そちらと足並みを揃えると言う。ヴァーリテイン戦で行った大規模複合呪儀“夜蓋”のように、三術は複数人で協力することでかなり大規模なことができるからだろう。
「シフォンは?」
「はえっ!? わ、わたしは……」
シフォンはキョロキョロと左右を見渡し、レティたちの顔を窺う。何か懸念事項でもあるのだろうか、随分と慎重に考えている。
「わ、わたしはその辺のオークを間引いてるよ」
「そうか。しかし、シフォン一人だけってのもな。俺も手伝おう」
「はえっ!?」
どうせ、ラクトの巨人化を手伝った後は割合暇なのだ。いっそのこと、戦線維持は〈ダマスカス組合〉に任せて前に出てもいいだろう。クロウリにはラクトのパラシュートで貸しがあるからな。
「ぐ、ぐぬぬ……。しかし、目先の欲に囚われては結果的に出遅れます。ここは雌伏の時、ですね」
「レティ?」
クロウリにメッセージを送っていると、レティが小声で何やら呟く。そちらに顔を向けるが、彼女は笑みを浮かべて何でもありませんと首を振った。
「ボス狙いが四人、
「いやぁ、妥当なんじゃない? ボスに辿り着くまでもオークは倒す必要があるんだし」
全員の意見を総括する。ボス狙いが多い気もしたが、ラクトの言うことも一理ある。結局、わらわらと溢れ出るオークたちを退けないことには、ボスにすら辿り着けないのだ。
「レッジさんがトップアタッカーになっても本末転倒ですからね。レッジさんはシフォンと一緒にオークと遊んでて下さい」
「なんか厄介払いされてる気がするなぁ。心配しなくても、俺が本職のアタッカーに勝てるわけないだろ」
「そうとも言い切れないのがレッジさんの怖いところなんですよ」
唇を尖らせたレティにそう言われ、反論も許されない。どうにも、世間は俺のことを過大評価しすぎているような気がする。
「っと、始まりましたね」
そのうちに、牙島全域に重く響くサイレンが広がる。事前に予想されていた通り、〈
レティたちは一斉に立ち上がり、テントを飛び出す。海岸では、他のプレイヤーたちも慌ただしく動き出していた。
「じゃあレッジ、早速いいかな?」
「もちろん。頼りにしてるからな」
最初に行動を起こしたのはラクトだった。
彼女はテントの範囲内に立ち、次々と自己バフを展開していく。彼女の使う大規模相互循環式纏装機術“
「おや、もう始めているんだね」
「メルか。君らも巨人に?」
「うん。アンプルがぶ飲みでもいいんだけど、せっかくレッジがいるんだから、力を借りようと思ってね」
やって来たのは装備を整えたメルたちだ。高級そうなローブに身を包み、大きな杖を携えている。彼女たちもラクトと同じ巨人化の機術を使うようで、大量のLPを回復していく必要がある。そのために、俺のテントを頼りに来たようだった。
「自由に使ってくれ。どうせ人数制限はないからな」
テントの範囲内に入れるのであれば、何人居ようが回復量に変わりはない。メルたちを敷地内に迎え入れ、七人が輪唱によって機術を構築していくのを見届ける。
「〈
「並列操作なんて高等技術、できる人の方が珍しいですからねぇ」
円を作って歌うように詠唱する少女達を見て、トーカが言う。メル、ミオ、三日月団子、ライム、ミノリの五人が、互いに連携を取って一つの機術を編んでいる。
レティがそれに返すが、確かにラクトのように一人で巨人化できる方が特殊なのだ。
「ヒューラとエプロンは参加しないのか?」
五人が歌っているのを、防御機術師のヒューラと支援機術師のエプロンは一歩引いたところから見守っている。不思議に思って尋ねると、二人は揃って頷いた。
「巨人化機術は五属性のものしか見つかっていないんです。それに、小回りが利く人が居た方が、何かと便利ですから」
「……盾を振るうだけなら身軽な方が良い」
メルたち五人が巨人化し、エプロンとヒューラはその補助に回ると言う。巨人化したラクトも視界が不明瞭だったり動きにくかったりと色々弊害があったようだし、必要なことなのだろう。
「オークが出たぞ!」
「迎撃準備!」
「機術師、一斉掃射!」
前方で声が響く。
見れば、森の奥から黒い猪人の軍勢が雄叫びを上げながら飛び出してきていた。その黒々とした大波がこちらへ迫り、迎え撃つ機術の嵐によって蹂躙される。
しかし、奥から際限なく現れるオークたちは、同胞の屍を乗り越えて着実に接近していた。
「――『
その直後、ラクトの術式が完成する。
彼女のはっきりとした声と共に、彼女の身体が一瞬で凍り付く。氷は爆発的に増大し、巨大な氷塊となる。そして人型を取り、巨人へと変貌する。
体長五メートルを越える巨人が、そこに顕現した。
「――『
数秒後、その後を追うように五体の巨人が現れる。
灼熱の炎渦巻く“
彼女たちは輪唱によってそれぞれの負荷を軽減しつつ、五つの術式を同時に構築していた。これもまた、ラクトの並列操作とはまた違った高等技術だ。
「――『
「――『
「――『
彼女たちだけではない。
砂浜のあちこちで、様々な姿をした巨人が立ち上がる。銀の毛皮に狼頭の巨人、滑らかな鱗に蛇の頭の巨人、更には2体で一組となる巨人まで。
ラクトが公表した巨人化の術式は、多くの機術師によって分解され、研究され、改良されていた。
彼らは新たな術式を生み出し、それを使っている。今、この場には無数の巨人が産声を上げている。
「なるほど、これは壮観だなぁ」
「はええ……」
気がつけば、巨人の軍勢と呼べるほどの規模になっていた。ラクトの“蒼氷の巨人”を中心に、20体ほどの巨人が並んでいる。
シフォンはそれを眺めて、半開きにした口から感嘆の声を漏らしていた。
大地鳴動し、海原が荒れ狂う。
雪崩れ込むオークの軍勢は、圧倒的な暴力によって蹂躙された。
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Tips
◇『
5種の攻性機術を内包する輪唱機術。五人の機術師に“
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