第760話「巨人対決」

 ラクトによって生み出された蒼氷の巨人が森を目指して歩く。それに反抗しようと襲い掛かるオークたちは、凍てつく冷気によって物言わぬ氷像へと変えられた。

 霜を広げながら歩く巨人は、よたよたとしている。倒れないか不安になるような動きだ。


「ラクト、大丈夫なのか?」


 LPの消費や彼女の負荷、様々なことを合わせて一言尋ねる。


『うーん、結構厳しいかも!』


 氷の中に包み込まれたラクトがTELを使って答える。単純明快ながらあまり良くない回答に、思わずずっこけた。


「駄目じゃないか。何が厳しいんだ?」

『とりあえず視界が劣悪だね。磨りガラス越しに見てるみたい。あとは感覚が違いすぎて身体を動かすのがめちゃくちゃ大変だよ』


 “蒼氷の巨人フリームスルスル”が左右に大きく身体を揺らしながら歩く。その足取りは覚束ないもので、近くに居たプレイヤーたちも踏み潰されないように逃げていた。

 ラクトは現在、巨人の胸あたりに入っている。氷漬けにされているためほとんど動けず、巨人自体をアーツ操作の要領で操作しているいようだ。しかし、氷越しの視界は悪く、モザイクのような景色しか見えていない。


「ラクト、左腕を地面に降ろしてくれ」

『ええっ? こ、こう?』


 俺はラクトに声を掛ける。彼女が地面に降ろした巨人の手のひらの上に乗り、そこから肩に登る。5メートルを超える巨人の肩はちょっとしたビルの高さだ。そこからの見晴らしはとても良い。


「俺がまわりの状況を伝えるから、それを頼りに動けば良い」

『そ、そっか。ありがとう!』


 巨人の肩の上に立ち、周囲を見渡す。森の中からは新たなオークが続々と飛び出して、巨人に向かって迫っていた。


「真正面からオークが来るぞ!」

『任せて!』


 ラクト――蒼氷の巨人は氷から削り出した巨大なハンマーを掲げ、思い切り振り下ろす。その衝撃で砂浜に大穴が開き、周囲に大きな揺れが広がる。

 彼女のアーツの力は絶大だった。その威力はレティの一撃にも匹敵するだろう。範囲で言えば、彼女のそれすら圧倒するかもしれない。それほどまでに、巨人の鉄槌は激しかった。


「全然当たってないぞ!」

『うえええっ!?』


 問題は、その攻撃がオークたちに掠りもしていないという点だけだ。

 巨人の振り下ろした巨鎚は無残に砂を叩いただけで、オークたちにはその衝撃が多少及んだ程度だ。むしろ、周囲にいたプレイヤーたちの方が吹き飛んでいる。


「逃げろ! 巻き込まれるぞ!」

「なんつーノーコンだよ!」

「うおおおっ! 俺を叩き潰してくれぇい!」


 巨人の足元でプレイヤーたちが騒いでいる。彼らが逃げ惑う様子はなかなかに憐れなものだった。


『ご、ごめーん! まだ操作に慣れてなくて……』


 ラクトの謝罪に合わせて巨人が膝を折ってぺこぺこと謝る。どうやら思念操作で巨人を動かしているようで、彼女の思いがそのまま行動に現れている。

 その声は周囲に聞こえないが、行動で謝意は伝わったようだ。


「うわああっ!? 謝らなくて良いから!」

「近くにいた俺たちが不用意だっただけだよ!」


 とはいえ、巨人のサイズがサイズだけに謝罪の動きだけでも周囲に甚大な被害が出る。むしろ直立していた方が安全なほどだ。

 肩に立っていた俺も、振り落とされないように巨人の冷たい髪にしがみつく。

 足元の状況を伝えると、ラクトは慌てて立ち上がる。普段がフェアリーの小さな機体に慣れているから、巨人の体格での動きがまだ覚束ない。まあ、巨人の体格に慣れている奴なんてそうそういないのだが。


「レッジさーん!? ラクトも、早く戦線に加勢してくれませんかね!?」

「うおっと。忘れてた」


 下方からレティの悲鳴の混じった声が届く。いろいろ愉快なことになっているが、今は絶賛〈猛獣侵攻スタンピード〉の発生中だ。


「ラクト、方位は分かるな」

『うん。大丈夫』

「じゃあ、西が正面だ。そっちに向かって攻撃してくれ」

『分かったよ!』


 方位で感覚を合わせ、指示を出す。ラクトは再び鎚を振り上げ、そして足元を叩く。今度はオークの群れを潰し、一気に排除した。

 数十人分に匹敵する働きをみて、プレイヤーたちからも歓声があがる。

 ラクトは調子を取り戻し、しっかりとした歩みで歩き出した。


「カグツチ部隊、あの巨人に続け!」

「突破口を開いてボスに直接攻撃できるチャンスだ!」

「重装盾兵も前進! 戦線を押し上げろ!」


 勢いがつけば、巨人の力は絶大だった。森の木々もものともせず、次々と強引に薙ぎ倒して広い道を作る。その後ろからカグツチやプレイヤーたちも追いかけ、一気に戦況を変えていく。


「ラクト、巨人の活動限界は?」

『ぴったり5分! その間ならいくら機術を使っても、どれだけ動き回ってもノーコストだよ!』

「本当に、冗談みたいなアーツだな!」


 5分とは戦闘においてはかなりの時間だ。それだけの間、強力なアーツでオークを蹂躙できるのは素晴らしい。発動させるのに莫大なLPと時間が必要になるわけだ。


「オークの迎撃は考えなくて良い。一気に走って、中央にいるデカいのを叩くぞ!」

『了解、まかせて!』


 鎚を握りしめたまま、蒼氷の巨人は前傾姿勢で走り出す。大きく上下に揺れる肩の上で俺は思わず歓声を上げた。

 一歩一歩の歩幅が桁違いだ。足をつく度、そこを中心に凍結領域が広がりオークたちを凍らせていく。その上で、その速度はかなり速い。眼下に広がる黒い森が、勢いよく後ろへと流れていく。


『うわ、結構高いわね』

『良い眺めじゃのう。うむうむ』

「うわっ!? 二人ともどうしてここに!?」


 快進撃を続ける巨人の肩に立っていると、聞きおぼえのある声が耳に届く。周囲を探ると、巨人の右肩にカミルとT-1が座っていた。


『当然でしょ。アタシたちはアンタの側が離れられないんだから』

『突然置いて行かれてびっくりしたのじゃ!』

「ああ、そういえばそうだったな……」


 二人の言葉を聞いて納得する。そういえば、メイドロイドは町の外だと雇用主の側から離れられない。巨人のインパクトで忘れかけていたが、もし二人が追いかけてこなかったら、今頃機能停止していたはずだ。


『全く、抜けてるわねぇ』

「すみません……」


 しっかりしなさいよ、とカミルに窘められ、俺は素直に謝罪する。

 しかし、二人がついてきているなら不用意にラクトと共に前線に上がってきたのは悪手だったかもしれない。万が一のことを考えて、少し怖くなる。

 そんな俺の思考を察したのか、カミルは箒を取り出して言う。


『安心なさい。自分の身くらい自分で守るわ』

『うむ! それに“蒼氷の巨人フリームスルス”の近くならばそうそう危険な事もないじゃろう』


 確かに、カミルは戦闘能力も高い。それにT-1の言うとおり、巨人の周囲では原生生物が自動的に凍り付くから、かえって安全とも言える。


「よし、じゃあ一気に行くか!」

『うむ!』


 蒼氷の巨人は地響きを轟かせて森を割りながら走る。わらわらと現れるオークを蹴散らしながら、森の中央で顔を出す巨人の下へと。


『ぼんやりとだけど、ボスが見えたよ!』

「よしよし。それなら先制攻撃で流れを掴むぞ」


 森の中心、木々よりも背が高く顔を出している巨大な猪人は、ラクトの不明瞭な視界でも捉えることができたようだ。

 蒼氷の巨人が更に加速し、猪人へと迫る。


『レッジ、しっかり掴まっててね!』

「おう! ……うん? 何をするんだ?」

『せーのっ!』


 俺が首を傾げたちょうどその時、蒼氷の巨人が一際強く大地を踏む。柔らかい地面が陥没し、足跡がくっきりと刻まれた。

 蒼氷の巨人は全身から薄い氷を剥落させながら、溜めた力を一気に解放する。


『とぅおおおおりゃああああっ!』


 全身をバネにして、巨人が跳躍する。

 轟々と風が渦巻くなか、俺とカミル達は必死になって巨人の首にしがみつく。そうしなければ、振り落とされたオークの群れに真っ逆さまだ。


「うおおおおっ!?」


 普段のラクトでは考えられないほどのジャンプ力で、俺たちは遙か下方の猪人たちを見下ろす。彼らも予想外の行動に呆けているようだった。


『ハイパーアイスキーーーック!』


 ラクトの絶叫。

 それと同時に蒼氷の巨人フリームスルスは片足を真っ直ぐに突き出し、重力に従って落ちていく。その先に捉えているのは当然――。


「うおわあああっ!?」

『ほぎゃあああっ!?』

『ぴゅああああっ!?』


 俺たちの悲鳴が響く中、氷の跳び蹴りが猪人の胸を打つ。それまで悠然と構えていた巨大な猪人は、大きな声を上げて倒れる。


「出たぞ、HPバー!」


 グラグラと揺れる視界で、何とか巨大猪人のHPバーを捉える。蒼氷の巨人の跳び蹴りで、HPが1割弱ほど減っている。その体格に見合った体力だ。


『まだまだ!』


 森に倒れる猪人の胸板を踏みつけ、蒼氷の巨人が距離を取る。そしてすぐさま肉薄し、手に持った大槌でその豚鼻を殴った。


『プギュッ!』


 猪人の悲鳴が上がる。

 しかし、ラクトも止まらない。巨人の力尽き果てるまでに、できるだけ攻撃を与えておきたかった。


「全員、続け! この好機を逃すな!」

「うおおおおおっ!」


 俺たちの後を追っていたプレイヤーたちも、ボスに殺到する。カグツチが特大の武器を振るい、プレイヤーが周囲から殺到するオークたちを散らす。


『てえええい!』


 蒼氷の巨人が拳を振るう。鋼鉄に匹敵する拳骨が猪人の頭を揺らす。すかさず鎚が振るわれ、黒い巨体を襲う。


『スーパーアイスパンチ!』


 ラクトの攻撃は単調だ。スキルはないため、テクニックも使えない。しかし、その巨大さ故の純粋なパワーだけで、ボスを圧倒していた。


『ミラクルアイス肘鉄ッ!』


 彼女は俺にしか聞こえていないのを良いことに、愉快な技名を叫びながら攻撃を繰り出している。当然、ただの肘鉄である。


『グレートォ! アイスゥ! フィストォ!』


 だん、だん、だん、と三連の拳が叩き込まれる。

 猪人がよろけ、後ろへ下がる。ラクトはそれを好機と見て、更なる攻撃を繰り出そうと拳を掲げる。


「駄目だ、ラクト!」

『ふえっ?』


 だから、俺の制止が間に合わなかった。

 彼女の拳を猪人が受け止める。その力は強靱で、蒼氷の巨人でも振り払えない。


『ゴアアアアアッ!』

『ほぎゃっ!?』


 猪人が巨人の腕を引いて立ち上がる。不意を突かれたラクトは逆に体勢を崩す。俺たちを肩に乗せたまま、蒼氷の巨人は猪人によって引っ張られた。


『や、やばい気がする!』

「やばいぞ!」


 ラクトの悲鳴が上がるなか、猪人は大きく身体を撓らせる。その黒い身体に莫大な力が込められ、そして解放される。


『ゴゥルアアアアッ!』

『きゃああああっ!』


 猪人の雄叫びとラクトの悲鳴が重なる。

 猪人はハンマー投げのように、蒼氷の巨人を森の外に向かって吹き飛ばしたのだ。


『れ、レッジ! どうしたら!』

「諦めて受身取れ!」

『ふえええええん!』


 大きな放物線を描いて、蒼氷の巨人は森を飛び出す。更には海岸を越えて、広い海の中に高い水しぶきを上げて落ちた。


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Tips

◇粉砕する聖鎚

 三つのアーツチップによる上級攻性アーツ。邪悪なるものを破壊する聖なる鎚を生成する。

 破壊属性値+500、部位破壊値+45%、属性増幅+20%の巨大なハンマーが出現する。出現後は自由落下し、術式が崩壊した場合消失する。


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