第759話「蒼氷の巨人」

 空からラクトが落ちてくる。欠陥品のパラシュートは開かない。どうすれば彼女を助けられるか、数秒のうちに考える。ミカゲは今、前方から迫るオークたちの対処にかかりきりだ。


「カミル!」

『ええい、世話が焼けるわねっ!』


 俺の呼び声に応じて、カミルがトランクから箒を取り出す。彼女は思い切り高くそれを掲げ、一気にスイングする。速度の乗った箒の穂先が俺の腰に激突し、吹き飛ばす。


「うおおおおあああっ!」


 フレンドリーファイアは発生しないが、ノックバックの衝撃は十全に現れる。しかも、カミルの持っている箒はネヴァが吹き飛ばしに重点を置いて作った特別製だ。

 俺の体は勢いよく跳び上がり、落下するラクトへと近づいていく。


「ラクト、手を掴め!」

「で、でもそれじゃレッジまで――」

「大丈夫だから!」


 精一杯手を伸ばし、ラクトに向ける。戸惑う彼女を説得し、指先で触れる。


「掴んだ!」


 彼女の手を引き寄せ、胸の前で抱きしめる。


「ほわっほわっ!? だ、抱っこされて――」

「あんまり喋ると舌噛むぞ!」


 もぞもぞと動くラクトを押しつけて、彼女の背中を探る。ハーネスによってしっかりと固定されたパラシュートを、無理矢理引きずり出した。


「うばわっ!?」


 傘体が開いたことにより、速度が大きく減少する。強い衝撃と共に吊り下げられ、振り落とされないよう腕に力をこめる。

 ラクトもしっかりとしがみついてくれている。

 俺は歯を食いしばり、パラシュートの紐を握る。しかし、展開するのが遅すぎた。どう考えても減速が間に合わない。


「ラクト、ちょっと揺れるぞ」

「はわえっ!?」


 覚悟を決めて、両手を離す。目を丸くしたラクトが慌てて手を伸ばしてくるが、彼女の腕力では俺を掴みきれない。


「レッジ!?」

「――風牙流、一の技、『群狼』ッ!」


 ラクトに向かって、より正確に言うならば、彼女の後ろに広がるパラシュートの傘体に向かって、風を送る。両手が埋まり、暴風の反動をもろに受けるため、俺はそのまま落下の速度を上げる。しかし、ラクトのパラシュートも風を孕み、大きく減速した。


「レッジ!」


 ラクトがこちらに向かって手を伸ばす。だが、届かない。

 俺は重力にしたがって大地へ近づいていき――。


「大丈夫ですか、レッジさん!」


 颯爽と現れたレティによって受け止められた。

 膝裏と背中を腕で支えられ、いわゆるお姫様抱っこのような形だ。レティはそのまま軽やかな足取りで着地し、俺の顔を覗き込む。駆け付けてくれたことはありがたいが、なかなか恥ずかしい。


「ありがとう、レティ。……あの、降ろして貰ってもいいか?」

「むふー。こういうのも新鮮でいいですね。レッジさんも抵抗できませんし」

「レティさん?」


 彼女の腕から逃れようと動くが、まるで鉄骨でも入っているのかと思うほど微動だにしない。そうしているうちに彼女の赤い瞳がじっとこちらを見つめ、背筋に冷たいものが走った。


「二人とも、駆け付けたわたしのこと忘れてない?」


 そこへラクトの不機嫌そうな声が飛び込んでくる。レティがそちらを見て、僅かに眉を寄せた。


「くっ。早かったですね、ラクト」

「遅いくらいだったんだけど。ていうかそんなことしてる状況じゃないでしょ」


 ラクトはそう言って、今もなお激戦が繰り広げられている戦場に目を向ける。彼女と共に落ちてきたコンテナは早々に回収され、大きなカグツチも戦いに参加していた。

 俺はようやくレティに降ろして貰い、一息つきつつ改めてラクトの方を見る。


「まさか空から来るとはな。びっくりしたぞ」

「〈ワダツミ〉の飛行場でちょうど〈ダマスカス組合〉の人たちがあの輸送機の離陸準備をしてて、ちょうど良いから乗せて貰ったんだ。そっちの方が速いし、乗り換えもいらないし」


 賢いでしょう、とラクトが胸を張る。たしかに速度面でもルート面でも空の方が圧倒的に速いが、よく〈ダマスカス組合〉も彼女の申し出を受け入れたものだ。


「試作品のパラシュートの実地試験も兼ねてたからね。結果はあんな感じだったけど」

「あとでクロウリを詰めるか……」


 ウチのラクトによくあんな欠陥品を渡したもんだ。そんなんだから〈プロメテウス工業〉の奴らに騙すカス組合なんて呼ばれるのだ。


「それはともかく、首尾はどうだったんですか?」

「任せて。なんとか考えてた術式は組めたから」


 ラクトが今まで居なかったのは、彼女が一人でとある任務を遂行していたからだ。その報酬はいつもの如くアーツチップだったようで、彼女はそれを使った術式を完成させていると言った。


「それじゃあ早速見せて貰いましょうか、新しい術式の力とやらを!」


 レティもそのアーツに興味があるようで、期待に胸を膨らませる。ラクトも頷き、俺のテントの範囲内に入っていることをしっかり確認して言葉を紡ぐ。


「『オーバーブースト』『キャストアップ』『アシストコード』『オーバークロック』『キャストソート』『コンプレッション』『マルチコアパラレルプロセッシング』『コールドクロック』――」


 彼女は次々と〈機術技能〉のテクニックを発動させ、自身の能力を上げていく。LPは消費された側からテントの効果によって回復していく。

 その滑らかな言葉の羅列に、休息を取っていたカエデたちも注目していた。


「『並列詠唱』『増幅詠唱』『加速詠唱』『合奏詠唱』」


 彼女の声が重なっていく。一人で発しているにもかかわらず、まるで複数人で歌っているかのようだ。


「『多段階分割詠唱』」


 最後の自己強化バフを纏う。そこで彼女は一度区切り、大きく息を吐いた。そして、吸い込む。


「『纏う氷鎧硬き魔氷』『粉砕する聖鎚崩壊の拳』『折り重なる氷壁剥落する薄氷』『付着する堅氷侵蝕する冷氷』『揺れ動く拍動煮えたぎる熱湯』『巡る清水溜まる澱』――『励起するコール・蒼氷の巨人フリームスルス』」


 パキパキと音を立て、周囲に霜が降りる。それは周囲に広がり、砂浜を、海を、森を凍らせていく。

 ラクトのLPは猛烈な勢いで消費され、そして回復していく。いくつものアーツチップを無理矢理に接合し、いくつもの術式を強引に並べた、異形のアーツだ。彼女はそれを並列操作によって実現している。

 例えるならば、〈七人の賢者セブンスセージ〉のメルたちが七人で力を合わせて実現している輪唱機術。あれを一人で強引に行っているようなもの。

 当然、できるはずがない。――普通ならば。


「危ないよ、ちょっと離れててね」


 そう言って笑うラクトの身体が、分厚い氷の中に封じられる。蒼氷は急速に増大し、その質量を増していく。彼女を厚い氷の中にすっぽりと包み込み、なおも成長を続ける。


「氷の巨人……!」


 レティが驚愕して言葉を零す。

 氷は更に成長し、やがて大まかに人の形を取り始めた。その大きさは3メートルを超え、更に大きくなる。

 氷の身体に氷の鎧を纏い、氷の大槌を握っている。氷の籠手を嵌め、氷の具足を履き、氷の兜を被っている。

 全身を氷で作り上げた全長5メートルの巨人が、激戦を繰り広げている調査開拓員とオークの軍勢の双方に、その威容を見せつけた。


「大規模相互循環式纏装機術“蒼氷の巨人フリームスルス”。わたしだって、武器で戦えるんだよ!」


 威風堂々としたラクトの声が響く。

 それに合わせて、彼女を胸に封じた巨人が氷のハンマーを高く掲げる。

 オーク達は即座に巨人を敵と認定し、雄叫びを上げる。牙を剥く猪人の軍勢が、目の前の調査開拓員を無視して、一斉に走り出した。

 だが、ラクトは冷静だった。


「『極寒の嵐』」


 巨人が無造作に腕を払う。その時に生じた風がオークの軍勢とすれ違い、そして全てを凍結させた。あらゆるオークを、その全てを、余すことなく。

 雪の降り積もる夜のような静寂が訪れた戦場を睥睨し、蒼氷の巨人はゆっくりと歩き出した。


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Tips

◇大規模相互循環式纏装機術“蒼氷の巨人フリームスルス

 27個のアーツチップによる、15種の上級機術を複合し、相互に連結した上で術者自身を核として展開する特殊なアーツ。非常に扱いが難しく、また消費するLPも膨大になるが、単身で環境すら変えるほどの絶大な力を発揮することができるようになる。

 “蒼氷の巨人”は五つの属性のうち、水の力を持つ者。その力は三相に及び、周囲の水の全てを意のままに操り、使用することができる。


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