エイプリルフール記念SS

準特殊開拓指令;万愚節


 その日、いつものようにログインすると、世界が一変していた。


「うわぁっ!?」


 暗転後に目を開き、思わず声を上げる。自分の視力が悪くなったのかと思って目を擦り、頭がおかしくなったのかと額に手を当てる。しかし、世界は変わらずおかしいままだ。


「あ、あら、起きたのね。突っ立ってる暇があるなら、お花に水を撒いてきてちょうだいよ」

「か、カミル……。うわぁっ!?」


 耳に馴染む声に安堵して振り返り、そして再び跳び上がる。そこに立っていたのは、一辺がおよそ10cmほどのブロックの集合で構成された“およそカミルらしい”ものだった。

 まるでレトロなドット絵をそのまま立体化させたかのような姿だ。彼女は立方体のパーツを動かし、(恐らく)訝しげな目つきで俺を見ている。

 カミルだけではない。ログインした別荘にある家具も、窓の外に見える他の建物も、白い砂浜も青い海も、全てが細かなブロックで構成されていた。


「何よ、失礼ね。アタシの顔を見て驚くなんて。いつもと変わらないでしょ」

「す、すまん。ちょっと油断してた」


 どうやらカミル自身はこの変化に気付いていないか、気にしていないらしい。つまり、俺自身に何か異変があるか、プレイヤー側にバグがあるか、もしくは……。

 俺は楽しげに笑みを浮かべているカミルの肩を軽く叩き、ドアの方へ歩く。


「ちょっと町に出てくる。花の世話は頼んだ」

「はえっ!? そ、その前に少し何か気付くこととか――」

「すまん! すぐ戻るから!」


 カミルの声を背中に受けながら、別荘を飛び出す。外の世界もやはりブロックで全てが構成されている。砂粒の一つが一辺10cmのブロックで、波の飛沫も同じ大きさだ。

 砂浜の上を歩くと足音だけは砂を踏む時のそれだが、感触はまるで大理石の床を歩いているかのような固いものだ。


「いったい、何がどうなってるんだ?」


 首を傾げながら〈ワダツミ〉へと向かう。他のプレイヤーの反応を見れば、自分の問題なのかゲームそのものの問題なのかが分かるだろう。


「なんだこれ! なんだこれ!?」

「ピクセルマン、参上!」

「わ、わたしの胸が、ぺったんこに!」

「うわあああブロックの角で殴るな!」


 町は大変なことになっていた。

 どうやら、この異変は俺の主観によるものではなかったらしい。

 〈ワダツミ〉の大通りはブロックで構成されたプレイヤーとNPCがごった返し、混乱と歓声でカオスなことになっている。タイプ-ゴーレムもタイプ-フェアリーもタイプ-ライカンスロープも、全ての機体がブロックで構成されている。それどころか、露店で売られている果実も真四角だ。

 まるでモザイクアートのような光景に、思わず立ち尽くす。そんな俺を押し退けるように、背後からピクセル機械馬の引くピクセル馬車が忙しなく追い抜いていった。


「レッジさーん!」


 人混みの中を掻き分けて歩いていると、前方から名前を呼ばれる。何が何だか分からずにいると、目の前に赤いブロックで構成されたプレイヤーが現れた。


「レッジさん、凄いことになってますね」

「もしかしてレティか?」


 頭上から積み上がったブロックは、ウサ耳だろうか。そもそも、その声でよく分かる。


「そうですよ。ちょっと解像度は低いですけど」

「解像度の問題なのか?」


 レティの少しズレた答えに首を傾げるが、同時に安堵もしていた。この状況で仲間と合流できたのは心強い。それに、彼女は俺よりも物知りだ。この騒動の原因に心当たりはないか尋ねてみる。


「レティ、これって――」

「イベントですよ。〈準特殊開拓指令;万愚節〉です」

「ま、万愚……?」


 レティの口(というかブロック)から飛び出した言葉に、目(というよりはブロック)を丸く(四角いが)する。

 すると彼女はあきれたような顔(表情はよく分からないが)をして腰に手を当てた。


「公式のニュースぐらい、ログインする前にチェックして下さいよ」

「すみません」


 彼女に促され、イザナミ計画実行委員会からのニュースを確認する。するとそこには、確かに〈準特殊開拓指令;万愚節〉の告知があった。


「昨日も一応見てたはずなんだけどなぁ」


 ログアウトする前にちらりと見ていたはずだが、その時はなかったように思う。そう言うと、レティは当然でしょうと肩を竦めた。


「レッジさん、今日は何日ですか?」

「四月一日だが」

「何の日ですか?」

「年度初めだな」

「そうじゃなくて!」


 社会人として適切な答えを出したはずなのに怒られた。その理不尽に納得できないまま少し考え、はたと思い至る。


「エイプリルフールか?」

「そういうことです」


 レティは満足そうに頷く。

 つまり、そういうことなのだろう。


「一日限定のミニイベントですよ。楽しみましょう」

「そうか……。そうだな、そうしよう」


 てっきり物凄いバグか何かかと思っていたからハラハラしていたが、理屈が分かれば安心できる。ならば周囲のプレイヤー達と同様に、この時間を楽しめばいい。


「レティもさっきログインしたのか?」

「いえ、早朝ですね。ちょっと目が覚めてしまったので」


 あてもなく歩きながら、レティと話す。彼女は数時間前にログインして、フィールドなんかも見て回っていたようだ。


「原生生物もフィールドも全部ブロックになってて面白かったですよ。草なんかもブロックなんですけど、歩くとボロボロ崩れちゃうんです」

「へぇ。一度行かないとな」


 季節のイベント自体はよくあるが、世界全体がここまでがらりと変わるのは珍しい。俺は早速カメラを取り出し、そこら中のピクセルアートをファインダーに収めていった。ドットカミルの姿も写真に撮っておけばよかったと少し後悔する。

 町の人々も今日一日だけの変わった光景を目一杯楽しんでいるようだ。


「しかし、これはどういう原理でブロックな世界になってるんだ?」


 全てが一辺10cmの立方体で構成された〈ワダツミ〉を見渡しながら言う。

 どうやら物質の最小単位がこのブロックというだけで、全てがグリッドに沿って存在しているわけではないらしい。360度上下左右に回転するし、斜めの状態にあるものも見られる。


「期間限定の準特殊任務が出てるらしいですし、制御塔の方に行ってみましょう」


 レティに手を引かれ、町の中央へと向かう。

 普段は滑らかな曲線を描く円柱である中央制御塔も、今日ばかりはゴツゴツとした白いブロックの集合体になっている。その中に入り、端末を操作すると、確かに〈準特殊開拓指令;万愚節〉の期間中限定の準特殊任務が発令されていた。


「〈特殊光学的認識汚染術式除去任務〉か。……なるほど、全然分からんな」


 横文字だらけの若者言葉にもついていけないが、イザナミ計画実行委員会特有の長々とした漢字の羅列も小難しい。

 俺が眉を顰めていると、レティがその下にある説明文を読んで解説してくれた。


「要は黒神獣案件というか、黒き獣関係っぽいですね」

「ということは第零期先行調査開拓団か」

「はい。汚染された調査開拓用有機外装が出現して、各地で暴走しているようなんです」

「ははぁん。なるほどな」


 噛み砕いて考えれば理解も追いついてくる。

 俺とレティはひとまず任務を受け、〈奇竜の霧森〉へと足を向けた。


「しかし、結構気軽に黒神獣も出てくるようになったな」

「ですねぇ。でもまあ、準とはいえ特殊開拓指令イベントレベルなので別格ではありますけど」


 かつてこの惑星上で栄華を誇っていた謎の文明と、それと手を組んでいた白神獣。その陣営を滅ぼしたのが黒神獣と呼ばれる存在だ。今は各地にその残滓を残し、時折復活することもある。

 その正体は俺たちよりも先んじて惑星イザナミにやって来た第零期先行調査開拓団が、何らかの原因で暴走した姿だということまでは分かっている。


「フィールドにそれらしいのは居たのか?」

「そうですね。見たらすぐに分かると思いますよ」


 町の外に出ると、武装したプレイヤーが多くなる。彼らもイベント任務を受けてやってきたのだろうが、持っている武器がどれもピクセルアートのような見た目をしていてどうにも締まらない。


「レティのハンマーはあんまり変わらないか?」

「そんなことないですよ! ディティールが全部無くなっちゃって少し悲しいです。……当たり判定は大きくなってると思いますけど」


 レティの使っている鮫頭のハンマーは元々が巨大であるため、あまり見た目の印象が変わらない。逆に俺の持つ槍は柄の部分も一辺10cmの立方体が連なっているものだから、持っているだけで違和感がある。

 これは、まともに扱えるようになるだけでもかなり時間が掛かりそうだ。


「ほんとに森もブロックでできてるんだな」


 普段は鬱蒼と木々の密集する〈奇竜の霧森〉も、今日は枝葉の末端に至るまで全てがブロックで構成されている。細かなディティールが無くなったぶん、むしろ平時よりも見晴らしが良いくらいだ。

 とはいえ、木の幹が真四角なのは少々違和感を覚えるし、当たれば崩れるといっても、ブロックの塊を掻き分けて進むのはそうそう慣れない。

 一抹の不安を胸に抱きながら、四角い森の中を進む。そうしていると、耳を澄ましていたレティが立ち止まる。


「いました、あそこです」


 彼女が指を差す。

 木々の隙間から見えたのは、赤と黒と紫の暗い色合いのブロックで構成された、宙に浮かぶ火の玉のようなものだった。禍々しい外見で、大きさは人の背丈ほどもある。


「あれが任務のターゲットか」

「ですね。――『生物鑑定』。“破眼のマノメア”というらしいです」


 レティが鑑定し、名前を明らかにする。俺も遠くからカメラで写真を撮り、写真鑑定で情報を集めた。

 それによると、“破眼のマノメア”は“視認する”ことで異常が生じさせる能力を持っているらしい。だから、特殊光学的認識汚染術式というわけだ。

 では、視ることができない相手とどう対峙するか。その答えが、このピクセルアートの世界だ。

 〈特殊開拓指令;白神獣の巡礼〉の際に明らかになったように、俺たち調査開拓員はそのままの世界をストレートに認識しているわけではない。拡張現実的に展開されるウィンドウなどの情報を付加するように、不要な情報は削除されている。例えば、それ以上討伐すると生態系に不可逆的な破損が発生する際の原生生物の姿や、情報閲覧権限のないオブジェクトなどだ。俺たちはそれを視認できず、よって知覚できない。生態系に余裕が出た場合には、原生生物は“ポップ”するのだ。あたかも、突然虚空から生まれたかのように。


「とにかく、あの炎を直視しないように、世界全体にモザイクが掛かってるんだな」

「そういうことみたいですね」


 俺たちの目に世界がブロックの集合で見えているのは、“破眼のマノメア”の影響を回避するためだ。高度に抽象化されてしまえば、奴の能力も及ばないらしい。

 砂を踏んだ際の固い感触や、槍を握った時の違和感は、視覚に連動した錯覚にすぎないのだろう。


「ま、それなら戦いやすい。とはいえ、物理が効く相手なのか?」


 相手は空中に浮かぶ黒い炎だ。見たところ物理で殴ってもすり抜けてしまいそうだが……。


「こういうのは当たって砕けろ、ですよ! 他の人に見つかる前に戦いましょう」


 俺があれこれと思案する間もなく、レティが飛び出す。彼女は狭い森の中で巧みにハンマーを操り、華麗な一撃をマノメアに加えた。


「捉えたっ!」


 ハンマーが炎の中に食い込み、鈍い音をたてる。

 衝撃を受けたマノメアが勢いよく森の奥へと吹き飛んでいく。


「どうやら炎の中心に核があるみたいですね。それを狙えば物理も通用します」

「なるほど。なら、やろうか!」


 レティの報告を受け、俄然やる気を出す。攻撃が届くのであれば、殴るべきだ。

 俺とレティは共に森の中を駆け、吹き飛んでいったマノメアに追い打ちをかける。ブロック状の炎が吹き乱れるが、当たると焦げる程度のものだ。俺もレティも長柄の武器を使っているため、問題なく一方的に攻撃ができる。


「ちぇああああっ!」


 レティのハンマーがマノメアの核を捉える。ガラス玉が割れるような音がして、黒い炎が大きく吹き上がる。


「レティ!」

「きょぺっ!?」


 慌てて彼女の腕を引っ張り、こちらへ抱き寄せながら地面に倒れる。俺たちの頭上を黒い炎と爆風が吹き荒れ、それを最後にマノメアが力尽きた。


「な、なんという卑怯な……。最後に自爆とは」

「次からは気をつければ十分回避できるだろ。解体――はできないみたいだな」


 HPを失ったマノメアは炎が消え、黒いバレーボールほどの球体だけが残る。それは生々しい眼球のようだった。それそのものが唯一のドロップアイテムだったようで、解体することもできない。

 この“邪炎の破眼”というアイテムを集め、収めた数によってイベント限定のアイテムと交換できるらしい。

 幸い、マノメア自体はさほど強くない。フィールドのそこかしこで目を光らせている他のプレイヤーたちとの競争に勝てさえすれば、問題なく狩れるだろう。


「よぅし、この調子でどんどん狩りますよ!」


 レティは気炎を上げて周囲を探る。マノメアはメラメラと音を立てて燃えているから、彼女の聴覚ですぐに見つかるはずだ。

 しかし――。


「なあ、レティ」


 俺は声量を落とし、レティを呼ぶ。彼女もこちらを振り返らずに、僅かに頷いた。


「うーん、どうしましょうね」


 ちらりと後方に視線を向ける。暗がりの中、木々の間で、青髪の少女が立っていた。それはいいのだが、彼女は何やら万歳のポーズを取っているのだ。

 森の中を歩いてるプレイヤーが、その姿を見てぎょっとしつつ足早に離れていく。


「いつまでもあのまま放っておく訳にもいかんだろ」


 俺は少し可哀想になって、少女――ラクトと目を合わせた。


「とりあえず、こっちに来たら?」

「ほわっ!? な、なんでバレ――!?」


 声を掛けると、ラクトは露骨に狼狽える。何か布のようなモノをバサバサと振るような動作をして、おろおろと首を動かし、最後には顔を真っ赤にさせた。


「も、もしかして……見えてる?」

「まあ、ばっちりと」

「制御塔のところから着いてきてましたよね」


 恐る恐る尋ねてくるラクトに、俺とレティは同時に頷く。

 制御塔の人混みの中で彼女を見つけた時、彼女もまた俺たちを見つけ、すぐに隠れてしまった。そのあとどうするのかと思ったら、万歳のポーズを取ったまま堂々と後ろを着いてきていたのだ。


「もしかして見えてないと思ってたのか?」

「だ、だってこれ、“透明マント”を使ってたから」


 羞恥心を滲ませながら、ラクトがやってくる。彼女が差し出したのは、無色透明の布だった。


「これが透明マント?」

「うん。今回のイベントの任務報酬だよ」


 受け取ってみると、確かにビニールっぽい布の質感と重量が感じられる。しかし、全く見えない。

 アイテムの説明を見てみると、“姿を隠す透明なマント”と書かれていた。


「うぅぅ、気付かれてないと思ってたのに……。驚かせようとしたんだけどなぁ」

「これ、マント自身の姿を隠す、マント自身が透明なマントってことですかね?」

「普通にエイプリルフールのジョークグッズじゃないか?」

「ぐぬぅぅぅ」


 俺とレティが顔を見合わせて言うと、ラクトは羞恥と悔しさで表情を歪ませる。


「いや、その、万歳してる姿は可愛かったと思うぞ」

「そういうのじゃないの!」


 俺の言葉はなんの慰めにもならなかったらしい。こうなったら手当たり次第狩ってやる、とラクトは弓に矢をつがえて意気込む。10cmの太さの矢はほとんど杭のようだ。


「あら、レッジじゃない。レティたちも揃ってるわね」


 森の中で立ち止まっていると、名前を呼ばれる。振り返ると、大量のブロックでできた巨大な黒蛇が間近に迫っていた。


「うわあっ!?」

「ふふふ。良いリアクションしてくれるわねぇ」


 驚いて跳び上がると、蛇が笑う。その姿がボロボロと崩れると、中からエイミーが現れた。


「エイミー!? なんですか、これは」

「イベント任務の報酬アイテムよ。“ドッキリ黒蛇くん”だって」

「悪趣味なアイテムですねぇ」


 どうやら、エイミーが手に入れたのは外見を黒蛇に変えるものだったらしい。黒い蛇が凶悪な〈奇竜の霧森〉で使われると、心臓に悪い。


「私達もいますよ!」


 そこへ、更に別の声がする。

 声の主はピカピカと光る剣を掲げたトーカで、天狗の面を被ったミカゲを連れている。


「二人も変わったモノ持ってるな」

「“USO800”という武器ですよ。どれだけダメージを出しても、ログ上では800ダメージと表示されるものです」

「め、めんどくさいアイテムだ」


 トーカの持つ剣は全体的に丸みを帯びたおもちゃのような風貌だ。


「ミカゲのお面は? ずいぶんと鼻の長い天狗ですが」

「“天狗の偽面”。嘘をつくと、鼻が伸びる」


 ミカゲはそう言って、面の位置を直す。


「僕は忍者が嫌いだ」


 彼がそう言うと、天狗の赤い鼻が僅かに伸びた。脳波でも見ているのだろうか、無駄に凝った嘘発見器である。


「へぇ、面白いじゃないか」

「ていうか皆もうエイプリルフール楽しんでるんですね。レティたちが出遅れてるじゃないですか」

「何かしらのイベントはあると思ってたからね」


 唇を尖らせるレティに、エイミーが笑って言う。この日に何かしらがあると、みんな予想していたらしい。何も考えていなかった俺は混乱していたわけだが。


「むぅ。レティも何か面白いアイテムが欲しいです」

「俺もだ。せっかくだし、皆で狩りにするか」


 やる気を見せるレティに同意する。他にもジョークグッズは沢山あるようで、エイミーたちもまだまだマノメアを倒し足りないと言った。

 俺たちはパーティを組み直し、〈奇竜の霧森〉に出現する黒い炎を探して歩き出した。





「うう、全然気付いて貰えなかった……」


 〈ワダツミ〉郊外の別荘地区。そこにある〈白鹿庵〉所有の農園にて。

 カミルは落胆した顔で、風に揺れるブロックの花を眺めていた。その時、突如彼女の身体にノイズが走り、姿が大きく変わる。

 現れたのは、唇を尖らせるシフォンだった。

 仲間達より一足早くFPOにログインしていた彼女は、一人でイベントをこなし、“変わり身ホログラム”というアイテムを手に入れていた。それは周囲にいるプレイヤーやNPCの姿に化けられるというもので、それを使ってレッジを驚かせようとしていたのだが、何の疑問も持たれなかったのだ。


「悔しくなればいいのか、自分の演技力を褒めれば良いのか。分かんないよ」


 目の前の花に向かって語りかけるシフォン。その姿には哀愁が漂っていた。

 その時、農園の防爆扉が開き、防護服を着た本物のカミルがやってくる。彼女はシフォンの姿を見て、何があったのかをおおよそ察した。


『あのニブチンに何か期待するだけ無駄だと無駄だと思うわよ』

「そうなんだよねぇ」


 カミルのストレートな物言いに、シフォンは頷くしかない。彼が時折発揮する察しの悪さに関しては、彼女が一番よく知っていると言っても過言ではないのだ。


『それとシフォン』

「どしたの?」


 カミルが防護服を脱ぎながら、シフォンの肩に手を置く。首を傾げる彼女に対して、冷静な声で言った。


『三秒後に農園が爆発するわ』

「はえええっ!?」


 突然の宣告にシフォンは飛び上がり、脱出を図る。農園を出て、別荘に飛び込み、ドキドキとしながら窓の外を窺う。

 しかし、いくら待っても予想される衝撃は起こらない。


「あ、あれ?」


 戸惑うシフォンに、クスクスと笑い声が聞こえた。

 振り返ると、猫のように笑うカミルが立っている。


『エイプリルフールも楽しいわね』

「じょ、冗談に聞こえない嘘は駄目だよぉ」


 カミルからの種明かしに、シフォンは全身の力が抜けて膝から崩れ落ちるのだった。

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