第757話「立ち込める暗雲」
カミルから連絡橋の解説を受けながらヤタガラスに揺られる。さほど時間も経たず、俺たちは〈紅楓楼〉に先んじて〈黒猪の牙島〉の砂を踏んだ。白い砂浜にはいくつものテントが建ち並び、攻略組が24時間体制で詰めているようだ。
「エイミー達が来るまでにテントを建てて拠点の整備だけしておくか」
「分かりました。しもふりも呼んできますね」
俺はテントが建てられそうな空き地を探し、レティはヤタガラスの貨物車に載せていたしもふりを連れてくる。今回はしっかりとした拠点が用意できるから、以前の戦闘訓練の時よりも快適に過ごせるだろう。
しもふりの腹部に収められたコンテナから建材を取り出し、山小屋テントを建て始める。〈紅楓楼〉の皆も入れるように、かなり大きめにしておく。こういう時、臨機応変に間取りを変えられる山小屋テントは便利だ。
「着きましたね、〈黒猪の牙島〉!」
「思ったより平和そうじゃないの」
「なんでちょっと残念そうなの……?」
山小屋テントが完成し、中に物資を運び入れていると、トーカたち三人がやってきた。〈黒猪の牙島〉に初めてやって来た彼女たちは、まだここの駅を解放していないため鉄道が使えないのだ。
「中もアセット置いてるからな。自由に過ごしてくれ。カエデたちはどうしたんだ?」
三人をテントの中に呼び込みながら、その周囲に〈紅楓楼〉の姿が無いことに首を傾げる。てっきり、トーカたちと一緒に来るものだと思っていたのだが。
「あの人たちは駅を解放してすぐに森の中に突撃してましたよ。腕試しだって言って」
呆れ顔でトーカが言う。花猿を倒したことで、彼らも勢い付いているのだろう。
「ま、すぐに帰ってきますよ。たぶん」
そんなトーカの予言は、程なくして的中する。テントの中でコーヒーを飲みつつ、レティと共にフィールドの情報を共有していると、ボロボロのカエデたちが入ってきた。
「ぐふぅ……」
「カエデ!? すごい傷じゃないか!」
戸口で力尽きて倒れるカエデを支え、椅子に座らせる。彼の背後にいるモミジたちも似たり寄ったりの惨状だ。
フレームが歪み、歩くのも大変そうな彼らを見て、トーカは驚くこともなく肩を竦めた。
「だから先に情報を集めた方が良いって言ったんですよ」
「まさかここまで様変わりするとは思わなかったんだ」
眉を下げるトーカの言葉に、カエデは唇を尖らせる。どうやら、トーカは忠告したのにカエデがそれを聞かなかったらしい。
その結果、カエデたちは森の中を闊歩する猪たちに揉まれ、這々の体で逃げ帰ってきたのだ。
第一開拓領域の〈オノコロ島〉は、上層と下層があるものの基本的には地続きだ。原生生物も複数のフィールドに跨がって生息しているものがいて、全体的にグラデーションのように環境が変わっている。
一方の第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉はフィールドが島ごと、つまり海によってそれぞれが区切られている。〈花猿の大島〉と〈黒猪の牙島〉では生息する原生生物や環境が変わっている。この後に続く他の島も、同様であることが予想されていた。
「あのまま突っ走ってボスの所まで行ければ、ワンチャン〈白鹿庵〉をリードできると思ったんだけどなぁ」
烏龍茶を飲んでいたフゥが、草臥れた顔で言う。それを聞いて、俺たちは思わず顔を見合わせた。
「ほんとに何の情報も集めてなかったんですね……。〈黒猪の牙島〉のボスは特殊条件ポップですよ」
「ええっ!? そうだったの!?」
トーカの宣告に、フゥは目を丸くして尻尾を膨らませる。彼女たちは環境負荷が高まることでオークの軍団が現れること、その中心にボスである黒猪がいることなど、何も知らなかったようだ。
よくそれで特攻などできましたね、とトーカは額に手を当てて項垂れた。
「とりあえず、ここの原生生物と戦ったことのある俺とレティが知ってることを話すから、適当に聞いてくれ。飲み物とお菓子は自由だからな」
「あらあら、ありがとうございます」
「光さんは食べ過ぎないで下さいよ!」
俺がキッチンの方に用意している飲み物と軽食を示すと、光が嬉しそうに手を叩いた。それを見てレティが釘を刺すが、彼女が一番食べているのを自覚しているのだろうか。
「後は、近くに出張の技師もいるだろうから。金に余裕があるならそこで修理して貰えばいいと思う」
砂浜のテント村には、攻略組だけでなく彼らを目当てにした商人たちもやって来ている。町に戻らずとも物資を補給したり、機体や武器防具などを修理したり、そう言った需要を満たすためだ。更に、攻略の合間の娯楽として、即席のステージで演奏したり歌ったりする芸人もいる。
攻略最前線のフィールドは、ちょっとした集落のようになっているのだ。
「分かった。一通り説明を聞いてから、
そう言ってカエデが居住まいを正す。トーカたちもこちらを見ている。俺とレティは再び、このフィールドに出没する猪たち、そしてオークたちについて分かっていることを話し始めた。
〈黒猪の牙島〉にも色々と原生生物がいるが、その中でも特に厄介なのは“突猪”と“黒鎧猪”の二頭だろう。それぞれ機術と物理に対する高い耐性を持っていて、突進も速い。真正面から相手にするのはなかなかに大変だ。
特に〈紅楓楼〉には機術師が居ないため、“黒鎧猪”に対する有効打がない。そこが一番の障害だった。
「物理が効かねぇ相手か。また厄介な奴がいるな」
一通りの説明を受けたあと、カエデは口をへの字に曲げた。彼らからすれば“黒鎧猪”は天敵のようなものだ。
しかし、そんなカエデに向かってモミジが口を開く。
「お兄ちゃんの〈霊術〉系の攻撃でも通らないの?」
その言葉は、まさに天啓のようだった。カエデは俄然元気になって立ち上がる。
「そうだ! 物理が駄目でも霊力なら行けるかも知れん」
「そうだなぁ。そっちの方は検証してないし、試してみたら良いんじゃないか?」
多分、公式wikiを見たら書いてあるだろう。しかし何から何まで全て調べてから挑まなければならないわけではない。原生生物の情報を共有しておいて何だが、身を以て体感するというのも、ゲームの遊び方の一つだ。
「よーし、そうと決まれば再戦だ!」
「その前に機体の修理をしないと」
刀の柄を握り、カエデが小屋を飛び出していく。モミジたちも慌ててそれを追いかける。嵐のように去って行った〈紅楓楼〉に、トーカが苦笑していた。
「……あれっ。ウチって今ラクトが居ないんだけど、どうやって黒鎧猪と戦うの? あ、ミカゲか」
静かになった室内で、シフォンが言う。そんな彼女の肩を、エイミーがぽんと叩いた。
「何を言ってるのよ。ここに機術師がいるじゃない」
「はえっ?」
「頼んだわよ、シフォン」
「はえええっ!?」
シフォンが目を丸くして悲鳴を上げるが、当然の結果である。ミカゲも呪殺は試すだろうが、機術は既に効果が検証されているからな。それに、シフォンの戦闘スタイルは機術を近接武器として扱うものだから、黒鎧猪だけでなく突猪の牙も避けながら叩くことができるだろう。
見方によっては、ラクトよりも相性が良いかもしれない。
「よし、じゃあ、俺たちも行くか」
「そうですね。あの人達に先を越されるわけにはいきませんから」
事前のミーティングが終わり、準備も整った。
エイミーも涙目のシフォンを引き摺ってテントの外に出ている。俺はモップを持ったカミルと箒を持ったT-1、そしてテーブルの下で寝ていた白月に声を掛ける。
これだけの人数がいれば、猪の森でも問題なく戦えるだろう。俺は後ろの方でのんびりできるかもしれない。
――そんな邪なことを考えたのが悪かったのだろうか。
『緊急警報。緊急警報。〈黒猪の牙森〉中心部にて強いエネルギー反応が確認されました。各地のフツノミタマからの観測結果により、〈
けたたましく鳴り響くサイレン。砂浜のテント村が俄に慌ただしくなり、武装したプレイヤーたちが騒ぎ出す。商人、職人、芸人たちが素早く荷物を纏め、連絡橋を渡って行く。
島の中心部で、猪人たちの雄叫びが上がった。
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Tips
◇烏龍茶
お湯や水を注ぐだけで簡単に作れるお手軽パックシリーズ。独特な香りの広がる味わい深いお茶。飲むと心が安らぐ。
フィールド上でも調理可能。飲むと一定時間LPが徐々に回復していく。
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