第754話「相性の利」
“叛逆のサカハギ”は逞しい悍馬に似た黒獣だ。鼻息を荒く吹かし、蹄で地面を削っている。その特殊能力は、ダメージの反射。攻撃を受けた直後、同じだけの威力をそのまま相手に返す。
しかし、奴を攻略する方法は初期に確立されている。カウンター系のテクニックを使うことで比較的安全に対処が可能だ。
「でも、カエデさんってカウンタースキル持ってましたっけ?」
空になったポテトのバケツを重ねながら、レティが首を傾げる。以前、サカハギと対峙したエイミーはカウンター技が豊富な〈盾〉スキルがあったため、対処できた。しかし、カエデは回避主体の軽装戦士であり、敵の攻撃を跳ね返す手段はほとんど持っていないはずだった。
「それなら、難しい方でやるんじゃない?」
カエデの動きを注視しつつエイミーが言う。彼女は期待の籠もった目をして、楽しそうに口元を緩めていた。
闘技場でサカハギと対峙するカエデは、油断なく構えながらインベントリからアイテムを取り出す。丸薬のようなそれを、彼は無造作に噛み砕いた。すると、彼の周囲に青いエフェクトが現れる。
「あれって何を食べたんだ?」
「マジで言ってます?」
気になってレティ先生に聞いてみると、彼女は凄い顔をして俺を見た。久しぶりに、常識的なことを聞いてしまったようだ。
「あれは“機動力促進剤”だよ。一定時間移動速度を上げて、攻撃系テクニックのクールタイムを縮めるバフアイテム」
「へぇ。そんな便利なものが実装されたんだなぁ」
「初期からある定番アイテムだよ……」
シフォンが丁寧な説明をしてくれて、感心していると引き気味に呆れられた。そういえば、回復アンプルやホットアンプル系以外の薬剤はあまり使ったことがない。
「カエデの方がFPO上手くないか?」
「そうかもしれませんねぇ」
そんなことを言っているうちに、カエデが動き出す。
彼は腰に佩いた二本の刀を引き抜き、同時に霊装を展開する。更に、足元に骨片を落とし、両腕の先が鋭利な刃になった獣の骸骨を呼び出した。
「あ、あれは!」
「知ってるのかレティ」
「“
「愛玩?」
カエデの足元に現れた鼬の骸骨は、ぼんやりと赤い光を帯びている。彼の膝くらいの高さで、かなり小柄だ。たしかに言われてみれば、可愛いかも知れない。骨やら腐肉やらが多い霊獣にしては、という話だが。
「霊獣は死んでも再召喚が可能ですからね。ペットのロストが耐えられないテイマーなんかが霊術師に転換することはよくあるそうですよ」
「へぇ。機獣もいいと思うんだけどなぁ」
レティ曰く、機獣はロボ成分が強いため好みが分かれるらしい。それに、ペットや霊獣は自分で育てることができるため、その点でも機獣よりもそちらを好むプレイヤーは多いのだとか。
「それで、あのイタチを呼び出してどうするんだ?」
「ここまできたら決まりね。第二戦はすぐ終わりそうだわ」
エイミーの発言の直後、カエデが動き出す。同時に、彼が呼び出したイタチも猛然と駆け出し、同時にサカハギへと切りかかった。
「『瞬爪』『烈斬波』」
カエデとイタチ、二つの姿がブレる。直後、刹那の間に無数の斬撃がサカハギを襲った。
「うおおおおっ!」
「サカハギ! 耐えろ!」
客席から声が上がる。
カエデとイタチは目にも留まらぬ早さで黒馬を翻弄し、猛烈な勢いでHPを削り取っていく。何よりも驚きなのは、彼らのLPと霊力がほとんど減っていない点だった。
「あれは……そうか。回復し続けてるのか」
「ですね。霊装の“奪魂”効果と刀自身のドレイン効果、あとは“血塗れの鎌鼬”もHP吸収能力を持っていますから」
カエデはサカハギのダメージ反射能力に真正面から挑んでいる。奴は1/60秒の間にダメージを反射する。つまり、その間に複数の攻撃を叩き込めば、初撃以外はストレートに通るのだ。
カエデは“奪魂”とドレインによりLPを回復しながら連撃を叩き込む高速戦闘を得意にしている。その上、霊獣に補助させることで、更に秒間ダメージを底上げているようだ。
「今回は相性が良かったですね。カエデさんの連続攻撃なら、自分のLPを回復するだけの余裕がありますし」
レティの言葉通り、カエデはサカハギの反射ダメージを受けてなお、テクニックを使用し続け、霊装を展開し続けるだけの余裕がある。彼のLPは開戦から今までずっと7割以上をキープしていた。
0.017秒以内に2回以上の連撃を叩き込めば、サカハギのカウンター能力を越えてダメージを与えられる。そう言ったのはエイミーで、騎士団がそれを記録して公開していたが、実際に採用する人はそう居なかったはずだ。
基本的には、カウンターにカウンターを重ねる戦法か、ダメージを全て耐久力のある盾役に押しつけるような戦法が選ばれる。
カエデがこの戦法を取れているのは、色々なことが上手く噛み合った結果だった。
「お、勝ったわね」
程なくしてサカハギが舞台上に倒れる。カエデが露出した宝玉を刀で割り、彼の側で赤い鎌鼬が誇らしげに両腕の鎌を掲げて鳴き声を上げる。なるほど、確かに可愛いかもしれない。
「しかし、次が鬼門ですよ」
歓声の中で手を上げて笑みを浮かべているカエデを見て、トーカが油断なく固い口調で言う。次こそが彼女が目隠しで挑み、そして撃破した相手――“離反のイキハギ”なのだ。
カエデもそのことは十分承知している。鞘に戻した刀の柄に手を置き、再びバフを纏っていく。“血塗れの鎌鼬”もそのまま続投するようで、〈霊術〉スキルらしいバフを掛けて強化していた。
そんな挑戦者達の目の前で、霧散した黒靄が再び凝集する。そうして取った形は、どろりとした黒いスライムのようなものだ。
「いけーー! イキハギ! そんな雑魚いてこませ!」
「今までの黒獣は監獄闘技場四天王でも最弱。最強の力を見せてみろ!」
「フレーフレー! イ・キ・ハ・ギ!」
相変わらずどちらの味方か分からない、というかかなり悪意のある声が客席から飛び出す。しかし、カエデはそれらを意にも介さず、ただ極限まで集中していた。
「ちなみに、トーカはカエデの勝率はどれくらいだと思ってるんだ?」
「ゼロでしょう」
ふと気になって尋ねると、トーカは即答する。彼女の答えに驚き、思わず聞き返す。彼女もカエデの強さはよく知っているはずだ。以前ならばともかく、スキルも育っている今なら、悪くない勝負をすると思ったのだが……。
「あの人が弱い訳じゃないです。結局、相性なんですよ」
トーカは冷静な瞳で闘技場の舞台を見る。そこで、戦いが始まっていた。
のろのろと這い寄るイキハギの側へ、刀を構えたカエデと鎌を掲げたイタチが接近する。二振りの刀と二本の鎌による、四方向からの同時攻撃。だが、最速で振り下ろされたそれを、“離反のイキハギ”は難なく避けた。
形のない身体をぬるりと動かし、刃の隙間を易々と通り抜ける。カエデたちの刃は空を切り、外したことによって大きな隙が生まれる。イキハギは体勢の崩れたカエデの脇腹を強く殴り、闘技場の壁まで吹き飛ばした。
「うおおおお!」
「ナイッスー!」
「カエデ、頑張れ! お前に全額賭けてるんだ!」
荒々しい開戦に、客席の熱気も高まる。
壁にめり込んだカエデはすぐに立ち上がり、乱暴に回復アンプルを砕いてLPを回復した。
「あの人は勝てませんよ」
一瞬の攻防を見て、トーカは再び断言する。
ちらりと横を見てみれば、〈紅楓楼〉のモミジ達が心配そうな顔でカエデを見守っていた。
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Tips
◇
中位霊獣。獣の血を飲み続け、怨念を受けながら死んだ鉄鎌鼬の骨片より召喚される。骸となってなお、激しい吸血衝動を持ち、研ぎ澄ました鋭利な腕部の鎌で熾烈な斬撃を放つ。肉を断ち、血を啜り、飽くなき渇望を僅かでも癒やすものを求め、彷徨っている。
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