第753話「挑戦する男」

 遅れてやって来たトーカたちを連れて、観客席に戻る。そこではもうすぐ順番が回ってくるということで、カエデが熱心に武器を確認していた。


「バカじゃないですか?」

「開口一番酷いこと言うじゃないか」


 それを見たトーカが、ストレートな暴言を吐く。それを受けたカエデは、深いボディブローを受けたような渋い顔になった。

 こんなところで親子喧嘩は止めて貰いたいのだが……。


「正直、カエデさんが花猿に勝てるとは思えないんですよね」

「堂々と言うじゃないか。トーカにできたことが俺にできないわけがないだろ」

「そういう話じゃないんですが……。まあ、バカは死んでも治らないですからね。コテンパンにやられればいいと思います」

「くそぅ。見てろよ!」


 冷淡なトーカの舌鋒にたじろぎながらも、カエデは意思を曲げない。これまで〈紅楓楼〉の面々がどれほど説得してもそうだったのだから、今更という話ではある。

 結局、彼は自分の順番がやってくると、肩をいからせて観客席から出ていった。


「はぁ。強情ですねぇ」

「トーカも思いのほか強くあたるじゃないか」


 椅子に腰を降ろしてため息をつくトーカに、俺も座りながら言う。普段の物腰柔らかな彼女とは違って、今回は随分と強い語調でカエデに当たっていた。そう言うと、彼女は苦笑して肩を竦める。


「まあ、相手が身内ですからね。……未だに信じたくないですけど」


 彼女からすれば、複雑な心境なのだろう。実の両親が若い頃の姿となって、自分の幼馴染みと共に同じゲームをしているなんて。割り切ったつもりでいても、未だにどう接するべきか迷っている節もある。


「まあまあ、あんまりカリカリしてても仕方ないですよ。カリカリしてるのはポテトだけで十分です」


 少し気持ちの沈んでいるトーカの目の前に、フライドポテトのバケツが差し出される。レティが微妙によく分からない慰めの言葉を掛けると、トーカは思わず吹き出した。


「ありがとうございます。一つ貰いますね」


 そう言って、彼女はポテトを一つ摘まむ。……妙に赤いというか、真っ赤というか、見ているだけで目が痛くなるようなポテトだが――。


「おえっほっ!?」

「トーカ!?」


 ポテトを口に放り込んだ瞬間、トーカが勢いよくむせる。彼女は目に涙を浮かべて、レティに詰め寄った。


「こ、これなんですか!?」

「何って、ただのポテトですよ。フライドポテト」

「これがただのポテトなわけ無いでしょう!?」

「ただのクリムゾンホットヴォルケーノハバネロキリング味のポテトですって」

「劇薬じゃないですか!」


 顔を真っ赤にして拳を振り上げるトーカ。レティは不思議そうな顔で首を傾げている。見かねたモミジが、リュックサックから取り出したアンプルをトーカに渡した。


「状態異常解除薬です」

「うぐぐ。ありがとうございます」


 トーカは震える手でアンプルの封を開け、中の薬液を一気に飲み乾す。すると、その数秒後には唇の腫れも引き、彼女に笑顔が戻った。


「助かりました!」

「うふふ。これこそ薬剤師の役目ですからね」


 感激するトーカに、モミジが胸を張る。薬が必要な食べ物を売店で売るなとか、なぜレティや光はそれを平気な顔で食べているのかとか、色々言いたいことはあるが、まあいいだろう。

 エイミーが闘技場の方を見ながら言った。


「ほら、カエデが出てきたわよ」


 頑丈な鉄の隔壁がゆっくりと上がり、その奥からカエデが歩み出る。彼が舞台の中央に辿り着くと、客席から大きな歓声が上がった。


「凄い騒ぎだね。カエデさんってそんなに人気なの?」

「監獄闘技場はフーリガンじみた愛好家が多いですからね。誰が挑戦してもこんな感じになるんですよ」

「はええ」


 あまりの歓声にシフォンが驚いていると、トーカが事情を説明してくれる。監獄闘技場に住んでいるといっても過言ではないほど通い詰めているプレイヤーも多いらしく、彼らはどんな戦いでも熱狂しているのだとか。


「一戦目は“汚穢のクソト”だったわね」


 カエデの目の前で、黒い靄が生まれる。それは次第に形を定めていき、四足獣の姿を取る。完全に姿を表してなお輪郭が曖昧だが、おおよそ犬に似た外見だ。

 それは低く唸りを上げて、カエデを睨み上げた。


「さあ、始まるぞ」


 サイレンが鳴り響き、開戦を知らせる。

 クソトとカエデは同時に走り出した。

 ただし、クソトは前方に、カエデは後方に。つまり、カエデは黒獣から逃走し始めたのだ。

 “汚穢のクソト”は攻撃を吸収し、それを自身の強化に転用する。つまり、攻撃を与えれば与えるほど、奴は強くなっていく。

 俺たちが最初に奴と戦った時はカエデがその呪詛返しの能力を打ち消したが、現在では〈呪術〉スキルに頼らない戦法が確立されている。


「いけーーー!」

「そこだ! 狙え!」

「くぅ。速いぞアイツ!」


 それが、ガン逃げ戦法である。

 カエデは闘技場の壁を蹴り、縦横無尽に駆け回る。それに対し、クソトも雄叫びを上げて追跡する。黒い爪を伸ばし、牙を剥き、猛烈な勢いでカエデの背後を追い続ける。

 観客達はカエデの背中に爪が迫るたびに沸き上がり、両者の距離が離れるごとに落胆の声や野次を飛ばす。もはや、どちらがどちらを応援しているのかも分からない。

 時間が刻一刻と過ぎる中でも、カエデは刀を抜かない。霊獣を呼び出すこともなく、ただひたすらに脱兎の如く駆けている。

 そのうちに変化が現れた。クソトの勢いが徐々に衰えていき、その爪先が揺らぎ始めたのだ。


「くぅう。もう弱体化か」

「もっと気張れ! それでも黒神獣の成れ果てか!」


 酒臭い観衆たちの激励も届かず、クソトは動きが鈍っていく。ついには走ることができなくなり、歩くことができなくなり、立っていることさえままならなくなった。

 “汚穢のクソト”は敵からの攻撃を糧に生きる。攻撃を受ければ受けるほど、力を増し強くなる。であれば、それに対する方法は明快だった。攻撃をしなければ良い。敵に塩を送らなければ良い。敵意を見せず、手を出さず、ひたすら逃げ回るか攻撃に耐え続けていれば、向こうが勝手に弱体化していくのだ。

 この戦法が編み出されてからは、監獄闘技場のボス連戦の第一戦はほとんどの者が通過できるようになっていた。


「――『断ち切り』」


 地面に伏し、息も絶え絶えで形すら保てなくなったクソトの前にカエデが歩み寄る。黒い獣は敵意を見せるが、前脚を上げることさえできない。どろりと溶けた身体の中から、小さな宝玉が露出した。

 カエデはそこでようやく刀を抜き、ただ一度、その宝玉を砕くためだけに攻撃をした。

 黒刃の刀が宝玉を砕く。その瞬間、黒い獣は靄となって散り、観客席から万雷の拍手が鳴り響いた。


「いやぁ、見事な逃げっぷりでしたね」

「軽装戦士だとガン逃げ戦法が安定するなぁ」


 戦いを見届けた俺たちも、カエデの順調な滑り出しに拍手を送る。ガン逃げ戦法は安定するとはいえ、クソトの動きも機敏だ。しっかりと逃げ切るだけの速度と身のこなしを体得する必要がある。


「私なら、大盾を構えて耐え忍ぶ戦い方がいいのでしょうか」

「そうだね。ていうか、そっちの方が安定すると思うよ」

「あとは、ダメージの入らない方法でデバフだけを入れて、動きを止めるのもありですね」


 〈紅楓楼〉の面々はスナックを摘まみながら、自分たちならどう戦うかと議論を交わしている。ガン逃げ戦法はカエデのような軽装戦士向けの戦い方であり、他の戦闘スタイルを取るプレイヤーはまた別の方法で対処することになる。今では、様々な戦法が開発され、日夜改良が続けられていた。


「さ、次は第二戦ですよ」


 トーカがそう言って、闘技場内を注視する。

 舞台中央に再び黒い靄が集まり始め、新たな形を取る。第二戦は“叛逆のサカハギ”である。


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Tips

◇ジャンボバケツフライドポテト(クリムゾンホットヴォルケーノハバネロキリング味)

 とても大きなバケツに入ったフライドポテト。総重量5kgの大ボリューム。カリッと揚がったフライドポテトはサクサク食感で無限に食べられる。

 7種のスペシャルフレーバーのうち、クリムゾンホットヴォルケーノハバネロキリング味はとっても刺激的。手に汗握るスリリングな戦いのお供にぴったり。

 非常に辛い商品です。辛いものが苦手な方や小さなお子様はご注意ください。状態異常解除薬などは売店でも販売しております。


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