第752話「個性の芽生え」
カミルからヤタガラスの解説を受けていると、すぐに〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉に到着した。彼女はまだまだ話し足りない様子だったが、区切りを付けて降車する。
「レッジさん、ちょっと売店に行ってきますね」
「分かった。席の確保は任せてくれ」
駅に降り立つなり、レティは光と共に闘技場の売店へと向かう。
『主様、妾も行ってきて良いか?』
「ああ。気をつけるんだぞ」
『うむ!』
T-1も監獄闘技場限定の稲荷寿司を求めて、レティたちの後を追う。三人が人混みの中へと消えたのを見て、俺たちも歩き出した。
「カエデは一人で挑戦するのか?」
「当然だ。トーカはそれで達成できたんだからな」
カエデの意思は固いらしい。彼はエントランスにあるカウンターでエントリーを済ませ、整理番号を受け取る。〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉はその性質上、一度に一組の挑戦者しか受け付けないため、順番待ちが発生する。他のボスもリポップ時間はあるため、混雑することはあるのだが、ここはそれすらも商機に変えているのだから強かだ。
登録を行ったカエデと共に、客席へと向かう。リアルではゴールデンタイムに当たるこの時間はプレイヤーも多く、円形の闘技場を囲むすり鉢状の客席は混雑していた。
「みんな、あそこが空いてるみたいだよ」
目の良いフゥが客席の隙間を見つけて指を差す。俺たちはそこを急いで確保し、一息つくことができた。
「お待たせしました!」
「おかえり。って、また凄いことになってるな……」
程なくして、レティたち買い出し組も戻ってくる。振り返って見ると、彼女は両手に三つの大きなバケツを抱え、その上に紙ラップに包まれたハンバーガーをいくつも積み上げていた。
「何を買ったんだ?」
「ジャンボバケツフライドポテトのソルトとガッリックペッパーとバターバターアンドバター。後はハンバーガー系のメニューを一通りですね」
「良く食べるなぁ」
もはや驚くこともないが、呆れはする。現実の胃が膨らむわけではないとはいえ、それだけの量を食べるのはかなりキツそうだ。
ちなみにそれらはレティのひとり分だったようで、光はまた別に大量のスナック類を買っている。
『主様、そこに座っても良いかの?』
「いいぞ。T-1もちゃんと買えたんだな」
『うむ! 何故か前に並んでおった調査開拓員たちが譲ってくれてのう』
嬉しそうに笑顔で言うT-1は、手に三段重を抱えている。椅子に座った彼女が早速蓋を開けると、ぎっちりと黄金色の稲荷寿司が詰まっていた。
『これは極上黄金バナナおいなりさんじゃ。〈花猿の大島〉でも希少な極上黄金バナナを贅沢に使った一品じゃな』
そう言いながら、T-1は二つめのお重を広げる。
そこには、ぎっちりと稲荷寿司が詰まっていた。
『これはタコライスおいなりさんじゃ。具の中にユライユリを模した蛸の身が入っておる』
そう言って、T-1は三つめのお重を広げる。
そこには、ぎっちりと稲荷寿司が詰まっていた。
『これはバサシおいなりさんじゃ。具の中に馬刺しが入っておる』
隣でそれを聞いていたカミルが、凄い顔をしている。彼女の言いたいことも分かる。これは本当に稲荷寿司にカテゴライズしていいのか、と。コノハナサクヤは一体何を考えてこのような商品を開発したのか、小一時間問い詰めたい。
まあ、T-1は早速美味しそうに頬張っているから、問題はないのかも知れないが。
「あ、皆さんのぶんもちゃんと買ってきてますよ」
レティは思い出したようにそう言って、インベントリからアイテムを取り出す。それは、巨大な紙の舟に積み上げられたたこ焼きだった。
「デラックスユラユラジャンボたこ焼きEXです。888個入りで、88種類の味です。ランダムですが」
「コノハナサクヤは本当に何を考えてるんだ?」
狂気の沙汰としか思えないような食べ物が出てきて、〈紅楓楼〉の面々が戦慄している。あまりの量に麻痺してしまうが、たこ焼き一つ一つもソフトボールほどの大きさがある。まさに狂気である。
「ゆっくり摘まんでもらって大丈夫ですよ。いつでも熱々なのは仮想現実の特権ですからね」
レティはそう言って、早速ポテトを摘まむ。……バケツの中に溶けたバターが入っていて、そこにポテトがどっぷりと浸かっているように見えるが、気のせいだろうか。
もぐもぐと芋を食べるレティの幸せそうな顔に頬を引き攣らせていると、不意に服の袖を引かれた。視線を向けると、カメラに手を掛けたカミルが頬を赤らめてこちらを見ていた。
『レッジ、その……』
もにょもにょと口籠もるカミル。その姿を見て少し考え、思い至る。俺は頷き、カエデに声を掛けた。
「カエデ、出番まで時間あるか?」
「そうだな……。あと20分くらいは待つと思うぞ」
彼は自分の整理番号と現在戦っているパーティの番号を比べて言う。最近はボスの情報も周知されてきて、一組一組が善戦するようになったため、結構待ち時間が長くなっているらしい。
ともあれ、今回はありがたかった。
「ちょっとカミルと一緒に回ってくるよ。ついでに、トーカたちと合流してここまで連れてくる」
「分かった。気をつけてな」
猛烈な勢いでポテトを食べ続けているレティにも一声掛け、稲荷寿司に夢中なT-1をそこに置いて、カミルと共に席を離れる。騒がしい客席からエントランスに移ったところで、カミルはカメラを構えて意気込んだ。
『それじゃあ早速解説してあげるわ! 近くのフツノミタマまで連れて行きなさい』
「はいはい。ありがとな」
俄然テンションを上げるカミルと共に、監獄闘技場のすぐ外にある鉄塔へ向かう。
フィールド全域に点々と設置されている巨大な塔は、それぞれが太いBBエネルギー供給ラインによって繋がれ、〈
その名を、積極的迎撃拠点フツノミタマと言った。
『すごいわ! こんなに大きなものをいくつも建てて、それを維持し続けてるなんて! 絶えず原生生物から攻撃を受けているのに、それを毎日修繕しつづけているのよ。もし修繕する調査開拓員がいないと、3日で倒壊するとも言われてるんだから』
「へー、すごいなー」
カミルは興奮して、カメラのファインダーを覗き込む。様々なアングルからパシャパシャとシャッターを切り、そのたびに歓声を上げていた。
『フツノミタマの標準装備は塔の頂点にある固定式BB極光線砲ね。パイプラインを通じて送られる莫大なエネルギーを圧縮して放つ破壊力抜群の代物だけど、エネルギーの再充填や砲身冷却に時間が掛かるから連射はできないのよ。その隙間を埋めるために使われるのが何か分かる?』
「いやぁ、都市防衛設備はあんまり詳しくなくてな」
以前にT-1から説明を受けた気もするが、基本的にはあまり出番がないものばかりなのだ。ネヴァならよく知っているとは思うが、俺は正直自信がない。
素直にそう答えると、カミルはやれやれと肩を竦め、説明を続けてくれた。
『ほら、塔の四点に小さな機関銃があるでしょ。その隣に筒みたいなものがあるけど、あれはレーダーセンサーね。あそこのをひとまとめにして実弾式近接防御システムって言うのよ』
「へー、すごいなー」
カミルはわざわざその装置を写真に撮り、見やすく拡大してくれた。六砲身のガトリング砲と周辺を探査するレーダーセンサーを複合した自動迎撃システムなのだろう。
『都市防壁上にも沢山配備されてるから、今度よく見ときなさい。あれは射程こそ短いけど即応性がかなり高いの。接近してくる原生生物の群れで、極光線砲が撃ち漏らしたものを仕留める最後の砦ってわけね。最大連射能力は秒間1,200発だけど、3秒ごとに冷却が必要なの。だから四台も設置されてて、お互いをカバーし合ってるのよ』
「なるほどなぁ。勉強になるよ」
俺のテントにも機銃を付けてるからな、かなり参考になる部分は多い。しかし、カミルはどこでそんなに知識を付けたのだろう。
『アンタが居ない時は暇だから、〈ワダツミ〉の情報資源管理保管庫に行ってるのよ。アタシの権限でもこれくらいは読めるんだから』
「そうだったのか。カミルは勉強熱心だなあ」
カミル以外の上級NPCも、FPOが誇る巨大な経済システムの中に組み込まれている。店で働いている彼らにも給金と休暇があり、消費活動を行っているのだ。そのため、彼女たちにもある程度自由に生活できるだけの権限が与えられていた。
俺がカミルを褒めてその赤い髪を撫でると、彼女は猫のようにそれから逃れて目をつり上げる。
『アタシはただ、建築物とか機械が好きなだけよ。別に覚えようと思って調べてたわけじゃないもの』
「そうかそうか」
それでも、彼女が自発的に何か好きなことを見つけてくれたということが嬉しい。働き口が見つからず、塔の中でぼんやりと閉じ籠もっていた頃と比べれば、大きな成長だ。
「カミルはそのままで居てくれよ」
『何を変なこと言ってるのよ。それより、そこに立ってちょうだい』
「ええ、ここか?」
カミルに腕を引かれ、フツノミタマの足元に立つ。彼女はその場から大きく離れ、パシャパシャとシャッターを切った。
「俺いる?」
『ちょうど良い物差しがアンタしかいないのよ』
「あっはい」
どうやら、彼女は塔の大きさを記録しておきたかったらしい。物差しは大人しく黙って、ぴんと背筋を張っておく。
カミルはその後も数枚写真を撮り、ようやく満足げに息を吐いた。その時、ちょうどタイミング良くヤタガラスがやって来た。
『ぴっ!? れれれ、レッジ、早くそこ退きなさい!』
「えっ。なんで――」
『滅茶苦茶レアなミッドナイトブルースターゴールド車両だからよ! ええい、じれったいわね!』
「ぬわああっ!?」
カミルが駆け寄り、腕を引く。俺がバランスを崩して転けるのも構わず、彼女はやってくる列車に向かってカメラを構え、シャッターを長押しした。
『ふわぁ……。いいわね、綺麗だわ』
珍しくうっとりとして恍惚とした顔になるカミル。彼女の連写によって列車の全体が余すことなく記録される。
彼女の言うとおり、車体の色が少し深い青だ。更に、星のように輝く金色がところどころ散りばめられている。あまり意識していなかったが、ヤタガラスも奥が深いらしい。
長い列車が駅のホームに入っていくのを見送って、彼女はようやく呼吸を再開した。
「満足したか?」
『大満足よ!』
いまだ余韻が冷めやらぬのか、カミルは素直に頷く。時間を見れば、ちょうど良い頃合いだった。俺は彼女の手を引き、監獄闘技場の方へと歩き出す。
「あれ、レッジさんだ! おーい!」
「トーカじゃないか。ミカゲと、エイミーも一緒だったんだな」
特別車両にトーカたちが乗っていたようで、駅から出てきた彼女と合流を果たす。俺は三人を連れて、レティたちの待つ客席へと戻った。
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Tips
◇デラックスユラユラジャンボたこ焼きEX
水影のユライユリ収監を記念して開発されたたこ焼き。88種のフレーバーと8種のサイズを展開するシリーズのうち、三番目の大きさの詰め合わせ。888個のジャンボたこ焼きの中には88種類のフレーバーがランダムに入っている。
みんなでもひとりでも! ドキドキハラハラのたこ焼きパーティーで盛り上がろう!
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