第751話「機械好きな少女」
光に誘われ、俺たちは高速海中輸送管ヤヒロワニのシャトルに乗り込んで〈ミズハノメ〉を目指した。その道中、光はカエデたち〈紅楓楼〉の仲間に、レティは〈白鹿庵〉の皆に連絡を取る。二人がそれぞれ話を通しているのを傍目に、T-1とカミルが仲良く稲荷寿司を食べている。
「エイミーたちもすぐに追いかけてくるみたいです。ラクトは任務中らしくて、少し遅れるようですが」
「了解。まあ、目的地から動くわけでもないしな」
カエデたち〈紅楓楼〉の面々が詰まっているのは〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉での連戦である。俺たちはそれに立ち会うだけの予定なので、多少到着が遅れても大きな影響はない。
レティもそれに同意して、シャトルに持ち込んでいた大きなポップコーンを食べ始め、すぐに手を止める。
「……そういえば、あまりに馴染んでたので言い出せなかったんですが、なんでカミルもいるんです?」
彼女の視線の先に居るのは、稲荷寿司を摘まんでいたカミルである。シャトルの座席にちょこんと座り、膝の上に弁当箱を広げている。
『何よ、居ちゃ悪いの?』
「そういうわけじゃないですけど……」
むっとして目を鋭くするカミルに、レティがたじろぐ。俺は苦笑して二人の間に割って入り、彼女を呼んだ理由を語った。
「最近はカミルもずっと別荘に籠もりきりだったからな。たまには羽を伸ばした方がいいかと思ったんだ」
『アタシは別にいいのに』
カミルはつんとして素っ気なく言うが、ちゃっかり首にカメラを提げているし、メイド服も外出用のものに変わっている。植物園のカフェテリアでテイクアウトしてきた稲荷寿司弁当も、何だかんだと言いつつ美味しそうに食べているし、本当に嫌がってるわけではないのだろう。
「〈白鹿庵〉は沢山メイドさんがいらっしゃるのですね。素晴らしいですの」
「ははは。まあ、これでも規模を考えたら少ないくらいなんだけどな」
カミルが優秀すぎて忘れてしまうが、〈ウェイド〉にある本拠点と〈ワダツミ〉の別荘とその隣の農園という三区画を保有しているのに、メイドロイドが二人というのは少なすぎるのだ。更に言えば、T-1が居なくても管理が行き届くのだから、本当に異常なほど優秀である。
そんな非常にできるハイパーメイドさんなカミルだが、ただ一点協調性が死んでいるという致命的な欠点がある。そのため、経歴が特殊なT-1以外の一般的なメイドロイドを新たに加えると、逆に業務効率が著しく落ちる可能性もあるらしい。
「いいですわね。私もカミルちゃんみたいなメイドさんが欲しいですの」
「三峯さんも凄い優秀だと思いますけど」
「もちろん。それは分かっていますの」
カミルに羨望の眼差しを向ける光の零した言葉に、レティがポップコーンを摘まみながら答える。
――え、光はメイドさんが居るタイプのご家庭なのか?
「おわああああっ! め、メイドさんというか家政婦さんというかハウスキーパーさんというかお手伝いさんというか! そう、なんかそんな感じの人です!」
「お、おう。そうか」
俺の視線に気付いたのか、レティが慌てて大きな声を上げて立ち上がる。家庭環境によってはそういう人を雇っている所もあるだろうし、そこまでおかしい事でもないとは思うが……。
「い、一般庶民の家庭ですからね! 屋敷にホテルとかショッピングモールとか建ってませんし、最近日本家屋の一軒家建てたとかもないですからっ!」
「そ、そうか……」
レティと光はリア友同士だから、つい気が緩んで口から零れてしまったのだろう。そんなに取り乱さなくても、スルーするくらいは大人の礼儀としてできるのだが。
しかし、いくら大金持ちだったとしても、敷地内にホテルやら一軒家やらをポンポン建てられるものでもないだろうに。レティの考えるお金持ちのイメージが随分突飛なことになっているな。
「ほら、レッジさん。そろそろ〈ミズハノメ〉に到着しますよ」
「もうそんな時間か。――T-1とカミルも行こう」
未だに動揺が隠し切れていないレティに背中を押され、〈ミズハノメ〉の駅に降り立つ。カミルたちも付いてきているのを確認して、俺たちはその足で第二ヤタガラスの駅へと向かった。
「来たな、レッジ!」
「久しぶり。って程でもないか」
鉄道駅のホームに辿り着くと、先客がいた。ラフな着物と袴に二振りの刀を提げた浪人風の少年カエデと、ピンクのナース服が目立つタイプ-ゴーレムの少女モミジ、虎柄の髪に赤いチャイナ服の戦う料理人フゥ。光の仲間である〈紅楓楼〉の一同だ。
カエデは俺を認めるとツカツカと歩み寄ってきて、手を上げる。その後周囲を見渡し、首を傾げた。
「トーカたちは居ないのか?」
「今向かってるところだ。すぐに合流できると思う」
「そうか。ならいいが」
彼とモミジ、トーカとミカゲの間にはリアルの事情があるが、惑星イザナミの中では特に気にしないことになっている。それでも、二人の所在は気になるらしい。
「しかし、いくらトーカがやってるからって、カエデまでやらなくて良いんじゃないか?」
「何を。トーカにできる事が、俺にできなくてどうする」
「いや、その辺の事情は知らないけどな……」
〈紅楓楼〉の面々が実力は十分にあるはずなのに未だに〈花猿の大島〉を突破できていない理由は一つ。それは、うちのトーカが目隠しで花猿を撃破したことを知ったカエデが、自分もそれを達成すると言って譲らないからだ。
とりあえずあまり期待はせずに説得を試みるが、当然のように退けられる。光たちも合わせて四人で協力すればすぐに突破できると思うのだが。
「お兄ちゃん、電車が来ましたよ」
「ああ、分かった」
そうこう言っているうちに、ホームに分厚い金属装甲で守りを固めた列車がやってくる。滑らかに減速し、所定の位置に停車した車両に、俺たちは乗り込んでいく。
「トーカちゃんたち待たなくてもいいの?」
「列車は30秒おきに来るし、現地集合する手筈になってるからな。先に着いて席の確保でもしとこう」
心配するフゥに答え、ボックス席に座る。
第二世代のヤタガラスは車内が広くなっていて、揺れも少ない。数十両に一両の頻度でレアな内装だったり売店が併設されていたりする車両もあるようで、それを狙って延々と乗降車を繰り返すマニアも居るらしい。
個人的には、早く第一世代のヤタガラスも改良して欲しいのだが、そうもいかないものなのだろうか。
などと考えているうちに出発時刻を迎え、ヤタガラスが動き出す。ゆっくりと後ろに下がっていくホームを見送り、車内に視線を戻した。
『第一世代の質実剛健な内装も良いけど、第二世代のリッチなテイストも捨てがたいわね。座席や車窓の構造も、より洗練されてるし。なにより純度の高い上質な金属が使われてるから綺麗だわ』
「カミルさん?」
向かい合った席の窓際で、カミルがカメラを片手に何やらブツブツと呟いている。車内を見ているようだが、その眼差しは真剣だ。隣で無邪気に10箱目の稲荷寿司弁当を開けているT-1と対照的である。
思わず声を掛けると、彼女ははっとしてこちらへ振り向いた。
『ち、違うわよ!』
「ええ……。何が?」
『確かに第二世代高速装甲軌道列車ヤタガラスはデザインも能力も洗練されてて格好いいけど、第一世代が劣ってるわけじゃなくて――。って、そもそもそうじゃなくて! 写真! こういうのも貴重な開拓の記録なんだから、残しておくべきでしょう?』
「お、おう。そうですね」
あまりの気迫に敬語で頷いてしまう。
しかし、カミルが何かに強い興味を持っているところを見るのは珍しい。写真は好きなようだったが、撮り鉄もいけるクチだったとは。
「ヤヒロワニは撮らなくて良かったのか?」
『あれは〈ワダツミ〉からでも見れるし』
「なるほど」
俺が〈家事〉スキルを使って許可を与えない限り、カミルの行動範囲は〈ウェイド〉の中だけだ。とはいえ、そこでも第一世代ヤタガラスとヤヒロワニは見れるから良かったのだろう。
第二世代ヤタガラスは〈ホノサワケ群島〉まで来ないと見られないからな。彼女はこれが目当てでカメラを提げて付き合ってくれたのだろう。
「けど、カミルから受け取った写真のデータにはこういうの無かったと思うんだが」
フィールドにカミルを連れていくと、大抵彼女は写真を撮っている。あとでそれを受け取っているのだが、その中に乗り物の写った物はなかったと思う。
俺がそう言って首を傾げていると、彼女は当然だと言わんばかりに頷いた。
『そりゃあ、取り分けて渡してるもの』
「なんで?」
『レッジが欲しいのか風景写真だけなんでしょ?』
「いや、カミルの撮る写真に興味があっただけなんだが……」
優秀すぎるメイドさんが、いらぬ気を回していたらしい。彼女は俺の要求する写真だけを提供して、趣味の写真は別にしていた。……そういえば、カメラを渡す時に全ての写真を見せて欲しいわけじゃないとは言ったか。
『アンタもこういうの好きなの? ……ちょ、ちょっとくらいなら見せてあげてもいいけど』
「おお、見たい見たい」
15箱目に突入しているT-1を抱きかかえ、席を交換する。カミルの隣に座り、彼女のカメラに挿されたメモリーカードを受け取った。
そこに記録されていたのは、ヤタガラスの車輪や線路、窓、ドアなどの部品の接写から全体を撮ったものまで。過去に遡ると、ヤヒロワニやイカルガの機体もずらりと並んでいる。
彼女の興味は乗り物だけに留まらず、〈ウェイド〉の都市防衛設備や大規模浄水場などの公共施設、農園で育てている草花など、多種多様だ。
『まだあんまり〈撮影〉スキルが高くないから、凝った写真は撮れてないんだけど……』
珍しく恥ずかしそうに頬を赤らめながら言うカミル。俺は写真を見ながら首を振る。
「いやぁ、よく撮れてるよ。カミルがこういうのに興味があるとは知らなかった」
どの写真も芸術というよりは記録のためと言うべきものに近い。しかし、だからこそ被写体に対する興味がよく表れていて、率直に良い画だと思った。
「今度色々見て回るか。〈サカオ〉のBBBとかも好きだろ、多分」
『いいの!? ……こほん。まあ、付いてってあげてもいいわよ』
素直じゃないメイドさんに苦笑して、彼女の赤い髪を撫でる。彼女はただのNPCだが、その範疇に収まらない個性が育っていることが無性に嬉しくなったのだ。
「……なあ、レティちゃん。あの女中さんはNPCなんだよな?」
「そのはずなんですけどねぇ。シンギュラリティでも越えました?」
「あらあらあら。レティちゃんには他にもライバルが居たのね」
通路を挟んで隣の座席では、レティとカエデたちが何やら話し込んでいる。そちらに少し視線を向けていると、カミルが服の袖を引っ張ってきた。
『ねえ、アンタはフツノミタマに興味ないの? もしどうしても行きたいっていうなら、付いてってあげてもいいけど?』
彼女は車窓を流れる鉄塔を眺めながら言う。迂遠なようで直接的な要求を聞いて、思わず口元が緩んでしまった。
カエデたちの挑戦の合間にでも少し時間はあるだろう。彼女と共に少し周囲を散策するのも良いかもしれない。
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Tips
◇FF型NPC-255(個体名“カミル”)による第二世代高速装甲軌道列車ヤタガラスの解説
高速装甲軌道列車ヤタガラスは地上前衛拠点なんかの主要都市と各フィールドの駅を繋ぐ鉄道輸送網よ。第二世代は第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉の発見と同時に建設が開始されて、現在は海洋資源採集拠点シード02-ワダツミと〈花猿の大島〉、そして〈黒猪の牙島〉を繋いでいるわ。現段階では第一開拓領域〈オノコロ島〉上層を網羅してる第一世代ヤタガラスの方が規模が大きいけれど、通信監視衛星群ツクヨミの前哨調査報告によれば第二開拓領域の方が広大だから、ゆくゆくはこちらの方が総路線距離も長くなることが予想されているわね。
第二世代の特徴は、なんと言っても車体そのものが第一世代から大きく改良されていることね。車体の大部分を覆う装甲は誰かさんがテントに使ってる特殊多層装甲を採用しているわ。ブルーブラスト駆動式なのは第一世代から変わらないけど、そのエネルギー効率を上げるために金属部品は上質精錬青鉄鋼の割合が増えた新世代合金が使われてるの。より正確に言えば811上質精錬青白黒合金がほとんどで、これによってとっても綺麗なナイトブルーの車体に仕上がってるの。ちなみにエネルギー効率は第一世代と比べて22%ほど上昇したそうよ。群島を繋ぐ橋を渡ることが多いから、車体の計量化も図られていて、第一世代から5%くらい軽くなってるわ。最高速度もカタログスペックだと時速700km出せることになってるけど、レールや橋梁の損耗を考えて普段は時速300km前後で走ってるのは周知の事実ね。路線のメンテナンス任務は常設されてるらしいから、アンタも生産スキルを鍛えて協力したらいいんじゃないの?
そうそう、第二世代は車両の内装にも拘っていて、大部分を占める通常客車も座席を斜めに配置することで通路の幅と座席の快適性を両立できるように工夫が成されてるわ。車窓はより広く拡張されつつも防御性能は落とさないように特殊な強化ガラスが使われているんだけど、これは強い衝撃を受けて破損しても無色透明な薄いフィルムのおかげで破片が拡散しないようになってるの。普通の客車以外にも第二世代には新たに特別客車や有料のVIP車両もあるらしいわね。一度くらい乗ってみたいものだけど、アンタがその乗車料払えるか分かんないわね。真偽は定かじゃないけど、伝説の稲荷寿司弁当を販売するおいなり車両なんてのもあるらしいわ。
第二世代ヤタガラスの機関部出力はさっきも言ったように金属部品の改良なんかで第一世代と比べて50%以上上昇したみたいだけど、その分車両の連結数を多くしてるわ。第二開拓領域をより効率的に開拓するため、一度に運べる調査開拓員や物資の数を増やす為ね。あとは装甲自体も第一世代と比べて分厚く重くなってるの。これは第二開拓領域が第一開拓領域と比べて危険性が高くて、〈
そうそう、第一、第二世代どっちもそうなんだけどね。ヤタガラスの先頭車両、つまり機関車両だけど、そこには有事に備えてBB式大規模物質消滅爆弾っていうものが搭載されてて、管轄管理者と指揮官の承認が合った場合には――。
なに? 時間が無い? あら、もう〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉に着いたのね。やっぱり第二世代は快適だわ。しかたないから残りの解説は後にしてあげる。この〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉の設備もなかなか興味深いところがあって――。
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