第749話「甘い買い物」
ネヴァと別れ、再びラクトと二人で〈ミズハノメ〉の市場を散策する。予想外の遭遇ではあったが、防爆扉の発注も済んだのでむしろ都合が良かった。熱心にアクセサリーショップの商品を覗き込むラクトを見て、俺もめぼしいものがないかと周囲に視線を巡らせる。
「おっ」
そうして目に留まったのは、怪しげな薬品を売る露店だった。血に汚れた白衣を着た青年が店先に立っている。
「こんにちは。この店は毒物を売ってるんですか?」
「いらっしゃい! うお、おっさん!?」
威勢の良い声と共に振り返った青年が、俺の顔を見るなり大きく仰け反る。トッププレイヤーたちと良く活動しているからか、日々のブログ更新の成果か、街中でこのように反応されることも増えていた。すっかりそれにも慣れてしまって、ひとつ頷く。
「おっさ、レッジさんのお眼鏡に適う品があるかは不安ですけどねぇ」
「いや、俺は別に〈調剤〉スキルも持ってない素人ですからね?」
何か少し誤解をされている気もするが、ひとまず商品を見させて貰う。有毒の原生生物から抽出したものから、毒草や鉱物などを加工して作るものまで、様々な毒が揃っている。
「こういうのを武器に塗って使うこともできるんですか?」
「鏃に塗ってる弓師とかは多いですよ。槍使いで毒を使ってる人は少ないかもなぁ」
青年は顎に手を当て記憶を掘り返す。俺の顔どころか、使っている武器の種類まで把握されているらしい。ずいぶんと有名になってしまったものだ。
「やっぱり、近接武器だと使いにくいですかね」
「そういうの併用する時間があれば、直接殴った方が早いですからね。毒矢なんかも、最初の一撃に使うとかの使い分けが多いですし」
「なるほど……」
一度相手が毒状態になってしまえば、追加で毒を塗り込む必要はない。しかし武器に塗布した毒なんかは攻撃する度に減っていくだろうから、その分無駄になってしまうわけだ。
最前線で通用する毒となるとそれなりの品質が求められるし、いくらでも使い放題というわけにはいかない。武器に塗ると、切れ味が落ちてしまうというのも、大きな理由の一つだろう。
「もしかして、毒を狩りに使うつもりなんですか?」
「試行錯誤の一環として考えているところです。……この毒は?」
不透明な遮光硝子の瓶に入った毒に興味を惹かれる。キャプションには“爆裂毒”という名称が記されているが、それだけではどうにも分かりづらい。
「“爆裂毒”は、扱いが非常に難しい毒ですね。光に晒されたり、強い衝撃を受けたりすると瞬間的に体積が数千倍に増幅して爆発を起こすんです」
「それはまた……随分アグレッシブな……」
自慢げに語る店主によると、それは鉱石の粉末を混合して新たな毒物を作る実験のなかで生まれた物らしい。爆燃石という、衝撃を与えると爆発する鉱石を慎重にすりつぶし、粘度の高い毒液と合わせることで作ったようだ。
「面白い毒ですけど、売れ行きは?」
売り場の片隅にひっそりと置かれている毒だ。……毒と言っていいのかもよく分からないが。
「あんまり良くないですね。まあ、蓋を開けたら爆発するんで」
「ですよね」
興味は惹かれるが、実戦で使えるかと問われれば首を振らざるを得ない。塗布する前に爆発して、自分が吹き飛ぶのが目に見えている。
「レッジさんが買ってくれたら箔が付くんですけど」
「そんなに有名じゃないですよ、俺は。他の毒をいくつか買うから、勘弁して下さい」
結局、俺は売り場でも大きな面積を占めていた正統派の毒物をいくつか購入する。そのまま使うのも良いし、農園で肥料として混ぜるのもありだろう。植物毒もかなり強力になってきたが、高レベルな調剤師の毒よりはまだ幾分弱いのだ。
買い物を終えて周囲を見渡すと、ラクトがすぐ側で待ってくれていた。俺は店主に別れを告げ、彼女の元へと向かう。
「すまん、買い物してた」
「いいよ。わたしも夢中になってたし」
ラクトはそう言って、何を買ったのかと視線で聞いてくる。買ったばかりの毒物を見せると、彼女は口をへの字に曲げた。
「毒、好きだねぇ」
「好きもなにも、こういう絡め手がないと今後は戦えなくなってくるだろうからなぁ」
スキル制限がカツカツなのだ。今以上の戦力を得るためには、様々な方向を模索しなければならない。
「ラクトは何を買ったんだ?」
「うーん、まだ何も買ってないよ」
流れで聞き返してみるが、彼女は肩を竦める。アクセサリーショップを熱心に見ていたようだが、彼女の琴線に触れるものはなかったらしい。
「やっぱり、欲しいレベルの装飾品って高いんだよね」
「そうなのか?」
その言葉を聞いて、俺は少し意外に思った。
ラクトは俺のように普段から散財しているわけでもないし、使うべき時には使えるだけの貯金はあると思っていたのだ。そんな俺の思考を察したのか、ラクトは理由を語る。
「機術師は戦うだけでお金がかかるから。上級アーツだと高ランクのナノ粉をどんじゃか溶かすし」
「どんじゃか……」
俺も一時期〈支援機術〉を使っていたからある程度は分かる。機術師は武器を使う近接戦闘職よりも遙かに金の掛かる職業なのだ。
強力なアーツであればあるほど、必要となる触媒の湿は高く、量は多くなる。
そして、触媒を節約しようと思うとアーツ一発の威力を高めることになるのだが、そのための補正装備もかなりお高いのだ。
「うーん。もうちょっと貯めてからじゃないとダメかな。中途半端な物を買っても困るし」
ラクトは少し悲しそうに肩を落としつつ言う。
攻性機術は数ある攻撃手段の中でも随一の火力、殲滅力、そして柔軟さを誇る。しかしそれ故にそもそもが高コストであり、最前線で通用するレベルにしようと思えば装備も良い物が必要になる。彼女もなかなか苦労しているようだ。
「とりあえず、掘り出し物があるかもしれないし色々回るか」
「うん。レッジの行きたいところに行って良いよ」
二人で市場を歩き回り、色々な露店を冷やかしていく。毎日並ぶ店が変わるため、ここでは思いがけない品に出会うこともよくあることだ。
「ラクト、555ダメージ出すと刀身が光る刀だぞ。“覇王滅殺護道護身之御剣”だってさ」
「絶対いらないでしょ!」
アイテム生産はかなり自由度が高く、思いつく物はだいたい作ることができると言われている。そのため、露店に並んでいる商品の中にも様々な工夫が凝らされたものが多くある。
「こちらの首飾り、二つ一組なんです。この半分に割れたハートの断面に強力な電磁石が内蔵されておりまして、半径5m以内に両者が入った場合、がっちりと繋ぎ止めることができるんですよ」
「ははは。また実用性のないアクセサリーだなぁ。……ラクト?」
「なっ、なんでもないよ! お、面白いねぇ」
発想力の見本市とでも言うべき、多彩なアイテムの数々を存分に楽しむ。市場は各都市の商業区画に必ずあるため、そこを巡るだけで一日過ごすこともできるのだ。
そしてこういうものを見ると自分の中でもインスピレーションが湧いてくる。
「ラクト、少し休憩するか?」
しかし、賑やかな市場は人混みもかなりのもので、小柄なラクトにとっては圧迫感も凄まじいのだろう。彼女が顔に疲労を滲ませているのを見て、提案する。
ラクトはこくりと頷き、俺の手を握った。
「あそこに行くか。クレープが売ってるぞ」
市場の中でも食品系の露店が集まっている場所に向かい、そこにあるテーブルの一つを確保する。
今日は天気もよく、洋上に浮かぶ〈ミズハノメ〉にも燦々と日光が降り注いでいる。このあたりで少し、糖分を補給してもいいだろう。
「何が食べたい? 奢るよ」
「いいの? お金……」
「流石にそこまで金欠じゃないさ。あ、レティたちには内緒にしといてくれよ」
俺の懐事情がどのように思われているのか気になったが、クレープを買うくらいの余裕はある。レティに知られたらクレープ屋か俺のどちらかが破産するまで食べられそうだが。
俺が忠告するとラクトはぴくりと眉を揺らして頷く。そうして、露店の前に置かれた看板のメニューをじっと覗き込んだ。
「この、しゅわしゅわアイスのベリークリームクレープがいいな」
「はいよ」
彼女の注文を店員に告げ、目の前で作られるのを眺める。俺は一番人気と書かれていたフルーツクリームクレープを頼む。
「お待たせしましたぁ」
「どうもありがとう」
陽気なプレイヤーから二つのクレープを受け取り、一つをラクトに渡す。そして確保していたテーブルに戻り、そこで早速頬張る。
「おいひい!」
「そりゃよかった」
ラクトの選んだものは、大きなアイスが包まれたクレープだった。赤いベリーソースと白いクリームが沢山あって、見るからに甘そうだ。アイスは食べると口の中でシュワシュワと弾けるようで、ラクトは目をきゅっと細めてそれを楽しんでいる。
俺が頼んだクレープも、様々な果物が山のように載っていて、少し食べづらい程のボリュームだ。クリームも甘く、なんと中にはカスタードまで入っている。
「ラクト、ちょっと持っててくれ」
「どうしたの?」
俺は少し食べたクレープをラクトに渡し、立ち上がる。
「ちょっと甘すぎた。コーヒー買ってくるよ」
「そっか。りょーかい」
「欲しかったら一口くらい食べてもいいからなー」
そう言って、俺は露店街の一角にあるコーヒーショップへ向かう。背後で彼女が肩を跳ね上げていたような気もするが、まずは飲み物が必要だった。
豆専用の土壌から作ったというこだわり店主からホットコーヒーを一杯買い、ついでにラクトの分のカフェオレも注文する。
「ウチは注文されてから豆の焙煎を始めるんですがね。少し待ってて貰えますかい?」
「また凄いこだわりだな……。いいですよ。ちょっと離れますけど」
「ええ。まあ、すぐにできますんで、テーブルで待ってて下さいや」
ある意味狂気じみたこだわりだが、仮想現実だからできることだろう。俺は店主に金だけ払い、店を離れる。少し時間ができたから、ちょっとだけ。
用事を終えて戻ると、コーヒーがちょうどよく完成していた。
「おまちどう! ダイアモンドマウンテン印の特製ホットコーヒーとカフェオレだ」
「どうもどうも」
カップを二つ受け取り、ラクトの元に戻る。予想外に時間が経ってしまったが、彼女はまるで少しも動いていなかったかのように同じ姿勢で待っていた。
「お待たせ」
「……」
「……ラクト?」
「ほひゃっ!? も、もう帰ってきたの。早かったね」
名前を呼ぶと、彼女はクレープを落としそうになるほど驚きながら立ち上がる。コーヒーを買うにしては時間が掛かった方だと思うのだが、彼女はかなり時間に寛容だったらしい。
「あれ、フルーツの方食べてないのか?」
「はわ、えっと、レッジの分が減ると悲しいでしょ」
「いや、そんなことで悲しまんが……」
ラクトが俺のことをどう思ってるのか、よく分からない。
「せっかくだから一口食べたらいい。甘ったるいけど美味しいぞ。甘いけど」
めっちゃ甘いけどな。
「ふおおお……。な、なんなん今日は、どういう日なん?」
ラクトは二つのクレープを握りしめたままうつむき、小声で何やら呟く。俺はコーヒーを飲みつつ、彼女の動向を見守ることにした。うん、美味いな、このコーヒー。
「れ、レッジ」
「どうした?」
何やら思い詰めた様子でラクトが話しかけてくる。
「その、わ、わたしのこと……。いや、姪ちゃんとこういうことした?」
真剣な眼差しだった彼女が、突如何かに気がついた様子で眉を寄せる。まるでエスパーのような彼女に驚きながら、俺は頷いた。
「よく分かったな。昔は姪を連れて縁日とか行ったりしてなぁ。その時によく俺が食べてる方が美味しそうだって言われて」
「あっ、ふーん。……いただきます」
もう十年ほど前の事になるか。その時のことを思い返して懐かしむ。
その間にラクトは俺のクレープを一気に半分ほど食べた。
「いや食べ過ぎだろ!?」
「もぐもぐ。うん、美味しいね、甘いけど」
「それは良かったけどなぁ」
ラクトは甘い物を食べたのに、何故か仏頂面だ。彼女の暴挙に首を傾げつつクレープを受け取ると、目の前にもう一つも差し出された。
「ラクト?」
「お、お返しだから。わたしのも、美味しいし」
「そうか。ありがとな」
「~~~~っ!」
ラクトの差し出したクレープを一口食べる。うむ、これはアイスのシュワシュワした食感が独特で美味いじゃないか。こっちの方が甘さも控えめだ。
「なんで平然としてるかなぁ……」
どこか悔しげに唇を尖らせているラクト。彼女はフルーツクリームパフェの方が気に入ったのだろうか。そっちはもう半分以下になってしまったわけだが。
俺はコーヒーで甘さを押し流し、一息つくとインベントリからアイテムを取り出す。
「ほら、ラクト」
「何? これ……えええっ!?」
きょとんとしながらそれを受け取ったラクトが目を丸くして跳び上がる。予想通りの反応に、思わず笑ってしまった。
「こ、これっ! めっちゃ高い、指輪!」
「さっき熱心に見てただろ。LPコストのカット率も高いし、水属性機術に補正掛かるし」
「そ、そうだけど……」
コーヒーができる合間に買ってきたアクセサリーだ。“透き通った蒼塩結晶”というものを載せた細いシルバーの指輪で、機術師に嬉しい効果が付いている。
「ラクトの快気祝いも兼ねてってことで。値段は気にしなくて良いよ」
「お、え、お……。ありがとう」
指輪は左右に一つずつ付けられるし、彼女が今付けているものと同時に使えるだろう。邪魔にはならないはずだ。
彼女が二重操作を行って脳に負荷が掛かってしまったことが、少し気がかりだったのだ。イチジクが初期対応をしてくれて、桑名が調査してくれたとはいえ。
この程度で釣り合うわけでもないだろうが、誠意の一つとして見て貰えればよかった。
「た、大切にしましゅ……」
「まあ便利に使ってくれればいいよ」
俯くラクトにそう言って、クレープの残りを口に放り込む。
「甘いなぁ」
最後の最後までしっかり甘かった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇ソルティキス・リング
透き通った蒼塩結晶を台座に載せた繊細な銀のリング。内部に機術補助回路が埋め込まれており、アーツの発動にかかる消費LP量を減少させる。また、台座の蒼塩結晶の共鳴効果によって水属性アーツの威力が増幅される。
青みがかったシルバーの美しい指輪。深い海の底で育まれた時の結晶。大切な貴方に銀の加護を。
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