第747話「無欲の勝利」
「ぐぬぬぬ……。そんなに面白そうなことがあったなんて!」
トーカは、本気で悔しそうな顔をしてテーブルに拳を落とした。その隣では、シフォンが心底安堵した様子で胸を撫で下ろしている。
「ボスの出現条件も変わったのが出てきたわねぇ」
エイミーが率直な感想を漏らし、俺もそれに同意する。
アストラたちと別れた俺はその足で〈ミズハノメ〉へと戻り、〈水鈴〉という喫茶店でエイミーたちと合流を果たした。トーカとシフォンの対照的な反応は、〈黒猪の牙島〉の顛末を聞いた直後のものである。
「オークたちはかなり強いようですね。レティはともかく、レッジさんやアストラさんまで負けるなんて」
「トーカ!? レティはともかくってどういうことですか?」
居住まいを正したトーカが意外そうな目でこちらを見てくる。アストラと俺を同類にされるのは甚だ遺憾なのだが、言いたいことは分かる。
憤っているレティには俺が頼んだチョコレートベーグルを渡して宥めながら、トーカに向かって頷く。
「強いというか、厄介だな。色々な種類のオークがそれぞれに連携しながら攻撃を仕掛けてくるんだ」
「軍隊みたいっていうのは、言い得て妙ねぇ」
エイミーも紅茶を飲みながら呆れたような憂うような表情を浮かべる。
オークたちの戦い方は、今までの原生生物には見られなかったものだ。まるで〈アマツマラ地下闘技場〉の大規模PvPをしているかのような戦いに、やりにくさを感じるプレイヤーも多かっただろう。
「……レッジはどうするの?」
静かに耳を傾けていたミカゲが尋ねてくる。
「もちろん攻略はしてみたいが、今はまだその糸口すら見つかってないからな。しばらくは地道な調査が続くんじゃないか?」
〈黒猪の牙島〉の調査はまだ完全とは言いがたい。オークたちも、俺やアストラの推測が正しければ環境負荷が高まり〈
「オーク切り放題。私も早く体験してみたいです」
「なんか、トーカだけ別のゲームしてないか?」
いわゆる、無双ゲーというジャンルみたいな。
一人だけ思考のベクトルがズレているトーカは少し放っておいて、どうしたものかと思案に耽る。とはいえ専門の攻略組でもない俺たちにできることなど限られている。要は騎士団たち本職の邪魔をしないように、そのアシストをすることくらいしかできないのだ。
「やっぱり、ここは新しい原始原生生物の開発を進めて――」
「またウェイドさんに怒られますよ?」
「別荘取り上げられたら困るんだけど」
「ぐぅ」
思いついたことを提案してみると、あらゆる方向から却下されてしまった。有用な植物を栽培できたら、調査開拓活動もより加速すると思うのだが、周囲はそう考えていないようだ。
となると、牙島でレティたちと話し合ったように戦い方の変更を模索するしかないだろうか。
「ところで、ラクトはさっきから何してるんだ?」
俺は一旦思考を止めて隣に座ったまま黙々とウィンドウを覗き込んでいるラクトに話しかける。彼女はこちらを見ると、少し悩みながら口を開いた。
「二重操作が安定してできるようになったから、何かそれを活用できるような新しい事がないかなって。wikiを見てたんだけど、二重操作をやってる人があんまり居ないみたいで」
そう言って彼女が見せてくれたのは公式wikiに作られた二重操作に関するページだ。とはいえ、そこには公式からの説明と概要が記載されている程度で、詳しい活用法などについてはほとんど情報がない。
まあ、元々ラクトが独自に開発したような技術で、それが正式に対応されたのもここ数日のことだから、仕方ないといえば仕方ないのだが。そもそも、二重操作が対応されたからと言って、誰もが自由に使えるようになったというわけでもない。相変わらず、その実行はなかなかに難しい。
「ラクトは運営に呼ばれたんでしたっけ? すごいですよねぇ」
ベーグルをもぐもぐと頬張りながらレティが言う。ラクトは照れ笑いして頬を掻いた。
「そんなに大層なことはしてないよ。ちょっとデータを取って貰っただけというか」
「いやぁ、なかなかできることじゃないですよ。ラクトのおかげで新しいシステムが実装されたようなものですからね」
「うええ、そうかなぁ?」
レティが賞賛し、ラクトは逃げるように俺の身体で顔を隠す。
レティの言っていることはあながち間違いというわけでもないし、誇ってもいいくらいだ。
「それで、二重操作の活用法は何か見つかったの?」
逸れかけた話題をエイミーが修正する。ラクトも気を取り直して頷いた。
「結局は機術を使うことには変わりないから、今まで通りでいいかもね。威力を高めるよりはLP消費量の圧縮を優先した方が良いくらい」
「なるほど。まあ、そうよね」
二重操作というのはつまり、一人のプレイヤーが一度に二種類の操作を行うことだ。機術を使う場合、単純に威力は二倍になるが、消費するLPも二倍になる。
ラクトはwikiのページを装飾品を纏めたものへと移し、めぼしい物がないか探し始めた。LP圧縮系の装飾品も機術師や大技を使うタイプの戦闘職には需要が高いらしく、かなり充実しているようだ。
「うぅ。レッジさん、もう一回〈黒猪の牙島〉に行きませんか? 私もオークに会いたいです」
「オークはともかく、猪はもっと狩りたいですねぇ。牡丹鍋は美味しかったですし」
「私も、行動パターンの予習はしておきたいな」
刀を抱きしめたトーカが唇を尖らせる。彼女の要望に、レティとエイミーも乗っかった。
彼女たちは今一番ホットな最前線で存分に戦いたいらしい。
しかし、そこでラクトが手を合わせて申し訳なさそうに口を開く。
「ごめん、みんな。わたしこの後ちょっと買い物に行ってもいいかな。アクセサリーを色々見たくて」
どうやら、ラクトは更に戦力を高めるために装備を整えたいらしい。彼女は耳飾りなど最近更新したばかりだが、また別のものに目星を付けたようだ。彼女の申し出を断る理由もなく、すぐに頷く。
「いいんじゃないか? ラクトが強くなる分にはこっちも嬉しいからな」
「そうですね。じゃあ、みんなで買い物に行きますか?」
ラクトの申し出を受けて、レティが予定の変更を提案する。しかし、それに対しラクトは首を横に振った。
「みんなを付き合わせるのも悪いし、わたし一人でいいよ」
「そ、そうですか? なんだか悪いですね」
戸惑いつつも、レティはやはり早く牙島に戻りたかったのだろう。ラクトに感謝して方針を元に戻す。
「それなら、俺も買い物に行くかな」
「へっ!? な、なんでですか?」
俺がそう言うと、レティたちは一様にきょとんとする。
エイミーが居れば守備も万全だし、五人ならば牙島でも安定して活動することができるだろう。しかし、レティたちはそうは思っていないらしい。
目を丸くして、こちらを見る。
「なんでそんなに驚くんだ?」
「だってそれ、ラクトとレッジさんの、でっでっ、ででででっ――」
あわあわと口を動かすレティ。俺は首を傾げる。
「ちょうど買いたいものがあるんだ。カミルに頼まれた防爆扉も注文しないといけないしな」
「がーん」
事情を説明すると、レティは口を開いて肩を落とす。何がそんなにショックなんだろうか。
「うう。レッジさんは牙島にリベンジしたくないんですか?」
驚き戸惑っていると、レティがテーブルに乗り出して問いただしてくる。鼻と鼻が触れそうな距離に、慌てて彼女の肩を押す。
どうやら、レティは俺に戦意がないことに憤っているようだ。そんな彼女の思いを察して弁明する。
「確かにリベンジはしたいが、今の俺じゃあ力不足だからな。色々揃えたい。ちょうど良いタイミングだし、買い物してくるよ」
「えええ……」
それに、〈取引〉スキルを持っている俺が居れば、ラクトも多少安く買い物ができるだろう。荷物持ちはできないが、それくらいは協力したい。
「ラクト、付いていってもいいか?」
「――はっ!? も、もも、もちろん!」
本人の意向を確かめると、呆然としていた彼女は我に返って何度も頷く。彼女が迷惑でなければ良かった。
「じゃ、じゃあレティも――」
「流石に牙島に未経験者だけで行くのもな。レティはトーカたちを案内してやってくれ」
「えええ……」
〈黒猪の牙島〉は攻略最前線。俺たちも普通に死に戻りしてしまうほど危険な場所だ。経験者の存在は大きい。
「それじゃあわたしもお買い物に――」
「シフォンは貴重な機術攻撃要員なんだから、一緒に来て貰うわよ」
「はええ」
そっと手を上げたシフォンは、すかさずエイミーに引き戻される。
〈黒猪の牙島〉には黒鎧猪のように物理攻撃がほとんど通用しない原生生物もいるため、ラクトが抜けるならシフォンがその穴を埋める必要があった。
「うぐぐぐぐ……」
レティが耳を垂らして何やら唸っているが、そのように話が決まる。
レティ、トーカ、ミカゲ、エイミー、シフォンの戦闘組と、俺とラクトの買い物組だ。戦闘組はワンパーティ分が集まって、バランスもいい。なにげに今までは微妙に1パーティだと余りが出ていたのだ。
「ラクト、貸しひとつですからね」
「ひょえっ」
何やらレティとラクトが密談を交わしている間に、俺は〈ミズハノメ〉の地図を眺める。ここで揃える物は揃えてしまって、その後で他の町もいくつか回る必要があるだろう。
「それじゃ、ラクト。早速行こうか」
「はひ」
何故か表情の硬いラクトと共に、〈水鈴〉を出る。武器を携えたレティたちと店先で分かれ、俺たちは商業区画にある市場の方へと足を向けた。
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Tips
◇喫茶〈水鈴〉
シード02-ワダツミ商業区画に建つ喫茶店。焼きたてのベーグルが看板商品で、シンプルなものから変わり種、期間限定や数量限定など様々な種類の商品がある。
カフェスペースではベーグルに合うコーヒーや紅茶を楽しむことができ、シード02-ワダツミの瀟洒な街並みを眺めながら憩いの一時を過ごすことができる。
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