第746話「海岸線を歩く」

 騎士団の大型蒼氷船リヴァイアサンが〈黒猪の牙島〉の砂浜に乗り上げた。巨大な船にも関わらず、こんな乱暴な扱いができるのは出したり消したりが自由に行える蒼氷船だからだ。


「森の方は静まってるな」


 溶けていく船から降りて、波打ち際に立つ。そこから森を眺めると、すでにオークたちの姿は見られなかった。


「ボスも姿を消してしまいました。生き残った団員からの報告によると、一連のイベントは〈猛獣侵攻スタンピード〉の発生から終結までの流れと酷似していたようです」

「なるほど……。となるとボスの出現条件は環境負荷の上昇による〈猛獣侵攻スタンピード〉の発生か?」


 アストラと共に海岸線を歩きながら、情報を纏め予想を立てていく。そう考えれば、今まで虱潰しに探し続けてなおボスが見つからなかった理由も分かる。

 ミズハノメはかつて言っていた。第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉は環境負荷の高まりによる〈猛獣侵攻スタンピード〉が発生しやすい土地であると。

 そのために、各地には大型の迎撃装置である〈フツノミタマ〉が建設されている。それは〈黒猪の牙島〉でも同様だ。


「環境負荷の度合いを調べる方法もないし、今度いつボスが現れるかも分からないってのは、厳しいな」

「ですね。俺も常にログインできるわけではないですし」


 アストラは浮かない顔をして言う。

 彼のリアルでの生活がどのようなものかは知らないが、普通の一般的な家庭ならば長時間のフルダイブ自体ができないはずだ。特にアストラは仮想現実内でもかなり活発に動けるタイプであり、それはつまり脳にかかる負荷が常人より高いということでもある。彼は多くのプレイヤーよりも、むしろ連続ログイン可能時間は短いはずだ。


「ボスを呼び出す方法か、固定する方法。そういうのが見つかるまでは運ゲーになりそうだなぁ」

「運ゲーはあんまり得意じゃないですね」


 まあ、アストラは運よりも実力で結果をつかみ取るタイプだろうからな。さもありなん、といった感想しかない。

 ともかく、今は機体の回収を始めようと周囲を見渡したその時だった。波打ち際を走り、こちらへやってくるタイプ-フェアリーの予備機体が見えた。彼女はこちらに向かって手を振り、可愛らしい少女の声を上げる。


「兄さん! あっちに機体が纏まって転がってたよ。森の中にあったのも全部。回収が楽でよかった」

「その声、アイか」

「ぴょわああああっ!?」


 外見が他のタイプ-フェアリーの機体回収者と同じだからぱっと見ただけでは分からなかったが、その声を聞き間違えるはずもない。俺が名前を呼ぶと、彼女は大きな声を上げて跳び上がった。


「ぬあっ!? な、れ、レッジさん!?」

「おう。俺も死んじゃったからな。アストラと話しながら来たんだ」

「それを早く言って下さい!」


 アイは素早くアストラの背後に回り込み、彼を盾にするようにして身を隠す。スケルトン姿の彼女を見るのは初めてで、少し新鮮な気持ちだった。


「あ、アイさんですか! さっきぶりですね」

「副団長もやられちゃったんだねぇ」


 そこへ後ろで話していたレティとラクトの二人もやってくる。アイはあわあわと取り乱していたが、最終的には諦めた様子で姿を現した。


「うぅ。これなら、先に回収しておけば良かった……」

「タイプ-フェアリーはスケルトンでも可愛いからいいじゃない。ね、レッジ?」


 肩を落とすアイを慰めつつ、ラクトが俺に矛先を向けてくる。たしかに、ミニマルな体格の中でコンパクトに機能が収められたタイプ-フェアリーはミニ四駆みたいで可愛らしいが、なんで俺に聞くんだ?


「タイプ-ライカンスロープも可愛いですよね!」

「うん? おう。まあ、レティのスケルトン姿は何度も見てるからなぁ」


 そもそも、初めてレティと出会った時もそうだった。あの時は彼女が俺の上に落ちてきたんだったか。


「タイプ-ヒューマノイドのいかにも量産型という外見もいいですよね」


 何故かそこへアストラも乱入してくる。

 タイプ-ヒューマノイドは彼の言うとおり、どこまでも量産性を意識したような作りになっている。そのいかにも工業的な造詣が好きというプレイヤーも結構居るはずだ。


「アストラは初号機とか試作機とかが好きだと思ってたけどな」


 彼が乗っているカグツチもオンリーワンな特別製だ。だから、そういったスペシャルな機体が好きなのかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。


「格好いいものはなんでも好きですよ。ワンオフ機にはワンオフ機の魅力がありますし、量産機には量産機の魅力があります。信頼性と能力とコストといった全てのバランスが取れていて、多くの人に認められた名作機というのは、それはそれでいいものです」

「なるほどなぁ」


 いつもより少し饒舌なアストラに、思わず口元がにやけてしまう。彼とは良い酒が呑み交わせそうだ。

 とまあ、そんなことよりも今は機体回収である。アイが見つけたように、俺たちの機体は砂浜の一角に纏めて投げ出されていた。わざわざ森の中まで探しに行く必要がないのは嬉しいが、砂にまみれた機体はどれも損傷が激しい。


「ありました! レティの身体!」

「わたしのもあったよー」


 種族も性別も様々な機体が散乱する砂浜を歩き、自分の機体を探し回る。と言っても、自分のものは視界のなかでマーカーが出るため、探し出すのはさほど難しいことではない。

 俺たちはすぐに自分の機体を見つけ、そこにデータと意識を移していく。元の機体で目を覚ますと、予備機体は小さなドローンに変形して飛んでいってしまった。


「ふぅ。やっと戻れました」


 アイも機体を乗り換え、元のローズゴールドの髪を手でかき上げる。しかし、彼女もレティやラクトも腕が曲がっていたり胸部のフレームが歪んでいたりと満身創痍だ。


「これは、動くのも大変ですね」

「うわぁ。アストラさんも酷い傷ですね」


 機体を取り戻したアストラを見て、レティが目を丸くする。彼は右腕の肘から下がなく、顔も右半分のスキンが剥がれ、フレームも大きく歪んでいた。先陣を切ってオークの群れに突っ込んだら、こうもなる。


「あそこで騎士団の技師が最低限歩けるようにしてくれますから。そちらで直しましょうか」


 アイが指さした先にはテントが立ち、騎士団の技師が機体の損傷したプレイヤーたちの修理をしていた。その隣では大きな鍋で炊き出しも行われており、レティはそちらを見て目を輝かせた。


「おほー、牡丹鍋ですか! たいしたものですねっ!」

「あ、レティ!」


 止める間もなく彼女は鍋の方へと突撃していく。即座に待ち構えていた騎士団重装盾部隊が展開するが、ボーリングのピンのように跳ね飛ばされていた。


「すまん、アストラ」

「いいですよ。炊き出しも回収支援の一環ですから」


 爽やかな笑みを浮かべる騎士団長。彼の懐は海よりも深く、徳は山よりも高い。


「アストラはこのあとどうするんだ?」

「当然ボス対策の検討会ですね。解析班もまだ調べている最中ですし、情報が集まれば色々と見えてくることもあるでしょう」


 ふと興味本位で尋ねてみると、予想通りの答えが返ってきた。彼ら〈大鷲の騎士団〉は攻略系最大手バンドであり、休んでいる暇など無いのだ。


「レッジさんも参加してくれていいんですよ?」

「冗談は止してくれよ。部外者が首を突っ込んでも仕方がない」


 アストラの突飛な提案に肩を竦め、首を振る。そうして、俺は近くに立っていたラクトの肩に手を置いた。


「もともと、俺はラクトとの戦闘訓練のために来てたんだよ。そっちはそっちで話したいこともある」

「ぴょっ!?」


 そう言うと、何故かラクトが驚いたように声を上げる。彼女が言い出したことだろうに、忘れていたのだろうか。


「メッセージで他のメンバーにも招集掛けてたからな、みんなにも色々情報を共有したい」


 緊急の判断でエイミーたちにも声を掛けてしまっている。彼女たちと合流して、今回の顛末を話しておく必要があった。

 そう言うとアストラも納得したようで、素直に引き下がった。


「レッジさーん! 牡丹鍋、美味しいですよ!」

「あんまり食べ過ぎるんじゃないぞ」


 遠くから手を振って呼ぶレティに応じ、俺たちもそちらへ向かう。

 色々と気になることはあるが、今はまず目の前のことを片付けなければならない。


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Tips

◇牡丹鍋

 猪肉を贅沢に使った鍋料理。大勢で囲むととても美味しい。野趣溢れる味は滋養を高め、栄養も高い。

 食べると一定時間LP回復速度上昇。防御力が10%アップし、1分間20秒ごとに1回150ポイントLPが回復する。


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