第733話「親子の勝負」

 目覚めたばかりのヴァーリテインが、出待ちしていたサムライ二人に襲われる。無数の斬撃が黒い剛毛を切り払い、神速の抜刀が複数の首を纏めて両断する。

 快刀乱麻を断つように、二人合わせて三振りの刃が黒竜のHPを猛烈な勢いで削っていく。


「圧倒的だなぁ、二人とも」


 遠くで繰り広げられる激戦、というよりも虐殺に近い何かを眺めつつ、率直な感想を口にする。二人とも絶え間ない連撃を続けながら、ヴァーリテインからの反撃は軽々と躱している。まるで後頭部にも目があるような、常人を越えた動きだ。


「トーカは一撃の重さに特化したタイプですが、カエデさんは二刀流の手数を活かした高速連撃が持ち味なんですねぇ」


 二人の戦いぶりを見て、レティがスタイルの違いを分析する。

 トーカはレティと比べれば攻撃速度は早いが、大太刀という武器を使っている以上、手数よりも一発の威力を重視している。彼女は様々な抜刀術を的確に選択し、コンボを繋げているのだ。

 対するカエデは清々しいほどに王道を征く高速連撃型だ。二振りの短めな刀を使い、目にも止まらぬ速さで攻撃を続けている。


「カエデは、〈霊術〉も使ってるんだな」

「そうなんだよ。双剣もそれに合わせたものにして、霊装も展開してるの」


 カエデの持っている刀は、黒と赤の骨のような刃をしていた。それぞれ青い炎と赤い炎を纏っており、見るからにオカルティックな雰囲気がある。元々の刀は普通のものだったから、それを元に霊装を展開しているようだ。

 更に彼の周囲には、半透明のフォレストウルフが数匹付き従っている。あれは召喚獣の類なのだろう。


「二人ともLP消費がキツそうなスタイルだよね。トーカはアンプルがぶ飲みしてるし」

「でも、カエデさんは余裕そうですね?」


 もぐもぐとイカゲソを噛みつつラクトが言う。

 確かに、二人ともかなりの頻度でテクニックを連発している。トーカはヴァーリテインの攻撃を一切受けていないにも関わらず頻繁にアンプルを砕き割っていた。

 しかしカエデの方は、通常の剣技に加えて召喚獣や霊装を展開していることによるLP減少効果もあるはずなのだが、アンプルを使う様子がない。


「お兄ちゃんの刀、LP還元能力付きなんですよ」


 フゥの焼いたヴァーリテインの焼き肉を食べながら、モミジがカエデの刀の秘密を話してくれた。“炎刀・暴れ牛”と“爪刀・乱れ熊”を〈霊術〉スキルとの併用を前提に派生させた“鬼刀・牛鬼”と“傷刀・虚熊”。それらは霊装展開した場合に付与される“奪魂”効果だけでなく、通常時でも“LP還元”という能力を持つという。


「で、LP還元能力っていうのは?」

「知らないんですか!?」


 知らないことを素直に知らないと尋ねてみれば、隣で丸太のようなローストドラゴンを食べていたレティが目を丸くする。また、一般常識だったのだろうか。


「分かりやすく言えば、ドレイン効果って感じかな?」

「なるほど。HP吸収か」


 ラクトの説明を聞いて理解する。LP還元とは原生生物にダメージを与えた際に、そのダメージの何割かを自身のLPとして回復するもののようだ。

 霊装展開時の“奪魂”と、刀そのものにある“LP還元”、二重のドレイン効果を利用して、カエデは切り続けることを可能にしているらしい。


「とはいえ、まだまだスキルレベルとか武器性能とか足りないみたいなんだよねぇ」


 フゥはそう言って、肩を竦める。

 カエデも順調にスキルや装備を拡充させているようだが、まだまだ十分とはいえない。今も俺たちには確認できないが、じわじわとLPは減少しているのだろう。

「カエデのスタイルだとアンプル使う暇もないよなぁ」


 常に切り続けなければすぐにLPが尽きてしまうカエデにとって、アンプルを使用する僅かな空白も命取りだ。回復しようにも回復できないという状況は、なかなか危なっかしい。


「大丈夫ですのよ」

「うん? 何か対策があるのか」


 俺が悶々としていることに気付いたのか、光がドラゴンユッケ丼を食べつつ微笑む。彼女は詳しい説明はせず、カエデの方に視線を向けるよう促してきた。

 俺が彼の戦いぶりを見ていると、突然驚きの出来事が起こった。


「うわっ。カエデ、今フォレストウルフを……」


 黒髪を乱しながら剣を振っていたカエデが、突然傍らに立っていた召喚獣を切り伏せたのだ。カエデによって召喚されていたフォレストウルフの幽霊は、抵抗することもなく斬り殺され、青白い光の玉となって彼の八尺瓊勾玉に吸収された。


「今のは」

「『贄の刃』ですね。自分で呼び出した召喚獣を殺すことで、LPを回復するんです」

「ほほう。またエグい技だなぁ」


 やはり三術系のスキルはこのゲームには珍しくファンタジーな要素が絡んでいる。何がどうなったら召喚獣をLPに換えられるのか分からないが、面白い技だ。

 俺もドローンを破壊させたらLP回復できないかな。


「それで、どっちが勝ちそうなんだ?」


 トーカとカエデの二人は、どちらがヴァーリテインのルート権を獲得するか、つまりどちらが過半数のHPを削ることができるか競争している。手数のカエデと、技のトーカ。二人とも物凄い勢いでヴァーリテインを圧倒しているので、勝敗はすぐに決着しそうだった。


「流石にトーカですかね」

「だねぇ。装備も地力も違いすぎるし」


 とはいえ、この世界はスキルが基本の法則になっている。カエデもレベルは上げているようだが、高くてもレベル70程度だろう。対するトーカは当然のように〈剣術〉スキルをレベル85にしているし、刀は最前線の原生生物素材を使いネヴァが製造した強力なものだ。

 トーカが一刀を浴びせるごとに竜の体力は大きく削れ、カエデとの差も明確になる。


「終わりましたね」


 程なくして竜が地に斃れる。地響きの鳴るなか、カエデはがっくりと膝を突き、その隣でトーカが誇らしげに大太刀を掲げていた。

 カエデは本気で悔しがっているようだ。流石に分が悪いことは火を見るより明らかだったろうに。


「さて、解体しにいくか」

「やったー! おかわりが増えますよ!」

「荷物運びはやってくれよ」


 俺はトーカたちが倒したヴァーリテインを解体するため、巣の中に入る。ルート権を持っているのはトーカだが、彼女とパーティを組めば俺も解体できるようになる。

 無邪気に喜んでいるレティを連れて、巨竜の元へと向かう。見れば見るほど、大きいボスだ。死してなお小さな丘ほどはあるだろうか。


「レッジさん! やりましたよ! 圧勝です!」

「そりゃ良かった。おめでとう」


 ヴァーリテインの側までやってくると、破顔したトーカが駆け寄ってくる。彼女を褒め称えると、更に飛び跳ねて喜ぶ。そんなにカエデを負かしたのが嬉しかったのか……。


「ぐぅ。現実なら俺の圧勝だったはずなのに……」

「リアルにドラゴンはいませんからね。スキル鍛えて出直してください」


 逆にカエデの落ち込みようもまたすごい。今にも自決しそうなほど絶望した顔で、虚ろな眼をしている。


「親子でやるゲームってのも、楽しそうだな」


 トーカとカエデのやり取りを見ていると、少し羨ましくもある。レティとシフォンや光といったように、現実でも気心の知れた仲と仮想現実を楽しむのは、また違った良さがあるはずだ。


「そ、そうですかねぇ」

「あれ、レティはそうでもないのか?」


 隣にいたレティがなぜかぎこちない表情で首を傾げる。

 彼女は逆に、リア友がいるとやりにくいタイプなのだろうか。


「俺も、姪とFPOをやってみたかったよ」

「えっ。あ、そうですね」


 もし、姪がFPOをやっているのなら、是非とも一緒に遊びたいものだ。それで、お互いの近況報告などもできればなお良い。今は花の高校生だから、そんな暇はないのかもしれないが。

 そんなことをぼんやりと考えつつ、俺は解体ナイフで竜の皮を切り裂いていった。


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Tips

◇ドラゴンユッケ丼

 甘辛いタレを絡めた生の竜肉を熱々のご飯の上に載せ、卵黄を添えた豪勢な丼。大葉の緑が彩り、見た目にも華やか。ただし、竜肉には微量の毒が含まれているため、大量に食べてはならない。

 食べると一定時間攻撃力が大きく上昇する。7%の確率で状態異常“腹痛”が発生する。状態異常の発生確率は、食べた量の増加によって上昇する。


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